歴史
〈破壊の大天使〉フェンリルには、双子の息子がいた。
〈太陽の大天使〉スコルと、〈月の大天使〉ハティだ。
やんちゃなフェンリルに似て、双子の兄弟は無邪気だった。その為、天使の住む天使の花園は、いつも彼らの笑い声が絶えなかった。
しかし、邪神が攻めてきた日。天使の花園を守るために戦った何人もの天使が死んだ。その中にはフェンリルもいたのだ。
その日、彼らの笑い声は絶えた。
数百年が過ぎ、彼らはその権能を用いて、ある種族を生み出した。それが、母親であるフェンリルをモデルに創造した、フェンリル族だ。
さて、スコルとハティは何の大天使だったろうか。そう、太陽と月だ。
その為フェンリルには潜在的に、彼らの力の一端が備わっている。普通は、陽光や月光から多少の力を得る程度の物。しかし、アーネは違った。
「彼女には時間を司る力があるそうだ。」
「時間を?」
「ああ。普通、時間の操作は不可能。何故なら、時間を操作する為に宇宙全体の天体の動きを操作できるほどの力が必要であるから。しかし、彼女にはその力があるらしい。隔世遺伝って奴だね。」
アーネは、太陽を呼ぶハティと、月を呼ぶスコルの力を色濃く反映し、その上位互換とでも言える力を持っている。まだ自覚していないが、もし自覚すれば、時間を夜に固定することさえ可能だ。
「一時的に時間を操作をすることは我が主でも可能ですが、それ程強力な力は聞いたことがありませんね。」
「そうだろうね。だって、そんな事、ユースにだって出来やしないだろう。でもさ。アーネちゃんが時間を夜に出来たら。」
「そうですね。」
エリスは、常に最高の状態を維持できる。
「さて置き、本題に戻ろう。私の思惑は、エリスちゃんとアーネちゃんが対邪神の戦力として足り得るまで、貴女達にも協力して欲しいと言う事。」
「わかっています。一先ず、彼女らと面識のあるティアに彼女らを護衛して貰っています。万が一のことがあっても対応できるでしょう。」
「助かる。私も常にあの子達と行動を共にできる訳ではないからね。」
競売の日にエリス達と出会ったフェニックスらしき少女は、どうやらイデオの仲間の様だ。
魔王軍第四軍将軍。それが彼女の肩書きだ。
「先程〈念話〉で報告がありましたが、どうやら既に湖に到着しているようです。貴女も情報の共有が以上でしたら向かった方が良いでしょう。」
「そうするよ。それじゃあ、メランによろしく伝えといてね。」
「はい。」
〈空間転移〉で姿を消すエフィを見送り、イデオは書斎でメランへの連絡の準備をする。
――メラン様もエリス殿は切り札になると言っていましたが、まさか女神はそこまで考えていたとは。
〈メラン様。〉
〈何?〉
〈どうやら――〉
イデオが女神の計画について説明すると、メランは愉快そうに声を出した笑った。
〈なるほど。アーネさんにそんな力がね。気が付かなかったよ。そうだなぁ、エフィが戻ってきたら伝えておいて欲しいことがある。〉
〈なんでしょう?〉
〈もしよかったら、私が2人を鍛えようか?って。〉
そんなメランの意外な提案には慣れているのか、あるいは予想していたのか。イデオは特に驚くこともなく、〈承知しました。〉と、彼女の命令を承諾した。
「エフィさんはまだ来てないけど、先に始めちゃおうか。」
「はい!エフィさんは私達に戦闘を任せると言っていたので、問題はないでしょう。」
結界を通り、ケルピーと対峙する。湖である為、2人は〈浮遊〉によって浮かんでいるが、上空からでもその威圧感を感じ取れる。
〈鑑定〉でそのステータスを確認し、アーネにその情報を共有する。ケルピーも様子を伺い、一触即発の状況を維持しているので、2人はケルピーの倒し方をゆっくりと模索する。
「ケルピーの弱点は〈氷魔法〉だから、私の〈氷魔法〉を主軸にするのは第一として、アーネには〈風魔法〉で私のアシストして欲しい。ケルピーとの戦闘中は〈合成魔法〉を作っている暇はないから私の魔法では決定力に掛ける。だから、私の魔法に合わせて風魔法で疑似的な合成魔法を作って欲しい。できるよね。」
質問ではなく確認をするエリスに、アーネは迷うことなく「はい!お任せください。」と2つ返事で返す。
「わかった、じゃあ行くよ。」
アーネは一定の距離を保ち、エリスはケルピーの注目を集めつつ近距離で魔法を発動する。
そんな彼女らの初動に合わせて、ケルピーは湖を操る水魔法を発動する。
ケルピーの水魔法は強力で、湖の水全てが敵になると考えて良い。その威力は山を砕くほどだ。そんな水魔法の対処のため、エリスは直前に氷魔法で湖の水を全て凍らせる。その為には魔力を大量に消費するが、それでも必要な前準備だった。
ケルピーは湖が凍った事に気付くと、通常の水魔法を即座に発動する。強力な氷魔法を放った直後のエリスは無防備だったが、その水魔法はアーネの適格な風魔法によって相殺される。
完璧。そうエリスはアーネを称賛すると共に、ケルピー目掛けて氷魔法と火魔法を放った。
本命は火魔法だ。ケルピーが苦手な氷魔法を対処すると同時に着弾した火魔法は、同時に放たれたアーネの風魔法により疑似的な合成魔法になり、大きな爆発を起こした。
体が水で構成されたケルピーが、高火力の火で燃やされたらどうなるかはわかるだろう。
そう。蒸発する。
完全に倒すことはできないが、一時的に弱体化させ、怯ませることに成功する。ここで、湖を凍らせた事が効いてくる。
ケルピーの恐ろしい所は、近くに水辺があると永久的にその水で体を修復し続けることにある。その為、もし湖がそのままだったなら、今の攻撃も有効打にはならなかったのだ。
「アーネ。決めるよ。」
エリスはここぞとばかりに氷魔法でケルピーを凍らせる。そして、止めはアーネに託す。
凍ったその瞬間に対処を試みたケルピーは、既に溶けつつあった。しかし、アーネの風魔法は容赦なく切り裂き、未だ凍ったままのケルピーの胴体を砕いた。
流石のケルピーも胴体を失っては動けない。身動きが取れなくなったケルピーから宝玉を抜き取ると、エリスは弱ったケルピーを火魔法で蒸発させる。
「討伐完了ですね。」
「ああ。作戦が上手く嵌ったね。」
作戦通りに動けたと喜びあっている2人。そんな2人を護衛として遠目から見ていたティアの部下達は驚嘆している。
作戦を立て、それ通りに完璧に動ける人は少ない。何故なら、作戦に少なからず、希望的な要素を含んでしまうから。できるであろうという人間的感情が、作戦を狂わせる。
しかし、彼女らは違う。彼女らは作戦に可能な事しか含まない。そもそも、不可能な事柄に挑戦する程、彼女達は愚かではない。それは、一見すると臆病にも捉えられるが、冒険者に最も重要な事は、依頼を完遂できるかどうか。できないのにできると言ってしまえば、それは依頼主への裏切りになるから。
「流石だね、2人共。」
「エフィさん!」
いつの間にか到着していたエフィが、拍手をしながら彼女らの戦いぶりを称賛する。
「無詠唱が堂に入っている。向こうで誰かに教えて貰ったのかな?」
彼女らは2年間の修行の末、当然の様に無詠唱で魔法を行使している。エフィは武術を学ばせるために彼女らを大和国に送ったが、どうやら魔法における高等な技術も身に着けた様だ。
「はい。八重さんが詠唱の理論について教えてくれました。」
大和国の将軍補佐である木花八重は、優秀な官僚でありながら、優れた魔法を行使する魔法士でもある。
彼女は魔法を理論的に理解している数少ない魔法士であり、今まで感覚で魔法を使っていたエリスとアーネに、彼女の理論を教えてくれた。
何故魔法には詠唱が必要なのか。また、何故無詠唱が可能なのか。
結論から言えば、詠唱とはある重要な手順を飛ばす技術だ。その手順は想像。魔法を具体的に想像するという手順だ。
何もない空間に空想の魔法を想像し、それを自身の魔力によって形成する。それが魔法だ。しかし、常人にそれは難しかった。空に書を書くようなものなのだから。
その為、それを補うために詠唱ができた。詠唱とは、既存の単語を通して魔力を具現化し、魔法を形成するというものだ。既に具体的な魔法の形があるから、簡単に魔法を発動することができるのだ。
つまり、本来は魔法とは無詠唱であるべき物。そして、無詠唱を会得できれば、あらゆる魔法を魔力がある限り発動することができる。
八重の理論は、エリスとアーネには理解しやすい物だった。そもそも、知能の低い魔物や著しく強力な魔物は、元来詠唱という物が存在しない為、無詠唱で魔法を発動することができる。その為、理論さえ理解できれば、彼女らにとって無詠唱は簡単だった。
「なるほど。八重将軍補佐の魔法理論か。彼女の魔法理論は国際学園の教科書にも載るほどだ。良い先生に教えて貰ったね。」
「はい!とてもわかりやすかったので、簡単に無詠唱を覚えられました。」
「アーネの言う通りです。質問をする隙のない、完璧な講義でした。」
そっか。と、八重の講義を絶賛する2人に微笑む。そして、彼女の講義は素晴らしい物なのだと想像に難くない事も確かだろうと頷いた。しかし、無詠唱は一朝一夕では身に付かない
国際学園にいた頃、無詠唱が覚えられずに苦しんだ優秀な友人を思い出し、思わず口から零れてしまう。凄いね。と。
「はい?何か言いましたか。」
「いや。何でもない。それにしても、随分と周到な作戦だったね。ケルピーを弱体化させるために、水を凍らせるのは有効な攻撃だ。それに、エリスちゃんの火魔法をアーネちゃんの風魔法で強化するとは良く考えたね。エリスちゃんが考えたの?」
「いえ。アーネが考えたんです。」
異なる術者が発動した魔法を用いた合成魔法はアーネが考案した。ある日、古本屋で見つけた物理的な現象について書かれた本を読んで、理論的には可能だと思ったのだ。
実際にそれは可能だった。魔法も所詮、物理的な現象に過ぎない。だから、魔法の水は火で蒸発するし、魔法の火の火力は酸素により爆発的に強くなる。
であれば、同一の人物が魔法を発動しなければならないという道理はない。
「なるほど。魔法を物理現象と捉えるとはね。」
魔法と物理は異なる物。魔法の発展の代わりに、科学が発展しなかったこの世界では、その様な固定観念があった。
そんな固定観念に囚われない魔物でありながら高い知能を有し、偶然にも物理を知れたアーネだからこそ見いだせたのだろう。新たな魔法の可能性を。
「今までにも、火魔法の攻撃を与えた相手に風魔法を放って火の回りを早めたり、水魔法の攻撃を与えた相手に氷魔法を放って凍らせたりしたりは魔法士でも良く使う手だった。でも、魔法に直接魔法を放つなんて誰も思いつかない事だよ。凄いね。」
「はい。アーネは凄いですよ。」
突然エフィに褒められて照れているアーネに代わり、エリスが自分の様に喜んで、エフィと共にアーネを称賛する。
「そ…そんなこと無いですよ。エリスさんの合成魔法を間近で見続けたので気付いただけですし。」
「そんなことない。合成魔法を長い間使っていたのに私は気が付かなかったんだ。アーネが凄くないなら、私はどうなる?」
アーネの謙遜を否定し、悪戯っぽくエリスは笑みを浮かべる。そんなエリスにアーネは頬を膨らませる。
「エリスさん酷いです。そんなつもりで言った訳ではないです!」
「アハハ。わかってる。でも、アーネが自分を卑下にするのが悪いんだよ。褒められたら、笑顔で感謝すれば良いんだ。褒める人は心の底から凄いと思ってるんだから。」
「はい…全くもってその通りです。」
反省して俯くアーネに微笑んで、エリスは優しく彼女の頭を撫でる。
「次から気を付けようね。」
微笑ましい2人に笑みを零しつつ、腕を組んで彼女らの今後についてエフィは思案する。
2人の能力の強化に関して、自分では力不足であると彼女は考えつつあった。
実際の所、エフィの得意戦法はフィジカルに任せた肉弾戦だ。多種多様な武器や素手で大抵の敵をねじ伏せてきた。魔法もそれなり扱え、その練度はヴィーブ並みではあるものの、上位の邪神に通用する程度の物ではない。
――宇宙規模の力か。魔法が得意なメランなら簡単だろうけど、私では数回が限度。アーネちゃんに教えられる程造形も深くない。
図らずも、メランと同じ結論に至る。
「ねぇ。2人共。もし暗黒竜…魔王に会えるなら、会いたいかな?」
メランの同意を得る前に、エフィは2人に問う。彼女に会いたいかと。




