終結
「まさか余が敗れるとは…」
そう発言するのは、エリス達との死闘の末に倒される寸前まで追い詰められたコウカの配下だった。しかし、先程までの口調とまるで様子が違い、完全に優勢の立場にあるエリス達でさえ不気味に思うほど。それもそのはずである。今目の前にいるのは――
「む。この肉体も既に限界が近いのか。やってくれたな小娘共よ。ユース共の前座として、余が直々に殺してやろう。」
正真正銘の邪神王なのだから。
最初に異変に気付いたのは、かつての戦争でコウカに遭遇した経験のあるシネスだった。彼女は、エリスに向けてノーモーションで放たれた魔法に唯一反応し、
「ご主人様ッ!」
エリスを庇って代わりにその魔法を食らってしまう。それは触れた対象の魂を消滅させる魔法。不死の力を持つ彼女であっても、一撃で葬られてしまった。
「シネス…?」
一瞬の出来事にエリスの理解が追い付かない。しかし、彼女の思考の整理を待ってくれる程コウカは甘くない。第二撃目が放たれる。それを防いだのは、絶対防御の権能を持つ〈盾の大悪魔〉スピア。片腕を代償に張られたそれは、続く魔法攻撃も防ぎ、合計で5回、コウカの魔法を防いでみせた。そのおかげもあって、エリスの思考が纏まった。
「皆、相手は邪神王だ。魔法攻撃には魂を消滅させる効果があると見て良い。アーネは援護しつつ、主要部隊への救援要請を。フィオナと私はあれを抑える。防御系の権能を持つ者に、私達の防御を任せる。攻撃系の権能を持つ者は魔法の相殺と、隙を見つけたら積極的な攻撃も頼む。」
一気に支持を下すと、エリスは手始めに居合切りを放つ。それは世界最速の技。コウカは見事にそれを受け止める。しかし、エリスは好都合とばかり距離を縮めると、超至近距離で回避不可能の吸血鬼魔法ドラキュラを放つ。
無数の蝙蝠がコウカを襲う。それに合わせてフィオナもドラキュラを放つことで、その威力は純粋に倍になる。コウカはそれを自分を魔法によって炎上させることで対処する。その躊躇のなさに感心しつつも、エリスはフィオナと挟める位置に移動し、コウカがフィオナと殴り合っている隙を突き抜刀する。
その回避不可能な剣をコウカは空間魔法で対処すると、フィオナを蹴り飛ばし振り返る。そして、配下の剣を抜剣し、エリスとの斬り合いに踏み込む。剣の腕はエリスの方が上。しかし、身体能力の差でエリスが押される。フィオナが合流してやっと互角と言う実力差があった。
コウカはその間にも魔法を発動している。大きな代償を支払ながら攻撃してくれる者達によってそれは相殺されているが、圧倒的な威力と量を誇っている。
全てにおいて圧倒的。
――だけど、主要部隊が到着するまでの時間くらいなら、私達でも足止めできる。
そうエリスが考えたと同時に、主要部隊が到着した。
――速い。
コウカが現れて魔法が発動されるまでに10秒、それからエリスが指示を下すまでに10秒、エリスとフィオナが近接戦を始めてから10秒。計30秒しか経過していないにも関わらず、彼女らはこの事態に駆け付けた。
「やぁコウカ。続き始めようか。」
まるで事前に、こうなる事を知っていたかのように。
コウカから漏れ出る膨大な魔力が、ユースを視界に捉えた途端に更に膨れ上がる。エリスは勘違いしていた。疲弊させているから抑えられていたのではなく、後に続くユース達の戦闘の為に、彼が力を温存していただけだったのだ。
直後、膨大な魔法の応酬が始まる。コウカを取り囲む様に全員で魔法攻撃をするが、彼はそれを平然と相殺し、反撃の隙すら狙っている。
主要部隊がコウカとの戦闘で消耗しきっているのがその原因だろう。エフィに至っては左腕を失っている。いつ崩されても可笑しくない状況。そんな状況を打開すべく動いたのは、ユグドラシルだった。大剣を振りかざし、コウカとの近接戦に打って出る。しかし、既に万全の状態まで回復してしまった彼に、その攻撃が当たることは無い。
エフィと互角の近接戦闘能力を持ち、ユースと互角の手数を持ち、更にはメランと互角の魔法威力も持つ。それが邪神最強である邪神王コウカの実力。わかってはいたが、嫌でも大振りになる大剣では、彼に攻撃を当てることができない。そんな歯がゆさを感じながらもユグドラシルは一歩も引かず、彼を消耗させるべく死ぬ気で攻め続けた。
しかし、無情にも戦況は、コウカ側へと傾き始める。一部の大悪魔が魔力を使い果たし始めたのがその原因であった。一度傾き始めた天秤は元には戻らない。手数の差で敗れた今、コウカの魔法は圧倒的な脅威となり、大悪魔達を襲い、一瞬で壊滅まで追い込まれた。
辛うじてスピアの権能が間に合い死者は1人もいないが、多くの大悪魔が戦線離脱を余儀なくされた。未だ残っている大悪魔はたったの4人。しかし、彼らはエリスの配下の中でも選りすぐりであり、1人1人が上位の邪神に対抗し得る実力を有している。
それでも尚、物量さが互角でなくなったこの戦場では足手纏いと言わざるを得ない。エリスでさえ、この戦場の最低ラインなのだから。その状況を見てユースが判断を下す。
〈アーネ。今から丁度10秒後に特殊能力を使って、時間を夜に反転するんだ。〉
〈わかりました。〉
この黒の世界にも、当然昼夜が存在する。しかし、少し違いがあるとすれば、昼も夜も空は暗く、地上を照らすのはどの時間においても月であること。
この世界には2種類の月が存在する。自ら発光する太陽に似た月と、その月を反射して光を放つ月。この後者の月が、この世界の夜に浮かぶ月であり、緑の世界の月と同じく、エリスの〈月下強化〉が発動する。
月下強化は吸血鬼だけで無く、月の下で生活する様々な種族に備わるスキルである。その為、今回、この戦争に参加した約4割がその恩恵を受けることになる。では何故、アーネの特殊能力使用をもっと早くにしなかったのか。それは月下強化を持つ者よりも、それと対照の日下強化による恩恵を受ける者の方が多いから。
しかし、この終盤に差し掛かった今となっては、その数は逆転している。その事実をアフティから報告されていたユースは、迷わずにアーネに能力の使用を許可した。
昼夜が逆転した事により、エリスやフィオナのステータスが更に6倍、膨れ上がる。その存在感は、コウカに危機感を抱かせるほど。
直後、先手必勝と言わんばかりに、コウカによる膨大な魔法攻撃が始まった。しかし、その全てがメランと、その一瞬だけに全てを掛けたフィオナの魔法によって相殺される。それで、フィオナの魔力は尽きてしまったが、その一瞬は反撃には充分過ぎる時間だった。
ユグドラシルの大剣と同時に、エフィはコウカが扱っていた剣を手に走り出し、ユグドラシルと共にコウカとの接近戦を始めた。
一撃必殺の剣を2つも前にして、流石のコウカも動きに無理が出始めた。そこで彼はエフィに習い、空間魔法による回避を実行する。これこそが彼女らの求めていた状況だ。何故ならその状況であれば、コウカは他の魔法を発動できず、防戦一方になるしかなくなる。
そして遂にできる僅かな隙をエリスは見逃さなかった。
エリスの魔法の中で最も強力で理不尽な〈損傷共有〉が発動される。本来なら通じるはずのないステータスの差。その差を埋める為に、皆が死力を尽くしてコウカを消耗させてくれた。
次の瞬間、エリスが自らの首を切り落とすと同時に、コウカの首が斬り落とされる。そして、頭が離れたことで制御権を失った体は、為す術なくユグドラシルとエフィによって切り刻まれた。
「負け…か。」
コウカがあまりにもあっさり、負けを認める。
「潔いね。」
「これ以上余が打てる手はない。勝つ筋道を思い描けない時点で余の負けだ。」
しかし、負けを認めて尚その荘厳さはなくならない。まだ何か策を持っているのではないかと疑いたくなる程だ。
実際、策はまだ存在する。しかし、それによって彼が勝利を掴むことは無い。故に、「負け」は認めた。
「だが、貴様だけは道連れにするとしよう。」
彼の狙いはエリスだ。彼の死の直接的な原因は作ったのは彼女だからだろう。
「シル!」
ユースの声が聞こえるよりも前にユグドラシルは、彼を完全に消滅する為に動いていた。しかし、魂諸共全てを消滅させる魔法は、彼女が彼に止めを刺す前に放たれていた。
咄嗟にユースはその魔法を相殺しようと魔法を放つが、その威力は今までで一番強く相殺し切れない。スピアの残る全身を代償にした権能でも、威力を落とすだけに留まり相殺することは敵わない。恐らくは、死ぬ間際に己が抱える全ての魔力を乗せたのだろう。少し離れた位置に大悪魔達も、それに間に合う事はできない。それを止めることはもはやできず、呪魔法を発動した直後の隙を狙われたエリスは為す術なく――
躊躇うことなく、彼女の前に割り込む影があった。その場の誰よりも「速さ」を追求し、その場の誰よりもエリスを愛している。そんな人物の影が。
「アーネ…だめ!」
それはアーネだった。エリスを助ける為に、全速力でその場に駆け付けたのだ。しかし、彼女にそれを止める術はない。あるとすれば、その身を犠牲にして代わりにその魔法を受ける事だけ。しかし、彼女は不死ではない為、事前に渡したブレスレットの効果で魂は保てても肉体を失う事になる。
「安心してください。約束したましたよね。一緒に暮らすって。」
アーネに魔法が直撃する。しかし、それによって彼女の体が崩壊することは無く。平然とその場に立っている。
「えっ…何が…無事?本当に?」
腰を抜かし、珍しく狼狽えているエリスをアーネは優しくを包み込む。その首には星竜のペンダントが掛けられている。
「これ、アステルさんの…。良かった。ほんとうに…。」
涙を流すエリスの背中を優しくさすって、アーネは静かに彼女が落ち着くのを持った。
「本当に心配したよアーネ。」
「ごめんなさい。でも、2人とも無事ですよ!それなら良くないですか?」
「それは…そうだけど。でも――」
折角2人共助かったのに、なんだかんだ言う彼女をアーネは口づけをする。
「私に貴女を見殺しにしろって言いたいんですか。貴女の事がすごーく大好きな私に。こういう時は、なんて言うんでしたっけ?」
「ごめん…」
頬を膨らまして起こるアーネに、エリスは思わず謝罪する。しかし、それは彼女が期待していた言葉ではなく、「違います。」と否定する。そこでエリスもハッとした。
「助けてくれてありがとう。アーネ。」
「はい。どういたしまして。エリスさん。」
楽しそうに笑い合う2人。彼女らに「水を差すようで悪いけど。」とエフィが話しかける。
「まだ終わってないよ。2人共。」
「そうでした…。それに。」
「そうですね。」
アーネもエリスも無事だったことに2人は安心しきっていたが、彼女らには後悔しなければならないことがたくさんあった。戦争中、仕方がないとは言え、彼女らは何度も仲間を見殺しにしてきた。それについて恨み言を吐く様な配下はいないが、それでも彼女らにとって、彼らが大切な人だったことは変わらない。そして――
「シネス…。」
そしてエリスの第一の配下であり、彼女らの友人でもあったシネスは、エリスを助ける為に死んだ。張り詰めていた空気に塞き止められていた涙が、途端に2人から溢れ始めた。
「2人は?」
「まだ終わってないって言ったんだけどね。」
エリス達の様子を問いかけるユースに、エフィは苦笑いで答える。そして、
「彼女達に少しだけ時間をあげてくれ。」
涙を流す2人を思い、エフィはユースにそう申し出た。その申し出にノーと言う事はなく、ユースは当然だと言わんばかりに、首を縦に振る。
「わかってるよ。彼女達にとっては初めてのことだ。仲間が死ぬっていう悲劇は。」
配下の大悪魔達に励まされながら、涙を流す2人に、ユースは時間を用意する。次の段階に移行するのには、まだ猶予があったから。




