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エリスの試験が終わり、観戦者達は盛り上がっていた。


今までにない、A級試験でのS級の魔物の乱入という事件。そして、その事件をたった1人で解決してしまったB級冒険者。観戦者達の熱狂は計り知れない。


「凄ぇ!S級の魔物を1人で倒せる奴なんて、A級にだってそういねぇぜ。」


「ああ!エフィやジーンジーミ姉弟(きょうだい)、ローマンのような逸材だ。まだ若く見えるし、S級だって夢じゃないぞ!」


エリスの話で持ち切りなった会場にアーネも鼻が高い。


「なぁ。あの人の事を少しでも良いから教えてくれねぇか。あの独特な技、どこのもんなんだ?あのエフィのパーティメンバーってことは、やっぱあの人に教わったもんなのか?」


「いえ。あれは大和国の白銀杏さんに教わった物で、〈居合術〉という技術です。」


「白銀杏?どこかで聞いたことがある様な。」


ある受験者がアーネに居合術について問いかける。すると、彼女の返答を聞いた数人の受験者が白銀杏という名に引っかかっている様子だ。


そんな時だった。同じく彼女の返答を聞いていたローマンが声を上げる。


「あの〈武芸百般〉と呼ばれる白銀杏かい?」


嬉しそうに叫んだローマンに受験者がその人物は誰なのかと問いかける。


「白銀杏。あるゆる武芸に精通し、その技量はどの武芸において右に出る物はいない。剣を持たせれば山を割り、矢を持たせれば竜を討つ。その謳い文句がかつて彼女によって実際に為された物なのだから、その実力は計り知れない。そんな彼女に指南されたのならあの実力も頷ける。」


「そんな人がS級冒険者の他にもいるんですね。それにしても、そんな凄い人の名前が何で有名じゃないんだ?」


「無理もない。大和国は島国だから大陸にその名声を轟かせるのは難しい。」


楽し気に語るローマンに受験者達は息を呑む。しかしそれと同時に、誰もその英雄について知らない事実に疑問を抱いた。そんなときだ。


「アーネ。戻ったよ。」


エリスがダンジョンから戻ってきた。


「お帰りなさい。エリスさん。」


「ただいま。それで、この状況は一体?」


余りにも静まり返った会場にエリスは困惑を隠せない。そんな彼女に、ローマンが愉快そうに話しかける。


「エリスさんと言ったかな?」


「貴方は…ローマンさんですか。初めまして。」


彼についてはエリスも聞き覚えがあった。


「おや。名前を知って頂けているとは光栄です。」


「いえ。エフィさんと同じく、S級に最も近い冒険者と呼ばれる貴方を知らない訳がないでしょう。」


特別S級ではない物の、彼もS級と同程度の実力を持つ人物。特徴的な球体の武器に、スキルが使えなくとも肌で感じる程の強大な魔力。


その人物がローマンである事は顔を知らないエリスでも理解した。


「私に何のご用ですか?」


「用ってほどの事でも無い。貴女ほどの実力者はそうそういない。だから一度話してみたいと思ってね。」


レベル7の鑑定を持つローマンだったが、呆気なく鑑定が防がれてしまい、その実力も合わせて彼女への興味は止まるところを知らない。


――このレベルの冒険者がB級にいたとはね。アーネさんもA級上位並みのステータスだけど、エリスさんのステータスはどれ程の物か。


「そうでしたか。すみません。今日は疲れてしまったので日を改めてさせてください。」


「いえ。こちらこそいきなりで申し訳ございません。では、また後日に。」


「はい。」


アーネを連れて笑顔のままその場を離れる。エリスのその強引な様子に、アーネは疑問に思いつつ彼女の隣を同じ速度で歩く。


「ねぇ。アーネ。今日はもう帰っても良いんだよね?」


「はい。免許の作成は全ての試験が終了した次の日ですから、今日は会場に残る必要はありませんね。」


「そう。じゃあ、後はお願いね。」


エリスはそう言い残し、アーネに体を委ねて気絶する。


「エリスさん…?」


彼女の顔色が悪いことに今更気付いたアーネは、己の未熟さを悔やむ。


どうやら彼女は魔蛇(サンドワーム)との戦闘で気力を使い果たしてしまった様だ。S級という強大な魔物にスキルなしに立ち向かったのだから、いつも以上の集中力が必要だっただろう。特に、今回彼女と対峙した魔蛇はあまりに慎重だったため、必要以上に集中力を消費した。


彼女を背負い、アーネは少し俯いて宿までゆっくりと歩みを進める。


――エリスさんがこんなになるなんて。エリスさんなら、S級相手でもスキルなしで大丈夫だと思っていたけれど、もしかしたら私の思いはエリスさんの負担になっていたのでしょうか…


心の中で後悔の言葉を吐露し、アーネは眠るエリスの顔を見る。


――安心して眠ってる。私を信頼してくれてるんだ。


彼女の顔に安堵しながら、アーネは宿のエントランスを通る。途中、宿の職員が気にかけてくれたが、丁寧に断わりを入れ、真っ直ぐ部屋に向かう。


「エリスさん…」


彼女をベッドに寝かせ、アーネはその傍に座り彼女の名前を呟く。


吸血鬼である彼女はやつれることがない為、体調の変化が客観的に確認できない。数年間共に過ごしたアーネですら、彼女が気絶するまでその体調の変化に気付かなった程だ。


――それに、


それに加え、エリスの精神力は人並み外れた物であり、常人では耐え得ることのできない状態でも、彼女は顔色一つ変えずに耐えきって見せてしまう。


寧ろ、今回の様に我慢せずに気絶する彼女は珍しい。


それ程までに辛かったのか、それとも、


「エリスさん…私は貴女の支えになってますか?」


アーネになら、その無防備な体を預けても良いと思ったのか。



――何で…?


エリスは困惑していた。そこは彼女の夢の中。しかし、彼女にそれを知るすべはない。


彼女が見ている光景。それは、彼女の前世で毎日の様に見ていた光景だった。


「件様。予言をお聞かせください。」


複数の男が、四肢のない裸の少女に供物を捧げ、彼女に未来を聞こうとする。


件。それは、少女に名付けられた忌み名。未来を見る力を持つ彼女は、件という未来を予言をする妖怪の名を付けられた。


「あ…」


少女は混乱していた。


何故なら、その光景は遥か昔に終わった物だから。


――なんでまた…


少女は、鬼心という村八分を受けている家で生まれた。


憂と名付けられた彼女は、生まれたばかりに亡くなった母親の遺体と、彼女の父親と共に廃墟と化した家で幼少期を過ごした。


「件様?早く予言をお聞かせください。」


「カワ…ハン…ヤマ…ホウ…」


憂は混乱する頭で、思いついた単語を羅列する。


「川、氾、山、崩ですか。ありがとうございます件様。これで私共は助かります。」


憂はその後に村を襲う大雨を予言していた。そして、それが最後の予言となる。


「皆、急いで準備をしろ。この村を捨て、街に逃げるぞ。件様。それでは、失礼します。」


憂を置いて、村人は残らず村を去った。街で暮らすに当たり、彼女の存在は邪魔だった。だから彼らは、彼女を村に残し証拠隠滅を図ったのだ。


「…」


憂は思い出した。その光景を以前に見たと。


――わかった。これは夢。だってこれは、私が異世界に行った年の、前の年の出来事だから。


彼女の名前は鬼心憂。後にエリスとして異世界に転生する少女だ。


――この夢。いつ覚めるのかな。


幸せな現実を思い出しながら、彼女はそんなことを考える。


彼女の人生は悲惨な物だった。物心がつく前には、既に父親による暴力や性行為が行われており、隣にはいつも母親の死体があった。


そして、物心がついた頃。彼女の予知能力が判明すると、見知らぬ男達に誘拐され、村唯一の神社に監禁される事となる。


初めの頃は、鎖に結ばれるだけだった。しかし、少しずつ村人達は彼女の行動を制限する様になり、最終的に四肢を切断され、生命維持が可能な最低限の食事だけが与えられるようになった。


――体をバラバラにされたばかりの頃は痛かったなぁ。今思えば、この経験があったから、私は死の痛みを我慢できたのかなぁ。


平静を取り戻し、彼女は暗い社の中で物思いに耽っていた。


――身動きが取れないのは面倒だけど、これは夢。だったらそろそろ。


「隊長!発見しました!」


社の中に光が差す。


社の扉を開いたのは、前世で彼女を助けたある日本の特殊部隊の1人。


「なんて惨い。聞いていた以上に酷い状況だ。」


男は彼女を抱き抱え外に出る。


「隊長。報告にあった少女です。」


彼女は抱きかかえられたまま、隊長と呼ばれる女性と目を合わせる。


「可哀想に。すぐに彼女に合わせてやるからな。」


懐かしいその姿に彼女の涙腺が緩む。しかし、彼女の瞳から涙は流れない。彼女の体に、涙を流せるほどの水分が残っていないから。


「おい。綺麗な水を飲ませてやれ。彼女が到着する前に、脱水症状で死んでしまう。」


「わかりました。」


紙コップに移された透明な水を飲み、彼女は一先ず喉の渇きを潤す。


「まだ飲めますか?」


見るからに今にも干からびそうな彼女に、男は優しい声で質問する。その質問に憂は小さく頷く。


男は憂の要望通り、今許容できるだけの水を彼女に飲ませる。


「あ…ありが…」


憂はどうに彼にお礼を言おうと、必死に口を動かす。しかし、予言以外の言葉を発さずに、10年ほどの年月を過ごした彼女は、すっかり言語を話せずにいた。


「無理しなくて大丈夫ですよ。何が言いたいかはわかりますから。」


男は彼女に無理をさせまいと、声を掛ける。以前にも掛けられたその言葉に憂は小さく頷く。


――懐かしい…嬉しい…


命の恩人として、深く彼女の記憶に刻まれた3人。


彼女を最初に発見した男、芦谷(あしたに)(みつる)


その後の人生で彼女の育ての親となる、この部隊の隊長、雲雀(ひばり)(かおる)


そして、今から現れる。彼女の正真正銘、命の恩人。


「貴女が鬼心憂…早く治し上げるからね。芦谷さん。こちらに下ろしてください。」


綺麗な白いシーツの上に憂は下ろされる。そして、彼女よりも幼く見える少女に頭を触られる。


「治癒。」


彼女がそう呟くと、見る見るうちに憂の体が再生していく。


「これで大丈夫。」


憂を安心させようと、優しい笑みを彼女は浮かべる。


――(ひじり)ちゃん…


彼女の名前は白糸(しらいと)聖。憂と同じく生まれながらに特殊な能力を持つ少女であり、憂の唯一の親友である。

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