大和国
「じゃあねー。」
目的を果たしているためか、ご機嫌のままティアは去っていった。
「じゃあ私達も帰ろうか。」
そして、エフィ達も既に落札金額の7割の代金を受け取っており、目的は達成しているため、そのまま馬車に乗って、オルニス都市に帰ることにする。
馬車に乗っている間、エリスとアーネは気にはなっていながらも、ティアについて何か詮索することはしなかった。何故なら、ティアがフォボスの指輪を欲しがった理由を聞き、彼女もエフィと同じだと気づいたから。
部下のフィオナちゃんにあげようと思って。
と、ティアは彼女達に理由を語った。
フィオナ。と言う人物が何者かエリス達にはわからないが、少なくとも彼女が吸血鬼であると言う事は間違いないだろうと確信できる。
その為、ティアにも少なからず何か事情が、秘密があると、彼女達は察したのだ。
「今の内に競売の代金を別けておこうか。」
エリスとアーネはそれぞれがエフィの名義で出品した物の代金をエフィから受け取る。
エリスはその後も幾つかの宝玉を入手していたため、今までに一度で持ったことのない大金を渡され、少し緊張する。
「大丈夫だとは思うけど、無駄遣いは駄目だからね。」
「安心してください。アーネはお墓を作る為に溜めていますし、私は基本的にお金は使わない方ですから。」
「ふふ。そうか。」
エフィの心配に対してしっかりと返答をするエリスに、彼女は嬉しそうに優しく微笑む。
「それじゃあ。今後の話をしようか。」
そして、笑顔のまま彼女は表情を変えずに、2人に告げる。
「君達には、明日から2人だけで、大和国に行ってもらうよ。」
「「え?」」
彼女の言葉に、2人は耳を疑った。
エフィの家のリビングで、彼女達は説明を受けていた。
「大和国の知り合いから依頼があったんだ。でも、私は別件で手が離せなくなりそうだから2人に行ってもらいたい。依頼自体はそんな難しい物じゃないから安心して。」
その説明に、エリスとアーネは顔を見合わせる。
今まで2人だけで依頼を遂行することは何度かあった。しかし、初めて向かう不慣れな土地で依頼を遂行するのは初めての事だ。2人はそれを不安に思っている。
「2人の不安はわかるよ。だから、向こうには2人をサポートする様に言ってある。2人が魔物だってことも言ってあるから安心して。」
エフィの手回しに2人は断るに断れなくなってしまう。
「わかりました。」
そして、未だ胸中に不安を残しつつも、彼女達はその依頼を承諾した。
「よろしくね。」
笑みを浮かべるエフィの表情に、エリスはどこか影があるように感じた。
「凄いですね。」
「うん。」
エフィの用意してくれた大和国行の客船。それはいわゆる豪華客船と呼ばれる物であった。
「切符を拝見させていただきます。」
エフィから受け取った切符を渡すと、案内役の女性が彼女らを客室まで案内してくれた。
どうやらその客室は、この客船の中でも最高級の部屋の様で、本来は最上位の会員証が必要だそうだ。
それを持たない彼女らの為に、この客室を用意する様に融通をさせたエフィは流石と言う他ない。
「エフィさんの別件が終わるまで、依頼が終わっても大和国で待機と言っていましたが、何があったんでしょうね。」
「わからないけど、私達ではまだ力不足だってことは確かだろうね。」
エフィの言う別件。それは、エリスとアーネがいては手に負えない案件なのだろう。端的に言えば、2人は足手纏いと言う事だ。
彼女の言う別件を2人が知るのは、それから遥か後の事だが、そんなことは露知らず、それから2人は快適な船旅を過ごし、予定通りに大和国に到着する。
「大和国にようこそ。エリスさん。アーネさん。」
大和国に降り立った彼女達を出迎えるのは、鮮やかな橙色の長髪を持つ袴の女性。彼女の名前を2人は既にエフィに教えられていた。
「今日からよろしくお願いします。東雲さん。」
「ふふ。橙華でいいですよ。」
東雲橙華。大和国の姫の護衛であり、七色の勇者の1人、橙の勇者である。
「はい。橙華さん。」
立ち姿、歩く姿から、橙華が只者ではないことを2人は理解する。そして、腰に下げる刀が鑑定の結果、何の変哲もない鉄の刀であることも、彼女の異様さを物語っている。
「エフィから2人のことは聞いていますよ。2人共、素直で良い子達だって。」
「そうですか。」
普段一緒にいる人が、自分達をどう思っているかを不意に知り、2人は嬉しい様な、少し照れくさい様な気がする。
「私達も橙華さんのこと、エフィさんに聞いていますよ。勇者の中でも、最速の技を持つ方だと。」
「あはは。あのエフィにそう言って貰えるとは嬉しいですね。でも、確かにあの技だけは、私も自信を持って最速だと言えます。」
エフィの俊敏性を知る2人には、エフィも橙華も勇者最速だと語るその技を想像ができない。
「ふふ。後で見れると思うので、楽しみにしていてくださいね。」
2人のどこか落ち着かない様子に気付いたのか。彼女は嬉しそうにそう伝える。
「「はい。」」
そして2人も、彼女の言葉に嬉しそうに答えた。
「こちらをお使いください。」
そこは姫の護衛武士の為に用意された宿舎の客室。
畳に障子、襖。エリスにとっては懐かしい光景、ただ嫌な記憶も同時に思い出し、少し嫌悪感を覚える。
「ありがとうございます。」
しかし彼女はそれを顔に出さない。努めて、笑顔で振る舞う。
「失礼します。」
一度依頼書を取りに行くと、橙華は部屋を後にする。彼女を見送り、ふとアーネに目を向けると、キョロキョロと部屋を見渡している。
その部屋はアーネにとっては完全な未知の空間。どうやら、少し落ち着かない様だ。
「ふふ。」
そんな、どこか懐かしいその様子に、エリスは思わず笑みを零す。
「どうしました?」
「いや。初めて宿舎に泊まった時も、そんなだったなと思って。」
彼女が初めてギルドの宿舎に泊まった日も、彼女は未知の空間に落ち着かない様子だった。
「そうでしたか?」
「そうだよ。だから、この部屋もいずれ慣れると思うよ。」
「確かに。そうですね。」
どうやら彼女は不安は拭えた様で、エリスと同じように、彼女も座布団の上に座った。
そんな頃、
「失礼します。」
襖の奥から、聞きなれない声が聞こえた。
「はい。」
敵意は無いように感じたので、一先ず中に入って貰うことにする。
襖を開いて入ってきたのは、淡い紅色の髪を持つ、どこか威圧感のある少女だった。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
挨拶は返してくれたもの、少女は数秒間黙り込んで、エリスとアーネの顔を交互に見比べている。その間にエリスは〈鑑定〉で彼女が何者かを特定する。
「貴女達…」
数秒の沈黙後、少女が口を開く。
「橙華のお客様でしょう?」
「はい。そうです。」
エリスの敬語に、アーネはその少女が少なからず偉い方なのだと理解する。
「そう。では、私のお客様でもあると言う事ですね。」
表情を変えずに淡々と話す姿は、奥ゆかしさを感じさせ、彼女の口ぶりからアーネも彼女が何者か想像がついた。
横目にエリスの顔を覗くと、彼女はアーネの考えを読んだように小さく頷いた。アーネは確信する。彼女は橙華が護衛しているという、この国の姫であると。
「橙華は今依頼書を取りに行っているのでしょう。」
「はい。」
「では、少しの間だけ、退屈しのぎに私とお話ししてくれないかしら?」
彼女の申し出は意外なものだった。そもそも、彼女の身分で武士の宿舎にいること自体、おかしなことなのだが。
「良いですよ。」
「…ありがとう。」
表情こそ変わらないものの、2人に感謝を述べる姿はどこか嬉しそうで、高い身分の窮屈さを2人に感じさせた。
「貴女達のことは橙華から聞いています。エフィ様のパーティメンバーだと。どうですか?彼女は。元気にしていますか。」
「はい。あの方に不調はあるのかと言うくらい元気ですよ。今もどこかで依頼を熟していると思います。」
「そうですか。そうですよね。」
エフィの話をしている間、少女の頬が少し緩んでいる。どうやら話を聞く限り、彼女はエフィに憧れているようだ。
お互い、エフィに憧れている者同士、3人の会話は弾み、あっという間に時は過ぎる。
「すみません。遅くなりました。」
橙華にバレない為に彼女が戻る前に部屋を去ると言っていた彼女だったが、話が弾んでしまった為か、彼女が去る前に橙華が戻ってきてしまった。
「姫!何故ここにいるのですか。」
「ごめん橙華。貴女が話していた方達がどんな方か気になって…」
彼女の言い訳に橙華は「仕方がないですね。」とため息をつくも、優しく微笑んで、
「殿には私から誤魔化しておきますから、私以外には誰にもバレてはいけませんよ。」
「うん。」
少女は橙華の言葉に2つ返事で答えると、素直に襖の手前まで歩いていく。
襖の取っ手に手をかける直前、少女は思い出したように振り返り、エリスとアーネの顔を見る。
「名前を言い忘れていました。私の名前は木花吹雪。よろしくお願いします。」
「はい。よろしくお願いします。木花さん。」
「よろしくお願いします!」
笑顔で言葉を返す2人に、彼女は少し恥ずかしそうに呟く。
「吹雪で良いですよ。」
そんな彼女の様子が微笑ましく、2人は一瞬だけ顔を見合わせて、笑みを浮かべると答える。
「「わかりました。吹雪さん。」」
吹雪が去った部屋で、2人は橙華から依頼書を受け取っていた。
「なるほど。城下で発見される変死体の原因解明ですか。」
「そうです。エリスさんの視覚、そして、アーネさんの嗅覚を頼りにしたいのです。」
「わかりました。早速ですが。その変死体を見せていただけますか。」
城内に設けられた安置所。そこには、綺麗な遺体が並べられていた。その数は20にも至ろうと思われる。
エリスは少し近づいて、その遺体の様子を観察する。
「…」
そして一通り遺体の状態を観察し終え、エリスは原因を判断する。彼女には一目でわかる原因だった。何故なら、
「これ、吸血鬼の仕業です。」
それは、吸血鬼の仕業であるから。しかし、橙華は首を傾げる。
「吸血鬼の噛み後はないようですが?」
その疑問は当然で、吸血鬼の特徴的な、首筋への噛み後がない。しかし、優れた吸血鬼であればあるほど、人目につかない場所から吸血する。
橙華は勇者であるが、大和国には吸血鬼が出現したという前例はない。その為、知らなかったのだろう。
「これを見てください。」
遺体に手を合わせてから、エリスは橙華に舌に残る噛み後を見せる。
「本当ですね。なるほど。これは気づきませんでした。」
感心する橙華を横目に、エリスはアーネを一目見る。するとは彼女は自信ありげに、コクリと頷いた。
「橙華さん。アーネはもう、犯人の居場所が分かったようですが、どうしますか?」
「そうですね…。アーネさん。私達なら勝てそうな相手ですか?」
「はい。血の匂いが濃いので相当な血を吸っているはずです。ですが、エリスさんに加え、橙華さんもいるなら問題ないです。」
アーネの判断に、橙華は感心する様に笑みを浮かべる。そして、
「では、行きましょうか。」
と、左手で鞘を強く握りながら振り返って、2人に優しく微笑んだ。




