将軍
「こりゃあすげぇな。全員ぶっ倒れてるじゃねぇか。」
城の前に倒れている悪魔の姿に、景忠は感嘆の声を上げる。その声に、橙華は彼の帰還に気付き歩み寄る。
「景忠。無事だったの――」
橙華が心配の言葉を言い終わる前に、景忠は歩み寄ってきた彼女を優しく抱きしめた。
「大丈夫か?怪我ぁねぇか?捜索中も戦闘中も、ホントはお前が心配で仕方がなかったんだ。」
弱音を吐く彼に橙華は抱き返すと、優しい声で彼の問いに答える。
「大丈夫ですよ。私の強さは知っているでしょう?」
「知ってる。良く知ってる。だがな。大事な女が傷ついていて心配じゃねぇ男なんてこの世にいねぇんだよ。」
「景忠…」
多くの武士や民間人が見ている中で、頬を染めて抱き合う2人。そんな2人を見守る人々の表情は暖かい。
「お似合いの夫婦だろう?そうは思わないか。エリスさんにアーネさん。」
彼らの姿を人々と共に見守っていたエリスとアーネは、いつの間にか隣に立っている、どこか覇気のある男に話しかけれらる。。
「お2人はご夫婦だったのですね。知りませんでした。ですが、確かにお似合いのご夫婦です。お互いがお互いを信頼し合っていますね。」
その男性が誰かは知らないが、彼の言葉に2人は同意できる。たった1日だけしか見ていないが、彼らが信頼し合い、愛し合っているのは2人から見ても明らかだった。
「…?」
ふとエリスは、男性の着物の肩に描かれている家紋に目を向けた。
それは、桜の家紋。その家紋は、この城内で何度も目にした模様だった。つまり、桜の家紋とはこの城の城主、将軍の家紋。その将軍の家紋を着物に施しているということは、
「そうだ。自己紹介がまだだったね。僕は木花霞。一応、この国の将軍をやっている。霞と呼んでくれ。」
とても優しい声で彼は自己紹介をする。その姿は将軍と言うにはあまりにも穏やか過ぎて、吹雪という13歳の娘がいるにしてはあまりにも若く見える。
咄嗟にエリスは鑑定を試みる。が、〈鑑定ができません。〉と表示されるばかり。少なくとも彼のステータスはエリス以上だと考えると、彼が非凡であることは明白であった。
「霞さん…は、私達の事を知っているんですね。」
「当然だ。家臣の客を知らない主人がいてどうする。家臣の客は主人の客でもあるのに。」
「そうですか。」
この国は、特に魔法道具が発展しているようには見えない。しかし、国民の表情は明るく、道路や街並みも整備されている。そして、港での交易の様子からもこの国が豊かなのは明らかだった。
当然、貧困の差はあるだろうが、世界的に見ても、餓死者、病死者の少なさは目立っていた。
「皆、襲撃の対処お疲れ様。少しでも負傷を負った者は、魔法士に準備をさせているから早く医務室に行きなさい。負傷を追っていない者は、襲撃者を捕え牢屋に連れて行きなさい。」
「はい!」
彼らの迅速な対応により、まるで襲撃など無かったかのように全ての被害が修復された。
エリスは、何か手伝えないか考えた末、医務室で聖魔法を負傷者に施した。
どうやらこの国の特性上、優れた聖魔法の使い手が現れず辛いそうだ。その為、大和国は世界でも唯一〈聖女〉がいない国らしい。なので、エリスの聖魔法は彼らには奇跡の様なもので、B級試験の際と同じように、またも天使と形容されてしまった。
そんな彼女に触発され、アーネもエリスとは別に手伝えないかと考え、橙華らと共に悪魔の捕縛に向うことにした。
2人の実力やその協力的な態度に、武士達はまだ幼い2人の実力を認めて、彼女らに敬意を持って接した。
そしてその日の夜。
「初めまして。僕は木花夜。そしてこの子は、妹の木花吹雪だ。因みに、この子はこの国の次期将軍なんだ。」
武士の為に開かれた慰労会にて、正式に吹雪と、そしてこの国の若君、夜とも挨拶を交わした。
「初めまして。夜さん。吹雪さん。それにしても、次期将軍は夜さんではないのですね。普通は男子が継ぐのでは?」
エリスは、次期将軍が男子でないことに疑問を抱いた。そして、夜の声色からその事実を確かめても問題ないと判断し、彼に問いかけてみる。彼はその問いに、少し笑みを浮かべて答えた。
「確かに、女性の将軍は今までにいない。それは、この国に根付く男尊女卑が色濃く出た影響だ。僕の一族、木花家は、その全員が赤色の髪をしている。そして、髪の色が淡い程、つまり桜色に近い程、将軍としての才覚に優れているとされている。」
エリスは彼らの髪の色に目を向ける。確かに、夜は淡いが桃色、吹雪は更に淡い桜色であった。
「しかし、男子より女子の方が淡い赤色の髪を持って生まれたとして、将軍にはなれなかった。酷い話だ。」
夜は憤った、憂いた表情をして、彼女らにこの国の歴史を伝える。
「父上は、そんな一族を嫌った。それは、父上が父上の姉を差し置いて将軍に据えられた日に決定的なものとなった。」
「霞さんのお姉さん?」
「そう。彼女は、僕と同じ桃色の髪を持った方だった。」
彼の口ぶりから、エリスとアーネはその女性は亡くなってしまったのだと思った。少し悲し気な表情を2人はする。しかし、
「おいおい。それじゃあ私が死んだみたいじゃあないか。」
気配を完全に絶ち、彼女らの背後を取る女性がいた。一瞬だけ警戒するエリスとアーネだったが、し彼女から敵意を感じなかったので、2人は警戒を解いた。
「こんばんは。君達がエリスさんとアーネさんだね。噂は聞いてるよ。」
「噂?」
彼女のその言葉に2人は首を傾げる。その様子に彼女は笑んで、彼女らにその噂を伝える。
「何でも、金髪紅眼の美しい天使が舞い降りたとか、可愛らしい獣人の少女が手伝ってくれたとか。」
「美しい…」
「可愛らしい…」
あまり面と向かって容姿を褒められたことの無かった2人は、彼女の言葉に赤面する。そして、そんな羞恥心とは別に、お互いがお互いの褒められた事に対しては同意する。
――確かにアーネは可愛らしいが…
――確かにエリスさんは美しいですが…
直後、一目だけお互いの顔を見る。その瞬間、2人は見合ってしまった。そして更にその赤い顔を紅潮させた。
「ふふ。とまぁ、雑談はここまで。」
そんな、2人の微笑ましい姿に笑みを零す彼女だが、一瞬にしたその声1つで場の空気を変えた。エリスとアーネに緊張が走る。
「改めて、初めまして。私は将軍補佐をやっております、木花八重と申します。以後お見知りおきを。」
彼女の威圧感はまだ幼い吹雪とは比べ物にならない程で、彼女の眼光に貫かれたエリスとアーネは思わず、一歩後退りする。
「形式的なのはこんなモンでいっか。」
「え?」
「いやぁ。君達は橙華のお客だろう?それに、あのエフィ様のパーティメンバーと来た。流石に、一度は将軍補佐として挨拶しておこうと思ってね。」
彼女の雰囲気が先程の柔和な様子に戻っている。エリスとアーネは少しホッとして、彼女と接する。
不思議なことに彼女は〈鑑定〉が可能だった。どうやら〈鑑定〉のレベルが10に達していないようだ。将軍の才覚が霞より優れていると言っても、長所と短所があるようだ。
「ん。どうかした?」
彼女の顔を凝視するエリスに、彼女は疑問を投げかける。
「あ…いえ、何でもありません。」
エリスは彼女のステータスに驚かされる。戦闘面においてはA級冒険者に引け取らず、スキル面においてはS級冒険者と比べても見劣りしない。桃色の髪を持つ彼女でこの程度であれば、桜色の髪を持つ吹雪が彼女と同じ歳になれば、どれ程に成長するのだろうか。
「それじゃあ、私は仕事に戻るね。2人共、私の甥と姪と仲良くしてあげてね。」
「「はい。」」
彼女は挨拶だけして去っていった。しかし、彼女の存在感はエリスとアーネに強い印象を与えた。
「もう帰っちゃうんですね。」
「ああ。最近は公務で忙しいからな。父上も伯母上も。」
彼の言葉に辺りを見渡す。そういえば、霞の姿もそこにはない。
「国内外問わず、近年魔物の活発化が見られていますし、知能の高い魔物も多く目撃されています。そして、その対処に各国の主君が尽力しています。今日だって、悪魔が徒党を組んでこの城を襲ってきました。いったい、この世界に何が起きているのでしょうね。」
吹雪の言葉は、恐らくアーネにも該当しているのだろう。アーネの種族、フェンリルは、元より知能が高い種族。しかし、その中でもアーネは異常である。
前世が人間であるエリスとは違い、アーネは元より魔物。普通なら知能が人間よりも劣るはずだ。しかし、彼女の知能は並みの人間以上であり、知識量も膨大。通常の獣人ですらあり得ない才能。
吹雪の言葉に初めてエリスは違和感を覚える。元が人間のラルヴァやフランシュ、長い年月を生きるゼラニウムが高い知能を有するのは必然。しかし、アーネは彼女と出会う前から高い知能を有していた。フェンリルの幼体の身でありながら。
天才、と言えば天才なのかも知れないが、それにしても彼女は人間の世界を知り過ぎている。エリスに秘密があるように、もしかしたら、彼女にも、何か秘密があるのかもしれない。
「お2人共。魔物の活性化は確かに心配です。ですが、こんな硬い話は後に。今日は慰労会。不安や悩みは忘れて、楽しんでください。」
深刻な表情をする2人に気付き、続けた吹雪の言葉は尤もだった、今日は慰労会。文字通り、苦労を慰め、労う会。そして、それと同時に武士達はエリスやアーネの為の歓迎会だとも思っている。
2人が楽しままなければ、武士達の心は晴れない。
「そうですね。今日はたくさん食べて、楽しみます。」
「はい。大和の食べ物は美味しいですから、堪能してください。」
そういえば、エリスとアーネは騒動のせいで今日は何も食べていない。広間に並べられた食事は、アーネには見たことのない物ばかりで、エリスにとってはこの上なく懐かしいものだった。
エリスが手に取ったのは、炊き立ての白米。この世界には米が流通しているが、基本的に焼き飯の様に調理して食べる物がほとんど。それに、流通している米も前世で言うところのインディカ米の様な、美味しいが日本人であった彼女にはあまり馴染みのない物。
「…美味しい。」
昨日も食事として出された白米だが、やはり馴染みがあるためか美味しい。みそ汁や焼き魚など、昨日の食事と同じものもある一方、刺身や豚汁など、昨日は無かったものが幾つもある。
和食。この世界でもそう呼ばれるその料理は、エリスを感動させるには充分で、初めて食べるアーネの口にもあっているようだった。
「本当に美味しいですね。こんな料理初めて見ましたよ。」
「そうだね。私も、初めて見た。」
エリスの嘘にアーネは気付いている。彼女とずっと共にいたから、彼女がその料理を懐かしいと感じていることくらいすぐに気づいてしまった。
しかし、それを表情に出さないし、それを詮索したりしない。彼女に秘密があろうが、彼女はアーネにとって大切な人であることは間違いないのだから。
「エリス様。こちらはいかがですか?」
「アーネちゃん。これ食べてみない?」
2人を気に入っている武士達が、彼女達に様々な食べ物をすすめてくる。彼女達はそれらを平らげると、吹雪とテーブルを囲み、彼女がすすめるデザートを食べることにした。
「お2人共いかがですか?餡子の味は。」
「この黒くて甘いのは餡子と言うのですね。美味しいです!」
ニコニコと笑みを浮かべて美味しそうに食べるアーネに微笑みながら、エリスも慣れた手つきで食事をする。
「アーネの言う通り、とても美味しいですよ。」
「それは良かったです。」
彼女らの美味しそうに食べる姿を見て、吹雪はホッとした様に笑みを浮かべる。
そんな楽しそうな姿の吹雪は珍しく、武士達の中にはそんな吹雪の姿に感動し、隠れて涙する者もいたらしい。そして、夜風に当たり1人立つ、
――吹雪の初めての友人が、あのような素晴らしい方達で良かった。
彼女の兄、夜もその内の1人であった。




