新生魔王軍
エリスが魔王となって10年が経過しようとしていた。
人類と魔物の結束はより強固な物となり、今や魔王軍は魔物だけの物では無くなっていた。
ヴィーブが将軍を務め、その子孫でありエリスの教信者であるラナが副将軍を務める第五軍は、その2人が率いていることから分かる通り、全員が人間で構成された部隊だ。
その実力は他の軍にも引けを取っておらず、魔王軍での訓練に耐え抜いた彼女らは1人1人がS級冒険者並みの実力を持つ精鋭だ。
彼女らは魔王軍と冒険者協会を繋げる立場におり、この2つの組織が協力して治安維持ができているのは、彼女らのおかげなのである。
「暇だなぁ。」
そう呟いたのはエリスだ。それもそのはず、魔王軍と冒険者協会が協力して治安維持をしている現状は、理想と言って良いほどに完璧で、年々、野生の魔物による被害は減っており、今では年に10件程度の物である。
魔物の脅威がなくなれば、国家間の戦争が起こりそうな物だが、魔王軍という抑止力により、その様な暴挙に出る国は愚か、この10年で行われた世界規模の改革により、クーデターが起こる国さえ現れない。
世界は歴史上一度もなかったほどに平和になっていた。
「当然でしょう。邪神の脅威がなくなって、強き者は弱き者の為にその力を使えるようになった。それに、貴女と言う圧倒的な力を持つ者が常に目を光らせていれば、誰も逆らおうとは思わない。貴女が平和にしたんですよ。この世界を。」
「今の言い方。ちょっと人聞き悪くない?」
「そうですか?」
魔王になったばかりの頃は公務やら何やらに追われて、余裕のなかったエリスとアーネだが、今は冗談を言い合えるほどに、時間に余裕がある。
それは間違いなく良い事なのだが、エリスは退屈していた。
「ねぇアーネ。久しぶりに手合わせしない?」
今から悪戯をする子供の様な顔を浮かべて、エリスがそう提案する。普段なら止めるアーネだが、流石に退屈していたのか、何故か「良いですね!」と乗り気だ。
「お2人共。」
そんな彼女らだが、どうやら話を聞かれていたようで、唯一彼女らと対等である彼女に見つかってしまった。
「手合わせをしても良いですが、必ず、魔王城のトレーニングルームでやってくださいね。それも、お互い手加減して!」
「わかってるよ。ラルヴァ。」
その彼女とはラルヴァ=テラスである。彼女は第四軍将軍を務めており、自身が生み出したオートマタを率いている。
彼女は他の魔王軍のメンバーとは違い、エリスを尊敬していても、主とは呼ばずに友人としての関係を維持している。これはエリスに望まれている関係であり、彼女も今の関係値を心地よいと思っている。
「あれ?エリスちゃん達は...」
彼女らが去った直後、用事があったのか王座の間にある女性が現れた。
「あら。エフィさん。」
その女性とはエフィだ。ラルヴァはエリス達の代わりに彼女の対応を続ける。
「本日はどういったご用件で?」
「大した事じゃないんだけど、北部の方で変な噂が流れててね。それについてエリスちゃんと話したい事があって。」
彼女が言うに、どうやら東大陸の北部できな臭い噂が流れているらしい。その噂とは、邪神の復活についてだ。
「つまり、邪神の生き残りが北部の大森林に生息している可能性があると言う事ですね。」
「そうなるね。」
不確かな情報だが、あり得ない話ではない。そもそも、わざわざエフィが話に来たのだから、ある程度の確信があるのだろう。
ラルヴァはその噂にS級以上の危険度があるとし、その場で書類を認める。
「ありがとうございます。本日の会議にて検討します。」
「お願いね。そうだ。エリスちゃん達はどこに行ったの?」
「トレーニングルームです。どうやら手合わせをするらしくて…」
「へぇ。面白そうなことしてるね。見に行こうかな。」
2人が手合わせをしていると聞き、彼女は楽し気にトレーニングルームの方へ歩いて行った。彼女を見送り、ラルヴァは物思いに耽っていた。以前の彼女なら、見るだけでなく、混ざろうとするだろうな、と。
彼女はかの戦争で左腕を失った。それにより彼女の戦闘力は大幅に低下してしまった。それでも尚、彼女は最強の一角に数えられるが――
場所は移り、トレーニングルーム。そこではエリスとアーネによる、人知を超越した手合わせが繰り広げられていた。
トレーニングルームを映したモニタールームには、既に20人以上が集まっている。その中にはヴィーブの姿もある。
「将軍なのに遊んでいて大丈夫なのか?」
「おや。エフィか。大丈夫じゃよ。なんせ、王と妃があそこで遊んでいるのじゃからな。」
「確かに。」
冗談を言いつつ、モニターに目を向ける。そこに映し出されたのは、空間魔法を応用して造られたトレーニングルームで、お互い全く手加減をせずに楽しそうに戦っている。
「久々に彼女達の戦闘を見たけど、やはりとんでもない領域に到達してるね。」
「そうじゃな。あの2人は誰の目にも捉えられぬ速度で成長しておる。今ではお主さえ超えてしまった。」
「嬉しい限りだね。あの日助けた2人が、この世界の頂点を掴んで、この世界をより良くしようとしている。もしあの時2人を助けてなかったら、この世界はこんなに良くならなかっただろうね。」
勿論、あの日、エリスとアーネが出会い、2人がエフィに出会ったのは偶然ではなく、全て、ユースの手によって仕組まれた物だった。その全てを彼女は知っていたし、筋書き通りに役割を完遂した。しかしその当時の彼女は、2人には好意は抱いていても、信じてはいなかった。
本当に彼女らが、自分でさえ足手纏いになりかねない戦場で、最後のキーパーソンになり得るのか訝しんだ日もあった。しかしアーネが彼女にもっと強くなりたいと宣言した日、彼女は2人の全てを信じることにした。その日から、今日の様な日が訪れることも予想していた。
今、エフィの表情は満面の笑みだ。彼女らの成長にエフィは今までにない程歓喜に満ち溢れている。さて、そんな彼女が見ている戦闘とはどのような物なのだろうか。
場所はトレーニングルーム。彼女らは仮想の宇宙空間で戦闘を繰り広げていた。
スキルを一切使用しないただの肉弾戦。それがまるで魔法でも撃ちあってるかのように見える程の、速度と破壊力で行われていた。2人の拳が打ち合うたびに、物凄い轟音と衝撃波が周囲に広がる。そんな戦闘が30秒続いたところで、2人のギアが一段階上がる。
お互い強化系スキルを解禁する。ステータスが大幅に跳ね上がり、速度も破壊力も比べ物にならない程に上昇する。その時点で、精鋭揃いの魔王軍メンバーのほとんどが目視できない速度になっていた。モニタールームで見ていた者の中でそれを目で終えていた者は、ヴィーブとエフィだけだ。
音速を超える速度の戦闘に対して、観戦者の反応はそれぞれで、見えないと困惑する者や、流石はあのお2人だと歓喜する者もいる。
そうして、もう一段階ギアが上がる。
攻撃系スキルの解禁。お互い肉弾戦を繰り広げながら、ノールックで魔法を撃ちあう。かつては魔法を苦手としていたアーネだが、今では平然とエリスと打ち合えるほどの練度を誇る。
そしてまたもう一段階ギアが上がる。
先手を打ったのはアーネ。全体重をかけた蹴りがエリスのガードを無視して、彼女を体を遥か後方に吹き飛ばす。それによるダメージは全くないが、距離を取れたという事は、そこからは魔法の応酬が始まると言う事。
アーネが自身の有利を活かそうと放った魔法は、ヴィーブの編み出した魔法である重力魔法と星魔法だ。重力魔法でエリスの身動きを封じ、星魔法で操作した星を彼女にぶつける。シンプルでかつ強力な、アステルの様な戦い方。それに対して、エリスは得意の吸血鬼魔法で対抗する。
彼女の膨大な魔力で放たれるツェペシュは、余りにも巨大な杭を空中に生成し、星を串団子の様に貫き、内部から破壊してしまった。
今の様な大技は権能で行えるアステルとは違い、アーネには連発ができない。しかし彼女には手札がまだまだ沢山ある。
直後、エリスの頬を掠めたのは一本の矢。いつ放たれたのかも分からないその矢が、エリスでさえ認識できない方向から彼女を襲った。
それは空間魔法と彼女の権能を応用した物だと推測できる。権能で一瞬だけ時を止めて矢を放ち、空間魔法で自由な方向から射出する。そんな単純な原理で放たれる技。しかし、原理はわかっていても回避が難しい技で、大技ではないが十分に厄介と言える。
そんな矢の攻撃に対するエリスの対策は意外な物で、何もしないという物だ。
ハッキリ言って、矢が刺さってもエリスにとっては致命傷にはならない。何なら、エリスの現在の防御力を以てすれば、光速の矢が放たれない限りは刺さりすらしないだろう。案の定、物理への完全なる耐性を持ちながら、鋼の肉体を持つエリスに矢の攻撃は無意味で、その悉くが弾かれてしまう。
それに勢いづいて、エリスは矢を跳ね除けながらアーネに急接近し、再び近接戦を迎える。しかし、エリスの中で疑問が湧く。何故アーネは、効かないとわかっていながら矢を放ったのか、ということに。
エリスの体のことを彼女はエリスの次に知っている。当然、彼女の肉体がどれだけ完璧に近いのかも知っている。なのに何故無意味な――
「ッ…!」
直後、エリスの体を強い衝撃が襲う。彼女は訳の分からないまま吹き飛ばされた。身動きが取れない間、エリスは思考巡らせ、結論を得る。
アーネの矢の攻撃は無意味な物ではなく、ただの準備だった。彼女はエリスが無防備に矢を受けると知っていて、誰も感知できな程の微小な魔力を帯びた矢を放ち続けた。結果、エリスの体には充分にアーネの魔力が付着した。
最後、その魔力を火魔法に変換することでゼロ距離で強烈な爆発を発生させることに成功した。
普通なら気付く量の魔力。しかし、アーネは直前に大技を見せることで彼女に矢は無害だと印象付けた。その結果、エリスは今に至るまで気づけなかったという訳だ。
やられた。と、硬直する体でエリスは笑みを浮かべた。彼女は自身の体をあえて自身の魔法で破壊することで、その硬直から逃れると、追撃しようと近づいてきたアーネを呪いの縄で締め上げる。
当然、そんな単純な呪魔法が彼女に通じるはずもなく、一瞬で破られ彼女は再び加速する。しかし、その一瞬はエリスの呼吸の時間を与え、彼女は反撃を許してしまう。
手始めにエリスが放つのは、膨大な魔力からなる無数の魔法による集中砲火だ。アーネとエリスの魔力には圧倒的な差がある為、彼女はその魔力戦に付き合う事はできない。一先ずは、回避と防御でその猛攻を防ぐ。しかしそれでは防戦一方だ。ならば――
時が止まる。エリスでさえ認識できない、その刹那よりも短い時間で、アーネは魔法の集中砲火から抜け出し、更にはエリスの背後まで回り込む。止まった時の中で、生きている者には干渉できない。その為、彼女を攻撃するのは、特殊能力が解除された後だ。しかし、魔法を放つことや矢を放つことはできる。だから、小細工をする。
アーネはエリスの目の前に魔法を放つ。そして、時が動き出す。
直後、エリスの視界に飛び込んだのは超至近距離に放たれた魔法。しかし、彼女はそんな物には目もくれず、背後に蹴りを放った。それは正確にアーネの腹を貫き、彼女を吹き飛ばすことに成功する。しかし、当然ながら魔法は彼女の顔面に直撃する。大怪我を負ったが、直後放たれたであろうアーネの致命の攻撃は免れた。
怪我を聖魔法で治しつつ振り返ると、背後で立て直しを図っていたアーネを見据える。
「流石ですね。エリス。まさか、魔法に目もくれないなんて。」
「アーネなら二の矢三の矢を準備しているだろうと思っただけだよ。」
相手を知り尽くした者同士の戦い。それ故の接戦が繰り広げられる。
しかし終わり唐突で――
「やり過ぎです。」
トレーニングルームのピーピーというエラー音と共に、ラルヴァが何もない空間から現れる。
「えっと…」
どうやら先程のエリスの魔法攻撃により、トレーニングルームの一部が破損してしまった様で、この部屋の製作者であるラルヴァの顔は、鬼の形相だ。
遍く野良の魔物が恐れるエリスとアーネでさえ、怒り心頭な彼女には恐れ戦く。幸い、そんな惨めな2人の姿は、ERRORと画面に表示されるだけのモニタールームには映っていない。しかし、この光景が広がっていることは、誰にとっても想像に難くない。
「今頃怒られてるだろうね。あの2人。」
「そうじゃな。」
魔王城の廊下を歩きながら、エフィとヴィーブは怒られる2人を想像しながら笑い合っていた。
その通りに2人は壊れたトレーニングルームの中で説教を受けていた。
「手加減をして、と言いましたよね。」
「したけど…」
「知ってます。貴女達が本当に手加減をしなかったのなら、トレーニングルームは1秒と経たずに崩壊します。ですが、私の言った手加減とは、一般人が考える様な手加減以上の手加減です。組手程度にして下さいと言う意味です。わかってましたよね?」
正論で捲し立てるラルヴァに2人は弱々しく「はい…」と認めるしかない。
「ごめんなさい。」
謝る2人にラルヴァは呆れたように溜め息を吐く。
「まぁ大丈夫ですよ。この程度なら、3日で直せますから。ですが、今後は気を付けてくださいね。幾重にも結界を張っていますが、限度がありますから。」
そう言い残して、彼女はトレーニングルームの修繕にさっさと向かっていった。2人は罪悪感を抱きながら、邪魔になると思ってトレーニングルームを後にする。後日、2人がラルヴァにお詫びを送ったのは言うまでもない。




