同盟
「エリス。行きますよ。」
「うん。」
戦争から1年が経った。邪神の侵略による損害は未だ残っているが、人々は平穏を取り戻した。
「お疲れ様です。エリスさん、アーネさん。貴女達への依頼がまた溜まっていますよ。」
エリスとアーネは、魔物だということを公表した上で、冒険者続けている。彼女らの活躍と人望のおかげか、魔物だと公表しても少しの批判だけで済んで受け入れられた。あの戦いの中で魔物に守られたことが、記憶に新しいのも要因の一つだろう。
「リヴァイアサンの討伐依頼です。」
海の王、リヴァイアサン。S級の魔物の中でも最上位に分類される怪物で、S級冒険者でさえ一筋縄でいかないと言われている。
「わかった。その依頼受けよう。」
大した準備もせずに街を出る。転移魔法を用いる2人にとっては移動時間はないに等しい。
「探すのが一苦労ですね。」
「そうだね。」
リヴァイアサンが生息するという海の沿岸に降り立った2人の一言目がそれだった。彼女らにとって、リヴァイアサンなどの雑魚に過ぎない。しかしこの依頼が困難である理由があった。
「エリスを見たら、ほとんどの魔物は逃げ出しちゃいますからね。」
メランが黒の世界の神になった日、つまり、彼女がこの世界を去った日、実は魔物が狂暴化する可能性を誰もが考えていた。
魔物の世界における絶対的な存在である魔王は、君臨するだけで魔物に対する抑止力になっていた。勿論、魔王が邪悪であれば、魔物は好き勝手に暴れ人間に危害を加えるが、メランがそうでなかったのは言うまでもない。
彼女が君臨していた時代の魔物の凶暴性は、魔王が君臨していなかった時代に比べて、二分の一程度に抑えられていたのが実情だ。その事実に気付いていたのは、ヴィーブの様な幾つもの時代を生きた人間か、エフィの様なメランを知る人間で、彼女らはメランが魔王でなくなるという事実を密かに不安視していた。
しかしそれは杞憂に終わる。
「そうなんだよね。」
メランが去った世界で、アステルが再び力を封印した世界で、尚も絶対的な力で魔物を抑える者がいた。
「どうしたものか。」
それこそは、今や大悪魔だけでなく世界中の魔物にさえ恐れられるエリスだ。
現在、魔物の凶暴性はメランが魔王に君臨していた頃よりも低下している。その理由は、世界中を巡ってエリスが積極的に魔物を討伐しているから。
メランは邪神の脅威に備えなければならなかった為、今のエリスの様に魔物を討伐することができなかったが、今やその枷は存在していない。
魔王が存在しない世界だが、エリスが何も気にすることなく、冒険者に専念しているだけで、魔物を殺す恐ろしい魔物がいるという噂は、魔物の間で広まり皆が恐れ、抑止力になった訳だ。
「二手に分かれて、追い込み漁をしようか。」
しかも彼女の傍らには、彼女に引けを取らない程の強力な魔物が常に立っている。
「わかりました。」
2人が二手に分かれ作戦を決行した頃、リヴァイアサンはエリスが自身の縄張りの近海に降り立ったことを察知していた。
海のあらゆる怪物を一飲みにできる程の巨体を持つ彼だが、あの自身の二十分の一にも満たない小さな吸血鬼が、自身を一瞬で葬る力を持っていることはわかっていた。だから一目散に逃げた。彼女のいない方向に。しかし、そちらには別の――
「あっ!」
その人の姿をしたフェンリルは、リヴァイアサンを見つけると楽し気に目を輝かせる。彼はその狼が放つ妙な気配に恐怖を覚える。しかし後ろから近づいて来ているのは、もっと恐ろしい怪物。ならば彼女に挑むほかない。
戦闘は1秒にも満たないごく短い時間で決着が着く。気づいた時には、リヴァイアサンは意識のある頭で、海に沈んでいく自身の体を見ていた。
〈フェンリルよ。何故人の味方をする。〉
残る意識で彼女に問う。それに対する彼女の答えは単純だ。
「人の味方をしているつもりは無いです。ただ、この世界から少しでも悪意が無くなるよう掃除しているだけで。」
〈なんだそれは?神にでもなったつもりか。〉
魔物でありながらその本能に従わず、正義の味方の様な言葉を吐くフェンリルに、リヴァイアサンは怒りを露わにする。そんな彼に彼女は笑いかける。
「神…ですか。そうですね。いつかは成るつもりですよ。」
リヴァイアサンはその妙な気配が何であるかそこで気付く。それは神代を生きた原初の四種族が扱うという力だ。その絶望的な力の差を実感して、リヴァイアサンは絶命した。その死体を回収し、アーネはエリスと合流する。
「終わりましたよ。」
「見えてたよ。じゃあ戻ろうか。」
特に苦戦することなく依頼を終える2人。この世界に彼女らの相手になる様な魔物がいない事は明白だった。それに気づいているのは、エフィの様な彼女らを良く知る者、だけではない。
「S級冒険者、エリスをここに呼べ。もう、彼女に頼むしかあるまい。」
世界政府大総統、グラン=ヴィリー。彼もまたエリスの価値に気付く者の1人。彼はある頼みを伝える為に、世界政府に彼女を呼びだした。
「お呼びでしょうか。グラン大総統。」
3日後。エリスは1人で世界政府を訪れる。何故呼び出されたかは皆目検討もつかない。
「ご足労、感謝する。早速だが、貴女に重要な任務を頼みたい。」
「任務?」
「そうだ。と言っても、任務と言って良い物か、我々も判断しかねる事なのだが。」
勿体ぶる彼に、エリスは「どうの様な任務でしょうか?」と催促する。すると彼は言いずらそうに口を開いた。
「貴女に魔王になって貰いたい。と、そう思っている。」
「…なるほど。そういう事ですか。」
それは予想外の言葉だった。しかしエリスに動揺はない。何故なら、彼が今このお願いを彼女にしたことには意味があったから。
「つまり、私が魔王となり魔物が住む国を統治し、世界政府と同盟を組む。という事ですね。」
「そうだ。」
世界政府には現在、目の上のたん瘤があった。それは、かつては魔王が庇護する魔物が住んでいた地、暗黒竜の箱庭、その跡地のことである。
暗黒竜の箱庭に住んでいた魔物が、メランと共にこの世界を去った影響で、その跡地は無法地帯になっていた。半ば発展していたその地は、野生の魔物にとっては楽園で、人間は迂闊に近づけない上に魔王もいない為、何も恐れることがない。
近寄れなければ良いだけ、とも思えるがそうも行かず、そこを縄張りとする魔物達が虎視眈々と魔王の座を狙っているのが現状で、もし仮にそこから魔王が生まれれば、間違いなく人間の脅威となる。であれば、その魔物を一掃すればいいと思うだろう。しかしそれも上手くいかず、第二第三の主が生まれるばかり。ならばと、そこの管理者としてエリスに魔王になって欲しいと。そういう訳である。
「良いでしょう。そろそろ、頃合いだと思っていましたから。」
「本当か!」
その願いをエリスは快諾する。元より、数年したら治安維持の為に魔王になる事もやぶさかではないと思っていた所だった。それに、世界政府の協力を得られれば、人間と魔物がより共存できる可能性も出てくる。
善は急げ。エリスは早速、暗黒竜の箱庭に向かうとアーネと共にそこの生息する、凶暴な魔物を一掃する。その中には、純白竜や紅炎竜などと同格視される竜も生息していたようだが、2人の前に無力であった。
「魔王の座。久しぶりに見たけど、誰も手入れしていないのに綺麗なままだ。」
それはかつてメランが座っていた王座。それ自体に世界から特殊な力が与えられており、そこに座った者を世界は魔王だと認識する。しかし、そこに座れる者は限られており、その条件はその時代において最も強い魔物であること。
アステルが力を封印している今、全ての魔物の頂点に君臨しているのはエリスだ。つまり、彼女にはその王座に坐する権利が与えられている。
エリスは少し躊躇いながら、ゆっくりと王座に腰を下ろした。そして、ここに魔王エリスが誕生した事を世界は認識した。
「おめでとうございます。エリス。ここから始めましょう。貴女が思い描く世界を。」
アーネは願う。彼女の想いが世界中に届くことを。
彼女は想う。世界が今より少しだけ平和になる事を。
そうして――
「魔王軍と世界政府の同盟が今ここに成立いたしましたことを発表いたします。」
世界中に伝えられたこの号外だったが、以外にも驚くものを少なく。寧ろ、今更かと思う者がほとんどだった。
エリスの名声は知らぬ者がいない程に轟いている上、この発表が為される以前から、人々を守る者の中にちらほら魔物が見られることに気付いていた者は少なくない。しかし、それでも皆は喜んだ。
「エリス様が魔王になったのね!」
「あたりめぇだろ!エリス様以上に魔王に相応しい人なんていねぇって。」
そんな会話が町中から聞こえてきた。皆、かつてエリスとアーネに助けて貰った経験がある者達。その誰もが彼女が魔王になって欲しいと思っていたし、なると思っていた。
「流石主君。既に人々からの信頼が厚い。」
この町の近辺で、周辺の冒険者では手に負えない魔物が現れたと報告が入った。まだ町に被害はないが、いつ襲撃を受けるかわからない状況。そこで派遣されたのが、魔王軍第二軍将軍ソワールだ。彼はこの町に至るまでの全ての町で、エリスの良い噂しか聞かなかったことに感激していた。
「当然っすよ。あの主様ですから。」
それに副将軍のラクも同意する。
第二軍はエリスが魔王になる以前から彼女に忠誠を誓っていた大悪魔達で構成されている。彼らは誰よりもエリスへの忠誠心が厚いと自負しており、彼女から魔王軍最初の任務を任されたことも誇らしく思っている。
「さっさと終わらせるぞ。この人々の笑顔は主君の物だ。それをどこの誰とも知らない魔物に奪わせてなる物か。」
ソワールは人間に対して何の感情も抱いておらず、寧ろやや見下している節がある。しかし、エリスの命令はこの町を守る事。ならば、その期待に応える為に、ソワールは全力を以てこの町を守ると誓う。
気合の入った彼らを相手にしないといけないとは、この町を襲おうとしている魔物に同情する他ないだろう。




