吸血
「次はアーネちゃんにやってもらおう。そうだな。丁度良い魔物を探そうか。」
2匹のフィズィの死体を魔法倉庫で回収して、アーネの相手に丁度良い魔物を探す。すると、大量発生しているというアグリオを発見した。
「アグリオか。C級だけど丁度良いか。アーネちゃん。君の戦い方を見せてよ。」
「はい。わかりました!」
元気よく返事をすると、アーネは人化を一部解除する。アーネの腕から先、膝から先がそれぞれ、狼の前足と後ろ足に戻った。
「エリスちゃん。何故あの姿になったかわかるかな?」
エリスの教育の為に、アーネが何故一部だけ狼の姿に戻したのかという問いを出す。それをエリスは冷静に分析し、端的に答えた。
「そうですね。恐らくですが、人間の姿になったことで少しだけ筋力が落ちるので、一部を獣と化すことで、本来の力の一部を取り戻しているのだと思います。」
「正解。人間より獣の方が力強く、獣より人間の方が技術が高い。だからその中間であるあの姿になっているんだ。さぁ、それが分かった所で、アーネちゃんの戦い方を見ようか。」
アーネはアグリオを観察しつつ臨戦態勢に入る。そんなアーネを前にアグリオは無造作に突進を繰り出した。そして、アグリオの突進がアーネに直撃すると予感したとき、アーネは冷静にアグリオの進行方向から避け、丁度、アグリオがアーネの横を通る瞬間、アーネの鋭い爪がアグリオの腹部を貫き、通過したときには、アグリオの腹部から盛大に血が噴き出す。
「突進は曲がれない。それを逆手に取った良い攻撃だ。」
大量に出血してしまい、動きが鈍くなったアグリオを容赦なく襲うアーネの爪は、正確にアグリオの頭部を貫き、先程よりは少量だが、それでも大量の血が頭部から吹き出し、アグリオの動きが完全に停止する。
「〈風魔法〉ウィンドブレイド。」
動きは停止したが、死んだとは限らない。その為、アーネは無数の風の刃によって、アグリオの頸部を切断し、宙に浮かぶ頭部も風の刃で破壊する。
「お見事。私達みたいに〈鑑定〉を持たない場合、確実な止めを刺すことは最重要事項。素人の冒険者がやりがちな過ちをしないとは素晴らしい。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、エリスちゃん。〈魔法倉庫〉でアグリオを回収してくれるかい。」
「はい。」
エリスはエフィの指示通り、〈魔法倉庫〉でアグリオを回収し、その場を後にした。
「やはり便利ですね。〈魔法倉庫〉は。」
「そうですね。そういえば、〈魔法倉庫〉を持たない冒険者はどうしてるんですか?」
「これだよ。」
エフィは腰に下げている巾着袋を指さす。
「〈鑑定〉。」
魔法袋。レベル6程度の魔法倉庫と同等の効果を持つ。
「物によって効果は別なんだ。これは、金貨6枚位だよ。」
「金貨6枚…」
「魔法袋の最高はレベル8だけど、金貨8枚だよ。レベル1だと金貨1枚。つまり、レベル1の魔法倉庫を持つエリスちゃんを雇うには、本来金貨1枚が報酬の相場なんだよね。だから、実はA級冒険者は水面下で君の取り合いが行っていたんだよ。君が注目されていた理由の1つだね。」
「そうだったんですね。」
「当初は金貨1枚で雇うつもりだったんだけどね。正直、安くはないからね。アーネちゃんは私の出費も無くなるし、私の目的にも適している。正に一石二鳥だね。」
エフィの言う通りであれば、エリスにとっての報酬条件の変更は損失だったのだろう。その様に、アーネは思う。
――今思えば、何故エリスさんは私を助けた上、職も与えたくれたのでしょう?わざわざ命の恩人にそのようなことを聞こうとも思わないけど、考えてみればエリスさんの利益って全くないのではないでしょうか?
アーネはエリスの思惑に気になりつつも、失礼になると思い、考えを胸に納める。
「2人共、都市が見えてきたよ。」
「あれ?もう帰るんですか?」
「うん。」
2人は、エフィに連れられ、オルニス大図書館に向かった。
「実は調べたいことがあったんだ。エリスちゃん…というか、吸血鬼について。」
「何故ですか?」
「君を強くするため。」
エフィの調べたいこととは、正確には吸血鬼の〈吸血〉についてだ。
歴史上、数多の吸血鬼が存在するわけだが、それらの歴史を見た上で、人間の血を吸う=吸血という認識が正しいと考えられる。しかし、それはあくまで、歴史上である。
歴史に残る吸血鬼など、実際は指で数えれるほどしか存在しない。
例えば〈血染めの魔王〉フォボスであったり、〈鉄の女王〉シディアであったり、〈夜の支配者〉ニュークであったり。そんな彼あるいは彼女は、人を吸血した。
これらの歴史から、人間の血を吸う=吸血という固定概念が生まれても仕方がないといえよう。エフィは勝手にそのように考える。その為、エフィは歴史ではなく、生物学的に吸血鬼を調べ、実際に吸血は人間でないと駄目なのかを調べたかった。
結果的にいえば、吸血は人間でなくとも良い。しかし、条件はある。
1つ。吸血鬼は、生物の血液を吸血すると、身体能力が強化される。これを吸血鬼族専用スキルの1つ、〈吸血強化〉という。このスキルは、人間、魔物、動物の順に効果が弱くなる。
2つ。吸血鬼は生命活動維持の為に、日に1度、生物の血液を吸血しなければならない。この際に必要な血液量は、人間であれば、約50ml。魔物であれば、約500ml。動物であれば、約1000mlである。しかし、吸血鬼は不死であるから吸血をしなくても明確に死ぬことは無い。ただし、常に死に続けている状態となる。
3つ。吸血衝動は、生物の血液を摂取すれば抑えることができる。
「そういえば、エリスちゃんは日に1度の吸血はどうしているんだい?」
エフィは彼女が吸血をしていないことを知っていながら、あえてどうしているのかと問う。それに対してエリスはケロッとした様子で、
「やっぱり吸血って必要なんですね。」
そう言い放った。そんな彼女にエフィは心の中で「やはり異常だ。」と呟く。彼女のその異常性を改善することはできない。否、するつもりがない。しかし、彼女が素直に吸血していないと言ってくれたから、次の行動に移る事にした。
「エリスちゃん。君の意見は今聞かないよ。」
エフィはそう言って、腕を風魔法で軽く切ると、出血部位でエリスの口を塞ぐ。その行動の意図に気付いたエリスはエフィを引き剝がそうと抵抗する。しかし彼女の力はエリスを遥かに凌駕する。抵抗しても、その拘束はビクともしない。
「結界を張ってある。安心して吸ってね。」
そんな優しい言葉に、エリスはやっと諦めて、素直に差し出された血を吸った。
「直接だと効率が悪いね。」
エリスが吸血を終えると、エフィは腕を止血しながらそう呟いた。
「そうだな…次は採血した血をあげるよ。それでしっかり吸血衝動を無くしてね。」
「はい。」
エフィの提案をエリスは渋々受け入れる。
――これじゃあ本当に吸血鬼だ。
今まで自分は元人間だからと、吸血はしない様努めてきた。しかし、それは寧ろ異端なのだと思い知った。確かに、ずっと全身は痛かったし、気持ちが悪かった。それでもそれを我慢して我慢して、表情にも出さない様にしてきた。
――本気で心配されたのなんて、あの日以来だ。
エリスのとある思い出。それを噛み締めて、目の前に立つエフィと向き合う。そして実感する。次の人生は吸血鬼なのだと。