A級試験
「予想より随分と不用心な子達ですね。提供された食事を疑いもせずに食べてしまうのですから。」
そのメイドは、凡そ10代前半に見える風貌だ。しかし、スカートの下に忍ばせる無数のナイフと、彼女の持ち鞄に忍ばされた大量の毒薬が、彼女が只者ではないことを示している。
「こんな子供達にこれを使うのは少し気が引けますね。でも、キュアノのお願いだからちゃんとやります。」
そう意気込む彼女は、どうやらキュアノの依頼で2人の食事に毒を盛る為に、ホテルに忍び込んだようだ。その毒は、全く致死性の物などではなく、ある機能を一時的に制限する物。
「さぁ、そろそろ起きて貰いますよ。」
エリス達に盛った睡眠薬の解毒薬を注射し、再び彼女は部屋の外へと戻る。
「ご夕食をお届けに参りました。」
その声に、エリスもアーネも気付き起き上がる。
「はい。」
扉を開き、随分と若そうなメイドから夕食を受け取ると、2人はさっさと食事を済ませて、眠気はなかったが再び眠りについた。
再び目を覚ました時、彼女達は自分の異変に気が付くだろう。
「あれ。スキルが…使えない?」
何故か、エリスは感覚強化が発動できなくなっていた。
「私もです。なんででしょうか?」
何のスキルも発動できない。そんな状況は初めてで、流石の2人も動揺を隠せない。
「一先ず落ち着いて。食事を摂ろうか。」
食事を終え、2人は状況の整理をしてみる。
まず、魔法道具の使用は可能だった。つまり、魔力自体の運用は可能なようだ。次に、魔法は極低レベルなら発動可能で、火魔法ならマッチ程度の大きさの火が出現させられる。最後に、魔法を除くスキルは軒並み使用不可能となっている。
「どうやら、今回のA級試験。スキルは当てにならないかもしれない。」
「そうですね。」
幸いにも、2年間の修行を経て、スキルに頼らない技術を数多く習得している。〈剣術〉が使えないという不安要素はあるが、〈居合術〉はスキルではない為、ある程度は剣を扱えるだろう。
アーネも〈弓術〉さえ使えないが、彼女が使用する曲芸まがいの弓術は、スキルの範疇を既に超えており、十分を弓を扱えるだろう。
「一応、治す方法は探ってみよう。もし見つからなくても、A級試験の支障にはならない。終わったら急いで帰って、エフィさんに原因を聞いてみよう。」
そして、原因がわからないまま2日が経ち、試験当日になった。
「さっさと終わらせてしまおう。アーネ。隠す必要はない。お前の弓術を惜しみなく発揮するといい。」
エリスより先に、アーネが試験を受ける。
試験中の映像は巨大な遠視装置で映し出され、他の受験者も試験官と共に観戦することができる。
――アーネは、今回の受験者達では比べようもない程の実力を持っている。でもそれは、スキルが使えたらの話だ。だけど、スキルを使えなかったとしても、アーネの実力はトップクラス。
今日のアーネは、初めから弓を装備している。それに、弓を精密に扱えるように、籠手もレベル9に到達したスティーブによって改良済みだ。
全距離において死角なし。
「では、受験番号45番。試験開始。」
試験開始の合図と同時に、階層主が出現する。
現在のアーネと階層主の距離は、約100m。早速弓の出番だ。
階層主は前情報通り、地竜族の魔物だ。地面を走るその小さな竜は、素早く防御力に優れている。
普通の射手では、その速さに的を射ることはできないが、アーネの正確無比な5本同時射出は、1本目は地竜の行動を制限し、2本目は地竜が移動した先で地竜の右足を正確に貫き、3本目は2本目と同時に左足を貫き、4本目は動きが遅くなった地竜の行動を更に制限し、5本目は地竜の腹部を貫き出血をさせる。
その芸当に、観戦者から称賛の声が上がるが、彼女にとってはその程度の造作もない。彼女は杏の下で、それ以上の芸当に成功しているのだから。
「エリスさんに言われた通り、さっさと終わらせましょう。」
弓を構え、1本だけ矢を取り出す。スキルによって魔力を込められない今、彼女はただの矢で魔物と戦っている。本来なら、矢の方が折れてしまうはず。しかし、彼女は正確に急所を貫いている為、先程の矢は地竜の硬い鱗を貫いた。
今彼女は、1本だけ矢を構えている。絶対に外れないその矢は、正確に地竜の目を貫き、その小さな脳をも破壊する。
「試験終了。受験番号45番。試験合格です。」
念の為、腰に下げた短刀で止め刺し、彼女はその場を後にする。
終始油断せず、地竜を圧倒したアーネに、受験者からも観戦者からも歓声が上がる。今試験において最速で討伐したのだ。当然の状況だろう。
その様子にエリスも満足げに頷き、彼女も試験の準備の為にダンジョンに向かう。
道中、アーネとすれ違った。しかし2人は何も語らない。
エリスはアーネを称賛しない。彼女の活躍は当然のことだから。アーネはエリスを応援しない。彼女の合格は必然のことだから。
「さて、私もさっさと終わらせよう。あんまりアーネを待たせたら、興奮した観客たちに質問攻めされちゃうだろうからね。」
彼女の考える通り、アーネは大勢の観客達に揉みくちゃにされていた。しかし、それも数秒のことだ。その後に起こる、大事件に全員が息を呑むから。
「では、受験番号46番。試験開始。」
試験開始の合図と同時に、階層主が出現する。直後、ダンジョンの床を破壊し、下層から上がってきた魔蛇によって、地竜は丸呑みにされる。
「サンドワーム…」
ダンジョンの構造上、他階層の階層主が昇ってくることが稀にある。特に、魔蛇の様な魔物はダンジョンを容易に破壊するため、階層間を行き来し、多くの冒険者が被害に遭ってしまう。
しかしそれも稀なこと。ごく限られた状況下でしか起こり得ない。しかし、その状況が今まさに起こってしまった。
――試験前にキュアノさんが、この様な状況も起こり得ると言ってけど、まさか私の時に起こるとはね。
一度経験している為か、エリスは特に動揺していない。しかし、状況は最悪だ。鑑定は使えないが、以前にサンドワームは鑑定したことがある。
平均ステータスは4万以上。今のエリスのステータスの約2倍の相手だ。スキルが使えない為、ステータス上の逆転はあり得ず、どうにか工夫する必要があるだろう。
「さて、どうしたものか。」
この様な状況の時の為に待機していた冒険者達は皆がA級。サンドワームと戦うには少々心許ない。
退避してくださいと彼らは言うが、彼らが応戦したところで待つのは数名の死者をの上の勝利。そんな物をエリスは許せない。
幸いにも、強大な存在感を放つエリスを警戒している魔蛇は動かずに様子を伺っている。考えている時間は十分にあるのだ。
「皆さん、サンドワームどうやらこちらを警戒している様子です。今の内にサンドワームの射程圏から離れてください。邪魔です。」
エリスはS級冒険者にも劣らない、純粋な魔力の放出と共に、少々きつい言葉で彼らをその場から離れさせた。
「さて、とりあえず戦ってよう。被害はなるべく抑えたいし、何より、」
魔蛇に勝利できる算段があるわけではない、しかし・・・
「この状況でサンドワームを倒せれば、師匠の居合術を世界に知らしめられる。」
そう。彼女のもう一つの目標が達成できるのだ。
極東の剣術である為か、居合術は世界ではあまり知られていない。納刀した状態から抜刀と同時に切り伏せるという技の構造上、刀でなければ使えない為、剣が浸透している大陸では誰も使おうとしないのだろう。
エリスは誰かに居合術を使って欲しい訳ではない。ただ、優れた剣術を大陸の人間に知って欲しいのだ。
エリスはそんな思いを胸に、徐に刀を握る。その様子に、魔蛇を警戒心を強める。
一触即発。そんな状況に、緊急事態の為に待機していた冒険者達は固唾を呑み、受験者からも観戦者からは悲鳴が上がる。
サンドワーム。S級であり、砂漠の支配者とも呼ばれ恐れられる魔物だ。地面を破壊し簡単に地形を変えてしまう。強力な魔法は弱点の水さえ枯らしてしまう。
そんな魔蛇の強さを知る冒険者達にとって、たった1人で立ち向かおうとするエリスは無謀に映るだろう。
1人の冒険者が、アーネに尋ねた。
「お前あの娘の仲間だろう。大丈夫なのか?」
しかし、そんな心配は彼女にない。
「大丈夫ですよ。エリスさんは強いですから。」
「強いつったって。相手はあのサンドワームだぜ。地竜以上に硬く強靭な体。強力無比な魔法。現役のA級冒険者だって、1人じゃ手に負えない奴だ。あれを単独で倒せるのなんて、S級か、A級でもごく限られた、例えば、エフィみたいな化け物くらいだぜ。」
別の冒険者もアーネを諭すように魔蛇の強さを語って見せた。しかし、アーネの表情はピクリとも動かず、平然そのもの。
魔蛇の強さをアーネが知らない訳ではない。彼女は依然見た魔蛇の強さを以てしても、今のエリスには勝てないと知っているのだ。
「見ていてください。エリスさんの実力を。」
アーネの自信に満ちた言葉に、彼女の声が届いた全員が映像を見た。
見慣れない武器を持つ彼女は、見慣れない構えで魔蛇が動くのを待っている。武器を納刀したままの彼女を心配する声もある。しかし、偶然観戦していた一部のA級冒険者は、彼女の並々ならぬ存在感を感じ取っていた。
そんな彼らが何かある。そう思った瞬間、魔蛇が攻撃を開始した。
凄まじい咆哮と共に、無数の岩石がエリスに降り注ぐ。避ける余裕さえないその岩石群だが、エリスの眼前に届いた瞬間には、何故か砂塵になっていた。
その不可解な現象に、観戦者達は動揺を隠せない。
「凄いな。」
ある名の知れたA級冒険者が観戦に来ていた。
「A級冒険者のローマンだ!観戦に来ていたのか!」
「そうだよ。あのエフィのパーティメンバーが試験を受けると聞いてね。どうやらそれはあの子と君のようだね。」
「はい。そうです。」
受験者達にローマンと呼ばれる男は、どうやらエリスとアーネが受験することを知っていたようだ。
「えー!」
当然、その衝撃の事実に驚きの声が上がる。しかし、あのアーネの実力。そして、今サンドワームの魔法を涼しい顔で受けているエリスの実力を見て、全員が納得する。
「キュアノが行ったから、皆彼女がどうして魔法を食らわないかわからないよね。」
教えてあげるよ。と、彼は映像に細工をして映像がスローモーションに動くようにする。
すると、彼女の動きが鮮明に映像に移し出される。
「こ、こんな事が…」
驚くのも無理はない。目にも止まらぬ速さで、魔法を切り伏せているのだから。そういえば、彼女はいつの間にか刀を抜刀している。誰もがその事実に気付けない程、彼女の抜刀は早すぎたのだ。
映像は元に戻り、本来の速度でエリスが映し出される。その事実を知ってなお、彼女の動きは捉えきれない。
度々場所を移動しているが、それでもほぼ同じ位置で、魔蛇の猛攻を切り伏せる。
魔蛇もその状況に痺れを切らしたのか、魔法での攻撃を止めを物理攻撃に移行した。
早速魔蛇は地面に潜り、エリスに位置がバレないよう、滅茶苦茶な動きでダンジョンを食い荒らす。幸いにも、頑丈なダンジョンの地面は、魔蛇の地中での行動に影響を受けず、地形は変化していない。
エリスは魔蛇が飛び出すのを待つ間に、刀を再び納刀する。その行動に驚く声もあったが、彼女の実力を考えれば何か理由があるのだと納得せざるを得ない。
ドゴンドゴン。と、地中が破壊される音が聞こえる。未だ、魔蛇は顔を出さない。どうやらエリスをかなり警戒している様だ。
その状況が、1分経過した。流石のダンジョンも、少しずつだが地形を変え始めている。しかし、その状況にもエリスは動揺せず、構えを維持したまま、場所を変える。
彼女の集中力はかつてない程高まっていた。
エリスの尋常ならざる精神力の為か、彼女は集中すればするほど、集中力が高まっていく。彼女の集中力が切れることはない。
魔蛇もそろそろ我慢の限界か。彼女の集中力が途切れるのを待っていたようだが、それはいつまで経っても訪れない。遂に、魔蛇が攻撃に転じる。
エリスの真後ろから、地面を食い破って魔蛇が出現した。エリスは刀を使うため、背後からの攻撃にすぐには対処できないと踏んだのだろう。しかし、彼女の剣術は世界最速。一瞬だけ、正面よりは遅れるが。
構えたまま振り返り魔蛇を見据え、抜刀。
たった一太刀で、魔蛇の体は真っ二つにされる。
パチパチパチ。
「流石だね。エリスさん。」
少し前に到着していたキュアノが、拍手をしながらエリスに声を掛ける。
「到着してたんですから助けてくださいよ。」
「いやあ。俺が援護に入ったらかえって邪魔になるだろうと思ってね。」
「何を言っているんですか。キュアノさんなら地面ごと魔蛇を倒すくらいのことできますよね?」
やはり嘘は苦手だと心の中で思いながら、キュアノはエリスに謝罪する。
「できないことは無いけど…と、その話をする前に、今回の謝罪から。今回の事はまことに申し訳ございませんでした。」
「どうしたんですか?いきなり。」
「本来なら、この階層以外の階層主は、大勢のA級冒険者によって試験の間だけ討伐され続けているんだ。なんだけど、何故かこのダンジョンの階層主ではないサンドワームが階層主として出現した。そんなイレギュラーにA級だけでは対処できず、この有様という訳だ。本当に申し訳ない!」
頭を下げるキュアノに頭を上げる様促しつつ、エリスはサンドワームの死体の心臓部にある宝玉を取り出す。
「謝らないでください。私もこうして一儲けできたわけですし。あっ、このサンドワームの死体って、調査に必要だったりします?普通はあり得ない場所に生まれたんですよね?」
「ああ、宝玉に関しては持って帰って貰って大丈夫だよ。死体は調査に必要だから置いて行ってもらうことになるけど、大丈夫?」
「はい。大丈夫ですよ。じゃあ宝玉だけ貰っていきますね。」
特に責め立てることもなく、エリスは宝玉だけ持ってさっさとダンジョンを後にする。不測の事態に対応できなかったキュアノへの、せめてものフォローをエリスはして見せたのだ。
「ありがとう。エリスさん。」
彼女を見送り、キュアノはサンドワームの死体を焼却する。
――ヴィーブさんも無茶を言うなぁ。エリスさんとアーネさんに試練を与えるために、こんな大掛かりな仕掛けをするなんて。
この事態は、エリスとアーネの実力を測るために、ヴィーブが計画した物であった。
数日前の事だ。
「悪いのうキュアノ。エフィの監視の目が離れるのはこのタイミングしかない、万が一の時は〈偽装〉を使うから安心せい。」
恩人であるヴィーブの頼み事を渋々受けることになったキュアノは、愉快そうな笑みを浮かべて申し訳ないと言葉を並べる彼女に溜め息を吐く。
「はぁ。万が一なんて起こって欲しくないですよ。」
「ハッハッハ。まぁ大丈夫じゃろうて。なんせ、あのアリスが協力してくれるのじゃからな。」
「アリスは便利屋じゃないんですよ。それに、あの世界からは足を洗ったんですから、無理はさせないで下せいね。」
わかっておる。と、声を上げて笑うヴィーブに、再びを深い溜め息を吐きつつ、キュアノは彼の隣で大人しく座っている、絹の様にしなやかな銀色の髪を持つ、人形の様に可愛らしい少女、アリスに心配の声を掛ける。
「無理をしなくてもいいんだよ。お前はもう暗殺者じゃないんだし、やりたくなかったら――」
「キュアノの頼みなら私何でもやるよ!」
キュアノの言葉を遮って、アリスは目を輝かせて彼の頼みを受け入れると宣言する。そんな彼女をキュアノが否定できるはずもなく、
「そっか。それなら、バレない様に頑張ってね。」
と、笑みを浮かべて激励の言葉を掛けることにした。
「うん。私頑張るよ!」
嬉しそうに意気込むアリスに、キュアノは少し罪悪感を覚えつつ、決行日を迎えたのだった。




