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昭和二〇年八月四日①

昭和二〇年八月四日


 翌朝、幸継は宣言通り日の出と共に目を覚まし、着替えを済ますと、さちこの寝ている部屋のふすまをそっと開けた。


(せんせい、まだ寝てんだろうな。こんなに早くに起こしたらビックリするかな?)


 そんな事を考えていたが、部屋の状態を見て驚いてしまった。机に突っ伏したまま、さちこは寝ていた。


「何やってたんだよ。そんなんで寝てたら、いくら夏だからって風邪引いちゃう・・・。」


 良いかけて幸継は言葉を詰まらせた。さちこが突っ伏したまま大事そうに抱えていた物、それは、やけに色とりどりの、そう、グローブだった。


 さちこは、現代から持ってきた教材の残り布を使って、幸継達にグローブを縫ってやったのだ。幸継達の野球道具は、昨日、せっかくのお別れ会で、米軍機の為に滅茶苦茶になってしまったのだ。


 幸継は嬉しい気持ちで一杯になった。昨日会ったばかりの見ず知らずの女性が、自分達の為に徹夜して頑張ってくれたのだ。母親のいない幸継には、久しく忘れていた懐かしい感情が沸き起こり、なぜだか無償に涙が込み上げてきた。




 すっかり陽が高くなった頃、さちこは目を覚ました。


(いけない!)


 寝過ごしてしまった事にさちこは飛び起きた。が、しっかり布団の中で眠っていた。誰かが、転寝していた自分を布団に運んでくれたのだ。


「おはよう、朝ごはん出来てるから、食べようよ。」


 洗濯物を干しながら、幸継が声をかけてきてくれた。良く見れば廊下の板もピカピカだ。朝食、洗濯、掃除も幸継はこなしてしまったらしい。


「ごめんなさい。家の事、手伝うって話していたのに・・・。」


 ばつが悪そうに言ったさちこに、幸継は元気良く答えた。


「気にすんなよ。それよりせんせい、ありがとうな。その、グローブ・・・。」


「あ、ごめんね。上手に出来なくて。」


「ううん。すごく嬉しいよ。圭介も葵も絶対喜んでくれるよ。ま、ちょっと派手かもしれないけど。」


 幸継はそう言って笑顔を見せてくれた。


「せんせい、朝ごはん食べたら、出掛けよう!」


「そうね。」


 2人は遅めの朝食を済ませた。その間、幸継は父親の事をたくさん話してくれていた。もともと幸忠は、海軍中尉として巡洋艦の艦橋に勤務をしていた。ラバウル島防衛部隊撤収の際、地上からの敵砲撃弾が巡洋艦の艦橋に命中し、不幸にも撤収の指揮を取っていた幸忠の足を吹き飛ばしてしまったのだ。


 それでも幸忠は、生き残った仲間達を無事に撤収させた。もっとも、負傷兵と共に、本土へ送り返されてしまったが。


 広島へ戻って療養した後、再び海軍司令部に徴収され、呉市にある海軍指令本部で働いていると言う。そこでどんな仕事をしているのかは、機密事項だと言って教えてもらえないらしい。




 後片付けも終わった頃、幸継がグローブを持って部屋に入ってきた。


「意外と、感じ良いよ。」


「そう、よかった。」


「もうすぐ時間だから、行こうよ。」


 2人は準備を終えて、昨日よりも蒸暑い日差しの中を、待ち合わせ場所へ向けて歩き出した。蝉の大合唱が2人を包み込んだ。


 幸継はさちこが作ったグローブを抱えていた。圭介と、葵の分だ。ボールは自宅にあった残りをもってきた。バットは・・・何とかなるだろう。


「今日はアメ公が来なきゃいいな。」


「大丈夫よ。そんなに毎日来ないから、今日くらいは大丈夫って思ってなくちゃ。」


「・・・そうだね。せんせいって前向きだよな。」


 幸継はそう言って駆け出した。


「さちこせんせい! 早く来ないと置いてっちゃうよ!!」


「あ、こら。待ってよ!」


 流れる汗も気にせず、二人は圭介達の待つ空き地へ急いだ。




 その頃、


「ただいま。帰ったぞ。」


 幸忠は玄関先で片足分の靴を脱ぎながら言った。


「幸継! さちこさん?」


 杖を付きながら、幸忠は今の襖を開けた。考えてみればまだ夕方にも早い時間だ。幸継も遊びに行っているのだろう。今日は、たまたま仕事が早く片付き、そのまま帰ってきた。


 幸忠は自分でお茶を入れ、居間に座った。今日の会議は散々だった。幸忠は軍司令部の人間だ。今の日本の状況がどれだけ厳しいかは、国民の誰よりも知りえる立場にいた。今日の会議と言うのは、今後、一層苛烈を極める米国軍の猛攻にどう立ち向かって挽回するか、と言うものだった。


 挽回、そんな物は絵空事で、叶うはずもないものだと誰もがわかっていた。軍人は皆、勝手な生き物だ。作戦会議とは名ばかり、どいつもこいつも、どう名を惜しんで死ぬかを考えてばかりいる。国民の事なんか考えてはいない。


 加えて、今日は米国軍が新しく開発した超兵器を、まもなく日本で使用すると言う話も出た。一瞬で町が無くなってしまうと言う信じられない物だ。


「ばかばかしい・・・。」


 幸忠はそう呟くも、もしもそんな物が使われたら本当に日本はおしまいだと思った。そうなったら、自分はともかく、幸継はどうなってしまうのであろうか。妻が残してくれた忘れ形見、今の幸忠にとっては、幸継の存在は総てだった。


続く

ここまでお読みいただきありがとうございます。

\(^o^)/


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