3話 入学準備
光の月も真ん中を過ぎ、花々が咲き乱れ山々の雪も解けきった頃。
「ミラちゃんの髪色にはこれが合うかしら…いやでも…わたくし的には…」
「おかーさーんまだぁ?」
今私は国立学園への入学の準備もとい母のお人形と化していた。
国立学園とは9歳〜15歳まで基本全員が通う学校で、編入試験に合格すれば誰でも入ることができる。国内に中央、イースト、ウェストの3つ存在しており、学びを深めたい人は大学まで進学する場合もある。
私が楽しみにしているのは学園に入ると学べるようになる魔法に関する授業だ。入学すると魔法の使用が可能になるのだ!なんて胸がときめく話だろう。
国立学園の入学式は風の月の始めに行われるがデルフィニウム国内全部の9歳が同時に入学するため国中の仕立て屋は大忙しで、この時期から早めの制服の採寸が行われるのだった。
「姫さまの髪は美しい金色ですので暗めの色のリボンでも華やかなリボンでもお似合いだと思いますよ。」
「そうよね!わたくしもそう思うの」
「フロートフロート。では、こちらのリボンなどはいかがでしょうか?」
「あ!これいいわねぇ〜」
話しながら仕立て屋は風魔法で鞄の中からリボンを沢山出して浮かせて見せる。
「ねー!!お母さん!!!足疲れて来た!!!」
王国御用達の仕立て屋と大いに盛り上がる母はいつもよりもキラキラとして少女に戻ったようだった。
盛り上がるのは良いが2時間も立っていると流石に足が疲労を訴えてくる。
「そういえばミラちゃんはスカートどれが良い?」
「うーん何があるの」
「スカートだとフレアスカートとかプリーツスカート、ロングスカートもあるわね…」
「…………動きづらそう。木登りもできないし。」
「あらあら、それは大変。どうしましょうね…短いスカートは王女として少々はしたない気もするけど…」
「でしたら男子用のショートパンツかスラックスはいかがでしょうか?」
服屋が提案してきたサンプルの服は膝上20センチほどのショートパンツと足首までのスラックスの2種類だった。
国立学園の制服はブラウスに動きやすいようノースリーブのブレザーにズボンやスカートを履く。制服は
基本的に税金で支給されるが、貴族や王族は高級な布地を用いたり刺繍を施したりするのだ。
「ショートパンツいいかも!お母さんショートパンツがいい、だめ?」
「いいわよぉ〜ミラちゃんが好きなの履きなさいな。」
「わあーい!お母さんありがとう!」
よし。これで自由に木登りできるぞ…ふっふっふっ。
ガチャリ
「ねーねいた!ねーね遊ぼ?」
唐突に扉が開きとたとたとあどけない足取りでスピカが入ってくる。私の肩より下くらいの身長しかないが、頑張ってドアノブを回したらしい。
「スピカちゃーん!どちたの〜♡、針とかあって危ないから待っててねぇ」
「あらスピカ様少し見ないうちに大きくなられましたね、また採寸し直さなくては」
母に抱き上げられて嬉しそうに微笑むスピカはまるで咲き始めた蕾のように可愛らしい。
「ねぇお母さんもう採寸終わり?スピカと遊んできていい?」
「あらあら仲良しね、いってらっしゃーい」
スピカと共に部屋を出て庭に向かう。今はちょうどロゼの花が咲き始めた頃かな。ロゼが満開になる頃に咲くデルフィニウムはようやく蕾が出てきたところだ。
デルフィニウムは水色の可憐な花で、この国を象徴する花として王城の庭に植えられている。季節になると、町中いろいろなところで咲き誇っているところを見ることができる。
デルフィニウムから得られる青色の色素は王室のみが式典などで身につけることができる式服の着色に用いられている。
「うわぁ〜!きれい!ねーね、これロゼ?」
「そうだよ、棘危ないからね」
ロゼの花は世界的にも有名で人気の花で、魔力に触れると柔らかく光を発するのが特徴だ。
豪奢で可憐で繊細な花びらを優雅に広げている。まるで気高い貴婦人のように枝や茎に棘があるのが少し危ないが、そこも美しさを際立てている。
「あ!ミラ様いたいた!こんな所に!」
「げっ……」
「フェルカドだぁ〜!!」
駆けてきたのはフェルカドだった。青い長髪がサラリと揺れる。スピカはフェルカドに懐いているからすかさずハグしにいく。
「全くどこに居たかと探したんですよ!ほら!行きますよ!」
「ちょっとどこに行くっての!?スピカもいるんだし待ってよ」
掴まれた手を振り払うと、フェルカドははぁ?と言った顔をしてくる。相変わらずこいつはムカつく顔をする。
「お前は生粋の馬鹿か?」
「馬鹿とは何よ、主人に吐くセリフじゃないんだけど」
「はぁ………馬鹿ですねぇ、今から歴史の勉強ですよ、先生がお待ちです。」
「っすぅーー…逃げまぁーす」
「捕まえまーす」
ガシィ
スピカの手を掴んでそのまま庭の中に逃げ込もうと思ったら首根っこをガシリと掴まれる。
そのままずるずると引っ張られていきそうになる。
「待って待って待っておかしいでしょこの扱い!」
「おかしいのは王女らしからぬ貴女の行動ですが?」
「ねーねサボり?」
「さ、サボ!?ちょっと誰から覚えたのその言葉!」
「フェルカド」
スピカが指差したフェルカドの方を思いっきり振り向くと、当人は知らん顔を決め込んでいる。
「何変な言葉教えとんじゃこら」
「いや…ミラ様はよくサボるなぁって独りごちてたら、ま、真後ろに居て…」
「……………アホね。」
「お前に言われたくない」
「ねーね、ケンカ?フェルカドに怒っちゃだめだよ」
私とフェルカドの言い争いにスピカが不安そうな顔をする。慌てて仲良しだよ〜と取り繕ったが、私のヒールは確実にフェルカドの足を捕らえていた。
「クソッタレ」
「こっちのセリフよ」
言い争いをしている間スピカはロゼに光を灯して遊んでいる。
それをぼーっと見つめながらフェルカドの小言を聞き流してると数日前のことが思い出されてくる。
スラム街……シェアトさん……魔力病…医者…ロゼ…
「そうよ!思いついたわ!」
「俺の話聞いてました!?!?!?」
「フェルカド!病院を作りましょう!」
「はぁ?????」