第七話 婚約は白紙解消となった
学園の入学式からしばらくの間。ザビーネは侯爵家の館から外へは一歩も出ずに、自室に篭りきりだった。もちろん父親であるメルヴァーイング侯爵の承諾を得た上で、だ。
対外的には病を得て、侯爵領にて静養をしているという形を取ってもらっている。色々な噂があるようだが、そんな噂など気にもかけず、ザビーネは淡々と『その時』を待っていた。
「ザビーネ」
「お父様、お帰りなさいませ」
そうして、月の明るいある夜、珍しく夕食の時間前に帰宅した父親をザビーネは母親と共に出迎えた。
「ようやく、お前とエルンスト殿下の婚約を白紙に戻すことが出来た」
ザビーネの父親が馬車を降りるなり、言った。
「白紙解消……ですか?婚約破棄ではなく」
「どちらかと言えば、エルンスト殿下の精神状態がおかしいため、殿下が廃嫡となり、ザビーネとの婚姻が自動解消となった……というほうが正確だろうがな。もちろんザビーネから受けていた『夢と現実の区別がつかなくなったエルンスト殿下により、ザビーネがエルンスト殿下より虐げられていた』との報告も、婚約白紙解消の後押しとなったがな」
「後押し……と、お父様が仰るということは、別の理由もございましたのね?」
「ああ。殿下がな、何とかという男爵令嬢を、学園の二階から突き落としたのだ」
「それは……もしかしてレナとかいう名の、薄桃色の髪の令嬢では……」
「ああ、そんな名だったかな?まあ、令嬢は怪我をした程度だし、王族が男爵令嬢をどうこうしようと別に問題は無いのだが……。学園に入学してからの殿下には奇行が多くてな……」
「まあ……」
「陛下も、あのような精神状態のエルンスト殿下が王位を継ぐのは無理だとようやくご決断されたのだよ」
「殿下はどうなりますの?」
「ああ、北の塔にて静養……という名の幽閉になるだろう」
「そうですか……」
「だからな、ザビーネ」
「はい、お父様」
「この件が落ち着いたのちは、お前も学園に通うことが出来るが、どうだ?」
「そう……ですね」
ザビーネは少しだけ考えるふりをした。実のところ、今後どうするかの心積もりはあったのだ。
「わたくしの、新たなる婚約者は選定済みでございますか?」
「新たな王太子となる第二王子ロベルト殿下には既に婚約者がいるのでな、お前が王太子妃になるのは難しい。他国に嫁すか、それとも……」
「つまりは未定ということですね。では、わたくしは引き続き大人しくしておりますわ」
多分、そろそろ。あの人が……人、ではないけれど、来る……という確信がザビーネにはあった。が、そんな心の内などは噯にも出さず、淡い笑みだけを残してザビーネは自室へと戻った。
そのザビーネの自室には、一人の男がザビーネの帰りを待っていた。侯爵令嬢の部屋に男が入り込んでいるというのに、ザビーネは驚きもせずに、その男に笑顔を向けた。
「やあ」
「あら……やはりいらしていたのね?」
漆黒の髪に、血の色のような赤い目。そして、背中には黒く大きな翼。
「そろそろ全てに方が付くと思ってな」
「さすがに魔族の方は聡いですこと」
「ははは、君のことを愛しているからこそさ」
「嘘つきね。契約完了につき、支払いを求めに来た……というのが正確ではなくて?」
「まあ、それもあるな」
エルンストが見続けていた悪夢。過去三回の人生においてザビーネがエルンストから受けた仕打ちをほとんど正確に、夢として見させていたのはこの魔族の男だった。
次回第八話で最終回です。
本日20時投稿予定です。
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