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最後の試験

数日前――


訓練の合間の休憩時間にアフティがこんな事を聞いてきた。


「アーネ様。実戦訓練の最終日は、黒山羊の頭を持つ邪神が相手であることを覚えていますか。」


それを覚えていたアーネは当然「はい。」と首を縦に振る。


「その戦いにもし貴女が敗れれば、邪神との戦争の日、貴女はエリス様と行動を共にすることができません。」


「えっ。何でですか?」


悲しそうに驚くアーネに、アフティは少し間を置いて、現実を突きつける。


「足手纏いだからです。今のエリス様の実力はフィオナより優れています。即ち、上位の邪神に対抗し得ると言う事です。そんな彼女の傍に、中位の邪神にも劣る者がいれば、足手纏いに他ならない。ですから、貴女がエリス様と共に戦いたいなら、必ずその日、勝たなければなりません。」


アフティは今のアーネの実力なら中位の邪神など取るに足らないと知っていた。にも拘らず、彼女にそう伝えた理由は、彼女の全力を正確に測るため。


アーネが本気を出していない。という訳ではないのだが、彼女の性格故か、無理をしない様に自分に制限を掛けている節があるとアフティは感じていたのだ。


当然、連戦続きになるであろう邪神との戦争の最中はそれでも良いが、自分よりも遥かに強い相手に対峙した時、どうしても無理をしなければならない場面が出てくる。そんな時、アフティが彼女の限界を正確に把握していれば、彼女が戦う相手に彼女が勝てるであろう相手を選択する事ができる。


上位の邪神に対抗できる人材は貴重。その為、失わない努力を戦場において指揮官を務めるアフティはしなければならない。


――全ての戦闘員の実力を把握し、相手よりも強い者を戦わせる。それこそが私の務め。


それに、


「その日は絶対に負けられない…であれば、私は全力で戦います。」


かつて背中を任せた戦友に私は彼女を重ねてしまった――



「ひえー。」


フィオナが唐突にだらしのない声を上げる。


「アーネのパンチ。どんどん威力上がってない?」


アーネはパワーがない代わりに速さを極めた。それ故、スピードが上がれば上がる程、打撃の威力も強くなっていく。アーネの体が耐えられる限界のスピードにまでなれば、その打撃の威力は、邪神の胴体に風穴を開ける程にまで膨れ上がる。


まだ、アーネはスピードを上げている段階。それでも、防戦一方となった邪神の体は醜く歪んでいる。しかし、その姿に慢心することは無く、冷静にアーネはスピード上げ、その打撃の威力を上げていく。


「そろそろです。アーネの最高速度は。」


エリスの言葉にフィオナは注意深くアーネを見続ける。しかし、アーネの速度が留まることは無く、まだまだ速度を上げていく。


「んー。アーネの最高速度っていつ?」


「…もう過ぎました。」


エリスの知る彼女の最高速度はとうの昔に過ぎている。それでも尚、スピード上がり続けるのは偏に、彼女が命がけの綱渡りに出たから。


そして遂に最高速度に達した彼女は、体がバラバラになるであろう速度、その一歩手前の状態だ。自分の体を誰よりも理解し速度を追求した彼女にだからこそできる神業。


「ギリギリ…」


そして彼女の次に彼女の体を理解しているエリスも、その速度が薄氷を踏むようなものと理解する。


「もしあれより、秒速単位で1ミリでも速くしたら、アーネの体はバラバラになります。」


「あはは。マジ?」


その狂気的なまでの速度の追求に、流石のフィオナもドン引きする。それは、アフティも同じだった。


「まさか…ここまで。」


彼女の指導者たるアフティは、彼女の限界を理解しているつもりだ。そして、やはり彼女の限界は正確だった。しかし、彼女がその限界擦れ擦れに挑戦するとは到底思っていなかった。


彼女が少しでも限界に挑戦してくれれば良いと思っていた。しかし、そんな考えは甘かった。彼女にとってエリスとは、命の恩人であり、今となっては唯一無二の――


最高速度に達したアーネの最後の打撃が放たれる。その余波は、邪神の体と共に地面さえ崩壊させる。


エリスの隣に立つ為なら命の危機すら厭わない。彼女にとってエリスは唯一無二の家族なのだから。


「倒しました。これで私はエリスと一緒に戦えますか?」


「…はい。勿論です。」


想像以上の結果を残したアーネにアフティは思わず笑みを零す。


正確な身体理解と卓越した時間感覚。それにより生み出されたのは、邪神を含む全ての生物を凌駕するスピード。アーネは今、上位の邪神に対抗できる唯一無二の力を証明した。


「お疲れアーネ。」


「エリス!」


アフティとフィオナの目を憚らず、アーネはエリスに抱き着いた。


「これでエリスと一緒に戦えます!」


「そうだね。」


1か月後に控える邪神との戦争。それに向けて力を証明したアーネを労う為に、彼女の気が済むまでエリスは抵抗せずに彼女に抱き締められる。にやけるフィオナを横目に、だが。



「すみません。嬉しくてつい…。」


アフティとフィオナに見られている事を思い出したアーネは、今になって羞恥心を取り戻した。そんなアーネを気遣い、フィオナは早々に話題を切り替える。


「そういえば、戦争に向けての人員確保はどうなりましたか?」


戦争に参加してもらう人員を集める為に、数年前から魔王軍の参謀であるイデオが奔走していた。ピスティニ王国の子爵という立場でありながら、その人脈は各国の公爵、果ては国王まで広がっている。


彼の人脈により集められた人員は、各国の騎士団や魔法士団。そして、A級以上の冒険者。その全てだ。人類の存続を賭けた戦争である事は、〈偽装〉による印象操作はある物の、各国の国王が事実を公表したことにより全人類が認識している。


「凄いですね。でも、そんな簡単に皆が信じたんですか?」


全人類が、と言う部分にフィオナは疑問を覚える。当然だ。いくら偽装と言えど万能ではない。一瞬で全人類の認識を変えることなどできない。


「そうですね。難しかったですが、イアン様とヴィーブ様が共に公言してくれた事が大きいですね。」


「イアン?」


人間の世界について詳しくないフィオナは知らなかったが、エリスとアーネはその名を当然の様に知っている。


ヴィーブと並び世界中から尊敬の念を抱かれる男。それがイアンだ。


彼は西大陸最大の大国であり軍事国家でもあるセレーネ王国で大団長を務め、癖のある10人の団長を管理している。


セレーネ王国では、普通の国家の軍事力に相当する騎士団及び魔法士団をそれぞれ5つ有している。その為、10人も団長が存在するのだ。


その大規模の軍隊の長たる彼だが、頭が切れることもさることながら、戦闘能力が飛び抜けている。かつて、魔力を使わないシンプルな殴り合いでエフィと引き分けたと言えば、その異常さは伝わるだろうか。つまり彼は、五体のみならばエフィと互角という事である。


そんな彼が世界から尊敬される理由。それは、30年前にある大悪魔によって引き起こされた戦争をたった1人で終結させた事に由来する。即ち、彼がたった1人で大悪魔を倒して見せたのだ。


「すご!滅茶苦茶強いじゃん!」


フィオナが驚くのも無理はない。何せ、彼女でさえ大悪魔の相手は一苦労なのだから。


「彼はこの世界の防衛の要です。戦争の日は、彼とヴィーブ様にA級以上の実力を持つ冒険者や各国の騎士、魔法士を率いて、扉からこの世界を守って貰います。」


ユースによって考えられた戦争の構想はこうだ。


こちらから巨大な扉を開き、邪神側からの扉の位置を収束させ、向こう側とこちら側を繋げて、こちらから向こうの世界に乗り込み、一気に殲滅する。


その殲滅の間の防衛は、A級以上の冒険者、及び、各国の騎士団、魔法士団に任せる。そしてその指揮を単独でも上位の邪神と対抗できるだけの実力がある、イアンとヴィーブに任せる。


「なるほど。確かに、防衛線が崩されれば突撃部隊も撤退せざるを得なくなりますからね。」


フィオナだけが納得したように頷く。アフティから詳細を聞いていたエリス達とは違い、彼女は今初めて詳細を聞いたのだ。


「ですが彼らだけで大丈夫でしょうか?恐らく、上位の邪神すらもこちら側に攻めてくる様な場合になったら、相応の戦力を投入してくると思うのですが。」


「その点はご安心を。当日は大規模結界を展開する予定ですので。」


戦争の中心となる東大陸最大の平原を囲む様に、既に各国の聖女達がアヤメの指示の下、巨大な方陣を描き始めている。その効果は、緑の世界の存在に強化を施し、黒の世界の存在に弱体化を施すというもの。


その結界によって、下位の邪神はA級相当に、中位の邪神はS級相当にと格下げされる。そして、その結界は上位の邪神にも効果を発揮する。


「その結界の効果範囲内にいれば、上位の邪神が束になってもヴィーブ様やイアン様に勝てなくなります。それだけ強力な結界が当日には張られるのです。」


神にさえ展開することができない結界。その名も聖域。


スキルはある種高次元の存在である。神でさえその束縛からは逃れられず、魔法を発動する為にはスキルを習得しなければならない。即ち、神すら不可侵のそれは、聖域を聖女しか会得できないと定め、その制限は聖域に莫大な力を与えた。


その聖域というスキルに辿り着けたのは、歴史上でもたったの3人だけである。その内の1人、アヤメが全ての聖女と協力して、聖域を発動してくれる。


「その為、我々は防衛については気にせず、邪神を殲滅すれば良いのです。」


黒の世界に突入する部隊は以下で構成される。


ユース率いる主要部隊。エフィとメランを含めた3人で、邪神の長である邪神王に最速で突撃し、これを討伐する。


アフティ率いる指令部隊。全体を俯瞰できる地点から指揮を行い、主要部隊が邪神王とぶつかったタイミング本部隊へと切り替え、主要部隊の戦闘に邪魔が入らない様に邪神を一掃する。


エリス率いる切り込み部隊。アーネ、フィオナはこの部隊であり、他にもこの2年でエリスが従えた複数の大悪魔を引き連れ、主要部隊の道を切り開く。


ディアボロス率いる遊撃部隊。主要部隊の面々に少し劣る程度の高い能力を誇る者達で構成されており、上位の邪神の中でも選りすぐりの怪物を数の暴力で各個撃破する。


最後にアステル。1人で行動することで星竜としての権能を遺憾なく発揮し、上位の邪神でも最上位とされる存在達を片っ端から討伐する。


黒の世界は、青の世界や緑の世界とは違い、広大な荒原とその中央に聳え立つ巨大な要塞が存在するだけの世界。世界の中心から端までが極端に短く、そのおかげで魔力の濃度が濃い。だが、世界が狭いという事実は、こちら側として好都合である。


充分に高い位置を陣取れば、世界全体を見渡せるということだから。


「私たち指令部隊はあちら側にあるという監視塔を占拠し、そこから皆様に指示を行うつもりです。ですが、切り込み部隊である貴女達は私の指示を待たずに突撃して頂いて構いません。理由は――」


アフティが切り込み部隊に期待している動きはただ1つ。吸血鬼と悪魔の高い生命力を生かした特攻である。邪神でさえ、吸血鬼や悪魔を滅ぼすことは不可能。ましてや、アフティの弟子として高い指揮能力を有するアーネの指示と援護が合わされば、邪神達を恐怖させる軍隊へと昇華されるだろう。


「アーネには期待していますよ。あの曲者たちを操れるのは、貴女だけですから。」


これは5か月前の出来事だ。


今日も今日とて、S級の任務を熟していたとき。彼女に出会った。


「私の領域に侵入したのは貴女達?」


霧の大悪魔シネスがそこにいた。

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