表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PURE WIND ~ヒロシマの奇跡~ 【完結】  作者: 水野忠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/20

昭和二〇年八月五日④

 さちこは、自分が未来から来たという事、広島の原爆の事、長崎、終戦に至るまでの事を知りうる限り細かく話した。明日の原爆投下はもう免れない。でも、幸継だけは何とか助けたい。その思いを告げた。


「歴史は止められない。どうしようもないかもしれない。でも、誰か一人でも、幸継くんだけでも、助ける事が出来たら。だから・・・。」


 一通りの話を終えると、少しの間沈黙が包んだ。幸忠は、一〇〇%信じたかどうかわからなかったが、それでも、幸継を助けようと動いてくれた。


 老婆はおもむろに立ち上がると、静かに屋敷の中へ消えていった。


(やっぱり、信じてなんてもらえるわけないよね。)


 しばらくすると、落胆したさちこのところに、老婆はゆっくりと戻ってきた。この時間だ。もう辺りは日が沈み、明かりを付けてはいけない以上、不気味なくらいに真っ暗だった。差し出されたのは、どうやら封筒のようだった。


「みんなお国に持っていかれちまったからねぇ。これしか都合出来なかったけど。多少の旅費にはなるだろうよ。お使いなさい。」


「おばあ様。」


「そんな突飛な話、にわかに信じられたものじゃないけど、でも、お嬢さんや幸忠さんが嘘を言ってないのは瞳を見ればわかるってもんさ。」


 さちこは差し出された封筒ごと、老婆の手を握り締めた。これで、幸継だけでも助ける事が出来る。


「おばあ様。ありがとう、ありがとうございます。」


 老婆はそう言ってにっこり微笑んだ。


「さあ。もうお行き、あたしはここで明日を待つ事にしようかね。」


 とも、言った。


「こんな時代にこの歳まで生きてこられた。明日、やっとじいさんと唯の所に逝けるんだねぇ。ありがたい事じゃないか。ずいぶん待たせちゃったからねぇ。」


 そう、ここに残ると言う事は、『死』を意味する。


「おばあ様、ごめんない・・・。ごめんなさい。」


 さちこは他に言葉もなく、ただ、ひたすらそう繰り返すしか出来なかった。孫のことを優しく想うこの老婆に何もできないことの無力さが悔しかった。ただひたすら、感謝と謝罪の言葉を繰り返すし、涙を流すことしかできなかった。


「さちこさん。あんたが縁も所縁もない幸継の事を一生懸命に守ろうとしてくれてた事が、本当に嬉しくってね。何でそんな先の時代から来ちゃったのかわからないけど、戻れるように祈ってるよ。」


 さちこの肩をさすりながら、それは優しい言葉をかけてくれた。


「考えてみるとさ、あんたは幸継を救う為に、わざわざ神様が寄こしてくれたんかもしれないねぇ。・・・さぁ。幸忠さん、まだ準備もあるでしょう。もうお行きなさい。ここは、もう心配しなくていいからね。」


「・・・わかりました。お義母さんも、お達者で。」


 幸忠は、背筋を伸ばし、片足でバランスを崩しながらも深々と頭を下げた。さちこも、幸忠にならった。


 二人は、未練を感じつつも、鳴沢屋敷を後にした。二人にとって、あまりに残酷な現実、これが老婆との今生の別れという現実。


 家路に向かう途中、


「さちこさん。悪いが、先に帰って幸継の出発の準備をしておいてくれないか。」


「幸忠さんは?」


「私は、このまま駅に行き、切符の手配を済ませてくる。今夜汽車があるかわからないが、明日の朝の始発なら間違いないだろう。時間は少ないが、無駄には出来ない。」


 そう言うと、さちこから封筒を受け取り、暗がりの中を広島駅へ向かってくれた。




 家に着くと、相変わらずの暗がりの中、居間で眠っている幸継を発見した。机の上には、三人分の食事が用意されていた。もう食べなれた戦時中の食事、それでも毎度毎度出てくるのは、幸忠が海軍中尉であるという事と、鳴沢家の援助があったからというのが、今更ながらに心にしみてきた。


「幸継くん・・・。」


 さちこは、風邪を引かないように、掛け布団を持ってきてかけてやった。そして、家の中を探し、大きな古いカバンを二つ持ってきた。その中に、幸継の着替えを詰め込んだ。


 次に、もう一つのカバンには、幸忠の着替えや、足の怪我の薬など、幸継がこの三日間で話していたことを思い出しながら用意した。さちこ自身の準備と言えば・・・平成から一緒に迷い込んできたいつもの仕事カバンと、『昭和史』の本だけだった。




 暗がりの中で、準備を終え、幸忠の帰りを待った。それにしても、あれからだいぶ時間が過ぎたはずだ。時計を見ると、二二時を指していた。鳴沢屋敷を出たのが一九時過ぎくらいだった。いくらなんでも、ここから広島駅までは、普通に歩いて一〇分と掛からない。いくら幸忠が片足で松葉杖を付いているとはいえ、帰りが遅すぎた。


(どうしたんだろう。)


 さちこは心配になり、玄関先に出て通りを見回した。


「こんばんは。」


 声をかけられ、振り返ると、三日前に通報があったとかで調査に来た特高の裕一郎が立っていた。


「あ、こんばんは。えーと。」


「特高の長浜です。」


「どうも。」


「こんな夜分にどうなさいました?」


 相変わらず、疑いの目線で声をかけてくる。よそ者は、警戒しなければならないと言うところなのだろう。


「幸忠さんの、帰りが遅いもので、心配になって出てきたんです。最近は物騒だからって、おっしゃってたでしょう?」


「そうですな。灯制命令が出てますから、夜は真っ暗ですし、戦時中の火事場泥棒も横行しておる。それに・・・。よそからいつの間にか入り込んでくる米軍のスパイなんかもおるからなぁ。」


 そう言った裕一郎の顔は、さも、「お前だよ。」と言いたげな表情だった。


「大変ですね。じゃあ、物騒ついでに、広島駅に行ってるはずだから捜してきて下さいませんか?」


「広島駅? 何の為に。」


「さあ、中尉様のお考えは軍の機密事項に直結しますから、身内と言えども家では軍の話は出来ませんし。」


 精一杯の、さちこの演技と虚勢だった。ここで一騒動起きようものなら、自分はともかく、幸継の広島脱出すら危うくなってしまう。


「そうですか。自分も任務がありますので、広島駅は巡回がてら見ておきましょう。川長中尉にお会い出来たら・・・。」


「さちこ、です。」


「さちこさんが心配しておりましたと伝えましょう。そんなわけですから、あんたもあんまり不用意に外は出歩かないようにお願いしますよ。」


 裕一郎はそう言って、暗闇へと歩き出した。


「あ、長浜さん。」


「・・・何か?」


「お勤め頑張って下さい。」


 笑顔でそう言ってやると、


「・・・どうも。」


 裕一郎は相変わらず無愛想にそう答えると、頭をかきながら暗闇の中へ消えていった。さちこにはわからなかったが、きっと、裕一郎みたいなネズミ取りとも言える特高は町中を徘徊しているのだろう。




 他の特高に見付かるのも面倒だと思い、さちこは仕方なく家の中に入った。そして、ひたすら幸忠の帰りを待っていた。幸継の作った夕食を簡単に済ませ、後片付けもした。しかし、幸忠は帰ってこない。


 この時代、携帯電話もなければ、ポケベルもない。メールで連絡を取るなど、ありえないのだ。一度、連絡が取れなくなると、さちこにはどうする事も出来なかった。


 縁側からサンダルをつっかけると、庭へ出た。辺りは、恐ろしいくらいに静寂で、時折、風にざわめく木々の音、虫達の鳴き音、遠くからかすかに聞こえる鳥の羽ばたく音、そんな自然界の微かな音が聞こえてくるだけの世界だった。


「何が、あったの?」


 その時、ふと見上げた空を見て、さちこは驚いた。確かに当たりは闇が支配していたのに、月も雲に隠れているというのに、空は、空は青かった。そして、何かを暗示するかのように、星が一つだけ、静かに瞬いていた。その星は、さちこ達を守る守星なのか、それとも、災いをもたらす凶星なのか、さちこにはわからなかった。


(幸忠さん・・・。どうしてしまったの?)


 ただただ、幸忠を案じながら、空を見上げるしかなかった。


続く。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

\(^o^)/


作者激励のために、

ぜひいいねとブックマークと高評価での応援をよろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ