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作戦

「い…命だけは!」


霧の大悪魔シネスの無様な命乞いを見下ろしながら、エリスはアーネに相談する。


「悪魔を部下にするのも…悪くないかな?」


「そうですね。悪魔はエリスと相性が良いですから、部下としては最適かも知れないですね。」


当時の彼女らの実力は、一部を除けば、大悪魔ですら相手にならない程だった。故に、簡単に彼女を打ち負かせた。


シネスはその実力差に既に絶望していた。その為、魔物の本能としてエリス達に従うのは必然であった。


「ご主人様!一生ついて行きます。」


「一生はちょっと…」


後にエリスの右腕として配下になる彼女との出会いは、エリスの転機となった。


その後、数々の大悪魔を配下にする為、依頼を熟しつつ各国を渡り歩き、大悪魔をボコし続けた。今となっては、世界中の悪魔から畏敬の念を抱かれている。そんな彼女は、悪魔にこう呼ばれるようになった。


悪姫(あっき)と。


そしてその隣に立つアーネも悪魔の尊敬を集めた。そしてこう呼ばれるようになった。


(ねえ)さん!試験合格、おめでとうございます!」


姉さん。と。


時は戻り、最終試験後のこと。どこで知ったのか、アーネの実戦訓練が最終試験だと知り、尚且つ彼女がその試験に合格したと知っていた悪魔達は、自分達の家でお祝いを準備していた。


「あなた達も知っていたの?」


「勿論でございます姉君。主君からしかと聞いておりました。それに、お祝いの準備をしろ。と言うことも。」


「え!?」


その事実に嬉しそうにエリスの顔を覗き込むアーネとは裏腹に、エリスは口を滑らした彼を鋭く睨んだ。


彼の名前は宵の大悪魔ソワール。かつてはディアボロスの腹心を務めた経験のある格の高い悪魔だ。


エリスの配下の中では断トツの実力を持ち、その2つ名の通り、月光を支配する力を持ちアーネの特殊能力の恩恵をエリスの次に享受できる。


1か月前、夜というお互いに有利な環境下で彼を打ち破り配下に加えた。


「おや。言ってはいけませんでしたか?」


確かに優秀なのだが口を滑らす癖があり、ディアボロスも彼の扱いには難儀したという始末。


「はぁ。まあ良い。建前が省けたし。」


エリスはアーネの為に用意していたプレゼントを持って来るように、シネスに目配せをする。


事前に指示を受けていたシネスは、急いでプレゼントを取りに行くと、「どうぞ。」とエリスに手渡した。


「はい。おめでとうアーネ。」


エリスが用意したそのプレゼントは、一時的に魂を守護するというとんでもない効果を持つ腕輪の魔法道具。その名も暗黒竜のブレスレット。メランの加護が付与された腕輪だ。


エリスはそれをアーネの腕に直接通す。腕輪はアーネの腕に合わせて自然と大きさが変わる。


「凄い。これなら私にも付けていられます。ありがとうございます!」


アーネは戦闘中、人化を解く場合がある。そんな時、普通のアクセサリーでは壊れてしまうとエリスは常々思っていた。だからエリスは、アーネを想って自らその伸縮する腕輪を作成した。世界一の鍛冶師スティーヴに教わりながら作った、世界にただ一つ、ミスリルでできた腕輪だ。


「喜んで貰えて嬉しいよ。」


アーネの喜ぶ顔に満面の笑みを浮かべるエリス。そんな彼女に思わず笑みを零しつつ、大悪魔達も自らが用意したプレゼントを取り出す。


「ほらアーネ。皆からも貰いな。」


アーネは嬉しそうに大悪魔達からプレゼントを貰う。崇拝されるエリスとは違い、彼女は皆から愛されている。その理由は彼女の人当たりの良さもあるが、一番は――


「あっ。エリスに言いたいことがあったんです。」


「何?」


「戦争が終わったら、私達だけのお家を買って一緒に暮らしましょう。」


彼女が自分達の主の伴侶となる人物だから。


「わかった。一緒に暮らそう。これからは2人だけで。」


以前だったらこんな照れくさい事、平然と言えなかった。しかし、シネスの尽力もあり、お互いの気持ちを確かめ合えた彼女達は、今では、大悪魔達を悶えさせる程に愛し合っている。


「この日に立ち会えて良かった…!」


今の2人の関係を作るまでの功労者は、今、感動して大号泣している。


「シネスさん…。わかります!その気持ち。」


エリスの配下となった者達は全員が、彼女達が添い遂げることを願っている。その道程にある全て排除してでも。彼らの使命はただ1つ。エリスとアーネの死守だけだ。



場所は変わって、神の住処に用意された鍵室。


「それじゃ。ミーティングといこっか。」


その場に集まったのはかつての邪神との戦争を経験した者達。当時活躍したユース、メラン、ディアボロス、アステルは上座に座り、残りの数十名が下座に座っている。


「早速で悪いが…」


最初にディアボロスが問う。


「此度の戦争、本当に勝てるのか?」


前回はあちら側からの侵攻を受け、多大な被害を出しながらも退けることに成功した。その戦争において彼は、最愛の娘を失い、数人の配下も失った。当時は今以上に原初の四種族が多かった時代、それでも多大な被害を齎した戦争を再び引き起こすことを彼は疑問に思っている。しかし、


「勝てるよ。」


ユースはたった一言で彼の心配を一蹴した。


「簡単な話さ。こっちの勝利条件は邪神王を殺すこと。そして今、その邪神王を殺す算段が付いたってわけ。」


神、及び原初の四種族は、それぞれ権能をその身に宿している。権能とは、言葉を言い換えているだけで要は特殊能力のことであり、もちろん代償も存在する。


例えば、メランの権能は黒を司ること。そして代償は臓器だ。光を100パーセント吸収する完全な黒しか操れないという使い勝手の悪い能力だが、それでも強力な能力だ。特殊能力の中でも権能と呼ばれる物には、その様な極端な物が多い。


邪神王。そう呼ばれる邪神達を統べる神にも当然権能が存在する。それは、魂を内包するというもの。


「邪神王は悪魔や吸血鬼と違って魂を消滅させても死なない。他の人の魂を自分の魂にできるからね。」


「ああ。それを知らなかった我々はかつて敗れた。そして、それを対処する方法もないに等しい。何故なら、奴を倒す方法は全ての魂を消滅させること、それ以外にないからだ。」


原初の四種族にはそれぞれ、メラン、ディアボロス、ネメシー、エレメントという名前の長がいた。彼女らはユースに追従する四神として、ユースと共に邪神王と対峙したが、天使の長たるネメシーと、精霊の長たるエレメントを失い、敗北した。


「俺達はあの時、奴の魂を8回殺した。それでも奴は死ななかった。そんな奴を本当に殺しきれると思っているのか?」


「うん。さっき言っただろう。殺せる算段がついたって。」


邪神王は己の魂も含めて10つまで魂を内包できる。つまり、10回魂を破壊しなければ死ぬことがない。魂を破棄すると言うと不可能なように見えるが、邪神王は不死ではない為、殺害することでその魂を壊すことができる。


しかし、それを至難にするのは邪神王の強さ。放つ魔法は世界を呑み、その肉体は星よりも強靭。そんな彼を8回も殺害できたことは奇跡と言って良いだろう。その状況で尚、ユースは笑みを浮かべて倒せるという。彼女には策があった。


「簡単な話さ。アイツをブラックホールの中に放り込む。」


あらゆるもの飲み込んでしまうブラックホールを邪神王にぶつけるという策が。


「ブラックホールだと?そんなのどうやって。」


ブラックホールは神でさえ計り知れない存在。それを扱うというのだから、ディアボロスが疑問は持つのは当然である。


「聞いて驚かないでよ。私達にすら作れない物を作っちゃった、とんでもない人間がいるんだ。」


ヴィーブの成した偉業こそが、ユースに勝機を与えた。重力魔法。それは疑似的にだがブラックホールを生み出す魔法だ。そして、それを改良したものが、ユースの提案する作戦に組み込まれている。


「魂さえも吸い込む最強のブラックホールを生み出し、それをメランが操る。そして邪神王を殺しきる。」


ブラックホールは光をも吸収する完全な黒。つまり、作れさえすればメランの支配下に置くことができる。


「邪神王がもし抜け出せても、私らで消耗した邪神王を倒せば問題ない。勝てるよ。」


想像以上に適当なユースの作戦をディアボロスは不安に思う。しかし、妙に自信満々な様子にディアボロスはそれ以上口を噤んだ。


四神(かれら)にとって、ユースは生みの親であり主。彼女の意思こそ彼らの意思であり、彼女の判断に付き従う事こそが彼らの使命。現に、四神の中でもユースの寵愛を最も受けたメランは、椅子に座って黙っている。


「対邪神王についてはもう良いですか?」


彼らの話がひと段落着いたタイミングを見計らい、アステルは口を開く。


「ユース殿に質問が。」


「何?」


「以前はやり過ぎてしまってメラン殿に叱られているのですが、今回はどこまでやっていいのでしょうか?」


星竜アステルはその異名の通り、星を司る力を持っている。その為、以前の戦争の際は世界を崩壊させかけた。メランの神業の様な空間魔法のおかげで無事だったが、もしメランがいなければ間違いなく緑の世界は滅んでいただろう。


それ以降、アステルは一部の力を巨人の里の巨石に封印し、人として暮らしていた。しかし、女神の招集には応じなければならない。彼は封印した力を取り戻したのち、この場に参上した。そんな彼が今危惧しているのは以前の様にやり過ぎること。


その為、事前にユースによって線引きして欲しいと願った。


「あー。そういえば言って無かった。」


思い出したようにユースは別空間からある装置を取り出した。


「それは?」


「君に本気出してもらう為に作った、空間生成装置だ。これに魔力注げば、仮想世界を周囲に展開できる。相手との距離感さえ間違えなければ、強制的に一対一の状況だって作れる。便利だろう?」


星を司る。なんていう強力過ぎる力には、当然それ相応の代償が存在する。その代償とは、スキルが使えないというもの。その力を封印していた時は、一時的にだがスキルを扱うことができたが、力を取り戻した今、彼はスキルが使えない。


軽い代償に思えるかもしれない。しかし、彼の権能の規模を考えれば、その代償が決して軽い物ではないとわかる。何故なら、彼自身で彼の権能に対処することはできないのだから。



何百万年も前の話になるが――


「オイオイ。よくも俺の親友(ダチ)を殺してくれたな?」


かつてアステルには、自分の背中を任せられる程の相棒(しんゆう)がいた。彼は空を司る権能を持った大天使で、アステルの隕石を処理する役を担っていた。


しかし彼は、複数の邪神による襲撃に遭い、為すすべなく死亡した。


「リーダー。アイツが例の。」


「なるほど。貴様が〈星落とし〉か!」


邪神から星落としという名で恐れられていた彼は、邪神王を除けば、邪神最強と目される男に狙われていた。彼の相棒、空の大天使は彼の戦力を削ぐため、その男が率いる5体の邪神の完璧な連携により殺害された。


「お前ら…俺が誰だかわかってて手ぇ出したのか?」


アステルの異常なまでの殺気に気圧され、5人の邪神は一歩後ずさる。しかし、リーダーと呼ばれる邪神は彼の殺気を真正面から受けて尚、一歩前に踏みだした。


「良いねぇ星落とし。そう来なくちゃなぁ。」


最強と目される邪神。リーダーは飢えていた。全力でやり合える相手に。


「来い!星落とし。俺が――」


彼の心情とは裏腹に、アステルは彼を見ていない。アステルにとっての仇はあくまで、彼の後ろで硬直している5体。


アステルはスキルを使えない。しかしそれ故彼は、身体強化などというちゃんとした物ではない、シンプルな魔力による強化だけで、リーダーにさえ捉えられない程の速度を発揮し、1体の邪神の首をもぎ取った。


「マジかよ…!」


リーダーもその出来事には冷汗を流す。反応できないまま部下を1人殺されたのだから当然だ。しかしアステルの判断ミスに、思わず笑みを零す。


――残念だ星落としよ。今の攻撃で俺を殺しておけば、お前の勝ちだったろうに。


アステルの第二撃。それを彼は、部下を庇うようにして、掌で簡単に止めて見せる。


「残念。それはもう見切った。」


相棒というストッパーを失った事により、彼は今権能を封印して戦いに望んでいる。それは彼らを甘く見ているという訳ではなく、ただ単純に、この星が崩壊するリスクを避ける為にそうしたのだ。


しかし、それもどうやら所見殺しが限界の様で、2撃目は簡単に防がれてしまった。


「チッ。」


仕方ない。と、彼は宇宙のそこら中に存在する岩石を飛来させ、そのまま彼らに降り注いだ。しかし流石は上位の邪神。リーダーの手助けがなくとも、その程度はそれぞれで対処して見せた。


埒が明かない。そう考えた彼は一か八かの賭けに出る。最も邪魔なリーダーを排除するため、彼を宇宙空間まで蹴り飛ばした。


お手並み拝啓とばかりにモロに彼の蹴りを受けたリーダーは、後にその判断を後悔する。


遥か彼方より飛来した巨大隕石。それが彼に襲い掛かったのだ。


それの対処は彼にとって然程難しくはなかった。ただ、それの対処に手こずっている間に、彼の部下である残りの4人は、アステルに為すすべなく瞬殺された。


「流石だなぁ!」


粉々に砕けた隕石と共に、リーダーは嬉しそうに空から降りてきた。そんな彼に、問いかける。


「こんな雑魚共が何人集まろうが、アイツを殺せるとは思えねぇ。つまりだ。アイツを殺したのはお前だろ?」


手応えのない邪神に彼は確信を得る。本当の仇はこの男だと。


「そうだ!アイツらはトラップ専門だからなぁ。アイツらの罠にはまった奴を殺すのは楽だったよ。」


全力の戦闘を求めるが、目的の為なら手段を選ばない。それが、リーダーの矜持であり、生き様。


「そうか。死ね!」


世界を滅ぼしかけた、あちら側の最強とこちら側の最強の戦いが始まる。

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