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PURE WIND ~ヒロシマの奇跡~ 【完結】  作者: 水野忠


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13/20

昭和二〇年八月五日③

 家までの帰り道、幸継はずっと黙っていた。さちこの様子がおかしい事に気が付いているんだろう。


「せんせい、なんかあったの?」


 家の玄関先について、やっと幸継が口を開いた。


「うん。ちょっとね・・・。」


 何を、どう説明していいのかわからなかった。自分がタイムスリップしてきた事も、明日には広島の町が消えてなくなってしまう事も、どうやったら説明出来るのか、さちこにはわからなかった。


 あたりはすっかり暗くなっていた。部屋に入り、時計を見ると、すでに午後六時過ぎだった。あと、一四時間・・・。さちこの中で、無情なカウントダウンが始まっていた。


「とりあえずさ。せんせい、朝からほとんど食べてないだろ? 夕飯作るからゆっくりしててよ。お風呂も沸かしてくるからさ。」


 幸継の言葉も、さちこの耳には届いていなかった。




 幸継が夕食の準備をしている間、さちこは仏壇の前に立っていた。笑顔の白黒写真が大きく引き伸ばして飾ってあった。とても、優しそうな女性だった。


(幸継くんのお母さん。確か、唯さんって言ってたっけ。)


 さちこは線香に火を付け、仏壇に供えた。手を合わせ、そっと、お祈りする。


(どうか、幸継くんを助けて下さい・・・。)


 切ない、必死の願いだった。


「せんせい、出来たよ。」


 幸継は、配膳しながら、懸命に仏壇に向かって祈るさちこの姿を見た。


「せんせい?」


「ああ、ありがとう。また任せちゃったね。」


「いいよ。それよりきれいな人だろ? おれの母さん。もっとも、あんまり憶えてないんだけどね。」


「幸継くんが小さいときに亡くなったんだよね。」


「うん。小さい頃って言っても、ホントに小さかったから、写真見てもいまいちピンとこないんだよね。まだ、一歳くらいだったはずだからさ。」


「そうだったんだ。」


「出産も大変だったらしいけど、結核にかかってすぐ死んじゃったんだって。」


「じゃあ、お父様も大変だったね。」


「うん。戦争が始まってからは、さっきの鳴沢のばあちゃん所で暮らしてたからさ。」


「そうだったの?」


「だって、あそこは母さんの実家だから。」


 びっくりだった。老婆は幸継の実の祖母だったのだ。だからこそ、早くに母を亡くしてしまった幸継の事を気にかけ、見ず知らずの自分に孫の事をくれぐれもと願ったのだ。


 さちこの中に、一つの考えが浮かんだ。うまくいけば、少なくとも幸継だけは助けられるかもしれない。


「幸継くん。ごめん、おばあさんの所に忘れ物しちゃったから取ってくるね。」


 さちこはそう言うと、昭和史の入ったバックごと、取り上げると、急いで家を飛び出した。


「せんせい、夕食は?」


「ごめん! 後で食べる!!」


 と言う声すら、どんどん遠ざかっていった。


「もう! また逃げられた。」


 事情のわからない幸継は、頬っぺたをこれでもかと言うくらいに大きくさせた。




 さちこは鳴沢屋敷に駆け込んだ。事情を話して、幸継を何とか汽車に乗せたい。でも、この時代の人間ではないさちこには、お金も無ければ、この時代の汽車の乗り方すらわからなかった。


 庭を駆け抜け、玄関に差し掛かり、老婆を呼び出そうとした時だった。


「お願いします!」


 と、言う声が聞こえた。その声の主は、幸忠だった。


「幸忠さん。」


「あ、さちこさん・・・。」


 さちこに気が付くと、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに目をそらし、老婆に再び頭を下げる。


「こんな事、お願い出来るのはあんたしかいないんだ。」


「そうは言われてもねぇ、理由もなく金を貸せって言われても、幸継の為なら出しますけど、それにしたって、わけを聞きたいねぇ。」


「幸忠さん。いったいどういう事です?」


 さちこが訊ねると、幸忠は、搾り出すような低い声で話し始めた。


「幸継を、広島から脱出させるんだ。」


「えっ?」


「もう、時間がないだろう。広島を出るんだったら、今夜か、明日の始発しかないんだ。」


「幸忠さん・・・。」


 幸忠は必死になって頭を下げている。さちこは、普段は表に出さない幸忠のわが子に対する思いの強さを見た。


「おばあ様、私からもお願いします。信じてもらえないかもしれないけど、全部、話しますから。」


 さちこは、そう言って『昭和史』を取り出した。信じてもらえるわけがない。そうわかっていても、話さずに入られなかった。


続く

ここまでお読みいただきありがとうございます。

\(^o^)/


作者激励のために、

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