昭和二〇年八月四日③
時は過ぎ、日が傾き始めた頃、圭介のお父さんが車で迎えに来た。
「いよいよだな。」
「ああ。ま、戦争が終わったら、またもとの通りに遊べるさ。」
三人が別れを惜しんでいると、綾乃がさちこと作った花束を持ってきた。
「はいおにいちゃん。いつも遊んでくれてありがとう。元気でね。」
圭介と葵が、花束を受け取った。
「ありがとう。綾ちゃんも元気でな。」
「また遊ぼうね。」
二人は車に乗り込み、帰っていった。幸継も綾乃も、車が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「行っちゃった。」
「おにいちゃん。さみしい?」
「平気だよ。また会えるからな。」
「うん!」
手をつなぐ二人の後ろ姿は、なんだか兄妹のように見えて微笑ましかった。
すっかり日が沈みかけ、さちこ達は家路を急いだ。
「遅くなっちゃったね。お父様、心配してるね。」
「大丈夫だよ。しょっちゅうだから。」
幸継はそう言って笑っている。綾乃は夕食に誘ったのだが、みんなが心配すると言うので、あの集落地へ帰っていった。
家に着くと、家の中は薄暗く、人気は無かった。
「父さん、まだ仕事かな。」
幸継を先頭に、今に入った瞬間、二人は暗がりの人影に息を呑んだ。が、それがすぐに幸忠だとわかり、胸をなでおろした。
「な、なんだよ。明かりくらいつけろよな。びっくりするじゃないか。」
声をかけられて、幸忠はようやくわが子が帰宅した事に気が付いたように、
「ん、あ、ああ、幸継か。おかえり。」
そう言った。
「どうかしたの? 明かりも付けないでさ。」
「ああ、そうだね。」
「すぐに夕飯の準備するからさ。待っててよ。」
幸継はそう言って台所に入っていった。
「私も、夕食の準備手伝ってきますね。」
「あ、さちこさん!」
「は、はい。」
突然強い口調で呼び止められ、さちこは驚いて幸忠を見た。薄明かりに見える幸忠の表情は、とても、とても硬かった。
「い、いや。なんでもない。幸継の事、頼むよ。」
「あ、台所ですね? わかりました。」
さちこは幸忠の様子がおかしい事が気になったが、とりあえず台所で幸継の手伝いをする事にした。
幸忠は、さちこが台所に入っていくのを見届けると、大きく息を吐いた。
(まさか、あの優しそうな女性が・・・。)
深い悩みと共に、もう一度ため息をついた。
その後、夕食を食べている時も、お風呂に入っている時も、幸忠の表情は硬いままだった。
「父さん、どうしたのかな。なんか様子がおかしいや。」
「そうね。お仕事でなんかあったのかな。」
幸忠の仕事は海軍司令部で行っている。さちこは、今更ながらに大戦真っ只中にいる事を考えた。この二日間、幸継にかまいっぱなしですっかり忘れていたが、日本は戦争に負けるのだ。
「せんせい、どうかした?」
「・・・ねえ、幸継くん。今日は何日だっけ?」
「四日だよ。」
さちこの中で、忘れていた事が急速によみがえってきた。平和すぎる平成の世の中にあって、誰もが知っている一般常識を、今の今まで忘れていたからって、何が悪いだろうか。
「八月、四日・・・。」
「そうだよ。どうかしたの?」
「八月、四日・・・。」
さちこは、軽いめまいを覚えながら縁側に腰掛けた。
「せんせい、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫だから・・・。」
「ちょっと待ってて、お水持ってくるから。」
幸継は台所に走っていった。
(忘れていた。ここは昭和二〇年の広島・・・。だとしたら、明後日は、八月六日は・・・。)
「せんせい、お待たせ!」
幸継から受け取ったコップを片手に、さちこは心の動揺を抑える事が出来なかった。
続く
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