事件
「今のは…〈千里眼〉。」
エリスは〈千里眼〉で、魔物の咆哮が聞こえた地点を見る。
――あの魔物初めて見た。応戦しているのはイーデンか。エフィさんはどこにいるんだ?
「2人共ここにいたのか。」
「エフィさん。あの魔物は何ですか?」
「ん?ああ、千里眼で見たのか。あれはフォダリという、獅子族のA級の魔物だ。イーデンでも問題なく対処できると判断したから、私は受験者の救助に回っているんだ。丁度いい、怪我人が少し多いんだ、エリスちゃんにも手伝ってほしい。」
エフィから事件の説明を受け、エリスとアーネはエフィに連れられ、10階層ごとに配置された安全地帯に向かう。
30階層と31階層の間に存在する安全地帯には、今回の受験者約100人の内、14人が重症、53人が軽傷を負っている。
「それでは、重傷の方を集めてください。」
エリスはエフィが用意した、純白のローブを羽織り、顔が見えない様に深くフードを被る。
――私はギルドで聖魔法は使えないと登録してある。だから、顔をバレてはいけない。
「〈聖魔法〉パーフェクトヒール。」
フォダリが暴れたことで起こった崩落で、腕や足を失ったものが完全に五体満足の状態に戻る。
「奇跡だ!パーフェクトヒールを使える魔法士は世界に数えるほどしかいないと聞いている。そんな方がこの都市に居合わせていたとは。」
軽傷の受験者の数人が、エリスの使用したパーフェクトヒールを言及し、白いローブを纏う少女を称える。
「これで重傷の方は終わりましたね。次は軽傷の方を集めてください。」
軽傷者を集め、エリスは彼らを一度に治す。
「〈聖魔法〉オールヒール。」
軽傷者全員の傷が1度に一瞬で塞がる。
「ありがとうございます。」
エリスに救われた受験者たちは、口々に感謝を述べ、頭を下げる。
「いえ。礼には及びません。もう少し早く着いていれば、皆さんの苦痛をより早く取り除けたのですから。」
「なんと謙虚な…天使だ!」
――白いローブを纏う少女エリスちゃんは天使じゃなくて吸血鬼だけどね。それにしても、こんなスキルだけでなく、あんな演技もできたとは。誰も彼女をエリスちゃんとは思うまい。
エフィは横に立つ、白いローブを纏う少女とは別のエリスを一瞥し、そう心の中でつぶやく。
〈血液操作〉の応用〈血液分身〉によって、エリスは偽のエリスを作った。吸血鬼の、血液が一滴さえ残っていれば、完全に身体を修復するという特性を生かし、〈血液操作〉により、体外に出された血液で自身の身体を再現するというスキル。血液で再現しているだけのため、〈血液操作〉で分身は自由自在に操れる。ただし、臓器等を再現することはできず、声を出すことはできない。
「エリスちゃん、アーネちゃん。彼女を地上まで護衛してくれる?」
「わかりました。」
エフィの指示にアーネは元気よく返事をし、エリスは首を縦に振り頷く。
「それでは行きましょう。」
「わかりました。」
アーネは白いローブを纏う少女の手を引き、地上へと連れていくため、その場を後にする。
その後、白いローブを纏うエリス本人と、エリスの分身を入れ替え、白いローブを纏う分身を地上まで護衛する。地上に到着すると、白いローブを纏う少女が存在が破綻しない様に記録を残し、〈血液分身〉を解除して、2人は安全地帯に戻る。
「戻りましたが、何かありました?」
エリスはエフィの表情に動揺を感じ、質問する。
「ああ、お帰り。実はね、先程イーデンが帰還したんだが、左腕を欠損していてな。白いローブを纏う少女がいない今、どうしたものかと。うーん。仕方ない。」
エフィは浮かない顔でイーデンに近寄り、〈パーフェクトヒール〉を発動する。
「エフィ様も使えたのですか?」
受験者の1人が聞いた。
「うん。でも、先日覚えたばかりで安定しなくてね。だからさっきは、失敗する可能性のある私じゃなくて、必ず失敗しない、丁度、オルニスに居合わせた彼女にやってもらったんだ。まぁ本音を言うと、まだ聖魔法がレベル10に上がったことをギルドに伝えてないから、使いたくなかったんだ。」
「なるほど…」
エフィの本音に複数の受験者が納得する。何故なら、スキルの報告忘れはかなりよくあることだからだ。
「さて、イーデン。状況を聞こうか。まさか、あんな雑魚にやられたわけじゃないだろう?」
「ああ…フォダリを殺した後、2体の魔人が現れたんだ。種族は分からねぇが、ドレスの女と、執事服の男だ。」
「そう…多分だけど、そのどちらかが僵尸族だろう。あの、フォダリには眷属化が施されていた。」
「ああ。道理であのフォダリ、血が出ねぇわけだ。」
エフィはイーデンの説明に、少しを思考を巡らす。そして数秒後、悪意のある笑みを浮かべ、
「それで、君はどっちの魔人にしてやられたんだい?」
と、笑いを含んだ声で質問する。
「チッ!ムカつく女だ。」
「これは失礼。それで、どっちの魔人にやられたんだい?」
「…男の魔人だ。気づいた時には斬られてた。」
イーデンの回答に、エフィは疑問を抱く。
「気づいた時には?」
「ああ。俺が全く目で追えなかった。攻撃方法すらわからなかった。だが、奴のしていた手袋が俺の血で染まってたのを見ると…」
「手刀か。魔力は?」
「なかった。」
エフィはいつになく真面目な表情で状況を整理する。
――正直イーデンは、お世辞にも強いとは言えないが雑魚ではない。イーデンの物理防御力は12500、物理防御力強化で、実質は62500。イーデンの言葉を信じると魔力が込められていない。つまり、素のステータスで物理攻撃力が62500を超えているのか。化け物だな。
「さて。どうしたものか。」
――彼らの誰かを呼ぶか。お兄様はやめとこう。お兄様を除いて考えれば、一番まともなあの子が適任かな。
事件が収束し、3日が経った。
B級試験で合格ラインを超えるポイントを獲得した者達には今日、正式に冒険者カードの表記が、C級冒険者からB級冒険者に更新された。
その際、冒険者カードの他の表記も更新され、エリスは偽装を解き、今一度ステータスの偽装を調整する。
名称:エリス
種族:亜人族 (デミヒューマン)
性別:女性
年齢:16
生命力:6532/6532
魔力:7628/7628
物理攻撃力:5408/5408
魔法攻撃力:7170/7170
物理防御力:6142/6142
魔法防御力:5973/5973
俊敏性:6328/6328
精神力:5418/5418
スキル:火魔法 レベル5
火耐性 レベル4
水魔法 レベル3
水耐性 レベル2
土魔法 レベル2
魔法攻撃力強化 レベル2
俊敏性強化 レベル3
浮遊 レベル3
千里眼 レベル5
魔法倉庫 レベル2
更新を終え、エリスとアーネは冒険者ギルドの外に出る。
すると、ギルドの外の通りがやけに静かだった。しかし、何故かは一瞬で分かった。
「エフィさ…」
エリスはエフィに話しかけようとした。その時だった、エリス達から見て、丁度死角になった位置に立つ人物の姿が目に入る。
――あの人は…
「こんにちは。君達がエフィさんの言っていた2人だね。」
エフィと会話していた男はエリス達に気付くと、爽やかな笑顔と軽い口調で挨拶をする。
男は青の勇者にして現S級、キュアノ=アオディスであった。