勝利
先陣を切ったのはステラ。その場の誰もが捉えきれない速度で、邪神に斬りかかる。胴を狙った斬撃は辛うじて邪神に止められたが、邪神を震撼させるには充分過ぎる一撃だった。
「へぇ。強くなってるじゃない。でも、それって何度も放てる物じゃないでしょ?」
口先では余裕ぶっているが、ステラの右足を捨てた最大速度の一撃は、彼女でさえ捉えることはできなかった。今止めることができたのは完全に勘に任せた防御に徹したから。
運が良かったから耐えられたものの、運が悪ければ今の一撃でぶった切られていたかもしれない。
「その余裕。いつまで続くの?」
彼女の余裕の表情を嘲るようにステラが笑みを浮かべる。直後、ステラは右足を治す為に、気配を消して寄って来ていたキュアノと入れ替わった。ステラに意識を割かれた邪神は、無防備でキュアノの攻撃を受けることになる。
聖剣に宿った天使の力を最大限に発揮した一撃だったが、邪神の防御力は恐ろしい程高く、傷はつけれたものの致命にはならなかった。それでも、その直後の隙は十分すぎるチャンスであった。
キュアノの指示通り、いつでも放てる様に準備していたアリスは、その隙をついて呪魔法を発動する。一瞬だが、呪魔法は間違いなく邪神の動きを止めた。しかし、あまりにもアリスと邪神では魔力量の差が大きく、直後には呪いを返され、アリスはその反動を受けてしまった。
「ゲホッ…!」
アリスが突然大量の血を吐き出す。一瞬だけ動きを止めれば倒すと言っていたキュアノも、それを目に端に捉えてしまい動揺してしまう。
「だめ…」
アリスが彼の動揺に気付いた時には全てが遅かった。ステラも未だ回復し終えていない。
「本当に…間抜けね。」
その動揺は邪神に体勢を整える時間も、反撃する時間も与えてしまった。キュアノはもろに魔法を食らってしまう。装備の効果で辛うじて耐えることができたが、全身が痺れてしばらくは動けない。
そこでやっとステラは回復し終えるが、状況は完全に劣勢。自由に動けるのはこの状況ではステラただ一人。
「最大のチャンスを味方の負傷ごときで失うなんて、戦場で最もあってはならない事よ。」
キュアノは自分の不甲斐なさを恥じる。ステラとアリスが捨て身で作ってくれた唯一のチャンスを自分の心の弱さのせいで失ってしまった。
「キュアノ。」
しかしステラはまだ、彼に失望していない。
「1分間足止めする。それまでに回復しなさい。アリス。貴女もよ。」
「は…い。」
ステラの指示にアリスは迷うことなく頷く。最もダメージを負っている彼女は、未だ全く諦めていない。
「すみません。僕のせいで…。」
「気にしないで。貴方は昔からそういう人だし、アリスはそんな貴方だから好きになったのよ。でも、次は迷わずにアレを殺してよ。」
「はい!」
弱体化して尚、キュアノを一撃で吹き飛ばす怪物を1人で1分間も足止めするのは、流石のステラにとっても無理難題である。しかし、キュアノの全力の一撃に賭ける他選択肢がないのだから、そんな無理難題でも乗り越えなければならない。
「足手纏いが2人もいる状況で、私を1分間足止め?そんな事、できるわけないでしょ!」
邪神は自分の有利状況に勢いづいて、全方位への魔法攻撃を放つ。それらが的確に、動けないキュアノ、アリス、祭壇へと襲い掛かる。動けるステラをあえて狙わらないその攻撃には、邪神の厭らしさが如実に表れている。しかしステラは全く動揺しない。優先順位を一瞬で判断し、祭壇、アリス、キュアノの順に魔法を対処する。祭壇とアリスを狙った魔法を全て叩き切り、キュアノを狙った攻撃は、キュアノが自分で対処できる分だけを残し切り捨て、そのままキュアノを信じて、次の一歩で邪神に切り込む。
先程の速度はないが、テンポをずらしたステラの攻撃は、邪神の不意を完全についた。それでも、邪神の防御を貫くことはできない。しかし、そのまま近接戦を繰り広げることで、邪神が魔法を発動できない状況を作り出すことに成功する。
「鬱陶しい。」
それは、ステラとこの大規模結界に対して呟いた言葉だ。かつて、たった2発で身動きが取れなくなった小娘が、今こうやって互角に斬り合っている状況に苛立っているのだ。その苛立ちは少しだけ、邪神に隙を生ませた。
邪神の隙をついたステラの攻撃は、正確に邪神の腹部を貫く。致命傷ではないが、邪神の動きは目に見えて悪くなる。
ここで邪神は暴挙に出る。ステラと近接戦をしながら、無理矢理魔法を放ったのだ。それは、まだ動きの鈍いアリスに向けられた。
ステラはアリスを守るために、咄嗟に魔法とアリスの間に割り込み、防御態勢に入る。しかし、そんな不十分な防御で耐えきれるはずがなく、たった1発でステラを戦闘不能に追い込んだ。気絶するステラを前にしても、アリスは動揺せずに、魔法発動直後の隙をついて、邪神に対して呪魔法を発動する。再び、邪神の動きを止めることに成功する。
直後、約束通りキュアノは動揺することなく、防御も回避もできない邪神を一刀両断する。
「はぁ…はぁ…」
キュアノは息を切らしながら、邪神の消滅を見届ける。
「ステラさ――」
見届けた後、すぐにステラの方を振り向くと、そこには意識のないステラと泣き崩れるアリスの姿があった。
「ステラさんッ!」
全身に火傷を負っているが、鍛え抜かれた肉体と精神のおかげか彼女がまだ意識がある。しかし、予断を許さない状況だ。邪神を倒すまで気丈に振る舞っていたアリスでさえ動揺し切っている様子からも、それがどれ程深刻な状況か理解できるだろう。
「出てきてくれ。エクスカリバー。」
キュアノは自信が契約する〈戦の大天使〉エクスカリバーを召喚すると、彼に彼女を助けて欲しいとお願いする。
「かしこまりました。ですが、このレベルを治すとなると、契約を破棄する必要があります。それでもよろしいですか?」
「構わない。」
彼の迷いのない返答に、エクスカリバーは笑みを浮かべる。彼と契約した理由が、この真っ直ぐな心だったこと思い出して。
それからエクスカリバーは、聖剣を手に聖魔法を発動する。すると、見る見るうちにステラの火傷が消えていった。
「良かった…。」
ステラが助かったことに安堵し、キュアノは力なく座り込む。
「彼女の肉体のおかげでしょう。あれ程の攻撃を受けたにも拘わらず、私の聖魔法で完全に治すことができました。」
「ありがとう。エクスカリバー。君のおかげで、僕は大切な友人を失わずに済んだ。」
キュアノは座り込んだまま笑顔でエクスカリバーに感謝を述べた。
「主の命令です。感謝される程の事ではあるません。」
それに対して彼は、主の命令だからと首を横に振る。しかし、契約を解除した今、彼とキュアノに主従関係はない。つまり、キュアノの願いを聞いたのは、命令だからではなく、キュアノの願いだからと言う事になる。
「もう主じゃないんだ。素直に感謝を――」
「いえ。私の主は貴方だけです。キュアノ様。契約がなくとも、私は貴方と、貴方の伴侶であるアリス様に付き従います。」
エフィの様な特別な契約でもない限り、天使の契約は一度きりと言う事になっている。つまり、契約を破棄してしまったキュアノは、もう2度とエクスカリバーと契約することができない。
しかし彼は、契約ができなくとも彼らに下で働きたいと願った。それ程までに、キュアノという1人の人間に彼は惚れ込んでいる。
「そうか。じゃあ、これからもよろしく頼むよ。エクスカリバー。」
「はい。」
2人は握手を交わしてお互いに笑みを浮かべた。そんな主従関係を見ながら、
「やっぱりキュアノは、根っからの人たらしみたいね。」
「はい。」
いつの間にか起きていたステラは、アリスと共に微笑する。
「ステラさん!いつから起きていたんですか!?というか、もう起きれるまでに回復したんですか!?」
アリスに手を借りて体を起こしながら、彼女は「私の主は貴方だけです。辺りからよ。」と、彼の様子を面白がりながら語った。
「体の方は?」
「大丈夫よ。エクスカリバーの迅速な処置があったし、私、並みの鍛え方はしていないからね。」
学生時代、エフィのライバルとして切磋琢磨した彼女が並みの人間であるはずがなく。一度を起き上がってしまえば、先程まで気絶していたとは思えない程に、平然と動けている。
そんな、恐らく無理をしている彼女を心配するのは当然で、手をグーパーさせながら、「よし行ける。」と呟く彼女に、キュアノは大声で「行けません!」と叫んだ。
「駄目ですよ。これ以上無茶したら。」
手を広げて彼女を止める様な仕草をするキュアノにアリスも頷いて同意する。
「キュアノの言う通り、無茶をしては駄目です。アデルさんから言われています。無茶しそうだったら止める様にと。それには、貴女が良く無茶をする性格と言うのもあると思いますが、夫として妻の身を案じる気持ちがあるんですよ。」
騎士団長に就任すると同時に、アデルは婚約者であるステラとの結婚式を挙げた。婚姻を結んで1年も経っていない2人だが、この戦争では結局、それぞれ別々の戦場に立つことになってしまった。そんな状況でアデルが彼女の心配をするのは当然で、実はアリスだけでなく、キュアノもアデルからお願いされていた。
「そう。アデルが。わかった。もう無茶はしないわ。」
嬉しそうに微笑むステラに安堵しつつ、キュアノは忘れていた報告を急いで済ます。
〈こちら極西の祭壇。全員負傷していますが、防衛に成功しました。〉
〈ご苦労。こちらの侵攻が落ち着いて来た為、今からそちらに援軍を送る。場所の確保を頼む。〉
〈了解。〉
祭壇の近くにある広場に目印となる魔石を設置すると、程なくしてアデル率いるデンドロン王国軍が空間魔法で転移してきた。
「お疲れ様です。アデルさん。」
「お疲れさまにはまだ早い…だが、こちらからはお前に言わなくてわな。祭壇を守るために、よく頑張った。」
珍しくアデルに褒められ、少し泣きそうになるキュアノ。しかし、彼は涙を堪えて、アデルに状況を報告する。
キュアノが邪神の出現地点やその討伐過程を報告し終えると、アデルは「ご苦労。」とだけ、部下の配置を早速考え始めた。
再び邪神が襲撃する可能性は低い。邪神側が1つの祭壇も破壊できなかったからだ。その証拠として、あの破竹の勢いとは打って変わって、下位、中位の邪神さえ侵攻の足を止めた。
もし、祭壇が1つでも破壊されていたら違ったかも知れないが、結果としてこちらの有利な状況となった。しかしながら、それだけでこれ程侵攻が止まるとは思えない。
恐らくは――
「ヴィーブの推測だが、エフィ達があと一歩の所まで邪神王を追い詰めているそうだ。」
キュアノが邪神の侵攻が何故止まったのかをアデルに聞くと、彼から向こうの戦況の予想が返ってきた。その言葉だけで、キュアノはその理由を理解する。
「つまり、邪神王の危機に戦力を割いているから、侵攻に戦力がないと。そういう事ですか?」
現状向こうの世界で何が起こっているのか知る術はないが、今揃っている情報ではそこまでの予想ができる。それに対してのアデルの反応は肯定だった。
「ああ。全て、予定通りに進んでいるという訳だな。」
「そうですね。」
こちら側にいる人々が、向こうの戦況も予想できるのは、祭壇の襲撃というイレギュラーを除けば、全てが事前に聞いている作戦の通りに進んでいるから。
「予定通り過ぎて恐ろしいわ。」
「はい。異常事態があったにも拘らず、結局は最初の予定通りに進んでますからね。まるで、最初からそうなる様に決まってのかもと思えちゃうほどです。」
ステラとアリスの意見は全員が心の内に秘めている事。余りにも順調すぎる。しかし、この疑問を持つのも当然だ。何故なら彼女らは知らないから。
女神ユースの権能を。
場所は決戦の地――
邪神王コウカと主要部隊による頂上決戦は完全に互角の勝負を繰り広げている。
エフィが近接戦で注意を引き、ユースが魔法の鎖で約1秒拘束し、その間にメランの魔法とユグドラシルの魂を刈る大剣で勝負を決めに行く。この戦法をかれこれ5分続けているが、コウカに致命傷どころか傷1つ与えることができない。
コウカの注意を最も引いているのは間違いなくユグドラシルの大剣である。しかし、それを警戒しながらも、彼はエフィとの殴り合いで互角の戦いをしつつ、魔法を発動する余裕すら見せている。その魔法の全てをユースが相殺している為、彼女は本格的に戦闘に参加できていない。
コウカの立ち回りは、この戦場において完璧と言えるだろう。更には、ここで戦況を変える武器をコウカが取り出す。それは、赤色の禍禍しい剣の見た目をしている。
「ユグドラシル。」
それが鑑定の通じない物だと理解すると、素手であるエフィはユグドラシルに近接戦を変わって貰い、少し距離を取る。その間に、ユースは自身の権能でその剣について解析を始めた。
「わかった。あれは、斬った物体を修復不可にする剣だ。」
たった5秒で解析を終えた彼女は、早速エフィに解析結果を伝える。
斬った物体を修復不可にする。つまり、一度斬られれば聖魔法でも治せない欠損を負わされる。この戦場において体の欠損は命取り、しかし一度も攻撃を食らわずにコウカと近接戦をするのは、エフィでさえ不可能。
「どうすれば良い?」
戦場でわからないは時間の無駄と考え、エフィはすぐにユースに対処法を求める。それに対して返ってきた言葉は短く「空間魔法」だった。
それだけで、対処法を理解したエフィは、早速ユグドラシルと代わり、再び彼と近接戦を繰り広げる。
対処法は単純明快。斬撃を空間魔法で強制的にずらすという方法だ。これなら、避けなくても斬撃を食らわないので、先程と変わらぬ、寧ろ、先程より多くコウカに打撃を食らわせられる。事前に予測できる地点全てに空間魔法を展開しなければならない為、魔力の消費が激しいが、エフィが誇る圧倒的な魔力量であれば、この戦闘中に尽きるという心配はない。
直後、コウカの凄まじい剣撃が放たれる。そこで初めてエフィは、封印していた天眼通を開放し、見事にその複数の斬撃を防ぎきる。彼女の天眼通は、ヴィーブの物よりも良く見える。しかし、精度が高すぎる故、戦闘を有利に進められる反面、高い集中力が要求され、脳にかなりの負担がかかってしまう。その為か、たった1秒だけだがエフィの意識が途切れる。
その1秒が命取りとなり、エフィの腕が一瞬にして斬り飛ばされる。そこから、形勢は徐々に、コウカ側に傾き始めた。
片腕を失ったエフィは、もはやそのレベルの戦いでは足手纏いでしかない。それが分かっている彼女は、戦場から少し離れて次の準備を開始した。
今彼女らの抱える課題は、ユグドラシルの攻撃が命中しない事だ。どれだけ隙を作っても、その攻撃だけは必ず避けれるようにコウカが立ち回っているからだろう。それを制限する為に彼女が準備するのは、大規模結界、即ち聖域だ。
聖域は聖女にしか習得できないスキル。それを扱える彼女も当然、聖女である。かつてジーミは、彼女は5つのスキルを封印していると言った。そして、勇者、賢者、剣聖、天眼通を持っていることはわかっているが、後1つは知らないと発言した。その後1つこそが聖女だったのである。
今まで、アデルやギルバートにさえ秘密にしてきた物を今ここで初めて解禁する。その決心をするのに迷いはなかった。そして彼女は、戦場を囲うように五芒星を描き、的確なタイミングで聖域を発動する。
直後、聖域により弱体化したコウカの胴をユグドラシルの大剣が真っ二つにぶった切る。
それによりコウカの最後の魂が消滅した。主要部隊の勝利である。




