特殊能力
エフィは所々端折ってだが、エリスとアーネに辛い記憶を語って聞かせた。
2人は一瞬深刻そうな表情して、しかし、すぐにその事実を飲み込んで、一先ず、話してくれたことに感謝を伝える。
「話してくれてありがとうございます。エフィさん、その日のことに関しては、ずっと話すのを躊躇ってましたよね。」
エリスは彼女の気持ちが痛い程理解できた。何故なら彼女にも、辛い過去があるから。
「うん。ずっと、この記憶は封印していたんだ。私にとってこの上なくつらい記憶だったから。だけど、2人が強くなってくれたから、私もそれに答えないとって思ったんだ。」
エフィの笑顔に2人は少しだけ安心する。彼女は、完全にではないにしろ立ち直っている。そんな強い彼女に、エリスは応えないといけないと思った。
「エフィさん。あの…私もエフィさんに話していない、過去があるんです。」
だからエリスも明かす。彼女の過去を。しかし、エフィは彼女の言葉を遮った。
「ちょっと待って。エリスちゃん。その話はしなくていいよ。」
「え?」
何やら知っている口ぶりのエフィに、エリスは困惑する。この時はエリスは知らなかったのだ。エフィを含め、この場に全員がエリスの過去を知っているという事実を。
「エリスちゃんの過去については、ユースから既に聞いている。辛い過去を無理に話さなくていい。」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます。」
ユースがエリスを転生させたことは、実は偶然ではない。
エリスの前世、鬼心憂が未来を見る妖怪「件」として祀られた頃、ユースは彼女を見つけた。ユースは彼女の境遇に同情しつつも、直接彼女を助けようとはしなかった。その理由は幾つかあるが、1つは彼女が鬼の末裔ということだ。鬼とは、高い生命力と強靭な力持つ怪物。その為、彼女は飲まず食わずでも死ぬことは無い。
だからユースは、彼女を助けない選択をした。
しかし、ユースでも見過ごせない事態が起きてしまった。未曽有の大災害、憂が祀られていた集落が存在する山を一夜にして崩壊させた大雨だ。そんな大雨に巻き込まれれば鬼と言えども死んでしまう。しかし、村人たちは彼女を置いて去って行った。
だからユースは通報した。彼女を救った特殊部隊に。しかし、その後の彼女の人生にユースは関わっていない。つまり、彼女が交通事故で死んでしまったのは全くの偶然だ。
そんな事実をエリスに伝える訳はないが、その事実によりアーネが抱いていた、あの疑問は解消されるだろう。
何故エリスは転生するとき、吸血鬼という種族を選んだのか?
その本当の理由は、彼女が鬼の末裔である為、無意識に、そして本能的に、再び鬼として生きようと思ったからだったのだ。
「さて、エフィについて話を終えた所で、他の話をしようか。」
脱線し始めた話をメランが一言で元に戻した。そして、そのまま「次はアーネさんについて。」と話を始めた。
「アーネさん。貴女は自分の力について自覚しているかい?」
彼女の力とは、時間を司る力。かつての2人の大天使の能力を十全に発揮する力のことだ。
「力…ですか?」
もちろん。アーネに自覚はない。当然だ。発動したことがないのだから。しかしながら、彼女は既に少しの時間操作が可能なだけの力を得ていた。それを知っていたメランは彼女にこう指示した。
「自覚は無いみたいだね。わかった。じゃあ、この時計を見て。」
メランは徐に懐中時計を取り出すと、アーネに見せつける。そして、
「この時計の針を止める様に意識してみて。あっ。魔力は使わない様にしてね。」
と、指示を続けた。
アーネは、言われた通りにイメージする。魔力を使わずに時計の針を停止させるイメージを。すると、ほんの一瞬、本当に1秒にも満たない一瞬だが完全に秒針が停止した。僅かながらにすら動いていなかったのは、アーネの動体視力には一目瞭然だった。
「え。」
「わかった?それが貴女の能力、時間操作。魔力を介さない特殊能力だ。」
エリスの前世に存在した未来予知や治癒の様な力がこの世界にも存在する。それらは、特殊な血を受け継ぐ者達に発現する。
例えば、エリスの前世である憂で言えば、鬼の血を引いていた。アーネで言えば、大天使の血を引いている。
「時間操作は私ですら見た事ない程の強力な力だ。どの様な代償があるかはわからない。」
特殊能力は魔法を介さない代わりに、何かしらの代償が存在する。
憂は自分自身では予知の内容を理解できないという代償の元、未来予知を発動していた。
「代償…ですか?」
アーネは混乱する頭でもメランの言葉は一言一句違わず聞き取り、重要な内容についてしっかりと質問する。
「そう。幾つか知っている代償を言うと、軽い物だと生命力、重い物だと寿命だ。あっ。言うの忘れてたけど、今の一瞬の発動じゃ代償は発生しないから安心して。」
「寿命…」
特殊能力には様々な代償が存在する。その中で最も重い代償は寿命。
「能力の代償として寿命を持っているのは、そこにいるエフィだ。」
「え!?」
エリスもアーネも驚きの声を上げる。しかし、そんなのお構いなしにメランは説明を続ける。
「彼女の特殊能力は完全に不可視の斬撃を飛ばす能力。どんなに空間に対する感知能力がが高くとも知覚することがない出来ない。」
かつて、邪神にすら理解させなかった最強の斬撃。強力ゆえに代償も重い。しかし、そんな技ですら時間操作と比較すれば天と地ほどの差がある。つまり、アーネの特殊能力に、どれだけの代償があるかわからない。
「代償の確認方法は1つ。この世界の神である、ユースに聞くことだ。という訳で、エフィ。彼女を呼んで。」
「わかった。」
アーネが全てを理解する前に事が進んでいく。エフィは、混乱するアーネ、エリスを横目にギャラルホルンを召喚する。
「2人に紹介しよう。彼女は〈番の大天使〉ギャラルホルン。神の住処に通じる門を管理する大天使だ。彼女を呼んだ理由は…賢い2人ならわかるよね。」
光が収束し、小さな門が具現化する。その門は鎖と12個の錠によって硬く封じられている。しかし、その錠は、ギャラルホルンの腰に下げられた12本の鍵によって1つずつ解放される。
「え、えっと。もしかして私達、これから女神様に会う…んですか?」
「そう。緊張してる?安心してアーネちゃん。結構軽い人だから。」
そうして開かれた小さな門から、眩い光が差し込んでくる。門を通ると、太陽も月も存在していない、ただ青い空が広がっているだけの空間に着いた。エリスはそこに見覚えがあった。
「久しぶりぃ!エフィ。それに貴女も憂…いいえ、こちらではエリスだったね。そして貴女は初めましてね。アーネ。」
女神ユースはあの時と変わらない姿で彼女らを出迎える。相変わらず、神らしからぬ軽い口調は変わっていない。
「それで…私の所に来たのは、アーネの特殊能力。その代償を聞きに来たのよね?」
「そう。それで、アーネちゃんの代償は何?」
「いきなりね。でも良いわよ。教えてあげる。」
ユースは少し深刻な顔をして、一瞬の間を置く。そして、重々しい口を開いてこう3人に伝えた。
「アーネの代償は…体力だよ。」
彼女の言葉に、エフィも含め3人は唖然とする。当然だ。今の今までずっと、アーネの能力にはとんでもない代償があるのだと思っていたのだから。
しかし蓋を開けてみれば何のことは無い。高々体力を消費するだけ。いや、もしくは体力と言っても何か隠された意味があるのだろうか。その疑問を胸にエリスが問う。
「えっと、体力と言うのは、生命力とかそういう…?」
しかし、エリスの問いは呆気なく否定される。
「違うよ。体力ってのは文字通りの意味さ。つまり、アーネが能力を使えば疲れる!ただそれだけの事だよ。」
3人は驚いた。驚いたが、その事実は寧ろ好都合だと早速頭を切り替える。それはそうだ。何故なら、その程度の代償なら気軽に練習できるし、尚且つ、発動のタイミングを慎重になる必要もない。
「あー。ただ、1つ言っておくと、」
そう言い忘れたようにユースが言う。
「能力を使った後はめっちゃ疲れる。それだけは言っておこう。一度試してみれば、わかると思うよ。その意味が。」
何となく。その言葉の意味を理解しつつ、3人はその場を後にする。
そして魔王城にて、本格的に能力の発動を試みる。
その場にはアーネを含み、4人、あるいは5人の能力者が存在した。
前世において未来を予知できたエリス。今やっと時間操作を自覚したアーネ。そして、各々実は能力を持っていた、エフィ、メラン。最後に、メランの隣でずっと黙って立っているエルフのメイド、アフティだ。
それ故に、アーネが能力を発動する難易度は格段に下がっている。皆が自力で能力を発動するところをアドバイスを受けて発動できるのだから当然だろう。
「さっきやって貰ったけど、アーネさんの能力の場合は時計を見ることが重要だ。何故なら、能力の発動はイメージに左右されるから。考え方としては魔法に近いね。」
アーネの能力の本質は時間操作。過去にも未来にも、数秒程度だが操作ができる。ただ、今の練度ではそのレベルの能力の発揮は不可能であり、精々、数秒時間を止めれる程度。
「やってみます!」
気合を入れてアーネは時計を凝視する。そして、たった3秒だが時間を止めることに成功した。
「うっ。はぁ…はぁ…はぁ…。」
発動の後、代償が支払われる。彼女の代償は大したことがない。そう思っていたが、予想以上にアーネの消耗を凄まじく、全身から汗を流しながら、膝をついて倒れ込んでしまう。そして、口を押える様子から、どうやら吐き気もあるようだ。
「大丈夫?」
咄嗟にエリスは彼女に寄り添う。大丈夫ですと彼女は言うが、どう見ても大丈夫ではない。どうやら、体力という代償は中々に重い物の様だ。
「なるほどね。」
アーネに聖魔法を施すエリスを横目に、エフィとメランは議論を交わす。
「寿命とは違って、直接的に能力者を苦しめる。今程度でこの代償なら、更に長い時間の操作を行えば、気絶することもあり得るかも知れないね。」
「それだけじゃない。一番の難点が聖魔法ではどうしようもないと言う事だ。」
生命力や体の一部を代償とする場合と違い、聖魔法では体力まで補う事は出来ない。精々、辛さを軽減することくらいだろう。エリスが今施しているのだって、吐き気を軽減するという物だ。
「アーネさん。その能力、発動できるのは1日に2度だけと思っていた方が良い。それも、十分に休憩が取れたらの場合だけど。」
回数が限られているわけではない。体力が回復すれば、何度だって発動できる。しかし、一度に何度も発動すれば、恐らくは、死に至る。
「…はい。」
「少し休憩しましょう。アフティ、2人を部屋に連れて行ってあげて。」
「かしこまりました。」
メイド服を着こなしているが、何処となく高貴な雰囲気を漂わすアフティは、厳粛に命令に従い、エリスとアーネを即座に部屋まで案内した。
ずっと無表情な彼女だったが、2人が笑顔で感謝を伝えると、「ごゆっくりお過ごしください。」と彼女も微笑んで返してくれた。
エルフに会うのは初めてではないが、彼女の微笑みは今までに会ったどのエルフよりも美しく、儚く、そして神秘的だった。おとぎ話に出てくるエルフのお姫様の様に。




