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襲撃

「エリスさん?」


「エリスちゃん?」


考え込んでいるエリスを心配して、アーネとニンフが声を掛ける。


「あっ。何でもないです。」


思わずエリスは彼女に、5年前のその日、エフィもそこにいたのか、と、聞こうとしてしまった。しかし思い留まって、咄嗟に何でもないと口にする。


「そっか。じゃあ話しを続けるね。」


動揺しているエリスを落ち着かせるためか、ニンフは笑顔で話を再開する。


「邪神は何とか追い返した。死者はさっき言った通り1人。だけど、負傷者はたくさんいた。その中にはヴィーブちゃんや、もう会ったかな?ステラちゃんもいたんだ。」


「ステラ…ステラ=エピオテスさんのことですか?」


「そう!なぁんだ、会ってたんだ。」


彼女らを負傷者と語るニンフの表情は柔らかいが、エリス達を震撼させるのに、その事実は十分すぎた。何故なら、彼女らは恐らく、いや、確実に、世界でも有数の実力者だから。


「という訳で、こんな大事件があったんだけど、こんな事件、誰も知らないよね。なんでだろうね?」


確かに。そう2人は心の中で呟く。


公爵家の令息が死亡し、公爵家の令嬢やヴィーブですら負傷した。そんな大事件が起きたのに、何故誰も知らないのだろう。更には、誰も知らないどころか、そんな事実が歴史にない。たった5年前の出来事がだ。


「わからないかな?でも、2人共知ってると思うんだ。特にエリスちゃんはさ。歴史上から歴史を消す、唯一のスキルをさ。」


エリスは知っている。そのスキルを有しているから、そのスキルを使用したことがあるから。


「もしかして、偽装…ですか?」


「うん!正解。良くわかってるね。」


2年前にエフィに教わった、偽装の本当の能力を思い出す。


偽装とはそもそも、事実を改変するスキル。人々の記憶どころか、歴史を改変することさえできる。


「ある子の偽装で、その場にいた一部の人を除く人々の記憶からその事件は消えた。そして、事件の痕跡は王族や高位貴族の手によって消された。完全に歴史から抹消されたんだ。」


「ある子?ですか。」


「そう。ある子。まだ私達に比べれば幼いけど、この世で最も尊い血を受け継いだ女の子だよ。名前は…まぁ言っても良いかな。シルちゃんって子だよ。エフィちゃんと一緒にいれば、いつか会うと思う!」


シル。ニンフが言うに、この世で最も尊い血を受け継いだ少女。


彼女の発言からして、その少女は既に数千、数万の年月を生きているだろう。何故ならその少女は、()()()()()()()()()()。ニンフを含む四大精霊は、正確にはわからないが、数十万、数百万の悠久の時を過ごしている。そんな彼女が、「私達と比べれば」と発言したのだ。当然の推測だ。そしてその少女は、


「この世で…最も尊い?」


アーネが小さく呟く。その呟きを聞き、エリスは彼女と同じことを考えていると気づく。


――最も尊い血。それってあの人かな?私をこの世界に送ってくれた…アーネも思ってるよね。


それは多分、女神様だって。


ニンフは、2人の少し考える様な動作に、2人が尊い血とは誰なのかに気付いたと確信し笑みを浮かべる。


――やっぱり、2人共勘が鋭い。


ニンフは歓喜する。最も尊い血とは確かに女神のことだ。


〈女神〉ユース。この世界の唯一神であり、この世で最も尊い存在。そんな女神には一人娘がいる。その名はユグドラシル。


原初の種族の中でも、神代を生きた最古の者達から、多大な寵愛を受けた少女は、彼女らに親愛を込めてこう呼ばれる。〈シル〉と。


種族は母親と同じ神。この世で最も尊い血を受け継いだ少女である。


「これ以上私から話すことは無いよ。もっとあの日について知りたいなら、シルフに聞いてね。」


「は…はい。」


大量の情報にエリスとアーネの脳の処理が追いつく間もなく話が終わってしまう。


「失礼します。」


「うん。まだまだこの船は続く。どこかで会った時はまた話そうね。」


「「はい。」」


ニンフの話が終わり、早々に2人は退出の準備をする。


「あっ。」


ドアノブにエリスが手を掛けた直後だった。


「2人共。気を付けて帰りなよ。」


「はい?」


ニンフの唐突な忠告に、エリスは訳がわからず少し曖昧な返事をしてしまう。


後に、彼女の忠告に助けられることを知らずに。



「なんでしょうね。気を付けてって。」


「んー。わからないけど、水の大精霊であるニンフさんが言う事だ。いつも以上に注意を払って部屋まで帰ろう。」


「そうですね。注意するに越したことはありませんよね。」


エリスもアーネも〈感覚強化〉を発動し、五感に全てを用いて注意する。


2年の間で、アーネも〈感覚強化〉を会得した。元より五感に優れた彼女は、〈感覚強化〉をあるゆる敵意を感じ取れる特異な技能に昇華させた。


〈エリスさん!〉


〈どうした。〉


何かを感じ取ったアーネは、〈念話〉でエリスに報告をする。


〈何か船外から嫌な視線を感じます。恐らく海上です。何でしょうか?〉


〈わかった。少し確認してみるよ。〉


アーネの報告にエリスは〈千里眼〉を発動し、周囲の海上を見渡してみる。すると、見たことのない巨大な水生の魔物がこちらの様子を伺っていた。


確認できる水上の頭部だけで10数メートルはあろうかという巨体を持つその魔物は、どうやらこちらが視えているかの様な仕草をしている。そして、突然エリスを凝視する。


「アーネ!今すぐ逃げてエフィさんを――」


その突然の状況に動揺してしまったエリスは、咄嗟に〈念話〉を忘れて口頭でアーネに指示を出そうとする。しかし、アーネがエリスの言葉に走りだしたと同時に、空間は一瞬にしてそれらの世界に塗り替えられる。


それは、〈空間魔法〉の中でも最も高度な技術を要する魔法。


ディメンション。使用者の指定した空間の次元をずらし、その場事態を別の空間に移動させる魔法。


「エリスさん。大丈夫ですか。」


「大丈夫。アーネは?」


「大丈夫です。」


そろそろ異常事態にも慣れ始めた2人は、落ち着いてお互いの安全を確認した上で、周囲の状況を確認する。


その空間には、先程の未知の魔物の他にはエリスとアーネしかおらず、完全に2人は、その空間に隔離されてしまった様だ。


「どうやら。私達はあれらと戦わなければいけないようだね。」


「そうですね。空間魔法を解除する方法は3つですから。」


空間魔法を解除する方法は3つある。それは、使用者が空間魔法を解除すること、より高度な空間魔法で空間を制すこと、もしくは、空間魔法の使用者を殺害すること、だ。


「私の空間魔法じゃ、このレベルは対処できない。鑑定も通じない。手強いよ。あの魔物。」


「エリスさん鑑定が?そうですか。それは手強そうですね。ですが、2人ならどうにかなりますよね!」


「ああ。2年間。師匠の下で修業して身に着けた事。早速強敵に実践しよう。」


エリスとアーネは2年間で、実力だけでなく、お互いがお互いを深く理解し、より綿密な連携が可能になった。


「最初から全力で行こう。さっきエフィさんから血のストックを貰ったし、誰も見ていないからね。久々の全力だ。」


吸血しつつ、エリスは笑みを浮かべてアーネに告げる。


「全力でついて来てね。」


「はい!」


エリスの元気のよい返事に、エリスは優しく微笑み、早速本来の姿で顕現する。


「行くよ。」


今のエリスのステータスは平均して2万強。本来の姿になりステータスは2倍に。そして更に〈全強化〉〈吸血強化〉の併用により36倍に。


その結果、ステータスの平均は150万程度までに。


敵の数は16体。容易ではないが、十分に討伐可能な実力をエリスは得たのだ。


エリスの動きは、1度でも瞬きすればもはや視認できない。それはその魔物でも、そしてアーネでもだ。


しかしながら、アーネはエリスの魔法に連動して、その魔法に気取られた魔物に対して有効な打撃を与える。


エリスの動きについていけている訳ではない。エリスが動く前に、アーネが動いているのだ。彼女の動きを予測して。


「流石。」


「流石です!」


最初の一体目は、アーネの打撃によってよろけたその巨体に、エリスが確実に魔法を直撃させて焼失させた。


一体が瞬殺され、魔物達は警戒心を一段階上昇させる、その様子に先程までの油断はない。


その空間は海上ではなく、何らかの金属で囲まれた場所。その為、魔物の全身が目視できる。体長は恐らく80m以上。今まで見た魔物の中で、邪神を除けば規格外の大きさ。


その巨体を一瞬にして焼失させるエリスの火魔法の威力もさることながら、その巨体をよろけさせたアーネの打撃の威力も十分に強力である。


しかし、それらはもう油断していない。目が横についているそれらが油断しないと言う事は、つまりは死角がないと言う事だ。どこからどのタイミングで攻撃したとしても、恐らくそれらは簡単に対応できるだろう。


もし相手が1体ずつなら。


「もっと速くなるけど、大丈夫だよね。アーネ。」


「大丈夫です!」


エリスの魔法でさえ、対処されてしまえば有効打にはならない。当然それは、アーネの打撃も同様だ。的確に相手の油断を突き、どちらの攻撃も相手に対処させずに直撃させなければならない。だから、エリスはアーネを信頼して、もう一段階速度を上げる。


その速度はもはやアーネの目で捉えることができない程だ。しかし、アーネはその速度に追いつかなければならない。エリスに、信頼されてしまったから。


その信頼にアーネは笑みを浮かべる。そして、遂に彼女も動き出す。


魔物は彼女の動きに対処しようと全員で行動を開始する。しかし、それらの巨体は連携には不向き。同時に15体が動き始めれば、必ずいずれかの動きがいずれかの動きを阻害する。


魔物は本来連携には不向き。それは、直感で行動しているがため。だから、その場凌ぎの連携は却って不利になる。当然、その魔物の動揺を2人は見逃さない。


「2体目。」


アーネはエリスの魔法を阻害しようとする魔物を打撃で足止めし、エリスは動揺する別の魔物に確実に魔法を直撃をさせ、それを焼失させる。


魔物達はその動きにやっと理解する。踏み潰せば簡単に殺せそうな、2人の小さな小さな魔物は、自分達を脅かす強敵なのだと。

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