音量調節機能付き生徒
「おーい、回して。」
頭をなんだかわからないもので突っつかれて覚醒する。目を開けると視界が真っ白に染まっていた。手を目元に近付けるとその正体が判明、前から回ってきたプリントだ。
「ん、ありがと。」
そう呟くように言って、プリントを回していく。時計を見るとまだ10分ちょっとしか経ってなくて安心する。これなら文章を読んで、黒板1枚以下の板書をした程度だろう、今からノートに移せば間に合うし、プリントはながらでも大丈夫。
のそのそと板書を写し始める、確かにチョークの色は見やすく、緑が多めに使われていて分かりやすい。
「今配ったプリント、穴埋めは教科書と資料集を読めば大丈夫だから、やってきてね。次回確認しよう。」
そう言われてふとプリントを見ると、なるほど穴埋めや自由筆記など色々っぽい。そして私は面倒なことに気がついた。このプリント、なんとA3サイズ。普通ノートに貼ることを考慮してb4、5で作ってくれると思うのだけど……どうやって貼ろうかしら?
話を聞いて、板書を写して、のんびりと授業が進行する。
そんな時ふと考えちゃう、なんで眠たくなるのかって。家族の中では少ないけれども、私の睡眠時間はまともなはずだし、夜だけでなく通学中も休み時間もちょこちょこ寝てる。毎日2時に寝てるなんて誰か言ってたから、間違いなく私のクラスの中では睡眠が足りてる方。それになぜだろう、入学したての頃はこんなふうに眠くなることはほとんどなかった。逆になんで寝てるのかな?って思ってたくらいだもの。今ならわかる、眠くて寝るんじゃない、気づかないうちに落ちてるんだ。
授業中の小話に笑ったり、問題を解いたりしてたら1時限目は終了。次は、英語、移動教室。英語はグレード別に分かれている、私は中央のクラス。今日の英語はネイティブの先生だったはずだ。
立ち上がってロッカーに荷物を撮りにいく。ロッカーをごそごそといじっていると、1メートル程先に頑張って雪崩を詰め込んだけれど間に合いませんでした的なノートがかわいそうな風貌を醸し出して落っこちていた。踏まれるのも時間の問題のような気がして、近寄って拾うとぱらりとページが捲れる。
……日本語ではない何かが書かれてて、なんだかノートを貸してあげたくなった。そこには、半分寝ながら気力だけで授業を受けていた痕跡、つまりみみずののたくったような字が羅列していて、もはや漢字かひらがなかの区別すらつかない。そっとロッカーに立てかけるようにして置き直し、私は自分の準備に入った。
休み時間は10分で、残り4分くらいだから教室を移動する。別のクラスに入ると、そのホームルームの人たちがまだ屯していた。なお、英語クラスのために移動してる人は私の他にいない。私は決してせっかちではない筈なんだけど……。
「はじに置かせてもらうねー。」
席の持ち主が作業をしてたから、邪魔しないように教科書を置く。すると、向こうも時間ギリギリになっているのに気が付いてワタワタ準備をしだす。
「ごめん散らかってて、今片付けるね。」
とはいえ、彼女の机の上の惨状はかなりのものだ。1時限目のテキスト、お弁当バッグ、部活の書類、水筒などなど数えだしたらキリがない。一生懸命に準備をするけど授業開始までカウントダウンが始まってる。ついにバンッと音を立てて立ち上がると、鞄や筆箱やらゴタゴタを引っ掴んで出ていった。
「ごめん!邪魔なのは机の中にしまっといて!!」
「Good morning,girls。」
入れ違いに先生が入ってくる、ネイティブの先生は基本英語のみを使う。けれど私は知っている、彼らは日本語が完璧なのだ。廊下で話してるのをみたことがあるけれど、英語が苦手で全くダメって言っていた子がネイティブの先生と話してたんだ。気になってちょっと聞き耳を立ててしまったんだけど、モロ日本語で話しかけているのに日本語の単語混じりの英語で答えていた。あれは絶対、日本語苦手風を偽ろうと懸命に誤魔化しつつ話していたんだ。その技術にはもはや惚れ惚れしてしまう。
キーンコーンカーンコーン
鐘と同時に先生の後ろから生徒たちが入ってくる、小走りでドタドタと入ってペチャクチャ喋って、鐘が成ったのは嘘だったのかしら。
「Hey.」
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、ガタガタキャッキャ
「Girls.」
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、ガタガタキャッキャ
「オイ」
あはははは、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、ガタガタキャッキャ
マーダーでーすーかー?
先生の声は低くなっていく、でもこれもいつも通り、きっと先生は本当にイラついてるんじゃなくていつも通りのルーティーンの、お決まりって感じで呼びかけてるんだろうな。
と、クラスの観察をしながら待っていると、先生が私の目の前(私はモニターの前の端に座ってる)にやってきて、リモコンを手に取った。それをみんなに向けて一言。
「Down down down.」
みんなはそれに気がつくと、Down、というよりも先生のとった突飛な行動にびっくりして静かになった。
「It is a remotecontroler of your volume.Down,OK?」
一瞬の沈黙。そしてクラス全員が爆笑した。私は先生の取ったユニークさに感心して、多分先生を馬鹿にして笑ってる子もいるんだろうけど、それは言わない約束。
「So, let's start today's lesson.First, we have a lesson7 test.」
「「「えーーー!!」」」
クラス揃って大絶叫、もちろん私も叫んだ。だってそんなの聞いてない。テストを避けるために聞いてないっていう子もちょこちょこいる、でも今回は絶対に聞いてないよ。
「聞いてない!」
「言ってない!」
「知らない!」
「I do not know!」
「No no,I said it.」
嘘!私が聞いてないのはもちろん、嘘で聞いてないってごまかす時とみんなの表情、人数が違う。間違いなく聞いてない。
「You did not.」
「そりゃないですよ!」
「絶対、嘘じゃないから!」
「「テストなんて聞いてない!!」」
口々にそういう生徒たちの、最初は誤魔化してテストを延期させようとしているのだと思っていた先生も、様子がおかしいのを気づいたみたい。手に持ったプリントと私たちを見比べて思案しだした。その間、私たちはずっと反対と言い続ける。そりゃテストをするんだったら事前準備ってものがあるもの、単語覚えたり確認したりとか。抜き打ちテストは反対よ。
「So, I understand, you will do this test next week, is it OK?」
「「「OK!!」」」
「万歳!」
「ヒヤヒヤしたぁ。」
猛烈反対オーラが一気に静まって、ほっとしたような空気が流れる。でも結局来週にはやらないといけないんだよね、今回は抜き打ちだったから反対したけど、何でもかんでも先延ばしだけは反対だな。
つらつら考えてたら、先生がなんやら紙を取り出した。
「Girls, look at this picture.」
「よかったー、」「ねぇ、みてこれ。」「悪戯描き?消すのもったいなっ!」
「Girls, be quiet.」
「テストってだるくない?」「それなー。ww」「それで先輩にお願いしたんだけど、」「えー、尊敬しかない。」
ぽちぽちぽちぽち
またリモコンが出た、なんとなくみんなは静かになる。でもこれも慣れちゃったら効果なくなるよね、絶対。
「Girls, look at this.」
紙には人のイラストが描いてある、いっつも思うんだけど、英語圏イラストってなんかキャラが濃い気がするんだよね。個人的に言ってあんまり可愛くない、物によっては判別不可能。
そんなこんなでやっとこさ授業が始まった。
ついでに、リモコンは4回目で効果が全くなくなった。早すぎると思う。
英語って、なんであんな種類あるんでしょうね。
英会話、文法、読解に……役に立つと信じて学びます。
……誰か信じさせて(TT)