A級
「エフィさん。貴女の依頼を受けます。その代わりに、報酬をこの子の冒険者への推薦にしてください。」
冒険者への推薦は都市内の権力者、もしくは、A級以上の冒険者が可能である。その為エリスは、エフィの依頼を受ける条件として、アーネの推薦をお願いした。その提案をエフィは二つ返事で承諾した。
「うん。良いよ。その子も君に劣らない素質だし、私の目的にも丁度いいしね。」
「ありがとうございます。」
実際に会って、一目で彼女の圧倒的な実力を実感する。そして鑑定してわかる、彼女との間にある絶望的な差に、思わず笑みを零す。
「どう?私の実力はご期待に沿えたかな?」
「私が鑑定を使っているとわかっていたのですか?」
「うん。私も鑑定を持っているからね。」
鑑定を持っている者同士で鑑定を行った場合、スキルのレベルが高い方の鑑定が優先される。その為、鑑定が出来なかったら相手が自身より高い鑑定を持っているとわかる訳だ。事前にエリスへの鑑定を試みていたエフィは彼女が鑑定を持っていると知っていた。そして、彼女がこのタイミングで自身を鑑定するだろうと予想していた。
「私の鑑定はレベル7。つまり、君はレベル8以上の鑑定を持っている。そして、私の予想だとステータスを偽装しているね。」
「はい。その通りです。そこまで気づいていて上に報告しないのは、何か思惑でもあるのですか?」
「いや。何も。」
本当に裏がないと思わせる純粋な笑顔だ。しかしエリスは騙されない。何故なら、数秒前にエフィは、アーネを見て「私の目的にも丁度いいしね。」と口を滑らしていたからだ。
そんな多少の警戒をするエリスだが、エフィの目的は決してエリスを貶める物ではない。つまりは、エリスの心配は杞憂だった。そんな事はさて置いて、エフィはアーネに名前は何かと問いかける。
「それじゃあ。その子の紹介状を書くよ。えっと…名前は?」
エフィは先程の口ぶりから鑑定を持っている。だからアーネの名前も既に知っているだろう。それでも名前を聞いてきたのは、暗にアーネの種族について内緒にすると伝えてくれているのだ。そんな彼女の気遣いに、アーネは安心して自己紹介をする。
「私の名前はアーネです。よろしくお願いします。」
「アーネちゃんね。よろしく。」
エフィは名前を聞くや、早速冒険者ギルドに向かう。
「これで登録は終わりだよ。アーネちゃん。」
ギルド内はざわついている。今まで一度もパーティを組まなかったエフィの庇護を受ける、獣人と亜人に注目して。
「注目されてるね。二人とも。」
「当然でしょう。貴女と関わりを持つことはそれほど難しい。」
彼女の素性はほとんどが不明だ。王都の貧民街出身であるということ以外の情報は、全くと言っていいほど欠如している。まるで、意図的に操作されているかのように。
そんな彼女だが、彼女の肉親に有名な冒険者がいる。その名はアデルといい、S級冒険者の1人である。それも相まって彼女を近寄りがたくさせているのだろう。
「パーティを組もう。私の依頼を共にすることが最も能力向上に繋がるよ。」
「わかりました。」
エフィとパーティを組み、早速A級の依頼に向かってみることにした。
「エリスちゃん。鑑定してみて?」
「はい。」
魔物の名はフィズィ。蛇の魔物で、そのステータスは平均して2万を優に超える。遥かに自身より格上。
「私と比べて格上…ですね。」
その言葉にやっぱりかと言いたげな顔でエフィが笑う。
「やはり勘違いしてるね。君が許可をしたから、私は君のステータスを見ることができた。その結果だけど、君の強さは、少なからずA級だよ。アーネちゃんはB級だね。」
「どうしてですか?」
「スキルだよ。だって君は、吸血鬼だろう?」
吸血鬼は完全無欠の種族だ。不死性や物理攻撃無効を持っている為、火魔法により完全に灰にするか、氷魔法や土魔法で完全に封じ込めるか。あるいは、聖別された武器による攻撃で不死性、物理攻撃無効を中和するか。それらの方法でなければ、吸血鬼を葬ることはできない。しかも、聖別された武器といっても、高位の聖職者に与えられるような武器でないと意味をなさない。それ程までに、吸血鬼の種族としての優位性は高い。
エフィが語った。その吸血鬼と言う種族の強力さ。それを聞いて尚、エリスには実感が湧かない。何故なら、そんな肉体的な強さを以てしても覆らない程の実力差が、数値上はある様に見えるから。
「そうなんですか?」
エリスの疑問を解消するべくエフィは更に説明を重ねる。
「そもそも冒険者や魔物における等級の格付けは、基本的にステータスに依存する。S級という例外を除けば、スキルによって実力ランクは今の等級と大いに変動するんだ。」
エフィの言う通り、冒険者の等級はステータスが基準だ。E級は平均500以下、D級は平均2000以下、C級は平均5000以下、B級は平均10000以下、A級は平均10000以上、S級はステータスという基準では測れないA級以上の者。こういった基準により、冒険者や魔物は格付けされている。
しかし、ステータスなんてものは、スキルによっていかようにも変化させることができる。自身にバフをしてステータスを底上げすることだって、相手にデバフをかけてステータスを減少させることだってできる。
「というわけでさ。スキルを使って自分の有利なようにすれば、ぱっと見では格上の様に見えても、勝てない相手じゃないって訳。まぁとりあえず、相性とか考えて倒してみよっか。結界を張ってあるから存分に吸血鬼の特性を生かして、ね。」
エリスはその言葉を聞いて、早速一部だけの蝙蝠化で背中に蝙蝠の羽を顕現させて羽ばたく。そして、自信が持つ最強の強化系スキルを発動する。
「〈全強化〉。」
全強化。それは、全ての強化系スキルの効果を得る。全ての強化系スキルを得ることで、獲得制限が解除される。
――全強化で実質的にステータスの差は2倍程度に縮まったか。
「手始めに、〈火魔法〉ファイアボム。」
エリスの手の先に火の球体が顕現し、フィズィ目掛けて飛翔し爆散する。しかし――
「流石の強度…」
フィズィはその爆発を物ともせず、エリスを睨みつける。そして、反撃する様に口から紫色の液体を吐いた。それは明らかに毒のように見える。
「〈血液化〉。」
エリスは冷静に血液化を発動する。一瞬だけだが全身が血液となって霧散する。一部はその毒によって溶けてしまったが、大部分が残っていれば、吸血鬼にとっては然程も問題はない。
エリスは平然と人型の状態に戻ると、毒の着弾地点を一瞥する。そこには、ドロドロに溶けた木があった。
「まともに当たれば、吸血鬼の再生力があったとしてもただでは済まないか。早く片付けよう。〈火魔法〉ファイアケイジ。」
魔法の発動と同時にフィズィを囲うように炎の檻が顕現する。その檻は絶えずフィズィを燃やし続けて、継続的にダメージを与え続ける。フィズィに対抗策はなかった。だからそのままでもフィズィを燃やし尽くせるが、エリスにはそれを判断できるほどの根拠がなかった。
「駄目押しに、〈火魔法〉ファイアスピア。」
炎の檻を囲むように無数の火の槍を顕現させる。そしてそれは容赦なくフィズィを貫いた。フィズィを絶命させるには充分だった。
「〈鑑定〉。」
最初、2万を超える生命力を持っていたフィズィだが、その値は既に底をついていた。つまりは――
「死んだ…のか?」
「おめでとう。エリスちゃん。よく頑張ったじゃないか。」
エフィは嬉しそうに拍手をするとエリスの戦いっぷりを早速評価する。
「自分で考えたんだろうけど、最も効率の良いフィズィの倒し方を選んだね。」
「どういう事ですか?」
首を傾げるエリスに、エフィはフィズィの弱点を語る。
「フィズィは土と毒の魔法を得意とする魔物。だから、水と風には強い。大して、火に対して滅法弱い。事前に土魔法で防御していれば火の対策はできるけど、そんな器用なことができる魔物じゃないし、毒と火は相性最悪だからね。火で攻めれば簡単に勝てるんだ。だから、エリスちゃんが最初に火魔法を選んだのは良い選択だったね。」
エリスは元々この世界の住人じゃないから、魔物に対する見識も魔法の相性なんかも知らない。だから最終的に火魔法を選んだのはただの勘だった。しかし、その勘は何の根拠もない物じゃなくて、鑑定によって冷静に分析した上で使う魔法を火と風に絞った上で最終的に発生した勘。本来なら何択もある魔法を2択にできたのは、エリスが持つ鑑定と、優れた戦闘IQがあってこそ。
「エリスちゃん。やっぱり君の実力は既にA級以上だ。」
――もしかしたらS級にだって。
エフィのエリスに対する評価は早速うなぎ登り。更にはエフィだけが気付いている彼女の異常性も、その評価の一助になっている。その異常性とは…
「そうですか!少しだけ自信がつきました。」
嬉しそうに笑みを浮かべるエリスに、エフィは少しだけゾッとする。それもそのはず、今の彼女は耐え難い苦痛を常に味わっているはずだから。
――エリスちゃんは理性で吸血衝動を抑えている。
吸血衝動。それは吸血鬼ならば必ず味わう本能のような物。本来、吸血鬼は日に一度、人の生き血を吸わなければならない。吸わなくとも死ぬことは無い。しかし、吸わなければ、常に倦怠感や吐き気がする上、体内から体を貫くような痛みが全身を襲う。更には、全ての人間が魅力的な食材の様に見えてしまう。
そんな状態で彼女は平然と笑みを浮かべている。その異常性は言うまでもなく。しかし、その精神力はS級に匹敵...いや、凌駕すると言っても過言ではない。
だからこそ、エフィはエリスを高く評価するのだ。
「それじゃあ次は――」
その時だ。先ほどのフィズィと比べて、一回り大きいフィズィが地中から現れる。それを一瞥してニヤリとエフィは笑みを浮かべる。
「2人共。下がってて。」
エフィは腰に下げたレイピアを抜剣する。
緑色の柄に美しい銀色の刃のレイピアは、その刃に風を纏っている。その美しさは、知識がなくとも一目で名剣だと理解できるほど。その名も〈精霊剣〉シルフ。風の大精霊シルフを内包するレイピアである。
〈レクシテカヲラカチフルシ〉
〈ハテレカヌヲシタワニテイアノドイテノコマサジルアヨスマリマコ〉
〈ヨウラモテセワカツハロシリヨノミキモデフルシヨタッカワ〉
〈ゾウドニキスオ〉
それは主であるエフィとレイピアの中に住むシルフの会話である。精霊の言語での会話だから、何を言っているか理解するのは難しい。しかし、その会話の直後にレイピアが纏う風が弾け飛び消滅したことから、エフィが何かしらの交渉に失敗したことが分かる。しかし、エフィはそのままレイピアを構える。
「2人共。しっかり見ていてね。」
彼女はフィズィに向かう事はなく、ずっしりと待ち受ける。そんな彼女を睨みつけるフィズィは遂に痺れを切らしてエフィに突進した。
その間、エリスとアーネはエフィから目を離さなかった。しかし――
次の瞬間、フィズィが血しぶきを上げて倒れる。その眉間から尾っぽにかけてぽっかり空いた穴を見るに、彼女は真正面からフィズィを貫いたのだろう。
――見えなかった。凄まじい速度だ。
エリスの目には、エフィの動きを捉えることはできなかった。隣に立っているアーネを一瞥すると、汗が彼女の頬を伝っていた。恐らく、彼女も捉えることができなかったのだろう。
「終わったよ。2人共。見えたかな?」
「い…いえ。全く見えませんでした。」
「私もです。」
「ふふ。そうか。しかし、君達にはこの程度、当然にできるようになってもらうからね。」
エフィは血を払ったレイピアを2人に向けて、そう言い放った。