崩壊
ミストルティンはヴィーブを守りながら、援護さえ介入できない程の攻防を繰り広げる。相手は弱体化しているとはいえ上位の邪神、それもトップクラスだ。いくらミストルティンと言えども、三対一は厳しい戦いになる。しかし、それも数秒の事だった。
「加勢します。」
そう割って入ったのはフランシュ。その戦場において唯一その戦いに参戦できる怪物だ。彼女はミストルティンに2体任せ、1人を蹴り飛ばし一対一の状況を作り出す。
邪神はその華奢な見た目からは想像できない重すぎる蹴りに動揺しつつも、瞬時に体勢を立て直し臨戦態勢に入る。お互い徒手の攻防。どちらも引かない壮絶な殴り合いとなったが、結果的にはフランシュが無傷でその場を制した。その頃になると、ミストルティンは邪神を一体倒し一騎討ちをしており、イアンも同様に邪神を倒してミストルティンの加勢に向かっていた。
「ご苦労。」
それと同時にヴィーブは処理を終えて、不意打ちの魔法攻撃を放ち、残る1体を撃破する。
「それで、情報は処理できたのか?」
イアンにそう問われ「ああ。」と返答するヴィーブは、すぐさま念話で情報共有を行う。
先程の突然の出現。あれは、無理に扉を密集させたことに起因する。つまりは、1つでも強力な空間魔法が重なったことで、空間に酷い歪みができてしまったと言う事である。
その為、邪神側が出現場所を選んだ訳ではなく、偶然、あの場所に出現したという訳なのだ。しかしそれでは疑問が残る。何故、上位の邪神だけにその現象が引き起ったのか。
それは単純に魔力量の問題である。世界渡りに耐える為に相当の精神力が必要とされる。しかし、実はそれには抜け道があり、強大な魔力で魂を守れば、ほぼノーリスクで世界渡りが可能なのだ。
今まで、上位の邪神がこちらの世界に来ていた方法もそれであり、今回、こちらからの侵略でもその方法を採用した。
つまりだ、魔力で魂を守っているか否かが、この現象の重要な部分なのだ。
魂を魔力で守らない下位や中位の邪神は、その精神をすり減らして、正規のルートでこの世界に辿り着いている。対して、魂を魔力で守る上位の邪神は、非正規のルートを測らずも通ってしまい、最終的に空間の歪みに巻き込まれ、予想外の場所に飛んでしまうという訳だ。
幸いなことに、出現予測地点は、邪神を封じ込める結界のおかげで、全てがその内側である。これなら安心して――
そう思っていたのも束の間。各祭壇から念話での報告が入る。〈邪神からの襲撃を受けている。現在、交戦中。〉と。
その報告に、ヴィーブは困惑する。彼女は読み違えていたのだ。
「ヴィーブ。あそこ。」
ミストルティンは見つける。結界にぽっかり空いた小さな穴を。
「まさかっ。」
先程の5体の内の誰かが成功していたのだ。この結界の破壊に。
「イアン!」
「わかっている。」
イアンも状況を理解していた、当然、各国の騎士団長達も。それでも彼らの行動は遅れた何故なら――
「おい。上位の邪神は多くても10人程度。そう言っていなかったか?」
上位の邪神17体の登場に、気を取られたから。
「儂もそう聞いている。しかし…」
今も尚大規模結界はその効果を維持している。しかし、上位の邪神が20人近くもいれば、弱体化していたとしても防衛線が崩壊するのは時間の問題となる。更に最悪な事に――
「魔法士団。防御準備ッ!」
ヴィーブの咄嗟の指示に、全ての魔法士がバリアを展開する。そんな、強力なバリアでさえ、一撃で破壊してしまうほどの怪物が、1体だけだが現れてしまった。結界を以てしても抑えきれぬほどの怪物が。
「他の16体は各団長とS級達に任せる。数の優位を生かせば勝てる相手だ。ヴィーブ、ミストルティン、フランシュ!協力しろ。アイツは、俺らが束にならなければ勝てない。」
「「わかっている。」」
最初に攻撃を放ったのはヴィーブだ。的確に魔法を放つことで、怪物を孤立させることに成功する。それを合図に、イアンが突撃する。
バリアを一撃で破壊する程の魔法。それを真正面から受けながらも突進を続け、最初の一撃を与える。その強烈な打撃は、怪物の体を浮かし、その大きな隙を狙って、ミストルティンは渾身の突きを放ち、フランシュも背後に回り蹴り込む。しかし怪物は、それぞれ片手で軽々と受け止めてしまう。
「ッ!」
気付いた時には、2人共上空に吹き飛ばされていた。彼女らには何が起きたかさっぱりわからなかったが、先に情報を飲み込んだミストルティンは咄嗟の判断でフランシュの足を掴んで地面に放り投げた。
その行動の意味を理解したフランシュは、そのまま勢いで怪物を踏みつける。それを簡単に怪物は防いでしまうが、それと同時に大きな隙ができた。怪物の死角を狙い、ミストルティンは投げ槍を放つ。そんな彼女の即興を理解したイアンとヴィーブは、彼の注意を引こうと、連撃を放つ。しかし、怪物はその全てを防ぎきり、なんと投げ槍さえ避けてしまった。しかし、
「見た!」
そこまでがミストルティンの想定だった。彼女は怪物が投げ槍を見てから動くのか、見る前に動くのかを知りたかったのだ。
――恐らくアイツは驚異的な動体視力を持っている。フランシュを蹴りを受けて尚、ヴィーブの魔法を避けながらイアンと互角に戦えているのがその証拠。それなら、完全な死角から攻撃をする。
そうと決まれば彼女は早い。地面に着地すると完全に気配を消し、一時的な潜伏を開始する。
怪物は当然の様にミストルティンの気配が消失した事に気付く。しかし、イアンとフランシュを至近距離で相手にしつつミストルティンに意識を割くことは流石の怪物にも至難であった。彼がその極限状態で導き出した答えは――
「全員離れろ!」
いち早く彼の狙いに気付いたのはヴィーブだった。直後、彼は自分の魔力を暴発させ、自分を中心に自爆覚悟の爆発を生み出した。咄嗟に防御を固めたイアンとフランシュはダメージを最小限に抑えることに成功する。しかし、潜伏の為に魔力を極限まで抑えていたミストルティンは、それをまともに食らってしまい大ダメージを負う。
悪魔である為、それでも致命傷ではないが、その大きな隙は魔力を暴発させて尚ノーダメージの怪物にとって絶好のチャンスだった。
〈まず一人。〉
怪物の魔の手がミストルティンに迫る。しかしそれこそが、彼の求めていた最大の隙。
どんなに強くとも、獲物を捉えるときには最も大きな隙を見せる。彼はその隙を爆発をもろに食らいながらもずっと、潜伏を続け狙っていた。そして、ダガーを確実に怪物の首に突き立てた。
その瞬間、予定変更と言わんばかりに、怪物は纏わりつくメタンを投げ飛ばし、宙に浮かぶ彼に容赦なく魔法を放つ。しかし、それは全てヴィーブに防がれ、彼に届くことは無い。そしてその間もダガーは着々と、怪物の体を蝕んでいた。
その痛みは想像を絶するはずである。しかし怪物は自分の死期を悟ると、残り時間で出来得ることを思考し、実行に移す。結界を完全に破壊すること。それは彼が最期に導き出した答え。そして、ヴィーブ、イアン、フランシュ、ミストルティンの妨害を受けながらも、無数の魔法を放つことで邪神の行動を制限する為の結界を見事破壊することに成功する。更には、その膨大なエネルギーの影響を受け、ポールの魔法が崩壊する。
怪物は最後の最後に、邪神の勝機を生み出した。
〈征け。〉
怪物の言葉に答える様に、未だ生き残っていた7体の邪神がアヤメに襲い掛かる。当然、イアンが止めに入る。
「させるものか。」
しかし、イアンでも精々3体の足止めが限度、残る4体は彼を素通りし、協力して大規模な魔法攻撃をアヤメに向けて放った。その威力は、弱体化が入っていながら、通常の上位の邪神の魔法に匹敵する程。ヴィーブが咄嗟に展開したバリアを突き破り、一直線にアヤメに襲い掛かる。
しかし、それがアヤメに届くことは無かった。それを防いだのは、アヤメ唯一の騎士ゼラニウム。
「私がいる限り、アヤメ様に危害を加えることは不可能だ。」
たった1本の剣で見事に邪神の魔法を防いで見せた。左腕に大きな傷を負ったものの、ヴィーブのバリアを貫通する程の威力を持つ攻撃を受けてそれで済んでいるのだから驚くべきことだ。
ヴィーブは彼を称賛する暇もなく、そのままイアンの加勢に加わり、残る邪神を倒してしまう。そこで一先ず、邪神の猛攻が止んだ。
しかし一息はつけない。今も尚、各祭壇は邪神による襲撃を受けているのだ。それぞれからの連絡は未だない。無事を祈りつつ、事態への対策をヴィーブは考え始める。
この場所の防衛を疎かにすることはできない。かといって、結界が崩壊してしまえば、一瞬で防衛線も崩壊する。ヴィーブは思案の結果、現場に任せることが最良の選択だと判断した。
祭壇の護衛には相応の戦力をつぎ込んでいる。それぞれに勇者がいることは言うまでもないが、他にも、何人か勇者に匹敵する実力者を配置している。
「イアン。彼らは上位の邪神に勝てるだろうか?」
「問題ないだろう。最も連携が取れる者同士で各祭壇に配置しているんだ。勝って貰わなければ困る。」
彼らの期待通り。苦戦は強いられたが全ての祭壇でこちらが勝利を収めた。しかし、何人かの死傷者が出てしまったのも事実である。最も苛烈を極めたのは、キュアノが守る極西の祭壇。その場は、キュアノ、アリス、ステラの3人で防衛していた。
「貴様は!」
「あら。あの時の小娘じゃない。」
極西の祭壇に現れたのは、かつてアナトレー国際学園を襲撃し、エフィの恋人であるギルバートの命を奪った邪神だ。かつて対峙した経験があるステラは、一目で彼の仇だとわかった。
「戦った事があるんですか?」
「…貴方もS級冒険者として過ごす中で、『あの日』については聞いたことがあるでしょう。あの邪神が、その事件の黒幕よ。」
唯一あの日を経験していないキュアノだが、彼も一度だけ、なんとなくだがアデルから聞かされていた。全てのS級冒険者が後悔した日だと。そして――
「なるほど。わかりました。つまり、ギルバートさんの仇という事ですね。」
エフィやステラとは違い、西大陸の国際学園に通っていたキュアノだが、学生時代から彼女らとは交友関係があった。当然、ギルバートのことは知っていたし、エフィとギルバートが、初めてお互いの思いを打ち明けた現場にも居合わせている。しかも、キュアノはギルバートの事を人として尊敬していた。
かつてフランシュと初めて出会ったとき、彼女が悪い魔物ではないと証明したのが彼だったように、彼はその若さで慈愛に満ちた人物であった。そんな彼の訃報を聞き、彼もまた後悔していたのだ。
「何々?あの時の仇を討とうってわけ?ほんとに人間って馬鹿ね。仇を討ったところで死人が生き返るわけでもないのに、何でそこまで執着できるんだか。」
邪神に友情や愛情と言った感情はない。あるのは、邪神王への絶対的忠誠心と、自分の快楽にだけ生きる自己中心的な思考回路だけ。
もし邪神王が殺されれば、仇を討とうと躍起になるくせに、邪神王が殺される想像ができないから、彼女は復讐心に燃える人間を嘲ることができる。
実に彼女は邪神らしい邪神だ。それ故、ギルバートに憧れて、全ての者に優しく接する様にしていたキュアノも、躊躇わずに彼女と戦える。
予期せぬ始まる復讐劇。その道のりには何があったのだろうか。




