生き残り
「邪神の生き残りがいる可能性?」
「そうです。」
会議にて早速議題に上がったのが、エフィが教えてくれた邪神について。東大陸北部の大森林にて目撃情報があったというのだ。
「現地の冒険者からの報告です。北部の大森林にて邪悪な魔力を観測。現地調査により、人の足跡と巨大な生物の足跡を発見し、冒険者協会は巨大な足跡を魔物の物であると断定した。その危険性の調査の為、A級10名を派遣し、魔物の調査を開始。結果、内8名が死亡、2名が意識不明の重体となっている。報告は以上です。」
エリス及び各将軍は、それぞれ資料を読み終えると各々の見解を述べる。そして、その全てがそれが邪神の仕業である、という物だった。
「まず間違いなく邪神の仕業だろう。生還した2名の冒険者が聖魔法で回復できない重傷を負っている。これは邪神に攻撃されたものの特徴だ。」
一部の邪神は修復不可の攻撃ができる権能を持っている。恐らくは、その様な邪神に襲われたのだろうと推測できる。そもそも、A級10名で編成された部隊が敗北したのだから、S級以上の魔物が生息しているのは間違いなく、どちらにせよ、この案件はS級冒険者あるいは魔王軍に任せられる。
「それが邪神であれ魔物であれ、私達が対処しなければならない案件であるのは間違いなさそうですね。」
アーネの言葉に全員が同意する。そして、派遣する軍は所属する全員が邪神に対抗し得る力を持つ、第二軍に任せられた。
「その任務。謹んでお受け致します。」
ソワールは久々の任務に張り切っている様子だ。しかし、この時は彼らがまさかあんなことになるとは、誰も想像していなかった。
「なるほど。これは…」
北部の大森林近辺の村は至って平和だが、聞き込み調査を行うと、ここ数年は野菜の育ちが悪いという。それもそのはずで、一般人には感知できない程度だが、この村は既に邪神の魔力により汚染されている。
黒の世界が不毛の大地であったように、ここも徐々に不毛の大地になりつつあるのだろう。
「主君に報告を。」
「はい。」
ソワールの指示を受けた通信士は早速念話で、エリスに現状を報告する。報告を受けたエリスは事態は想定よりも最悪な状態に近いと判断し、最悪の事態に備え、自身がいつでも出動できるように準備を開始した。
「さて、それでは向かおうか。」
報告を終えると、町はずれに待機していた残りの隊員を引き連れ、大森林に進軍する。邪神との戦闘が確定した今、彼らに油断はなく、大森林に到着して最初に行われたのは結界の展開だ。
かつての邪神との戦争で聖者達によって張られた大結界には劣る物の、その結界でも十分に邪神の動きを制限することが可能だ。
「よし。行動開始だ。」
魔王軍第二軍は大悪魔だけで構成されている。将軍であるソワールの下に、副将軍であるラクがおり、更にその下に5人の隊長がいる。
その隊長たちが、自身の隊10人を連れ、ソワールの指示通り行動を開始する。
「ラク。権能で全部隊をサポートしろ。」
「了解っす。」
ラクは早速権能を発動し、身動きが取れない状態となる。その護衛にソワールだけ残り、5部隊は隠密行動を取りながら、邪神の捜索に当たる。
そして、何も発見することなく10分が経過した。
おかしい。と誰もが思い始める。それもそのはず、大森林に巨大な足跡があったことは、報告で確認済み、つまり、下位から中位の邪神がいるはずである。人間の足跡、つまり上位の邪神は見つからなかったとして、下位、中位の邪神はその巨体からすぐに発見できるはずだった。しかしながら、邪神の姿は見る影もない、これ程に邪神の魔力の濃度は高いのにも拘らずだ。
そこからソワールが違和感を感じ取るまで、10秒と掛からなかった。
直後、全員の脳内にソワールの声が響く。
〈総員。飛翔せよ!〉
その命令に誰一人として迷うことなく、全員が翼を広げて飛翔した。すると大森林が一望できる。そして全員が、大森林の地面に存在する巨大な丸い一つ目を観測した。
「これは…」
邪神の成体の体長は500メートルと言われている。現在観測できている最大の邪神は605メートル。戦争においては、黒の世界にて姿を現したが、移動の片手間にあっさりとアステルによって殴殺されている。
しかし、それはその邪神が巨体である物の中位であったから。中位は量産型であり、かの戦争に参加した戦士からすれば雑魚と言って良い。
しかし、彼らの目の前にいる邪神は、その最大の邪神を遥かに超える1500メートル程の巨体を持ちながら、上位の邪神の中でも強力な部類の力を有している。
「恐らく。上位の邪神の権能か何かで、下位の邪神と融合したのだろう。それにより生まれたのがこの怪物だ。」
山の大きさを持つ上位の邪神を目の前に、大悪魔であってもほとんどの者が震撼する。しかし臆する者はおらず、寧ろ笑顔さえ見せる。
主の為に敵を討ち取る。それ以外考えている者はいなかった。
「初めての強敵だ。大悪魔の本気と言うものを見せてやろうじゃないか。」
開戦の狼煙として、ソワールが全力の魔法を放つ。それは地面を崩壊させるには充分過ぎる威力。しかし、大森林が消滅しただけで、邪神には大したダメージが入っていない。ただ、その衝撃に驚いたのか、邪神は立ち上がりその巨体を露わにする。直径1500メートルの球体に手足が生えている一つ目の怪物。それがその邪神の姿だ。
「よく見る見た目だが、問題は大きさか。」
その巨体にはソワールの魔法でさえ有効打にならない。しかし1つだけ、確実に邪神にダメージを与える方法が彼らにはあった。
「ロウ。出番だ。」
それはロウの権能だ。彼の権能は全身の血液を代償に、あらゆる物質を貫くを矢を放てるという物。当然、邪神がどれだけ巨体であろうと、必ず彼の狙った箇所は貫かれる。
「目を狙え。そうすれば、奴の視力は確実に奪える。」
ソワールがロウに狙わせたのは目だ。ソワールの魔法でも傷1つつかなかったが、一度でも傷つけば、どんな生物であろうと失明するからだろう。
「りょーかい!」
彼は得意気に弓を構えるモーションを取る。すると、その手の中に黄金の弓が現れる。直後、勢いよく矢が射出される。そしてその矢は正確に邪神の目を貫き、そのまま後方の地面に着弾した。
邪神は突然の鋭い痛みに絶叫する。その叫び声は凄まじいが、結界によってそれが外に漏れることは無い。
「さぁ行くぞ。」
そこから大悪魔による、悪魔の様な作戦が決行された。彼らが目指すは、ロウが貫いたことにより発生した穴。その穴に潜りこみ、彼らは内側から邪神を破壊しようというのだ。
予想通り、邪神の内側は外側よりは脆く、ものの数秒で体内を荒らされた邪神は絶命した。
「この死体の処理はどうしようか。」
討伐後、彼らが抱えた問題はその巨体をどう処理するか。通常、魔物を討伐したら、その死体は解体し、部位によっては換金したり、装備にしたりするものだ。しかし、邪神の死体は加工できない為、利用価値が少ない。
その上でこの巨体だ。対応に困るのは当然と言えるだろう。
「一先ず、私の権能で圧縮しましょう。」
そう提案するのはツブテという名前の大悪魔。彼女は爪一枚を代償に、あらゆる物質を圧縮する権能を持つ。その代償の軽さから分かるように、その権能には制限がある。
それは、きっかり24時間で圧縮が解除されるという物。しかし、裏を返せば24時間以内であれば、どれだけ巨大な物でも掌サイズにできてしまう。
ソワールの許可も得て、早速彼女は邪神を掌サイズにして、それを右手で拾い上げる。
「コレ、どこに――」
それの収納場所をソワールに尋ねようとした瞬間、彼女の右腕が斬り飛ばされる。
「ッ!」
「まだ敵が隠れている。総員、警戒態勢だ。」
予想外の事態だったが、誰一人動揺することは無く、ソワールの指示に全員が了解と叫び、ツブテを中心に彼女を守る様に警戒態勢を取る。
「すみません。」
「問題ない。」
彼女を安心させる為にソワールは優しい言葉をかけるが、問題ないということは無く。その不可視の斬撃への対策は未だ何もない。
――エフィ=リョクロスに似た権能か?しかし…
不可視の斬撃といって、最初に思いつくのはエフィだった。しかし、その斬撃はエフィの斬撃より粗く、まるで手入れが行き届いていない短刀で切ったようで、どちらかと言えばそれは不可視の敵に直接攻撃されている様に感じられた。
もし仮に不可視の権能だとしたら。それを念頭にソワールは行動に出る。
「敵は不可視の権能を持っている可能性が高い。故に、敵の発見は不可能と考えるのが妥当だ。ではどうするか。適当に魔法を撃てばいいだけだ。味方への誤射は気にするな。どうせ全員大悪魔だから死なん。」
その狂った様な作戦に大悪魔達は笑みを浮かべて了解する。そして、全方位に対して雑に魔法攻撃を放ち始めた。その作戦は不可視な敵を驚かせる。
――なんて奴らだ。イカれてるのか?
魔法の届かない少し離れた位置に潜伏していた邪神は、彼らの味方を気にしないという作戦により、目標である縮小された邪神に近づけずにいた。
――今は無理か。
そして彼に一時的な撤退を選択させた。その間に、ソワール達は邪神を持って大森林一帯からの脱出に成功した。
「皆、お疲れ。」
脱出先で彼らを待っていたのはエリスだった。
「主君。面目ございません。1体敵を逃がしました。」
彼女の姿を見るや、ソワールは跪いて、不可視の敵を前に撤退を余儀なくされたことについて謝罪をする。しかし、彼女は笑顔のまま「大丈夫だよ。」と優しく声を掛ける。
「ついてきてくれてるから。」
不可視の邪神は一定の距離を保って、ソワール達を追跡していた。それ程、彼にとって縮小された邪神は大事なのだろう。それに彼はその権能に絶対的な自信があった。実力者のソワールに撤退を選択させたのだから、その自信が自惚れでないことはわかる。
――こっちを見た!?
しかし、今彼の目の前に立つ魔物の王は正確に彼のいる位置に目を向けている。見えているのか、もしくは直感的にそこにいると信じているのか分からないが、それは然程問題ではない。今彼女にそこを攻撃されれば、かすり傷では済まない事がエリスを知らない彼にも容易に想像ができたからだ。
逃げなければ。本能が警告した。目の前の怪物には自身を簡単に屠れるだけの力があると。しかし、時すでに遅し。エリスの放った杭は正確に何かを貫いていた。それは勿論邪神である。
「何故見えている。」
何もない所から声がする。実際には不可視の邪神がいるのだろうが、それは誰にも見えていない。ただ1人を除いて。
「皆のおかげで不可視の敵がいるのはわかっていたからね。事前にここら一帯に私の魔力を流しておいたんだよ。そうすれば、目に見えなくてもそこに何かがあるとわかるからね。」
「なるほどな。邪神王でさえ認識できない私をそんな単純な方法で見つけるとは…」
彼の権能は自身を不可視にするという物で、その代償は例外なく全ての生物の記憶から彼を消去するという物。彼が権能を発動してから何万年も過ぎているが、その間、彼は誰にも認識される事なく、誰にも知られる事なく孤独に邪神王の為に尽くしてきた。
彼は研究者で黒の世界のとある場所で邪神を更に巨大化させる研究をしていた。しかし、遂に完成した時には邪神王は討伐された後で、尽くす相手を失った彼は逃げる様に緑の世界に移動した。
その世界でも誰にも認識される事なく研究を続け、つい先日、あの巨大な邪神を生み出した。巨大な邪神の力は絶大だった。彼は別に人間の脅威になろうなどとは考えていなかったが、彼が開発した物は人間にとって脅威だった。だから彼の発明は、魔王軍によって葬られてしまった。
「その邪神を返してくれないか。その子は俺の子供なんだ。最期くらい一緒にいたい。その後は、俺もその子もどうしてくれたって良い。」
「…ツブテ。返してあげて。」
「良いんですか?」
「うん。嘘をついてる感じじゃないからね。」
邪神らしくないその要求をエリスは簡単に承諾した。その理由は単純で直感的に嘘じゃないと思ったから。それに彼女は興味があった。邪神にも人間の様な誰かを愛する心があるのか。
「さぁ殺してくれ。」
身動きの取れない邪神は縮小された邪神をその手に包んで、エリスに殺してくれと願った。その意思を尊重してエリスは彼を一思いに葬る事を決めた。
「皆、離れていてね。」
エリスは自分よりも後ろに向かうよう、ソワール達に伝える。それは彼女が強力な魔法を放つ合図だった。
「お優しいな。」
邪神にさえ尊重を見せるエリスにソワールはそう呟いた。それに皆が静かに頷いた。直後、巨大な火柱によって邪神は塵も残ら焼却された。
それは親に愛されなかったエリスが、子を愛する親に払った最大の敬意であった。




