第八話 そうして響く、笑い声
最終回です
四度目の生を受けたザビーネが必死になって回避の方法を探していた時に、この魔族の男がザビーネの前にやってきた。
「お前の願いをかなえてやる。だから、お前を寄こせ」
その願い、という言葉に、ザビーネはしばし考えた後、ぼぞりと呟いた。
「……もう、わたくしはエルンスト様とは無関係に生きたい」
だが、魔族の男は言った。
「それだけでいいのか?お前を三度も殺した男に復讐をしたくはないのか」と。
ザビーネは首を横に振る。
「わたくしが受けた屈辱を、辛さを、痛みを、全てエルンスト様にも味わっていただきたい……とまでは言わないわ。ただ……どれほど辛かったのか、それだけは知ってほしい……かしら?謝って欲しいわけじゃない。三度も殺されて、謝罪をされればそれで許せる……なんて、そんなことはないわ。でも……復讐したところで、それが何になるのかしら?既にわたくしは三度殺されている。では、わたくしが三度エルンスト様を殺せばそれが復讐になるのかしら?そんなことをしても虚しいわよ。どうすればいいかなんてわからないわ。ただ、無意味に殺されるのはもう嫌……」
迷うザビーネに、魔族の男は言った。
「では、王太子には夢を見させよう。夢の中で、お前の三度の人生を、繰り返し、見せつければいい」と。
魔族の男はザビーネの辛さが、痛みが伝わるようにと、時間をかけて繰り返し何度も夢でザビーネの過去をエルンストに見せていった。
苦悩し、消耗していくエルンストを見た後に、ある時ザビーネはふと思った。
「戯言だけれど、エルンスト様が幸せになればなるほどわたくしが不幸になって、わたくしが幸せになればなるほどエルンスト様が不幸になる……、なんて。神様がそのようにお決めになっているのかもしれないわね。なら、わたくしのしたことは自衛になるのかしら?それとも復讐になるのかしら?エルンスト様があのように嘆き続ければ続けるほど、わたくし、幸せになるのかしら……?」
「さあな」
「あら。魔族にもわからないことがあるのね?」
「万能の神がいると仮定したところで、その御心など、一介の魔族にわかるはずもない」
「そう……ね」
「他者の思惑ではなくお前はどうなんだ?」
「わたくし?」
「そうだ。お前はもう自由だ。エルンストとかいう王太子に殺されることはもうない」
ザビーネは「自由」と何度かその単語を舌の上で転がしたのち、ふっと笑みを浮かべた。固く閉じていたつぼみが開き、花が咲いた……、そんな笑みを。
「エルンスト様からは自由になったわ。……では貴方は、このわたくしをどのように扱うのかしら?」
「お前はどうして欲しいんだ?」
「あら、選択できるのはわたくしではないわ。わたくしはあなたの契約に乗った。それでエルンスト様からの自由を得た。契約完了に付き、わたくしはあなたに報酬を支払う……。そうだったはずよ」
魔族の男はふっと笑った。人間では浮かべることの出来ないような、恐ろしくも美しい笑みだった。
「そうだったな。では、お前は貰って行こう」
魔族の男がザビーネをそっと抱き寄せる。ザビーネは逆らわずに、男の腕の中に納まった。男の顔が近づき、ザビーネの唇に触れる。
「我が花嫁として迎える。異存はないな」
「ええ。花嫁だろうと奴隷だろうと、わたくしは自分の意志で貴方について参ります。でも一つだけ、先に教えて欲しいことがあるのだけれど……」
「何だ?」
「わたくし、貴方のお名前、知らないのよ。ねえ、旦那様?わたくしは貴方をどのように呼べばいいのかしら?」
魔族の男は一瞬だけきょとんとした表情になった。そして、ゆっくりとその唇をザビーネの耳元に触れさせ、自身の名を告げた。
そうして、ザビーネは侯爵家から消えた。
ザビーネの自室に残されていたのは、一枚の黒い羽根のみ。
メルヴァーイング侯爵が持てる力を使って国中を徹底的に探させたが、手がかり一つすら見つけることは出来なかった。
けれど、時折、ふと思い出したように。閉め切っているはずのザビーネの部屋に、黒い羽根が舞い込んでくることがあった。
侯爵夫妻がその羽根を手に取ると、不思議なことに、その羽根からはザビーネの声が聞こえてくるのだ。
楽しそうに笑う声。
夫妻の知らない誰かの名を呼ぶザビーネの声。
「幸せそうだ」と侯爵が言った。
「そうね……、きっとザビーネは、どこかで幸せに暮らしているのね……」と夫人も答えた。
黒い羽根は、風に飛ばされたようにふわりと侯爵夫妻の手から離れた。そして、淡雪のように、すうっと空気に溶けて、消えた。
- 終 -
完結までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!感謝です。
次回作でもお会い出来れば幸いです。
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新連載始めました。(2022年10月16日追記)
「転生前から好きだった。だから愛妾になれ」と国王陛下から命じられた転生伯爵令嬢の話
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