決戦開始
「さぁ。決戦と行こうか。」
ユースを先頭に、突入部隊は巨大な歪みの前に立つ。それこそが向こうに繋がる扉であり、この世界における最後の防衛ラインだ。
「イアン。ヴィーブ。こちらは任せたよ。」
「ああ。任せておけ。」
「任された。」
エフィは防衛の要であるイアンとヴィーブに渇を入れ、そのままの足でユースの隣に立つ。
「2人共いつになく真面目な顔だった。こっちは全部任せて大丈夫だろう。」
「そ。わかった。じゃあ私達は早速、向こうの世界にレッツゴー!と言う事で。」
いつも通りのユースに安心しつつ、エフィは気を引き締める。いつもの戦闘とは違い、これからは対等の者としか戦わない。彼女ですら、油断すれば命を落とす。そういう世界にこれから向かうのだ。
ユースを先頭に続々と部隊ごとに突入していく。
「皆、入るときはあまり離れない様に。別の所に飛ばされるかも知れないからね。」
エリスは突入する直前に、自分の部下達にそう指示する。扉は何が起こるかわからないから当然だ。
扉を通ると、目の前には禍禍しい魔力に満ちた要塞が聳え立っていた。
「切り込み部隊。要塞外に到着しました。これより主要部隊との合流を目指します。」
ペトやティアの同僚である魔王軍第五軍将軍モルフィは〈通話〉という複数人での念話を成り立たせるスキルを持つ。彼女のスキルの効果は世界全域にまで効果を及ぼし、エリスの報告は正確に全部隊に通達された。
「了解。主要部隊は現在の位置を報告してください。」
アフティはその報告を受け、即座に主要部隊に現在地を知らせる様伝えた。それと同時だった。要塞の一区画が爆発した。
「今の爆発の詳細を知る部隊は報告してください。」
そんな事態でも、アフティは至って冷静に状況を確認する。しかし、その爆発の原因が、
「私達だよ。もうドンパチやってる。」
主要部隊であると知った瞬間には、驚きの表情を浮かべた。
「大丈夫?アフティ。」
そんな彼女に彼女の護衛を任された1人であるティアが声を掛ける。
「…大丈夫。彼女達なら、上位の邪神が何人来ようが、相手にならないでしょうから。」
口で言っているほど、今の事態は単純な物ではない。主要部隊は今回の作戦の要だ。できるだけ消耗していない状態で邪神王の前に立って欲しかった。
今は、できるだけ早く切り込み部隊が合流することを願うばかりだ。
一方その頃、遊撃部隊は複数手に分かれて、上位の邪神と対峙していた。
「君は強い邪神?」
そこは広間だ。レーヴァテイン、サラマンダーの2人は、異様な雰囲気を放つ上位の邪神と対峙していた。しかしそんな彼も、突然見知らぬ少女が現れた事には動揺している。しかし、彼女らは邪神が冷静になるまで待つほど優しくない。直後、広間は2人を中心に炎上を始めた。
「なんだ!?」
前触れもなく発生した火に動揺しつつも、彼はすぐに冷静さを取り戻し、水魔法でそれの消火を試みる。しかし、その火は消すことができない。
レーヴァテイン、サラマンダーの権能はお互い、消えぬことのない業火を発生させること。代償は、自分もその火の内側にいなければならないというもの。しかし、それは代償足りえない。何故なら彼女達は、火に対する完全な耐性を持つから。
「何で消えないんだ!」
流石の邪神も焦りを見せ始める。今はまだ然程のダメージも受けていないが、その火が永遠に消えなければ、いつかは命が尽きてしまう。そこでは彼は改めて冷静になり、その火の原因が2人の少女であると断定した。迷うことなく2人に襲い掛かる。
「何!」
しかし、レーヴァテインが召喚した狼型の火の化身によってその攻撃は受け止められる。その狼自体は一撃で倒せる程度の強さ。しかし、その狼が20体もいるとなれば、話は別だ。
その狼は人型のアミ―の完全な上位互換であるアモン。それら一体一体が上位の邪神の攻撃に耐えられるだけの能力を持ち、2人の危機に対して自動的に防御を行ってくれる。少なくとも、今召喚しているアモンだけで、邪神の攻撃を後20回は封じることができるというわけだ。
彼女らはわかっている。彼らに火を対処する術はなく、こちらが耐え続ければ勝手に焼死するという事実を。
「サラマンダー。私達の仕事はわかってるよね。」
「わかってるよ!」
時々、戦いたくてうずうずしているサラマンダーを制止しつつ、彼女は無制限にアモンを召喚し続ける。
今は契約を一時的に解除し力を取り戻している状態。当然、魔剣も精霊槍もこの場にある。しかし、彼女らはそれを手に持つだけで振るうことは無く。微動だにせずに、永遠とアモンを召喚し続け、その場の邪神が死ぬまで待ち続ける。
未だにレーヴァテインの魔力が尽きることは無い。何故なら、彼女はサラマンダーの魔力を借りて魔法を発動しつつ、自分の魔力でも発動している。つまり、現在は交互に魔力を失い続けている状況だ。交互、と言うのはかなり重要で、片方が魔力を消費している間、片方は炎から魔力を吸収しているのだ。つまり、彼女らの特性と彼女らの権能を合わせれば、身を守り続けながら継続ダメージを与え続けるという、最強の嵌め技が完成するのだ。
「うっわ。えげつな。」
為すすべなく倒れる邪神を見て、丁度合流したニンフが声を漏らす。隣に立つペトも小さく頷いていることからも、彼女らの先方がどれだけ卑怯な事か想像がつくだろう。
「丁度いいところに来た。」
サラマンダーが嬉しそうにニンフに近寄る。そして「任せたよ。」とだけ伝えて、レーヴァテインを連れて次の戦場に向かった。「任されたー。」と気楽な声で現場を引き継いだニンフは、延々と燃え盛る炎を一瞬にして鎮火させた。
彼女の権能はあらゆるものを洗い流すというもの。物理的な効果はないのだが、こういった永遠に続くという効果を持つ権能には、遺憾なくその力を発揮する。
「相変わらず美しいですね。」
永遠に燃え盛るはずの炎。それは今となっては宙に浮かぶ気泡になっている。ペトはその様子を何度も見ているが、何度見ても飽きない程その光景は美しい。
思わず2人が油断したその隙。それを狙っていた邪神が一撃でペトの首を刈り取った。
「取った!」
ペトを打ち取った邪神が喜びの声を上げる。しかし、その言葉を「いいえ。」と否定したのは他でもないペトだった。
「何で死んでいない!」
悪魔でも吸血鬼でもない事を確認した上での奇襲、にも拘らず、彼女は首を斬られても死ななかった。彼女が〈堕天使〉と呼ばれる前、どう呼ばれていたかを知る者は今となっては少ない。当然、邪神がそれを知る術はないだろう。
彼女のかつての呼び名。それは〈魂の大天使〉。人の魂を正常に導く為だけにしか使えない権能だ。その代償は死ねないという者。悪魔や吸血鬼と違い、寿命でも死なないという代償だ。例え世界が消滅したとしても死ぬことができない。
「やっと勝てました。ニンフ。無事ですか?」
何度死んだかもわからない程、痛めつけられたペトは、自分の血で染まりながら無傷でそこに立っている。目の前には絶命した邪神が1人。結果的に言えば無傷の勝利である。
「私は大丈夫!それよりペトちゃんは大丈夫?」
ペトに着いた血を洗い流しつつ、ニンフはゆっくりと彼女に歩み寄る。
「私は大丈夫ですよ。」
ペトは微笑みながら不安そうなニンフの頭を撫でる。その一部始終を見ていた邪神は彼女達に近づかないと決めた、万が一にも殺すことができない者を相手にする程、彼らは馬鹿ではないと言う事だろう。
そして、実はそれこそがアフティの思惑の1つであった。あえて彼女の驚異的な再生力を見せつけることで、彼女らに近づく邪神を減らし、掃除屋として立ち回る彼女らが自由に動けるようにしたのだ。
「そう。じゃあ、次の戦場に向かおう。」
次の戦争中に向かう途中。何人かの死体を発見した。その内数人は顔見知りだったが、彼女らはそれらに目もくれず、沈静化すべき権能の下に急いで向かった。彼女らに、悲しむ暇などないのだ。
場所は変わりエリス達は、既に要塞の中に侵入していた。それも真正面から。彼女らを食い止めようと出てくる邪神がいない事に疑問を持ちつつも、好都合とどんどん先へと進んでいく。
途中遭遇した邪神達には何人かの配下を切り離して足止めさせ、彼女らは構わず前へと進む。例え彼らが犠牲になるとしても。
「おや。思ったより早かったね。」
さて、ようやく合流した主要部隊の3人だが、彼女らは複数人の邪神の死体の上に立って待ってくれていた。
「これから道を作ります。くれぐれも勝手に行動しないでくださいね。」
好き勝手に暴れようとするユースに釘を刺しつつ、エリスは一番嫌な魔力を放つ方向を見定めて壁の前に立つ。
「わかってるって。安心してよ。」
その間、ユースは大人しくエリスの言葉に従って隊列の中心に移動していた。それを見て、エフィもメランも同様に移動する。3人が移動し切ったのを確認し、エリスは配下の1人に指示を出す。
「ロウ。ここから一直線に貫きなさい。」
エリスが指示をした少年の名前は〈矢の大悪魔〉ロウ。可愛い見た目とは裏腹にその権能は凄まじく、あらゆる物質を貫く最強の矢を放つ力を持つ。
「了解!」
放たれた矢は一直線に邪神王の部屋まで貫き、彼女らの為の直通通路を生み出した。
「あとはお願いします…」
その代償に全身の血が消費され彼は倒れてしまう。悪魔である為その程度で死ぬことは無いが、当分の間は動くことができないだろう。
「うん。ロウはここで休んでて。ソワール、ラク。お前らにロウの護衛を命じる。恐らく強力な邪神に襲われるはずだ。殺して構わない。」
「かしこまりました。」
「了解っす!」
ロウの権能は強力だ。彼の損失は相当な痛手となる。その為、エリスの配下の中でも選りすぐりを護衛に指名した。
宵の大悪魔ソワールは、権能なしの腕っぷしでエリスの配下最強を誇っている。その為、権能を使わずに長期的に戦える彼を護衛に選んだ。対して、音の大悪魔ラクはそれとは真逆で、権能を使わせるために護衛を命じた。
彼はあらゆる音を司る権能を持つ悪魔。自分の魔力を付着させた物体から発される音を完全に消すことができる。代償は身動きが取れないというもので、その為護衛を命じて動かなくて良い様にした。つまり、事実上護衛はソワールだけということになる。
「ソワールさん。護衛は任せますよ。」
「ああ。主君に任せられた以上、貴様らの身に危険が及ぶことはない。」
「かっけー!じゃあわかりました。集中します。」
ラクは胡坐をかいて目を瞑る。そして、事前に魔力を付着させた切り込み部隊の全員と、先程付着させた主要部隊の3人の音を完全に消す。それと同時に、彼女らは自分の魔力を限りなく封じ込み、視認するまで存在に気付けないほどに気配を消した。
「気配が消えた。無事に作戦は遂行されているようですね。」
合流の報告を受けてから数分後の気配消失。どうやら、ユースが大人しく作戦通りに動いているようで、アフティは一安心する。
「それではこちらも、監視塔の占拠を始めましょうか。」
その言葉は権能発動の合図。岩の大精霊グノームは鉱物を司る権能を発揮し、監視塔をぐちゃぐちゃにこねくり回し、中にいたであろう邪神ごと一纏めにしてしまう。当然、そんなもので邪神を殲滅することはできないが、何とか抜け出した邪神は完全に動揺している為、その隙をついて複数人で捻り潰す。その戦法によって、ものの数分で殲滅が完了する。
殲滅完了の報告を受けて、グノームは監視塔を元の姿に戻すことで、無事無傷で監視塔の占拠を成功させた。
「さて。それでは事前に伝えた通り、ここからは二手に分かれます。」
ここから彼女達は、アフティと共に監視塔に残る者達と、遊撃隊に合流する者達の2手に分かれることになっている。彼女らが遊撃隊と合流した後は、遊撃隊を本部隊に変更し、邪神の完全な殲滅に作戦を変更する。
「想像通りですね。」
監視塔に上ってみると、そこには想像通りの光景が広がっていた。
邪神達の要塞は、一部天井が無いように設計されている。それに加えて、遊撃部隊に天井を破壊する様に指示をしているので本来よりも一層全体が見やすくなっている。
「本格的に、盤面を操作していきましょう。」
そこからアフティは、本部隊への指示を開始した。1人では限度があるので、一部の指示はイデオや他の者に任せつつ、主要な戦力への指示はアフティが全て行った。
「思ったより被害が大きいですね。」
「ええ。」
イデオの言葉通り、こちらの被害はアフティの想定よりも大きい。
「ですが問題ありません。この作戦は本来、10人でも遂行可能ですから。」
黒の世界の制圧。それをたった10人でも完了できるアフティは言う。
ユース、メラン、エフィ、アステルは言うまでもなく、ディアボロス、アフティといったそれに次ぐ実力を持つ者、エリス、アーネといった最後のピースである者、ラクといった奇襲に特化した権能を持つ者、最後に、ユグドラシルという全てを終わらす者。その10人さえいれば問題ない。彼らさえ死ななければ、この作戦は続行できる。
「――ユグドラシル様。」
そして、この作戦を終結に向かわせる為に、彼女に指令を下す。
「奇襲をお願いします。そろそろ到着するはずです。」
「…わかった。」
決戦開始の3日前から彼女は黒の世界に、たった1人で向かっていた。そして、無事に邪神王の玉座を発見し、その近くであらゆる気配を消して潜伏した。彼女が奇襲に選ばれたのには、2つの理由があった。
1つは彼女の実力がエフィやメランにも拮抗する程のものということ。もう1つは、彼女の大剣が魂をも刈り取る力があるということ。
邪神王は殺害すれば、その魂を消費して一瞬で復活する。しかし、彼女の大剣で攻撃すれば、魂ごと消滅させることができ、その復活を遅らせることができる。
邪神王は2本の角を持つ青年の姿をした怪物。上位の邪神の強さを良く知る彼女は十分に警戒していた。しかし、奇襲はあまりにも容易に成功する。自分の実力に自信があるユグドラシルでも、その弱さに拍子抜けしてしまった。
それと同時に到着した主要部隊は、彼が復活する準備を開始する。
「お母さん。なんか邪神王弱いんだけど。」
ブラックホールの準備中、彼女はユースに彼のあまりの弱さの理由について問いかけた。その答えは意外な物だった。
「ああ。シルには言ってなかったね。」
事前に潜伏していた彼女だけが知らない情報があった。邪神王は今、本来の何倍も弱体化している。その原因はある魂を吸収したことが原因だった。
魂という物は、言ってしまえば人生を記録するメモリ。そして彼は、以前の戦争の際にネメシーとエレメントの魂を吸収した。彼女らの魂はその当時で既に何百万年という膨大な情報を記憶していた。そんなものを取り込んでしまえば、脳がパンクするのは当然のことである。寧ろ、意識が混濁するだけで済んでいることが彼の異常性を物語っている。
しかしながら、それは以前には無かった明確な弱点。その弱点を的確についたのがこの作戦である。そして、その有利状況に、ユースは悪役の様な笑みを浮かべてこう口にした。
「意識を取り戻す前に殺しやるぞ!」
この戦争の頂上決戦が、始まろうとしていた。




