世界を救って死んだと思っていた父が、当時の年齢のまま帰って来た。
僕の父は、僕が産まれる前に死んだ。
世界を救うために戦って死んだそうだ。
そして、僕は十五歳になり、父が死んだ場所に来た。
その時、父が帰って来た。
しかも、当時と同じ年齢のまま……
「こちらが、かの有名な魔物の塔です」
ロマノフ先生が、僕達に目の前の建造物を紹介した。
今日は社会科見学の日。
僕とクラスメート達は、魔物の塔と言われる建物の見学に来ている。
「皆さんが産まれる少し前、この塔が突如姿を現しました。そしてこの塔から多くの魔物が出現し、人々を襲ったのです。その時の光景は、まさに世界の終わり。人類の最期の時が来たと、誰もが思いました」
当時平民だったマリナお母様は、その戦いで多くの人を回復魔法で救い、戦後聖女の称号を得た。
さらにクリスティーナ伯爵家の養子になる事も出来たのだ。
ちなみに、聖女という称号は数千年前に魔王を封じた勇者一行の一人につけられたのが最初で、以降、回復魔法で多くの人を救った人に与えられるている。
貴族に与えられる事もあれば平民に与えられることもある。
単なる称号だから、同じ時代に複数人いる事も珍しくない。
「そんな時、一人の剣士が塔に突入し、魔物の流出を止めました。その剣士の名はリック。私の親友でもありました」
そう、その剣士リックこそ、僕の父。
天下無双と言われた、伝説の剣士だ。
その頃僕はお母様のお腹の中にいたそうだ。
父はお母様の妊娠を知らないまま、塔へ向かって行った。
そして、帰って来ず、死亡したと判断された。
「彼が塔へ入ったしばらく後、魔物の流出が止まりました。そしてすぐ、この塔は不思議な魔法で覆われ、塔を傷付ける事も、入る事すら出来なくなってしまったのです」
その後、僕の父は死亡扱いされた。
当時、両親は共に十八歳。
二人はこうして離れ離れになってしまったのだ。
そして、お母様は伯爵家の養子となり僕を産んで育てた。
現在僕は十五歳。
伯爵家の人達はとても良い人で、僕にもよくしてくれている。
……お母様は今でも父を想っている。
事実、お母様は再婚を勧められたらしいが、今でも独身だ。
それに、年に一度行わる魔物の塔の戦い終戦記念のお祭りでは、いつも塔の近くに行って祈りを捧げているくらいだ。
「当時、塔の中で何があったかはわかりません。ですが、私の親友はその命をかけて魔物の流出を止めてくれたのです」
父は……どんな人だったんだろうか?
お母様は何も話さない。
教えてくれない。
「あれから十年以上たちましたが……」
ピシ……
塔の方から変な音がした。
音がした方を見ると、塔にひびが入っていた。
ピシ……ピシ……
ひびはどんどん増え、そして……
ガラガラガラ……
轟音と共に、塔が崩れて行った。
「み、皆さん逃げましょう!早く!!」
あまりの事態に、皆逃げる事も忘れて塔の方を見ていたが、先生が声を上げた事で皆冷静になり塔から離れる為に走り出した。
僕達が安全な距離から離れると、塔が完全崩壊した。
大量の埃が舞い、そして……埃が収まってくると……
「あれって……人?」
そこには一人の人間が立っていた。
埃が完全に収まると、人の姿がよく見えるようになった。
そこに立っていたのは、僕と同年代の男の人。
服はボロボロで、体は傷だらけだ。
そして……僕によく似ていた。
「リック!リックじゃないか!!」
先生が叫んでその男に駆け寄った。
その男、リック……僕の父?……に駆け寄った。
「誰だ?お前……」
「私だよ、ロマノフ・グリタインだよ」
「ロマノフ?俺が知っているロマノフは俺と同い年だけど?」
「あの塔が出来てから何年経ったと思ってるんだよ。十年以上だぞ、十年以上」
「十年以上か……塔の魔物を倒した後、光も音も無い空間に閉じ込められて、腹も減らなかったからどのくらい時間が過ぎたから分からなかった」
「というか、なんで君は年をとっていないんだ?」
そう、父らしき男は僕と同じかちょっと年上に見える。
「知らん。年を取らない空間なんだろうよ」
「まぁいい。とにかく王宮へ行こう。いや、病院が先か?」
「は?病院はともかくなんで王宮?」
「いいから、行こう。皆は済まないが他のクラスの先生と一緒に行動してくれ」
そう言って先生は父と一緒に去っていった。
僕はいきなりの事態に混乱していたので、何も出来なかった。
あの日から数日が過ぎた。
この数日のうちに、父は病院に連れていかれ、異常がないとわかると王宮に連れていかれて報奨金をもらったらしい。
そして、現在は僕達クリスティーナ伯爵家の王都の屋敷の傍の宿屋に住んでいる。
伯爵家の屋敷に住んでいいとも言われてたのに、絶対に頷かなかったからだ。
そして……父は一度としてお母様に会おうとはしなかった。
もちろん僕とも……。
だから、僕からお父様に会いに行った。
「あの、お母様……母に会いに行かないのですか?」
「なんでだ?」
「なんでって……あなたとお母様は夫婦でしょ」
「俺とあいつは結婚していない。結婚の約束はしたが、塔の事件でうやむやになった。それに、あれからもう何年も経っている。今更結婚も無い」
お母様と父が結婚していない。
初めて知った。
「だ、だからってあなたが愛した女性でしょ。会いに行ったって……」
「確かに愛していた。だけど、今はもう愛していない」
「な、なんで……」
「?」
「なんで……愛していないんですか」
「……」
父が黙って僕を見つめている。
「もしかして……お母さまが年を取ったから、ですか?」
「……」
「年を取った女は用済みってわけですか」
「……」
「やっぱり、そうなんですね」
いつまでも黙っている父を見て、僕は激高した。
「ふざけるな!お母様はお前の事をずっと待っていたんだぞ!再婚を勧められても決して頷かず、ずっと、ずーっと」
僕は、今まで見て来たお母様の姿を思い出した。
僕と一緒にいるときも、時々寂しそうな顔をしていた。
そんな時、お母様はいつも同じ方向を向いていた。
そう、父が……こいつが消えた魔物の塔の方角を…
なのに……なのにこいつは…………
年が離れたってだけで会いもしないなんて!!!
はぁー。
父が大きくため息をついた。
「ウザい」
「へ?」
「なんであれもこれもお前に説明しなきゃいけないんだ?」
「な……」
「血が繋がっているらしいから答えてやったが、いい加減うんざりだ」
「なんだって!」
「確かに俺とあいつは一度だけ関係を持った。俺はその時あいつを愛していたが、今はあいつを愛していない。嫌悪すらしている。これだけ聞けば十分だろう?」
「ふ、ふざけるな!お母様はあんたの事をどれだけ待っていたか……」
「ふん。ならなんであいつは会いに来ないんだ?」
「そ、それは……」
「どうせ年を取った自分を見られたくないとかいうくだらない理由だろうさ。はっきり言うが、俺は自分から会いに行くなんて面倒な真似はしないからな
「面倒……だって」
僕は怒りで震えた。
面倒?
お母様はこいつの事をずっと待っていたんだ。
なのに、会いに行こうともしないのか?
「いいから失せろ、不愉快だ。安心しろ。俺もすぐこの国を出ていくつもりだからな」
「は?」
「この国にはもう用は無い。だから出ていく。それだけだ」
「用は無いって……この国にはお母様だけじゃない、あんたの友人だっているんだろ!」
僕は、ロマノフ先生を始めとした、色々な人の顔を思い出した。
家にはよくこいつの友人がやってきて、お母様に挨拶しに来ていた。
皆いい人で、お母様の心配をしたり、僕と遊んでくれたり勉強を教えてくれたりしてくれた。
そして、皆父の事を本当に友人と思っていると思った。
僕も……こんな友人が欲しいと何度も思ったものだ。
そんな、そんな優しい人達を捨てようって言うのか!
「友人?俺は友人なんか持った事はないが?」
「何を言っているんだ!ロマノフ先生とか、いっぱいいるじゃないか!」
「ロマノフ?あぁ、あいつか。そう言えば親友だとか言ってたな。特に邪魔じゃなかったから放っておいたが、俺は友人だなんて思った事は一度もないがな」
何なんだよ、こいつは……
「……あんたは」
「あ?」
「あんたは、自分の事しか考えてないのか?他の人の気持ちとか、そんな当たり前の事を考えた事は無いのか?」
「ないね」
即答しやがった。
「……あんたは」
もう、我慢が出来ない。
「あんたはクズだ!剣の腕はたつかもしれないが、人の心が分からない、サイコパスくそ野郎だ!!!」
僕はそう言って部屋を出た。
僕がこいつを見るのはこれで最後だろう。
もう、顔も見たくない。
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「何の用だ?」
深夜、俺リックが宿屋から出ると、そこにはマリアがいた。
「やっぱり出ていくのね」
「ああ、そうだが?」
俺が当たり前だろ?というようにそう言うと、
「ごめんなさい!」
彼女がそう謝って来た。
「気にする必要は無い。お前にとっては俺が帰って来ない方がよかった、それだけだろ?」
彼女の頬を涙が伝った。
「塔の魔物は死ぬ直前に障壁について話したよ。塔を覆ったあの障壁は、俺と最も強い絆を持つ奴が心から帰ってきて欲しいと思えば即解除されるという、外からの干渉にはすこぶる弱いものだ」
「ええ」
「さらに言えば、外にいる方の奴がその事を知らなければ障壁は発動しない」
「確かに、私も魔物からのテレパシーでその事実を聞きました」
「だけど、解除されなかった。正直、最初はすぐ解除されると思っていたけどね。おかげで自力で出る羽目になった」
「……」
「紋章の力を使って、な」
俺は彼女に胸元を見せると、彼女は目を大きくして驚いた。
当たり前だ。
俺の胸元にある紋章が、彼女が知っている時よりはるかに薄くなっていたのだから。
「お前は俺を出そうとしなかった、だから俺は俺の体に封じられている魔王の力を使った。おかげで、世界の終末を呼ぶ魔王を封じる紋章の力がこんなに弱くなってしまったよ」
数千年前、勇者一行が魔王を封じた。
そう、封じたのだ。
殺したわけではない。
では、どこに封じたか?
答えは簡単。
この世界で最も闇を秘めた生き物。
そう……人間の中に、だ。
これは知られていない事だが、勇者は自分の仲間であり恋敵である戦士の体内に魔王を封じた。
恋敵へ対する嫌がらせだろうが、まぁどうでもいい話だ。
そして戦士の弟子、そのまた弟子へと封じた紋章は受け継がれていった。
で、今は俺と言うわけだ。
そして、この紋章に封じられた魔王の力を俺達は利用する事が出来るのだが、当然使えば使うほど封印の力は弱まってしまうのだ。
で、俺が塔の中に閉じ込められたままなら当然魔王も一緒に閉じ込められたまま。
だから彼女は俺を助けようとはしなかったのだ。
すぐ助けてくれると信じた俺が馬鹿だった。
「本当に、本当にごめんなさい」
はぁ……
俺は内心でため息をついた。
「謝罪などいらない。お前は俺を助けなかった、それが全てだ」
「でも……」
「お前は俺がいない方がいいと思った。助けたくなかったんだろ?」
「……」
彼女は黙った。
「まぁ、安心しろ。ご希望通りお前の目の前から消えてやる。二度と会う事も無い」
「待って!私も……私も連れていって!」
「なんで?」
「せっかく再会できたんだから、もう……離れたくない」
「本気で言っているのか」
俺がそう言うと、彼女は黙った。
自分が言っている事を俺が受け入れる事は無いとわかっているのだろう。
「分かっていると思うが、お前の行為は俺に対する裏切りだ。そしてお前も覚えていると思うが。俺は裏切りを決して許さない。殺さないだけありがたいと思え。と言うか、お前じゃなかったらとっくに殺している」
「……」
「ところで、いつまで隠れているつもりだ?ロマノフ」
「いやぁ、ばれてたか」
隠れていたロマノフが出て来た。
「君の事だから黙って出ていくと思ったからな、隠れて待っていたわけだ」
「で、なんの用だ?お前も俺について行くと言うのか?」
「いいや。ただ、別れの言葉くらい言わせてくれよ。親友なんだから」
「俺に親友はいない」
「またまたぁー」
ロマノフは笑って言った。
「君はいつもそう言ってたよね。俺に親友はいない、とか。俺は自分の好きなように生きる、他人が死のうが殺されようが知ったこっちゃない、とも言ってたよね。でも、君は絶対に私達を見捨てなかった。私が友人だと思っていた他の奴らはみーんな命惜しさに私や他の人を見捨ててたり裏切ったりしたけど、君はそんな事はしなかった。いつも誰かの為に戦ってくれていた。命をかけてくれた。信頼を裏切らなかった」
「お前の為じゃない。俺にメリットがあったからだ」
「だとしても、君が何度も私の命を救ってくれたり、裏切らなかった事に変わりはないさ。だから、君は私の親友だ。君がどう思おうと、私は君を親友だと思い続ける」
「そっか。好きにしろ」
「ああ、好きにする。あと、これを持っていくといい」
ロマノフはそう言って俺に袋を渡してきた。
中身を確認すると、高価な宝石が入っていた。
これだけあれば十年以上は遊んで暮らせるだろう。
「いらないね。金は自分で稼ぐ」
「いいから、もらっておいてくれ。これは貸しになるのだから」
「なおさらいらない。お前に貸しなど作りたくない」
「ちがう。これは君が私に貸しを作ったんだ」
「は?」
俺は心底分からなかったが、ロマノフは笑って言った。
「私は君にとって必要のないゴミを押し付けた。だから、私の力が必要になったらいつでも利用してくれ。なにせ、私は君にゴミを押し付けた張本人なのだから」
「お前……」
「まぁ、所詮ゴミだ。店に持っていったら偶然高く売れるかも知れないが、私の知ったことじゃない。君の好きにすればいいさ」
こいつは……
つまり、俺が帰って来る口実を作ったんだ。
年食った割に俺が知っている頃とは全然変わらない。
むかつくような善人だ。
仕方なく俺はその袋をしまった。
「そうそう、お前、わざと息子に嫌われたんだろ?」
「……」
「お前が嫌われればお前の子供はよりマリナさんを大事にするだろうからな。だからわざと嫌われたんだろ?」
「知るか」
「ははっ。まぁ子供の事は気にするな。だてにお前の血をひいてないからな。心配する必要もないさ」
不愉快だ。
俺は、ロマノフを睨みつけた。
「うざい。もう行く」
「そっか。じゃぁ、元気でな。親友」
「もう会う気はないがな」
「そうだな。便りが無いのは元気な証拠。会えないってことは君が元気だと言うことだ」
「一生そのくだらない減らず口叩いてろ」
「言われなくても」
ロマノフはそう言って笑った。
「待って!私も行く」
「マリナさん、こうなったこいつは梃子でも言う事聞かないよ。諦めた方がいい」
ロマノフにそう言われたマリナは、黙った。
どんなに騒いでも結果は変わらない、と気づいたんだろう。
もっとも、必死に我慢しているのだろう、小刻みに震えている。
「元気で……なんて言う必要は無いか。君の元気が無くなる日が来るとは思えないし」
「必ず、必ず帰ってきてね」
マリナの言葉を俺は鼻で笑うと、二人に背を向けて歩き出した。
楽しそうに笑うロマノフの方を向く事なく、俺は歩き出した。
こうして俺は、この国を出て行ったのだが……
わずか三年後にまたこの国に帰って来る事になる。
まぁ、それは別の話だ。
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