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別れ

「お疲れ様です。帰還の準備は整っております。どういたしますか。」


「うん。帰ろうか。でもその前に、何人かはここに残って戦闘の後処理をお願いね。」


「畏まりました。」


後始末に向いた能力を持つ数人と、その護衛に数人が残り、他の物はエリスと共に魔王城へと帰還した。するとそこには、数体の巨大な魔物の死体が置かれていた。


「こちらは?」


「さっき私が殺した魔物達だよ。邪神の魔力に当てられて活性化したみたいだね。」


数分前の事だ。邪神に関して全世界で調査を行っていた第五軍から、魔王城へと連絡が入る。なんと、ほぼ同時に13の国で魔物が狂暴化したというのだ。


その報告にエリスは「わかった。」とだけ返答する。そして直後、彼女の魔力が増大したかと思うと、その13の国で彼女の魔法が発動する。


「魔物の死体は回収しておいて。私はソワール達を救助してくるよ。」


「畏まりました。」


彼女の発言から分かる通り、彼女は一歩も動かずに超遠方の邪神を串刺しにして殺害したのだ。彼女の杭は人の目にもついたが、そんなことを気にしていられる程、その時の彼女は冷静ではなかった。


――私の部下を良くも…


彼女はかつての戦争で初めて仲間の死を目の当たりにして以来、仲間の負傷にかなり敏感になっている。それが、片腕を失う程の物なら猶更だ。


「ツブテ。その怪我治りそう?」


「少なくとも、悪魔の再生能力は機能していません。なので…」


「そう。それ以上は言わなくていいよ。」


恐らくは不可視の邪神の武器が、かつて邪神王が保有していた武器と同一の効果を持つ物だったのだろう。つまり、彼女の腕が再生することはもうないという事だ。


「ごめんね。」


「いえ。そんな――」


謝らないでください。と、言おうとするツブテをエリスは制止する。


「謝らせて。」


悲し気な表情をするエリスにツブテはそれ以上、何も言えなかった。


「さて、邪神まだ潜伏している可能性もあるから、私は戻るとするよ。第二軍は魔力が完全に回復するまで休息をとる様に。」


気持ちを切り替えると、エリスはさっさと去って行った。彼女を見送ると、第二軍の面々は彼女をお手を煩わせた事を恥じた。特にツブテは、失った右腕を見て俯くと涙を浮かべた。


「ご主人様にあんなことを言わせてしまった…」


主人に謝らせてしまった自分が嫌になる。エリスがそんなことを言わないことくらいわかっているが、できる事なら、謝罪ではなく罵倒でもして欲しかった。


そう涙を流すツブテに、ソワールは冷静に強くも優しい言葉をかける。


「ツブテ。泣いている暇はないぞ。俺らの力不足で主君のお手を煩わせたんだ。強くなるぞ。全員、今以上にな。」


「はいっ!」


後に彼らは、エリスの代わりを務められる程の強固な部隊に進化した。それはエリスがこの世を去り、青の世界の神になるには充分な理由づけになった。


そうして数十年の時が経つ。


結局それ以来、邪神の残党は発見できず、邪神の完全なる絶滅が認められた。それだけはなく、野生の魔物による事件の発生率は、年に1度あるかどうかというまでに低下した。それにより、人や一般の魔物の犯罪発生率は増加したものの、魔王軍と世界政府協力の下に行われた、法整備と治安維持機関の設置により、深刻な状態に至ることは無かった。


しかしながら、そんな世界でも世界を揺るがすような事件が発生してしまう。


「エフィさんが…!」


エリスさえも動揺させた事件とは、エフィの死去である。


エフィは約100年という年月をこの世界の為に費やしてくれた英雄だ。彼女に助けられた者の数は、エリスにさえ匹敵するだろう。


冒険者という肩書で、これ程までに自由に人を助け、国を救った人物はこの先も生まれないと言われている程に、誰もが尊敬した人物だ。


そんな彼女でも老いには敵わず、105歳の大往生でこの世を去った。誰もが彼女の葬式に参加し、花を手向けたいと願ったが、リョクロス家は彼女の遺言に則り、生前、彼女と親しかったものだけを招待し、葬儀を執り行った。


勿論、花を手向けることに関しては禁止されず、リョクロス家には万を超える花束が贈られた。その全ては、エフィの又甥にあたるリョクロス家の現当主により、丁寧に一束ずつエフィに手向けられた。


「エフィさん…」


当然、エリスとアーネは葬儀に招待された。葬儀の会場には、アヤメやヴィーブと言った見知った面々の他に、各国の王族や現S級冒険者などの姿も見られた。


「全く、お主も死んでしまうとはな。」


今までに何人との別れを経験してきたのだろうか。ヴィーブは今までに見た事のない悲し気な表情を浮かべて、エフィに別れを告げている。


その顔に涙が浮かぶことは結局なかったが、彼女がどれだけ、エフィを大事に思っていたかは、彼女を知らない者にさえ感じ取れた。


彼女の後にエフィの棺に向かったのはアヤメだ。老いを感じさせないその確かな歩みで、彼女はエフィの棺に横に立ち、冷たくなった彼女の頬に触れた。


「今までお疲れ様でした。お姉様。安らかにお眠りください。」


世界で最も尊い聖女からエフィに送られたのは労いの言葉だった。至ってシンプルな言葉だったが、それに様々な意図が含まれていることは誰もが知るところだ。何せ、彼女はこの葬式において一度でも微笑みを崩すことは無かった。


それは、その生涯を人々の為に費やした彼女の最初で最後の休息を悲しみだけで終わらせたくなかった彼女のせめてもの強がりだった。


そんなことは露知らず、ぼろぼろ涙を流しながら棺に向かうのはエリスだ。彼女は今や世界に名を轟かせる魔王だが、だからと言ってその本質は変わらない。


寧ろ、友人や仲間への愛情はより強く、幾度かの別れを経験しても、当然なれる訳はない。魔王という肩書きを気にすることなく泣きじゃくる彼女を馬鹿にするものは勿論いない。寧ろ、そんな一目を気にしない彼女だからこそ、人々に愛される魔王になれたのだ。


そんな彼女をエフィは誇らしく思っていた。泣かせてしまったのは不本意だろうが、それでも天国のエフィは涙に暮れる彼女を苦笑いして抱き締めることだろう。


「今までありがとうございました。」


そんな彼女の別れの言葉は感謝だった。八十数年という長い間、彼女はエフィにお世話になった。彼女がこの世界に初めて来てからの数年は勿論、魔王に君臨した後も、何度もエフィは彼女に助言を与えた。


生涯、エフィはエリスの道標だった。実力はとうにエリスが勝っていても、彼女はずっとエフィの大きな背中を見て歩んでいた。そして、そんな彼女と同じ境遇の者がもう1人いる。それはアーネだ。彼女はエリスと違い、涙を滲ませるだけだったが、彼女もまた、エフィの背中を追いかける1人だ。


「今までありがとうございました。」


そして、そんな彼女の言葉もやはり感謝だった。彼女はエリスの補佐をする立場である為、悩むことも多かった。ハッキリ言ってエリスは破天荒だ。誰も無しえなかったことを幾度も成功させた。世界平和もその一つだ。しかし、その裏にアーネの努力があったことは言うまでもない。


だからこそ、息詰まる事は何度もあった。そんな時、助言をくれたのはやはりエフィだった。彼女は不意に現れては、核心を突く言葉をエリスとアーネに告げて去って行く。


そう考えると、いつも世界を変えているのはエフィと言えるだろう。そして、だからこそアーネは彼女を尊敬している。


「エフィ様――」


「エフィさん――」


その後も様々な人が彼女の棺に向かっては、思い思いの言葉で別れを告げた。


中でも独特な別れ方を見せたのは、彼女の契約者達だ。


「主様。貴女を想って歌を捧げます。」


シルフはこの式場にいる誰よりも彼女と長い付き合いがある。


2人の最初の出会いはエフィが9歳の時だ。幼い彼女の暴走した魔力を抑える為に、当時、王室に保管されていたシルフと契約したのが切っ掛けだった。


最初は何でこんな小娘の為に。なんて思っていたシルフだったが、今ではその小娘が尊敬し敬愛する主となった。


「美しいですね。」


「うん。そうだね。」


精霊の歌を初めて聴いたエリスとアーネは、その美しさに息を呑む。


精霊の歌。それは世界で最も美しいとされる聖歌であり、大精霊においては契約者の死に際し、極まれに歌われるとされている。しかしながら、大精霊シルフがそれを歌ったことは今までに一度もなく、恐らくは最初で最後に歌われる、シルフの歌になるだろう。


歌い終わると、シルフはエフィに深々とお辞儀をして、自身の席に戻った。その所作の1つ1つからエフィへの愛が感じ取れたことは言うまでもない。


彼女に続き、棺に向かったのはギャラルホルンだ。彼女は自身の扱う白笛ではなく、見慣れない横笛を持って歩み出した。


「シルフの様な神聖な歌は私には歌えません。なので、貴女を想って、私にできる最高の贈り物を捧げます。」


鮮やかな音色が式場を包む。それは遥か昔、音の大天使が最高の音楽と評したギャラルホルンの独奏だ。


シルフの歌にも勝るとも劣らない調べに、誰もが聞き入った。


彼女が演奏を終えると、入れ替わる様にアスフィが棺に向かった。彼女はシルフやギャラルホルンとは違い、元々はエフィと敵対する存在であった。


とある大陸を力で支配していた彼女は、その土地に住む人々にとって恐怖の対象だった。その大陸に辿り着いたエフィは、手始めにと言うか、腹ごなし程度のレベルで簡単にアスフィを殴り倒して、大陸を彼女の支配から解放した。


その後、弱肉強食を信条に生きるアスフィは、エフィの圧倒的な力に魅せられ、彼女に「眷属になりたい」と懇願する。しかし、悪党を味方にするつもりは無いと一蹴されてしまった。


結局、再三のストーカー行為により、エフィが根負けする形で契約を結んだ。そんな彼女は、契約者の中でも群を抜いて、度が過ぎる程に、エフィを溺愛していた。


「いつかこんな日が来ると思っていましたが…やはり悲しい物ですね。エフィ様。」


いつも余裕のある雰囲気の彼女だが、エフィの死に流石の彼女も涙を流す。彼女が誰かの死に涙を流したのはこれが初めてだ。つまり、それだけ彼女にとって、エフィは特別だったのだ。


「貴女が生まれ変わるまで、正義の味方であると誓います。ですから、来世でも貴女に仕えることを許してください。」


エフィの棺に跪き、彼女はエフィが返せる筈もない約束を一方的に結ぶ。実際、その約束が果たされるかはわからない。きっと来世のエフィはアスフィを覚えていないだろうから。しかし、そんな事は彼女もわかっていた。それでも約束を結んだのは、かつて悪者だった彼女がこれからは正しく生きると決めたからだったのだ。


数秒間、沈黙を貫いて彼女は跪いた。そして、そのまま何も言わずに立ち上がると、静かに自身の席に戻っていた。それを見届けてから、エフィの棺に向かったのはレーヴァテインだ。彼女もまた、かつてはエフィと敵対していた。


と言っても、アスフィの様に悪さをしていた訳ではなく、彼女は自身のテリトリーでひっそり暮らしているだけだった。しかし、人類の脅威でなかった訳ではなく。彼女は自身のテリトリーに侵入した人間を何人たりとも逃がすことなく殺害していた。そして、エフィもその1人であった。


偶然、レーヴァテインのテリトリーの上空を通りかかったエフィは、意図せずに彼女と敵対することになったのだ。当然、実力差は語るまでもなく、戦闘は一瞬で終わった。


大敗を喫したレーヴァテインは、アスフィ同様に眷属にして欲しいと願い出た。先程も語った通り、彼女は悪ではない為、アスフィとは違い、彼女はすんなりとエフィと契約を結べた。


そんな彼女は常に理路整然としている。感情も希薄で、表情も基本無表情だ。しかし感情がない訳ではない。彼女も喜ぶし、怒るし、悲しむ。それが表情に出ずらいだけで。


だから、今日も彼女は無表情だ。しかし、彼女の足取りはどこか悲し気で、エフィの棺に辿り着くと、愛おしそうに彼女の頬を撫でた。


「悪魔の国が崩壊して以来、私は孤独だった。それを寂しいと思わなかったけど、楽しくはなかった。貴女と出会ってから、私はとても楽しかった。ありがとう。貴女のおかげで私は普通になれた。」


その時、彼女が見せたのは悲しみの表情ではなく微笑みだった。それが彼女にできる最大限の、エフィへのお返しだったのだろう。


それから程なくして告別式は無事に終了し、埋葬に移る事になる。


エフィの墓は、特別な物ではなく王都にある貴族の為の墓場の一区画に置かれた小さな墓だった。それは事前にエフィが用意した物で、誰でもいつでも出入りができる位置に置かれている。


以降、彼女の墓に世界中の老若男女、貴族、平民、分け隔てなく訪れたのは言うまでもないだろう。

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