討伐
アーネの鼻を頼りに、エリス達は吸血鬼の追跡を開始する。
どれだけの血を吸ったのか、簡単に位置が特定できる程、その吸血鬼の匂いは濃い。
「ここは…」
辿り着いた先は遊郭だった。その為、橙華は不自然に変死体が男性だけであったことの合点がいく。そして小さく、「面倒ですね。」と呟いた。
「どうしたのですか?」
首を傾げる2人に、橙華は告げる。この遊郭は女子禁制であると。
その返答に2人は、「なるほど。」と小さく頷く。そいて、遊郭の入り口から少し離れると、解決策は無いかと思案を始めた。
思案の末、エリスはあることを思い出した。
「そういえば私、男性になれますよ。」
「「え?」」
彼女の言葉に困惑する2人を横目に、エリスはあるスキルを発動する。
それは、10ある吸血鬼専用スキルの1つ〈血液分身〉だ。
血液分身とは、血液を用いて分身を作るというスキル。ただ特殊なことに、顔形は術者本人を基にするものの、分身の性別や体型は、術者が自由に変形することができる。
「これで、吸血鬼を誘い出しましょう。少しの間だけ、この体をよろしくお願いします。」
エリスは彼女達に本体の身を委ねると、男性の姿をした分身に意識を移した。
「では、行ってきます。」
作戦の説明を終えると、彼女はすぐさま遊郭へと向かった。
――吸血鬼の目に留まれば良いが。
そう心配する彼女だが、今の彼女の見た目は、身長は180センチ程度で、髪は輝く金色、瞳は深く赤い、そして極めつけに男性の目すら引く程顔が整っている。
つまり、心配するまでもなく。目立っている。
彼女はその美貌を自覚しないまま、吸血鬼が探して遊郭を歩きまわる。そして、
「お兄さん。少し寄っていかない?」
彼女に話しかけたのは、質の良い着物を着る女性。その女性は明らかに異質な美貌を振りまいている。エリスは一目で確信した。
――吸血鬼だ。
その内心とは裏腹に、エリスは笑顔で彼女に答える。
「…はい。喜んで。」
彼女について行くと、一際目立つ巨大な娼館に着く。そして、その中でも最奥の部屋に案内された。
なるほど。ここなら誰にもバレない。と、エリスは納得しつつ、アーネ達が準備を終えるまで、しばらく彼女を探ることにする。
「申し訳ないですが、名前を教えてもらえますか?」
「はい。私、縁と申します。貴方の名前も教えていただけますか?」
「ああ。俺はフレディです。」
どうやら彼女は縁という名前の様だ。変わった名前だが偽名だろうか。
それにしても、彼女の様子は自然だ。その異質な美しさと独特な魔力を除けば、人間の様に見える。上手く隠していると、同じ種族としてエリスは少し感心する。
それから、なるべく不自然じゃない様に、エリスは世間話を続ける。所々、探りを入れながら。
「…世間話をする為だけに、ここに来たわけじゃないですよね?」
そろそろ怪しまれ始める。既にアーネ達の準備は終わっている頃、エリスはいつでも仕掛けられる。
「はい。」
エリスが彼女の言葉を肯定すると、彼女は少しづつ歩み寄り、エリスの耳元に口を近づける。
「まさか。その程度の偽装で私を騙せると思いましたか?」
彼女の笑いこらえる様な声に、エリスは驚き背後に跳躍する。
「ふふ。凄いですね。先程まで座っていたのに、もうそんな所に…」
場の空気が変わる。吸血鬼として、自分より彼女の方が優れているとエリスは理解する。
「気づいていたの。まぁ良い。ご同行願おうか。」
「ん?」
彼女がエリスの言葉を理解する間もなく。彼女らの居場所は変化する。
「来ましたね。吸血鬼。」
「あら。貴女は…」
縁は今の現象と目の前に立つ女性、2つの事柄にそれぞれ意識を割かれる。
――今のは〈空間魔法〉。フレディはそれほどの…
そこまで試行すると彼女は周りを見渡す。フレディの姿は見当たらない。ただ、彼と同じ気配を放つ少女がいる。
「なるほど。貴女がフレディですね。」
「…流石ね。」
簡単に正体が見破られてしまい、少し自信を無くすエリスだったが、実は〈空間魔法〉の魔力消費により、立っているのもやっとで、自信を無くしている余裕はなかった。
「それにしても、まさか吹雪姫の護衛自ら出向いてくださるとは。」
「おや。私を知っているのですね。」
「当然でしょう。貴女に見つからない為にあそこを選んだのですから。」
縁はまだ平静を保っている。何か策があるのだろうか。
そうエリスが疑っているのも束の間、縁の体が横に真っ二つにされる。
「「えっ!」」
エリスは、彼女の隣でさり気なく彼女の体を支えるアーネと共に驚きの声をあげる。
――見えなかった。恐らく今のが、橙華さんの技。
「手応え無し…」
橙華の呟きに、上半身だけになった縁は笑みを浮かべる。
「予想以上の速さです。」
「避けましたね。斬られる直前に。」
縁は、橙華の斬撃を受ける直前にあえて一部を血液化することで斬撃を避けたのだ。それにより、縁の再生速度よりも遥かに早く、身体を修復することができる。
「どうやら手強い相手のようですね。私も少し本気を出しましょう。」
橙華の魔力が鞘に収まっている太刀に宿る。それは、武具強化を極めた者にのみ扱えるスキル。
〈魔纏〉
本来の橙華の間合いは1.8メートル程度。しかし、魔纏により魔力を纏ったその太刀は、重さは変わらずにその刀身を超えた間合いを得る。
直後、橙華は目にも止まらぬ速さで抜刀し縁に斬撃を与え、そのまま二太刀目を放ち、三太刀目を放ち…一度の斬撃で縁を軽々と細切れにしてしまう。
橙華の技。それは〈居合術〉。
その技術はもはや神の領域に達していると言って良いだろう。縁の程度では避けられない。その為、縁が対処として選んだのは、全身の血液化。橙華の斬撃は空を切っている。しかし、それは悪手だ。
「〈氷魔法〉フリーズ。」
アーネに手渡された魔石により、既に魔力を回復していたエリスは、氷魔法で縁の血液は完全に凍らされる。
「完璧ですね。エリスさん。アーネさん。」
「はい。」
作戦が上手く嵌った。
当初の予定では再生中の縁を捕えるつもりだったが、血液化中の縁を捕えても同じことだ。
「では、牢屋まで運びましょう。」
牢屋。それは護衛武士の宿舎の遥か地下にある牢屋。
数多くの扉、結界により封じられた牢屋には、凶悪な犯罪者が捕えらている。中には、魔人や悪魔の姿も見える。
その内の1つに、新しく作られた牢屋があった。そこに格子などは無く、完全に鉄の壁と扉に覆われている。
「ここでは、魔法は発動しません。なので、吸血鬼は再生さえするものの、魔法が使えないので逃げることは出来ません。」
部屋に凍った縁を入れた途端、魔法が強制的に解除され、床に縁の血だまりができる。
「では、一度戻りましょうか。」
縁の再生が終わるまで彼女らは一度、客室まで戻る。
「お2人共お疲れさまでした。吸血鬼が再生するまではゆっくりしていてください。」
「わかりました。」
縁の再生にどれ程の時間がかかるかは不明だが、既に夜は更けている。彼女らは縁の事など気にせずに、眠る準備を始める。
「エリスさん。先程橙華さんが言っていた、オフロ、とは何でしょうか?」
「…何だろうね。でも、橙華さんが迎えに来るって言ってたから、楽しみにしていよう。」
「はい!」
隣で風呂を楽しみにして、ニコニコと笑みを浮かべているアーネを横目に、エリスも久々の風呂を楽しみにしていた。
橙華の迎えがあり、彼女達は風呂に向かう。
「こちらです。」
襖を開くとそこは脱衣所であった。3人はそれぞれ服を脱ぎ始める。
服を脱いてる途中、アーネはふと疑問を口にする。
「そういえば、ここには女性しかいらっしゃいませんね。吹雪さんの護衛は女性だけなのですか?」
その疑問に橙華は「はい。」と頷く。
「そうですよ。姫の護衛は女性の武士と忍者だけで構成されています。それに、奥方の護衛も女性だけなんです。」
大和国では、奥方と姫の護衛は女性だけで構成している。その理由は定かではないが、現将軍家が国を統一して以来、それが伝統となっている。
「さて、早速ですが、お風呂に入りましょうか。」
さて、と、話を切った橙華は楽し気に引き戸を開け、2人を大浴場に案内する。
どうやらこの時間は彼女らしかいないらしい。思う存分その大浴場を堪能することができる。
体を洗い流しアーネと共に、エリスは久しぶりの風呂に入浴する。
「温かい…」
初めての風呂に感動するアーネに、エリスも思わず笑みを零す。
「確かに、温かいね。」
どこか懐かしそうなエリスの表情を、橙華は心の中で不思議に思いつつも、彼女を詮索するのは無粋だと口を紡ぐ。
「これがお風呂です。どうですか?気持ち良いでしょう?」
そして、笑顔で2人に風呂の感想を問いかけた。
「はい。シャワーを浴びるだけより疲れが取れますね。」
アーネの言葉に、エリスも同意する様に頷く。
「アーネの言う通り、いつもより疲れが取れますね。」
しかし、アーネの言葉に同意するだけで、エリスはそれ以上の感想を噤んだ。あまりの懐かしさに、ボロが出てしまいそうだから。
それからエリスは、ゆっくりと風呂を堪能し、数十分後寝巻に着替えた。
「あれ?橙華さんはまだ眠らないのですか。」
新しい袴に着替える橙華に気付いたエリスは、彼女に質問をする。
「はい。私は姫の護衛ですから。今は部下に任せているので、早く行ってあげないといけません。」
「そうなんですか。私達の為に時間を割いていただきありがとうございます。」
「いえ。楽しかったので大丈夫ですよ。」
そう微笑む橙華に、いつ寝ているのだろうという疑問を抱きつつ、エリスとアーネは感謝を伝えると、すぐに客室に戻ることにした。
「エリスさん。お疲れですよね。早速寝ましょう。」
「そうだね。」
私がやりますと意気込んで、アーネは押し入れから布団を降ろす。しかし、初めて見た布団に彼女は困惑してしまう。エリスは張り切る彼女を尊重して、手助けしたい気持ちをグッと抑える。
これが…あれが…と、敷布団と掛け布団を分類し、どうにか布団の用意を終える。
「ありがとう。」
「はい!」
彼女の頭を褒める様に撫でると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「じゃあ寝ようか。」
魔法道具の明かりを消し、それぞれの布団に潜り2人は眠りにつく。
翌日。新たな事件に巻き込まれるとも知らずに。安らかに。




