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魔王

「ねぇ。2人共。もし暗黒竜に会えるなら、会いたいかな?」


メランの同意を得る前に、エフィは2人に問う。彼女に会いたいかと。


そんな彼女の提案は2人にとっては意外の物であり、ただ、少しだけ予想通りでもあった。


「暗黒竜…ですか?」


「うん。〈暗黒竜〉メラン。今代の魔王だ。」


船の上で〈堕天使〉に会った日から、もしかしたら彼女がこの提案をしてくるのではないかとエリスは予想していた。当然、エリスでも気づいたのだから、アーネも気付いているのだろう。ただ、その提案に対する思いが違うだけで。


「私は会いたいです。会って1つだけ、聞きたいことがあるので。」


エリスには彼女に聞きたいことがあった。あの日から、ずっと感じている違和感を彼女に問いたい。貴女に私は、会ったことがあるか、と。


「彼女の魔法は特別優れていると聞きます。ですから、私もお会いしたいです。」


対してアーネは、純粋に好奇心で彼女に会いたいと思った。それ程までに、魔王の魔法は有名だったから。


そして、2人の色好い返答にエフィは軽く頷く。


「そっか。じゃあ早速行こうか。」


そう、軽い口調で2人に告げ、1人でさっさと歩き始めた。


彼女の早速という言葉に困惑しながらも、2人も彼女の後ろについて行く。その道は先程通ったばかりの道。


この道は。そう、2人が何処に向かっているか気付いた時には、既にあの屋敷が見えていた。


「さて。彼にメランと連絡を取って貰おう。イデオ=ヴィア改め、魔王軍のイデオ=フィーアに。」


2人は驚く暇もなく、再びイデオと対面する。


「お待ちしておりました。エフィ殿。メラン様とは既に連絡がついています。いつでも迎える準備できているそうです。」


「そう。助かる。」


用意周到なイデオにも、そんな彼を当然の様に扱うエフィにも驚きだが、そんな驚きよりも、2人は心の準備が済まないまま、メランに会うことになってしまった動揺が勝っていた。


「あ、あのエフィさん。」


「何?」


「まだ心の準備が――」


エリスが言い終わる前に、転移は既に完了してしまった。


「ようこそ。我が城へ。」


余りに綺麗な魔力が流れるその城は、魔王城というよりは自然の森を彷彿とさせ、目の前に座る漆黒の少女と、その隣に立つメイド服を着こなしたエルフは、自然そのものを彷彿とさせた。


「久しぶりメラン。何年振りかな?」


「5か月前に会ったばかりだ。で、その2人がエリスさんとアーネさんね。さて、今から2人を視る。良いかな?」


黙って、エリスとアーネは首を縦に振る。


「では――」


メランは彼女らのこの数年間の成長を数値的に観察する。以前は、とてもじゃないが強いとは言えなかった。精々その実力は、A級以上S級以下と言った所。しかしどうだろう。


今のエリスの実力は少なくともS級並み。アーネの実力は、状況によればS級並みに届くと言って良い。


「ほう…ほうほう!これは凄い。経った数年でここまでとは。流石…と言うべきかな。」


歓喜の笑みでエリスとアーネを凝視するメランは、興奮している様子だ。


「さてと、お楽しみはここまでにしよう。早速だが、エリスさんが私に問いたいという事柄について聞こうか。」


メランは漆黒の瞳で、エリスの心を見透かすように彼女の瞳を凝視する。そんなメランにエリスは冷汗を流しながら問うた。私は貴女に、会ったことがあるかと。


それに彼女は「ああ。」と笑みを浮かべる。


「会ったことがあるとも。」


メランは指をパチンと弾きならす。その瞬間、忘れていたダンジョンでの記憶が、脳に補完された。


「これは…!」


エリスとアーネは動揺を隠せない。しかしそれと同時に、今までかかっていた靄が晴れたのも事実だ。


「少し整理の時間が必要かな。その間に、私達は話すべきことを話そうか。エフィ。」


「そうだね。」


いつの間にか用意された椅子に座り、2人は脳に流れた情報を整理する。


「あの日…こんなことが。」


あったはずの記憶が突然脳に出現し、2人は脳では理解していても困惑していた。しかし、一度2人で情報整理をしてみた所、思いの外簡単に困惑は無くなった。


「おや。随分と馴染んでいるね。」


メランとの情報共有を終えエフィが2人の傍に戻ってくる頃には、既に2人はその状況を飲み込み、顔馴染みと共に紅茶を飲んで談笑していた。


「エフィさん!」


その顔馴染みとは、魔王軍第四軍将軍ティアと、魔王軍第六軍将軍ペトだ。


「ティアはまだしも、ペトが自ら君達に話しかけるとは驚いた。」


「そう驚くことですか?」


「うん。だって、私とは数年の間、口も聞いてくれなかっただろう?」


それは…と、ペトは口籠る。事実、出会って数年の間、ペトはエフィを嫌い、一定以上の距離を置いていた。何故なら彼女は、


「それは、貴女が人間だからです。知っているでしょう?私の異名も、私の過去も。」


「ああ知っている。知っているさ」


人間の醜さに絶望し堕ちた、天使の話なら。そんな事、彼女の前で口が裂けても言えないが、彼女を一言で言い表すなら、その言葉しかないだろう。


「それで、エフィちゃんはメラン様と何の話をしてたの?」


彼女らの歯切れの悪い様子にティアは気を利かせて、エフィとメランがどの様な情報を共有したのかを問う。


「ん?ああ。それは勿論、エリスちゃんとアーネちゃんのことだよ。」


「へぇ。」


エフィの回答にティアは愉快そうに笑みを浮かべる。


「もしかして、2人をメラン様に鍛えて貰おうとしてる?」


「ふふ。流石はティアだ。その通り。正確には魔王軍に鍛えて欲しいと思っている。何故なら、ここには、エリスちゃん以上の吸血鬼魔法の使い手がいるから。」


エフィとの面識はないが、10年ほど前に魔王軍に入隊した吸血鬼がいる。


「あれ?あの子の話ってしたっけ?」


「いいや。されてないよ。」


彼女は、発動さえできれば邪神にすら匹敵する程の、強力な吸血鬼魔法を行使できる。


「じゃあ何で知ってるの?一応貴女をびっくりさせようと隠してたんだけど。」


「え?だって、貴女が競売で、フィオナという吸血鬼がいると言っていたじゃない。それに、聞いてみたら皆教えてくれたよ。」


「えぇ。バレてたのぉ。」


エフィの返答に、ティアは残念そうにだらしのない声を漏らす。


「じゃあもう隠す必要もないか…出てきていいよ。フィオナちゃん。」


ティアの小さな影が揺らぐ。影の不自然さにエリスが気付いた時、影から1人の少女が現れた。


「初めましてお三方。私はフィオナ。ティア様の忠実なる僕です。」


深紅のマントを靡かせ、フィオナはその場でお辞儀をする。その姿はまるで、伝承上のドラキュラそのもの。そしてその薬指には、かつてティアが落札した、フォボスの指輪がはめられている。


「エフィさん。貴女の噂は将軍の皆様から聞いていました。正直、内心では過大評価だと思っていましたが、一目見て噂通りの実力者だとわかりました。それに、エリスさんとアーネさんも、人々の間で噂されている通りです。」


フィオナの鑑定ではエリスにもエフィにも通用しないが、それでも尚、魔物の本能が彼女らの実力を正確に見定めた。


「フィオナちゃんも私が思っていた以上の実力者だ。これなら安心してエリスちゃんを任せられる。」


フィオナの実力は、エフィの予想を遥かに超えていた。その実力は単体で上位の邪神に対抗できるだろうと推測できる。事実、その程度の実力を彼女は持っている。


「貴女にそう言って頂けるとは光栄です。」


「貴女達。そんな中身の無い会話を続けていないで、今後について2人に話してあげた方が良いのではないですか?」


勝手に話が進んでしまい困惑するエリスとアーネに助け船を出そうと、ペトがエフィとフィオナに忠告する。


「ごめん。2人に話すのが先だったね。これを先に渡そうか。」


エフィが魔法倉庫から取り出したのは、小さな金の鈴。


「これはなんですか?」


「それは、魔力を込めて鳴らすと空間魔法が発動する魔法道具だ。あるゆる場所から、この魔王城に繋がっている。」


鈴を受け取ると、エリスは少し離れて一度魔法道具を発動させる。


「凄いですね。」


空間魔法を発動する大変さを身をもって知っているからこそ、その魔法道具の有用性を人一倍理解できる。


「それを使って、当分の間、毎日魔王城に通ってもらう。昼は依頼を熟して、夜は魔王城で魔法の訓練をして貰う。」


いつの間にかエリスの隣に立っていたエフィが、魔法道具を渡した目的を2人に伝える。


「私たちの休む暇は…」


「無いね。でも、アーネちゃんはまだしも、エリスちゃんには問題ないだろう?」


「そうですが…」


吸血鬼であるエリスに長時間の睡眠は不要。しかし、アーネは別だ。魔物である為多少の無茶は効くが、それでも彼女には約3時間程度の睡眠が最低限必須なのだ。エリスはそれを懸念していた。


「大丈夫。魔王城に2人の部屋を用意させた。それに、最低でも4時間は睡眠がとれるようにしてある。後…」


エフィは振り返り、アーネに伝える。彼女にある習慣をやめて良い伝える為に。


「アーネちゃん。」


「はい。」


「今まで続けてきた朝の訓練。あれ、やめて良いよ。というか、これからはやらない様に。」


夜遅くまで訓練をする為、朝早くの訓練は体に悪く反って逆効果になってしまう。それはアーネも理解しており、素直に「はい。」と2つ返事をする。


「これで良いよね?」


「はい。流石です。」


エフィの何でもお見通しな様子に、エリスは笑みを浮かべて感服する。


「さて、早速だけど、2人にはもう一度、メランに会って貰いたいと思う。2人にも話さなければならない時が来た。」


彼女の言葉にアーネは首を傾げたが、その場にいる他の者は彼女の目的を理解した。


彼女の秘密を明かすのだと。


「来たか。」


完全な防音が施された部屋に、メランとエルフのメイドが待っていた。


「今からここで語られる全てが秘匿される。さて、何から話す?エフィ。」


「まずは私の正体から。」


エフィは手始めに、何も知らないアーネに正体を明かす。彼女が特別S級であること、侯爵令嬢であること、そして勇者であること。


「アーネちゃんにも教えた所で、あの日について話そうか。」


そして語られる。


「私がまだ18歳で、アナトレー国際学園に通っていた頃。私は厄災に遭遇した。」


彼女の目の前に邪神が現れたというあの日のことが。

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