ピンクのおでこ
この先生は基本プリントを使う、でもたまにノートを出してっていう時もある。たまにすぎて大変困る。だって、完全プリント制ならノートは準備しないでいいし、いつもノートを使うのなら必要ってこと。だけどたまにチラッと使う場合はどうすればいいの?下手にノートを用意すると荷物になるし、ページが余りまくって勿体無い。つまり判断に困る先生なのだ。
「それじゃあ小テストやるよ、教科書閉じて。」
「「えー。」」
決まりきった小テスト、5分以内で2、3問の前回やった範囲を復習するテスト。簡単なテストだから5分もかからないことが多い。でも計算間違いをすると再試があるからみんなこのテストは嫌いみたい。再試は誰だって嫌いだもの、でも最初の結果が低すぎる時は嫌ではあるけれどもありがたくもある。
「忘れてた、絶対再試だ。死ぬ。」
「先生待って、3分待って。」
「待ちません、ほらしまって。始めるよ。」
無情にもテストが配られる。みんなはこの会話は、一応本気ではあるんだろうけれどもお決まりになってる。嫌々ながらも始めるのも、もはや流れ。
今回のテストは大問が2問。解き方は覚えてるし、単純と言えば単純。でもあるよね、単純な解き方なのにくそ面倒臭い計算が出てくる問題。今回のが運の悪いことにそれ、前回やった範囲なんてそんなに狭くないんだからもうちょっとやりやすい問題出してくれたらいいのに。先生はちょこちょこいじわるだ。
うんうんいいながら解いて終了、周りを見るとまだ解き終わってない子も多いみたい。残り20秒くらいかなぁ、解き直しをするべきなんだろうけれど、計算で頭がこんがらがってもう解きたくない。ふと気が向いて、ペン回しを練習する。ペン回しってどうやってやるんだろう?真ん中ら辺を持って見よう見まねでやってみるけれども、回している途中でころりと転がるからいくらやっても埒が開かない。
「はい終わり、ペンを置いて前に回して。」
「先生早すぎでしょ。」
「最悪、ちょうど消しちゃったんだけど。」
「わー、名前書いてない。」
後ろから前に、裏向きにしてどんどん回す。先生が前の人のところに回収に来るまで手元の小テストを裏のまま眺める。なんとはなしに撫でていると、なんだか紙がぼこぼこした。よくよくみると何かいたずら書きを消した様な、そんな跡が残ってる。これは猫か、それともくま、いや逆さにするとクマムシのような……。
「はい、ありがとう。」
「ぁ、はい。お願いします。」
結局なんなのか突き止められなかった。大変残念だけれども諦めよう、先生が気がつきませんように。
「じゃああ教科書197ページを開いて、宿題だった練習問題11、みんな解いてきてる?」
「あー、しまった。」
「今します!」
「……あぁぁ。」
多種多様な反応、もはや見ていて気持ちがいい。あれ、教室を見ていて気がついた、もう寝てる子がいる。
正直なことを言うと、私は数学の時間を昼寝の時間としても有効活用している。簡単な日にしかもちろんできない事だし、率先してやってる訳じゃないのは先に言っておくけど。
数学は基本、先生と一緒に例題解いて、練習問題をして先生の解説。それの繰り返しで授業が構成されている。だから、例題を先生がみんなの質問や雑談でゆっくり解いている間、教科書と先生の言った情報を頼りに解き方をマスターして、先に練習問題も解いてしまうのだ。そうすると、みんなが練習問題をやってる間や、解説の最初の方だけ時間ができて寝れることになる。
「じゃあ、真ん中の列の前から順番に答え言っていって。」
「−13。」「はい。」
「3√5。」「OK。」
「2√−5。」「2√−5?」「えっ、違いますか?」
「計算はあってる、だけど……」
先生が間違えた人に説明を始める。ところが問題はこの子、自分がまずどこの範囲を解いてるのかもあやふやらしいし、考えすぎちゃって答えが支離滅裂になってる。あー、まどろっこしい、フォロー入れたい。
あまりの居た堪れなさに、私はついつい目を逸らして今日の範囲を見た。
あ、なんだこれ普通に解けるわ。
前回とそう大して変わらない例題に安心した私は、さっさと先生の解説を横目にプリントを進めていった。
「先生!分かりました!!」
「分かった?本当に分かったの?」
「大丈夫です、次は間違えません!」
「……心配だから、昼休みか放課後、職員室に来て。軽い確認だけしよう。」
「えー、はーぁい。」
2つ目の練習問題を解き終わり、顔を上げたら先生とその子がまだ2√−5について議論を交わし、やっとひと段落ついたところだった。確かに周りの茶々もあったけれども、かなりの時間と労力をかけている気がする。とにかく私は時間があることに安心して、眠りの世界に入っていった。
ふと意識が覚醒して前を見ると、ちょうど2個目の例題の解説をしていた。丸つけに関しては板書が残ってるし、心配なことはほとんどない。
「……と言うことで、練習問題に早速入ってください。
そうだ、もしかしてもう時終わってる人はいる?いたら手をあげてください。」
はーい
「じゃあ、その人は宿題のプリントを配るのでそれを解いて待ってて。」
そう、ラッキーな日はこうやって宿題が配られる。宿題の理想的な終わらせ方は、学校で全ての宿題を終わらせるってこと。実際にはそれは難しいけど、とにかく家出する量が減るとリラックス度が段違いになる。
と言うわけでその宿題に早速取り掛かることにする。裏表あって大変面倒臭いことが予想される、授業中に配ってもらえて本当によかった。
そんなこんなで、先生の解説やらなんやらを見つつ宿題を進めてたらチャイムがなってしまった。仕方がない、昼休み少し潰すしかないなぁ。
「あのー、宿題集めるのは……。」
ガタガタとみんなが席を立つと、そんな声が聞こえた。どこからか「気付いても言わないで……。」と言う声が聞こえてくるのはきっと空耳ではないだろう。
「ごめん!集めるの忘れてた、ありがとう。
時間ないから教卓に置いて教室に帰って、御機嫌よう。」
「「「御機嫌よう!」」」
みんなの声がいつもより大きい。それはきっと出さなくていいと思って宿題を出す羽目になったことへのヤケと、昼ごはんへの期待があるからなのだろう。
ついでに私は宿題についてほっとしている。朝、睡眠時間を削ってまで解いたプリントを出さないって言うのは、なんだか過去の自分が可哀想になってくるから。
「お腹減ったー。」
「コンビニ一緒行こう!」
「早く、部活の時間なくなるよ!」
さまざまな声が廊下に響いて、財布を片手に廊下を駆けていく生徒が多数見える。廊下は走っちゃいけません、なんて誰が言ったんだろうね。でも実際そうだ、コンビニはお昼のタイミングでアホらしいほど混む。のんびりしてたら10分並んで待つことになったりすし、下手するとコンビニでご飯を買ったけど部活で一口も食べれなかった、なんてことになる。個人的にステージ系運動部系の子たちはお弁当か15分休みに買うことを推奨するな。
教室に戻ると、様子がすっかり変わっていた。5時限目が体育だからか着替え始めてる子が数人、友達と食べるために机と椅子を動かしてる子が多数。独りパソコンをいじり、ヘッドフォンをつけてお弁当を食べ始めてる子幾人か。
私は荷物を軽く整理すると、トイレに向かう。トイレはたっくさんの人が並んでるように見えるけど、それは嘘。なんで混んでるかって言うと、手を洗いたいだけの子がいたり、前髪を整えたい子が屯ってたりするから。実際に用を足したい子なんてたいしていないから、そっちに寄ってから私は手を洗うことにしている。あと、用を足した子を優先的に手洗い場に入れてくれるから有利でもあるんだ。
「今日の前髪最悪。」
「朝の雨のせいだよ、うわぁやり直しだ。」
手洗い場の端っこで前髪を弄ってる子を横目に見ながら廊下に出る。
つくづく女子の前髪熱ってすごいなって、女子のくせして思っちゃうのは仕方がない。だって、朝早く起きて前髪と大格闘して、人によってはうっすい前髪をふわりと綺麗な形にセットして学校に来るわけだ。私は前髪のために早く起きるなんてしたくない、そんな努力ができるのは正直尊敬しちゃう。
授業中に前髪カーラーをくっつけてピンク色のおでこで授業を受けている姿を思い出し、私はちょっと笑ってしまった。
雨でも揺るがない髪の毛って憧れる……。