平成一七年六月二十日①
登場人物紹介
加藤さちこ・・・涼風幼稚園の先生。『さちこせんせい』の愛称でみんなから慕われている。
子供が大好きで仕方のない優しい先生。
川長幸継 ・・・広島市内に住む一二歳の少年。元気はいいが口が達者。
石山綾乃 ・・・幸継の友達の五歳の少女。両親はいない。
川長幸忠 ・・・幸継の父。日本海軍中尉。
鈴木美穂 ・・・涼風幼稚園園長。敬虔なクリスチャン。
長浜裕一郎・・・特別高等警察の中級幹部。元海軍で幸忠の部下だった。
川長唯 ・・・幸忠の妻で幸継の母。産後、結核で亡くなっている。
鳴沢美佐子・・・近所に住む地元の名家の老婆。
宮島圭介 ・・・八百屋の息子、幸継の親友。
酒井葵 ・・・幸継の友人。
小嶋ゆみ ・・・特別出演、さちこの同僚の先生。
平成一七年六月二〇日
「さちこせんせい!」
この声は、園児の忠親の声だ。さちこ先生は声で園児が誰だかわかる。忠親は腕白盛りで、クラスの中でも一際元気な男の子だ。
「どうしたの、ただちかくん?」
さちこが聞くと、忠親は元気一杯の笑顔で答えた。
「おれ、トイレ行ってくる!」
そう言って忠親はダッシュでトイレの方へ駆けて行った。予測のつかないところも忠親の面白いところだ。
「転ばないでね!」
さちこは忠親の後姿にそう呼びかけた。まだ初夏だというのに、建物の中でも十分に蒸暑い。梅雨なのか夏なのか、最近の気候はよくわからない。
「さちこ先生。もうそろそろ保護者の方のお迎えですから、よろしくお願いしますね。」
声をかけてきたのは、ここ、涼風幼稚園の責任者で鈴木美穂園長だった。
「はい。すぐに準備させます。」
そう答えながら時計を見た。教室の時計は八時一五分で止まっている。どうやら電池が切れてしまっているらしい。さちこは職員室に電池の在庫があったかどうか見に行く事にした。
職員室に入ると、すうっと涼しい風がさちこの頬を撫でた。どうやら職員達は耐え切れず空調を付けたらしい。そう、職員室をはじめとする各教室には、何年か前から空調機を完備しているのだ。猛暑の年は、放っておくと室内温度が四〇℃以上になる事もある。まだ幼い園児達にとって、その温度は命取りになりかねない。(作者の通った各学校にはそんな物はなかった!)
職員室に入り、さちこは戸棚から電池を取り出した。すぐに教室に戻ると、教室では、子供達が誰に言われるでもなく、しっかりと帰りの準備を終えていた。入園してきた当時はまとまりのなかった園児達も、年長にもなると立派にお兄さんお姉さんの様相をしていた。
「先生。時計止まってる!」
気が付いて教えてくれたのは活発でいつも元気な愛華だ。
「大丈夫、先生電池持ってきたから。」
さちこはそう言って時計を取り外し、後ろ側から電池を取り出して、新しい物と取り替えた。
「電池を換えれば、元通りっと・・・あれ?」
「先生、動かないね。」
「変ね。壊れちゃったのかなぁ。」
電池を入れ替えても、時計の針はピクリとも動かなかった。今の時間を確かめようと、さちこは自分の腕時計を見る。
「あ、先生の時計も止まってるよ。何時かわかんないね。」
「じゃあ、まなかが時計見てきてあげる!」
言うが早いか、愛華は教室を飛び出していった。
「おれも行く~」
忠親も一緒になって出て行った。やれやれと二人を見ていたさちこだったが、ふと、止まってしまった自分の腕時計に目をやった。
さちこの腕時計は、不思議な事に教室の時計と同じ八時一五分で止まっていた。珍しい事もあるんだなと、一人で感心していると、
「せんせい。もうみんな並んでる!!」
「うそ! はい、みんな外に行くよー!」
さちこ先生はあわててみんなとお迎えの為に外へ出た。
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