天才
「久しぶりだにゃあ。エリスちゃんにアーネちゃん。」
「お久しぶりです。ニャーさん。」
ニア=フェーレス。元S級冒険者にして、エフィの担当ギルド職員。
元S級冒険者という大層な肩書を持つ彼女は、その実力や見た目から、男女問わず人気があり、人々からは親愛を込めて、猫の獣人族である為かその名前からか、「ニャーさん」という愛称で呼ばれている。
オルニス支部の職員で唯一S級機密を知る彼女は、エフィのS級冒険者としての活動を隠蔽する仕事が与えられている。
「オルニス支部に戻っていたんですね。」
「そうなんだにゃあ。ずっと本部で仕事漬けだったけど、やっと一段落したから戻ってきんだにゃ。でも2人がいないから詰まんにゃっかったんだよ。これも全部、お前のせいだにゃあ、エフィ!」
3年前にエリス達と出会ってから、エフィが活発に活動する様になった。そのおかげで、ニアは本部で住み込みで働かなければならない程の仕事が与えられることとなった。
「ごめんなさいニア。でも、貴女への信頼があるからこそ、私は今自由に活動できてるんですよ。」
彼女とエリス達が初めて出会ったのは、エフィとパーティを組んで間もなくの頃。しかし、その後すぐに彼女が本部に連れていかれてしまい、2人と彼女の面識はあまりない。しかし、彼女の可愛らしい容姿と口調が、2人との間を簡単に埋めてしまった。
「褒めるのが上手いにゃあ。しょうがにゃい。許してやるにゃ。それで、今日は2人の冒険者カードの再発行だよねぇ。オッケー。早速やっちゃおっか。」
1年以上冒険活動がない場合、冒険者カードの再発行が必要となる。この時、以前の階級は考慮されず、そのステータスに合わせた階級に昇級、もしくは降級される。
「じゃあエリスちゃん手を当てにゃあ。」
彼女にエリスの偽装は通じない。しかし、それは問題ではないのだ。何故なら、
「2人共ステータスが随分と上がったね。いいねぇ。うんうん。これでオッケーかにゃ。」
彼女自身が2人の冒険者カードを偽装するからだ。
エリスは種族とスキルを。アーネは種族を偽装してある。彼女らのステータスで測れる実力は。限りなくS級に近いA級。すなわち、A級試験を受ける資格を得ている。
「2人共。とりあえずはB級冒険者だにゃ。だけど、今度のA級試験に合格すれば、晴れてA級冒険者だにゃ。頑張りにゃよー。」
半月後に行われるA級試験。試験内容は毎度同じで、あるダンジョンの25階の階層主を討伐すること。
階層主のステータスは平均15000。その数値は直接、A級冒険者に最低限必要な実力を示している。
「それでは、さようなら。」
「バイバーイ。」
用事を終え、エリス達はギルドを後にする。彼女らを見送って、ニアは微かに微笑む。
「まぁ。今の2人じゃあんな階層主瞬殺だろうにゃあ。なんもにゃければ。」
彼女らはB級試験中、A級の魔物の暴走に巻き込まれた。正確には、腐竜の襲撃に遭ったのだ。
――あの時は肝を冷やしたにゃあ。腐竜を勝手に殺すんだから隠蔽が大変だったのにゃ。それにあの時は、エリスちゃんも。
優れた〈偽装〉の使い手であるニアが苦労したのだから、あの日エリスがどれだけ目立っていたのか、そして、腐竜を討伐する為に、エフィがどれだけ派手に行動していたのか想像に難くないだろう。
――今回も同じことがあったら、私が解決しようかにゃあ。それとも、あの子が解決してくれるかにゃ?
「アーネちゃん。」
ニアはニヤリと笑みを浮かべる。アーネの成長に喜んで。
半月後。予定通りA級試験が始まった。
国内の受験者約50名が、王都のギルドに集められた。鑑定で見た所、今回の試験に合格できるのは恐らく自分達を含めた9名だろうと推測できる。
「こんにちは、皆さん。僕はS級冒険者のキュアノです。今回の試験の監督は僕が勤めます。」
A級試験は担当のS級冒険者が監督する。どうやら今回はキュアノの様だ。
「試験内容は単純で、国内屈指の難易度を誇るダンジョン。ニゲル渓谷のダンジョン、その25階層の階層主を討伐すること。試験時間は1人20分。階層主が再出現するまでの10分の間隔を置いて、50名全員が試験を行います。試験は明日から3日間かけて行うので、受験日以外の日は滞在中の宿で体を休めてください。では、受験票を配布します。」
受験票を受け取り、エリスとアーネは早速予約している宿に向かう。エフィによって紹介され、予約したその宿は、国内でも最高級と呼ばれるヴェリータホテルだ。
「やっぱり凄いですね…」
「そ、そうだね。」
予約には会員証が必要で、本来一般人には予約することすらできない宿。
しかし今回は特別に、エフィの推薦という事で予約が可能になったのだ。
「お待ちしておりました。エリス様。アーネ様。」
ホテルの従業員は、全員が高位貴族の使用人を経験した者だそうだ。
「お部屋までご案内いたします。」
案内された部屋は、マギアス侯爵家の邸宅よりも高級そうな部屋だった。
「えっと、ベッド…1つしかありませんね。」
「この時期はこの部屋しか空いてないんだ。でも、このホテルで2番目に高い部屋らしいよ。」
「そうなんですか!」
2年間同じ部屋で、隣同士で布団を敷いて寝ていた2人には、同じベッドで寝るくらい今更気にすることでもない。
1つ問題があるとすれば。
「エリスさん。今日は抱き着かないで下さいね。」
エリスの寝相が、少しばかり悪いところだ。
「保証はできないね。どうやら私は抱き枕がないと寝れない体質の様だ。」
「冗談ですよね。」
ニコニコ笑みを浮かべるだけのエリスに溜め息を吐きつつ、大和国での2年間を思い出す。
杏の修行に疲れて帰ってきて、風呂に入れば倒れる様に布団に眠りにつく。隣同士に布団を並べている為か、朝眠りから覚めるとアーネの布団にエリスは寝ていて、彼女はアーネを抱き抱えて眠っている。
「今の時期は涼しいから大丈夫ですが、夏だと熱いんですよ。」
「ごめんね。でも無意識だからどうしようもないよ。」
「それはそうですが…」
私の心臓が持たないと、アーネは心の中で呟く。
「まぁ、そんな事今は置いておいてさ、王国支部に行こうよ。今日ならあの人に会えるよ。」
「あの人?」
王都の冒険者ギルドは、デンドロン王国を代表するギルドであり、その為フィーシ都市支部ではなく、王国支部と呼ばれている。
その王国支部に今日は、あるS級冒険者が訪れているそうだ。
「おや、お主達は…」
「初めまして。私達は、エフィさんのパーティメンバーで、」
「知っておるぞ。エリス殿。アーネ殿。エフィから話は聞いておる。」
巨大な王国支部、その内の一室を貸し切り、ある作業をしていたそのS級冒険者ヴィーブ=マギアスと、2人は出会う。
「あの人ってヴィーブ様だったんですね。」
「うん。エフィさんに、もし時間があったら行ってみてって言われててね。」
エリスは、エフィにある頼みごとをされていた。それは、ヴィーブの作業を手伝うという事。
「儂が今やっている作業は、これを修復することじゃ。」
彼女が示す先にあるのは、大量の魔法道具。そのどれもが何処か欠損している。
「魔法道具にはそれぞれ、直すのに必要な魔法が異なる。必要な魔法ごとに仕分けしてあるから、得意な魔法で魔法道具を治してみておくれ。」
「わかりました。」
魔法道具は少し特殊で、例えばランプの様な火を発生させる魔法道具なら、火魔法を魔法道具を対象に発動させると、それにどの様な欠損があっても、完全に修復することができる。
一先ず、エリスは火魔法で、アーネは風魔法で魔法道具を直してみる。
「随分と難しいですね。」
「ああ。」
魔力をただ流すだけでは直らない。魔法をただ発動させるだけでも直らない。もしかすれば、これを直すには、あのスキルを使う必要があるかも知れない。
「アーネ。これはもしかすると、あのスキルを使わないといけないかも。」
「あのスキル…ですか?」
「〈魔纏〉だよ。」
魔纏とは、武器に魔力ではなく、直接魔法を纏わせるスキル。どうやら、魔法道具の修理には、その応用が必要なようだ。
「魔纏ですか…」
魔纏は、エリスには扱うことができるが、アーネにはまだ扱うことができない。
「丁度いい機会だし、この修復を成功させて、アーネも魔纏を覚えよう。」
「そうですね。頑張ってみます。」
魔纏は、一朝一夕で身につくものではない。エリスの場合は神の力によって身に着けることができたが、アーネは杏の下で2年間の修行をしても、身に着けることはできなかった。
そもそも魔纏は、特に優れた武芸者の中でも、一部の者しか身に着けられない技術であり、あのキュアノですら魔纏を身に着けたのは16歳の頃だ。
アーネの今の年齢は16歳。
もし今の年齢で彼女が魔纏を覚えれば、正真正銘の天才だろう。
「むー…んー…」
試行錯誤をするアーネに微笑みつつ、エリスは魔法道具を次々と直していく。
魔纏はかなり高度な技術だ。例えるなら、木材を炭化させずに木材に火を灯すようなもの。物理的にはそんな事はあり得ないのだが、魔法は物理的に不可能なことを可能にすることができる。
今のアーネにはできない――
「あ!できました。」
アーネは魔纏を成功させた。どうやら、2年間の修行でアーネには魔纏を取得する条件を満たしていた。きっかけさえあれば、アーネは魔纏を習得できたのだ。
「流石だね。アーネ。」
アーネが成功させたことに、エリスは嬉しそうに笑みを浮かべて彼女を褒める。
「はい!ありがとうございます。」
簡単に魔纏を扱うエリス、簡単に魔纏を成功させてしまったアーネに、ヴィーブは心の中で「天才じゃな。」と呟く。
――魔纏は、優れた武芸者が何年も修行して、やっと取得するようなスキルじゃ。
勇者達は、当然の様に若い歳で魔纏を取得したが、あれは例外中の例外じゃ。
エリス殿は恐らくエフィと同じ特別の生物。神に寵愛されておるのじゃろう。だから、エフィと同じく、その若さであらゆるスキルが高レベルに達しておる。逆にアーネ殿は純粋な天才じゃな。その歳でそのステータスは、キュアノ以上じゃ。
「どうやら魔纏を覚えたようじゃな。流石はエフィのパーティメンバーじゃ。さぁ、作業を終わらせてしまおう。」
本来ヴィーブ1人でやるはずだった作業は、3人でやることによって急速に進み、ものの1時間程度で終わってしまった。
その後、ヴィーブに連れられ彼女らは高級レストランに向かう。ヴィーブの奢りで食事を終えると、2人はヴィーブにお礼を言って、早速ホテルへの帰路についた。
魔力を大量に消費した為か、エリスとアーネは酷く疲れていた。しかし、すぐに食事を摂ったので、その疲れが次の日に続くことはないだろう。
「今日は疲れたね。」
「ですね。」
魔物である2人は、人間とは違い、食事さえすれば消費した分の魔力を簡単に生成できてしまう。
「夕飯は部屋まで持って来る様お願いしてある。それまで、少し…」
エリスは疲れてしまったのか、無意識にアーネを抱きしめたまま眠ってしまう。
「エリスさんは…眠らなくても大丈夫なはずなのに。」
アーネは抱き締められたまま、眠ったエリスに苦言を呈す。
吸血鬼である彼女は、30分程度の睡眠で1日の活動が可能だ。昨日もいつも通り6時間の睡眠をとっている彼女は、本来は眠気すら感じないはずなのだが。
「仕方ないですね。」
幸せそうに眠る彼女は、その見た目のせいで年相応にはまるで見えなく、まるでアーネと同い年の様にさえ見える。
「私も寝ましょうか。なんだか今日は…いつになく。」
何故だか重い瞼を閉じて、迫りくる黒い影を知らずに、アーネも深い眠りにつく。
「ご夕食をお届けに参りました。」
その眠りは、届けに来たメイドにも気付かない程に、深い深い眠りであった。
メイドは2人が起きない様に静かに扉を開けると、2人の眠るベッドに近づき、
「まったく。不用心ですね。エリスさんにアーネさん。」
無表情で2人を見下ろした。




