強化
「さてと。君の魔法倉庫にこれを保管して。」
「これは…血ですか?」
「うん。私の血だよ。君達吸血鬼には〈吸血強化〉があるだろう?その為に用意した。」
〈吸血強化〉は人間の血により最も効果を発揮する。その為、エフィは事前に血を透明な袋に分けて用意した。
「こんな大量に大丈夫なんですか?」
「うん。私は〈創血〉っていうスキルを持っててね。取り込んだ栄養の分、血を生成できるんだ。」
「?吸血鬼でもないのに何故?」
エリスの疑問が生まれた理由。それは、〈創血〉の獲得制限にある。
創血。吸血鬼は無条件に獲得できるが、他種族の場合、一定量の魔物の血液を血中に取り込み死亡しなければ、獲得制限が解放される。
そう、獲得制限を見ればわかるが、メリットよりデメリットの方が大きい。そんなスキルを有しているエフィに疑問を持っても不思議ではない。
「そうだね。それに関してはいつか話してあげるよ。」
エフィは少し考えた後、そう返答した。その所作に何か暗い過去があると思った2人は、それ以上の詮索をやめた。
「じゃあ。今日は〈吸血強化〉の性能を試してみよう。うん。丁度いい実験台がいるね。」
エフィはそう言うと、上空を見上げた。
エリスもほぼ同時に上空を見上げる。そこには、羽を大きく広げて飛翔する、巨大な爬虫類が存在した。そして、エリスはその爬虫類を見て、こう呟く。
「竜?」
その爬虫類は、エリスが想像する竜そのものである。
「いや。あれは正確には竜ではないよ。鑑定してご覧。」
名称:なし
種族:飛竜族 (ぺタオドラコ)
性別:オス
生命力:23375/23375
魔力:32173/32173
物理攻撃力:33474/33474
魔法攻撃力:35683/35683
物理防御力:29764/29764
魔法防御力:30352/30352
俊敏性:35679/35679
精神力:31241/31241
スキル:火魔法 レベル8
火耐性 レベル7
風魔法 レベル7
風耐性 レベル7
物理攻撃力耐性 レベル8
魔法攻撃力耐性 レベル7
…
「飛竜は竜の劣化版だけど、十分強いから気を付けてね。」
「わかりました。」
エリスは血液を吸血し、〈吸血強化〉を発動させる。
――吸血強化だけでも、ステータスは約6倍か…強力だな。全強化でも約6倍。計36倍…うん、これはS級に匹敵するかもしれないね。
「〈水魔法〉ウォーターハンマー。」
巨大な水の槌が飛竜を襲い、ぺタオドラコは地面に叩きつけられる。
「〈氷魔法〉アイスケージ。」
巨大な氷の檻が顕現し、ぺタオドラコを閉じ込める。
「〈土魔法〉ランドニードル。」
ぺタオドラコの逆鱗を正確に土の針が貫き、絶命には至らないものの、致命傷を与える。
次の瞬間、ぺタオドラコの叫び声が響き、アイスケージが崩壊する。
飛竜が飛翔する。飛竜は甲高い声を上げる。周辺の魔力が震えているのを肌に感じる。
「まずい。エリスちゃん。なんでもいい防御魔法を発動して!〈聖魔法〉バリア。」
エフィは隣に立っていたアーネの腕を掴んで、透明の防壁の中に引き寄せる。
「わかりました。〈水魔法〉ウォーターウォール。」
エリスとぺタオドラコの間に水の防壁が顕現する。
次の瞬間、ぺタオドラコの口から燃え盛る炎を放たれる。その炎は広範囲に放たれている。
何とか耐えきったエリスは、振り返って、背後を確認する。
「っ!」
エリスは驚愕する。そこにあったはずの木々が消滅して、そこには焼野原が広がっている。
「私が張った結界内の森が消滅した。劣化版と言っても、流石は〈竜魔法〉。」
竜魔法。竜に纏わる種族のみに発動することが許されている魔法。
「今のは、ドラゴンブレスか。」
広範囲を破壊する竜の息吹。個体によって属性が変わり、今回の個体は火であった。
「エリスちゃん!〈竜魔法〉は魔力消費が激しい。今のは最後の足掻きだ。早く止めを刺しちゃって。」
「はい!〈氷魔法〉アイススピア。」
氷の槍がぺタオドラコの全身を貫き、完全に絶命する
「ふぅ。」
絶命し、墜落したぺタオドラコを前にエリスは深呼吸する。
「お疲れ。ぺタオドラコをこの短時間で倒すとはさすがだね。」
「いえ。多分ですけど、竜族と比べれば大分弱いですよね。エフィさんなら、瞬殺どころか一撃で倒せるんじゃないですか。」
――実力を見透かされてるな。
「いや。私でも少し手こずるかな。」
エフィはエリスの推測を否定しつつも、内心、実力を言い当てられ焦る。
「まぁ、それはさて置き。次はアーネちゃんの実験をしようか。」
エフィはそう言うと、魔法袋から籠手を取り出す。
「それはミスリル製だよ。」
ミスリルとは地球には存在しない金属であり、性能は鉄より硬く軽い。そして魔力を通しやすい。
「まずは、獣の力を使わずにC級を優に倒せるようになろうか。」
「はい。」
「それじゃあ。2人はちょっと待ってて。実験台を連れてくるから。〈浮遊〉。」
エフィはそんな軽い言葉を言い残すと、〈浮遊〉というスキルで宙に浮かんで移動する。
「それじゃあ。待とうか。」
「はい…って、もう戻ってきましたね。」
2人は、エフィを持つためにその場に座った。すると、彼女が移動して1分も経たないうちに、2体の魔物を連れて、いや、掴んで戻ってきた。
「そこにいたのを捕まえてきた。」
エフィが連れてきたのは、巨大な狐と鳥だ。
魔狐族のアレプーと魔鳥族のプーリーは、ステータスで見ればC級の魔物だ。
「打撃だけでこの2体を同時に撃破してみよう。」
「わかりました。」
アーネは手始めに籠手に魔力を流し、力の限りアレプーを殴る。しかしその打撃は有効だとはならない。何故なら、アレプーの物理防御力がアーネの物理攻撃力を上回っているからだ。
そう。アーネは物理攻撃力が低い。だからアーネはその欠点を補うために、爪で殺傷力を高めていたのだが、エフィはその欠点を克服させるために打撃のみの戦闘を強要した。
――さて、どう打開する?
アーネは思考を巡らす。自分の攻撃力を上回る防御力を持つ相手に、打撃でダメージを与える方法。
――ただの打撃じゃ意味がない。更に魔力を籠手に込めて、物理攻撃力を補強する。
「うん。それでいい。」
エフィは笑みを浮かべる。直後、アーネが放った打撃はアレブーにダメージを与え、その後に追撃を開始するプーリはアーネの打撃を避けるように飛翔した。
この瞬間、アーネに1つスキルが発現した。
〈物理攻撃力強化〉。魔力によって物理攻撃力を補強することにより、獲得制限が解除される。
「〈物理攻撃力強化〉。」
〈物理攻撃力強化〉により、アーネの物理攻撃力は1.5倍になり、アレブーとプーリの物理防御力を上回り、覚悟を決め飛翔するプーリを殴り飛ばし、アレブーに直撃させる。
アーネは両手に力を込め、2体を同時に殴り、連撃を繰り出す。
その連撃は、2体が死ぬまで続いた。
――この戦闘だけでアーネはとてつもなく成長したな。
エリスはアーネの成長に感心する。
「さて、アーネちゃん。自分が強くなった事、実感してる?」
「はい。実感しています。」
「格上と戦うとステータスが上昇する。本来あの2体は君と比べれば格下だ。だけど、打撃のみに攻撃を縛ることで、2体を格上として判断され、君の物理攻撃力は上昇した。アーネちゃんは…というか、エリスちゃんもこの修行方法で全体的にステータスを上げていこう。」
エフィの説明とともに、長い修行の日々が幕を開けた。