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昭和二〇年八月三日③

 結局、さちこは幸継の好意に甘え、家にお邪魔する事になった。


「じゃあ、また明日、な。」


「うん。」


「せっかく、幸継が計画してくれたのにな。」


 三人とも、さみしそうだ。


「あの、さ。引越しするの、明日の夕方でしょ? 明日また、お別れ会すればいいじゃない。明日の朝、またあの広場に集合しましょ? ね。そうしようよ。」


 さちこは三人にそう提案した。時代は違っても、子供たちを笑顔にするのが、自分の役目だと考えたのだ。


 しばらく無言だったが、


「・・・そうだね。このままやられっぱなしじゃあ、悔しいからね!」


「明日、またこの場所でね。」


 そう言って別れた。




 圭介と葵が家路に付いた後、さちこは幸継に聞いた。


「幸継くんのお父さんって、どんな人?」


「日本海軍の中尉だよ。もっとも、ラバウルで怪我をしてから家にずっといるけど・・・。だから、おれがおっきくなったら、絶対海軍に入って、立派にお国の為に戦うんだ。」


 まっすぐな言葉だった。しかし、さちこの心は複雑だった。ここはどうやら本当に昭和初期の時代らしい事は、信じたくなくても信じざるを得なかった。聞く限りでは、もっとも純粋で、もっとも過酷な時代。それが大戦中の日本だった。


「おねえちゃんは何の仕事してるの?」


「私? 学校の先生をしてるよ。」


「へぇ! すごいんだね!!」


 幸継は心底驚いた顔をしていた。それを見て、なんだかさちこはおかしくなった。自分が先生なのが、この少年にはそんなにも以外だったのだ。




 幸継の家は、郊外に少し離れた場所にあった。木造の、大きな家だった。


「ただいまぁ!」


 幸継が玄関先で声を出すと、奥から三十台半ばと思われる男が出てきた。身体付きはがっしりしていて、表情は温和そうだが、瞳はきりっとしていて威厳があった。何よりさちこが驚いたのは、男の左膝から下が無かった事だ。


「空襲があって心配していたところだ。無事でよかった。」


 男は子供に声をかけた。そして、目線をさちこに移し、


「幸継、そちらさんは?」


 と、問いかけた。


「空襲の時に一緒に防空壕に居てくれたんだ。東京から歩いてここまで来たんだってさ。学校のせんせいをしてるんだって。夜は外出禁止令が出てるし、もう遅いから、家に泊めてやっても良いだろ?」


「東京からか!? それは難儀しましたなぁ、東京大空襲では十万人の方が犠牲になったとか、よく無事だったね。まぁ、何も無いが上がってゆっくりしていきなさい。」


 男はそう言うと居間にさちこを案内してくれた。部屋はやけに暗い。電球はあるものの、その回りは長い布でカバーがしてあり、光が真下にしか届かないようになっていた。さちこは、電球の明かりが空襲の目印にならないようにこうしていた事を、何かで聞いた気がしていた。


 隅には仏壇があり、優しそうな女性の笑顔の写真が飾ってあった。


「母さんはおれが小さいころに病気で死んじゃったんだ。」


 幸継は少しだけ寂しそうに話してくれた。


「でも、寂しくなんか無いよ。父さんもいるし、戦争で死なれるよりはいいよ。」


 幸継は手を洗うと、父親とさちこに手馴れた動作でお茶を用意してくれた。


「ありがとう、幸継くん。」


 さちこは礼を言うと、早速お茶を一口飲んだ。事故があった後、何も口にしていなかったので、ようやく一心地付けた気分だった。


「じゃあ、おれ、夕飯の準備するから。」


「あ、私も手伝うよ。」


「いいよいいよ。せんせいはお客様なんだから、ゆっくりしてなって。」


 幸継はそう言ってさちこを押し止めると、台所へ入っていった。


「さて、東京から来たとの話だったが、どこまで行くつもりだったのかね?」


 幸継の父、幸忠はそう聞いてきた。さちこは突然の問いかけに、一瞬言葉を詰まらせた。


「あの、私・・・。」


 言葉が出なかった。そもそも、自分がタイムスリップしたらしいなんて事を、一体どうして話したら良いのか。それ以前に、話したところで、信じてもらえるわけが無いのだ。


 さちこが何も答えられぬまま無言でいると、幸忠は怪訝そうな顔になってきた。


「・・・まさかあんた。逃げ出してきたんじゃなかろうね?」


 幸忠はそう言った。後で知った事だが、この時代、あまりに労働が厳しく、土地を捨て逃げ出して行く者も少なくないと言う。捕まれば強制連行され、その末路は哀れだったという。


「私は、事故にあって、それで・・・。」


そこまで言いかけた時だった。


『川長さん! 川長さん! 土地の者でない女が家に入っていったと通報があったが、いったいどうなっとるのかね!?』


 扉を叩きながら、外から大声で叫ぶ声が響き渡った。幸継があわてて台所から飛び出してきた。


「父さん、特高だよ! 畜生、目ざとく見てやがったんだ!」


 特高。特別高等警察の略で、戦争に非協力的な人や、反戦を唱える人を弾圧する為に組織された人達。引き渡されれば、さちこは厳しい尋問を受ける。


 おもむろに幸忠は立ち上がり、杖を突きながらゆっくり玄関へ歩いていった。さちこは居間から動けず、じっと、耳を済ませていた。


「何だこんな時間に! そんな大声を上げんでもいいだろう!!」


「すまんです中尉。ちょっとたれ込みがあってですね。このあたりじゃ見た事のない女が幸継と家に入っていったとか、近所のみんなが心配しましてね。どうなんですか? そんな人来たんですか?」


 そんなやり取りをしている時に、幸継が廊下へ飛び出した。


「おう坊主! お前さんと一緒だった女の人は誰なんだ?」


「・・・。」


「どうした。黙ってちゃわからんだろう? 最近は郷里を捨てて逃げ出してくる奴もたくさんいるからな。」


「せんせいは、そんな人じゃないやい!」


「先生?」


 さちこは身を震わせた。さっきの幸忠の態度、明らかに自分に不信感を抱いている。突き出され、連行されたら自分はいったいどうなってしまうのか? 考えただけでも心が不安で一杯だった。


続く

ここまでお読みいただきありがとうございます。

\(^o^)/


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