錬金術師
「なるほど。あの方はエフィさんのお兄様でしたか。」
ある程度の説明を聞き終え、ラルヴァは納得したようにそう言葉を発し、
「それにしても、S級冒険者…やはり恐ろしいですね。」
そして、少し怯えたような笑顔を見せる。
「ラルヴァ。君に会って貰いたい錬金術師もS級冒険者だが大丈夫か?」
ラルヴァはキュアノの圧倒的な威圧感を目の当たりにし、彼に怯えてしまっている。更には、今日出会ったアデルは、キュアノよりずっと強く魔力量も多い。人間よりも遥かに魔力への感受性が高いラルヴァは、彼の魔力をもろに感じ取っただろう。
その為か、彼女の恐怖はキュアノだけでなく、S級冒険者と言う存在自体に向けられるようになった。
「はい。大丈夫です。」
しかし、何故かミアに対しては好意的な反応を見せる。
「S級冒険者で錬金術師なんて、絶対優秀ではないですか。」
いつになく興奮した様子のラルヴァに少し驚きつつも、エフィは冷静に、彼女の発言を肯定する。
「そうだね。ミアは優秀だ。ラルヴァの様にゴーレムこそ錬金できないが、数多くの魔法人形を錬金し、従えている。」
「オートマタですか。それはまた高度な物を…」
オートマタ。身体は木材や金属でできている太古の錬金術師が生み出した生物型の魔道具だ。しかし特殊なことに、それらはダンジョンや魔物が生息する地域でも多く目撃され、更に人を襲うことから、魔物にも分類されている。
ミアは太古の設計図を基にそんなオートマタを再現することに成功している。体が生物と同じ肉や骨できているフランシュの様なゴーレムと比べ、木材や金属でできているオートマタの方が錬金するのは簡単だが、それでもその錬金には高度な錬金術が必要であり、現代ではミア以外その錬金に成功した者はいない。
「パライ帝国が滅んだ今、錬金術は衰退したと思いましたが、どうやら私の想像を超える実力を持っているようですね。会うのが楽しみです。」
満面の笑みを見せるラルヴァを見て微笑むフランシュ。そんな2人を眺めながらエフィは「きっと驚くよ。」と笑みを浮かべた。
「ヘレン。オルニス都市ってこんな活気あったっけぇ?」
木の馬が引っ張る馬車に乗り、顔を覆うほど長い、黒い前髪の間から外の様子を覗くミアは、同じ馬車に乗る丸メガネを掛けた小柄の少女、ヘレンにそう問いかける。
「いえ。こんな活気のある都市になったのは、エフィさんがこの都市のギルドに所属する様になってからです。」
「そっかぁ。流石はエフィだねぇ。」
そう笑みを浮かべるミアに、ヘレンは少し怒った様子で「そんなことより、」と声を上げる。
「お師匠様。これからエフィさんに会うんですから、少しくらい身だしなみを整えてください。」
「えー。別にいいじゃん。」
ヘレンに注意されたミアだったが、明らかに面倒くさそうに口を尖らせる。
「駄目です。それに、今日はエフィさん以外にあの方にも会うんですから。」
ミアはヘレンの「あの方」と言う発言に、ピクッと一瞬反応し、少し顔を傾ける。
「…遂に会えるんだよね。稀代の天才。ラルヴァ=テラス様に。」
長い前髪から時折見える表情は、歓喜に満ちた笑みだ。
直後、馬車が停止する。エフィの家の前に到着したようだ。
「着いたみたいだねぇ。」
「はい。ですが降りる前に。」
そう言い、ヘレンはどこからか櫛を取り出し、ミアの体を抑えながら髪をとかす。
「御粧しすれば可愛いのに、なんでこうなんですか。お師匠様。」
「だって面倒くさいもん。」
「はぁ。」
どこか諦めたように溜め息をつくヘレンは、ミアの顔が見える様にヘアピンで彼女の髪を整える。
「はい。これで良いです。行きましょう。お師匠様。」
「うん。」
彼女らが降りる準備を始めると、馬車を操縦していたメイド服の女性…いや、人型のオートマタによって、扉開かれる。
「ありがとぉ。アリエス。」
アリエスと呼ばれる人型のオートマタは、ミアの手を取り彼女をゆっくりと馬車から降ろす。
「行きましょうお師匠様。」
「うん。行こっかぁ。」
ミアはアリエスに体を支えられながら、エフィの家に歩みを進み始めた。
チリーン。呼び鈴を鳴らすと同時に、エフィが扉を開く。
「思ったより早かったね。じゃあ早速行こうか。ラルヴァの工房に。」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるミアに「吐くなよ。」と一言伝え、エフィは彼女の家の扉に〈空間魔法〉を展開する。
扉を通る。繋がった先はフランシュの家の玄関だ。
「うっ。やっぱ気持ち悪いねぇこれ。」
〈空間魔法〉は空間を一瞬で移動する魔法だ。この魔法は便利な反面、耐性がない者には吐き気などの不快な症状を引き起こす。
特に普段から体調管理を怠っているミアには、その症状が顕著に表れる。
「ありがとぉ。エフィ。楽になったよ。」
しかし、エフィにとってその程度の症状を緩和する〈聖魔法〉を扱うことくらい容易だ。
「感謝される程の事でも無い。それより、早く行くよ。」
ラルヴァの工房。それは、フランシュの家の地下にある。エフィによって防御や防音の結界が張られたそこは、ミアの工房と比べても遜色ない水準の設備を持った工房だ。
「へぇ。」
興味深そうに工房を眺めるミアは、工房の奥の方から現れた少女に声を掛けられる。
「貴女がミアさんですか?」
その少女とは、彼女が幼い頃より恋焦がれた稀代の天才ラルヴァ=テラスだ。
「っ。」
息を呑むミアの姿に、ラルヴァは「えっと…」と、少し困った様な表情をする。
「お師匠様。ラルヴァ様が困ってますよ。」
ヘレンに声を掛けられ我に返ったミアは、先程のラルヴァの言葉に対してか「はい。」と返事をする。
「やはりそうでしたか。初めましてミアさん。私はラルヴァ=テラスと申します。早速ですが、少し見ていただきたい物があるのですがよろしいですか?」
「は、はい。」
珍しく緊張しているミアは、辛うじてそう返事をすると、ラルヴァに連れられ奥へと進んでいく。
「ヘレンちゃん。君は行かないの?」
「はい。まだ未熟な私では、あの方々の話にはついていけないので。」
「そうかな。ヘレンちゃんの錬金術の実力は、世界でも5本の指に入ると思うけど?」
「いえ。私なんてまだまだ未熟です。」そう謙遜するヘレンだが、エフィの発言は本心だ。
ヘレン=ファルマ。彼女は、全国的に薬を販売する薬種屋ファルマを経営するファルマ家の長女だ。
薬の調合には2通りの方法がある。1つは、誰もが会得可能な〈調合〉のスキルを使用すること。そしてもう1つは、現代では会得困難な〈錬金術〉のスキルを使用ことだ。
〈錬金術〉を使用すれば、〈調合〉では調合が不可能な薬を錬金することができ、その為彼女は、現代最高の錬金術師であるミアを師事している。
ファルマ家で唯一〈錬金術〉を会得できた彼女は薬の錬金に関して天才だった。
回復薬、魔力回復薬など、彼女が錬金した薬は数知れず、それらの量産に成功しているのだから大したものだ。
彼女の名を知らない冒険者はいない。新米であれベテランであれ、〈聖魔法〉を使用できない冒険者たちは誰もが彼女の薬を購入している。
恐らくは誰もが彼女を天才と呼ぶだろう。彼女本人を除いて。
「そっか。じゃあ、私とフランシュちゃんに会いに行こう。きっと上にいると思うよ。」
「あのテラスの怪物に会えるのですか!」
「ああ。」
少しご機嫌に地上への階段を上るヘレンの姿をエフィは悲し気に見つめる。
彼女の自己評価が低い理由はミアの存在だ。彼女の師匠であるミアはラルヴァに匹敵する程の天才であり、正直、今の彼女がどれほどの努力を重ねても、ミアに追いつくことは決してない。
もし彼女とは異なる時代に生まれれば、恐らくはその時代で最高の錬金術師になれるほどの才能。その才能を彼女はその自己評価の低さで生かしきれていない。
ミアはそれに気づいているだろう。だから彼女は、ヘレンに自分の欠点を隠すことなく見せている。しかし、それだけでは彼女の自己評価は上がらない。何かしらきっかけがあれば、きっと彼女はミアやラルヴァに並ぶほどの錬金術師になるだろう。
「エフィさん?」
ヘレンの声にエフィは「ん?何でもないよ。」と返答し、彼女も階段を上り始める。
――今は仕方ないか。
心の中でそう呟き、彼女はリビングのソファに寝転がっているフランシュに声をかける。
「フランシュちゃん。君に会いたいと言っている子を連れてきたよ。」
彼女の声にフランシュはゆっくりと起き上がる。そこで目に入ったのはエフィの隣に立つ少女の姿。
「初めまして。私はヘレン=ファルマです。あの有名なフランシュ様に会えるとは光栄です。」
その少女、ヘレンは、緊張した様子でフランシュに自己紹介をする。そんな彼女にフランシュは、不自然に一呼吸をおいて挨拶を返す。
「は、初めまして。」
何故だか驚いている様子のフランシュに、ヘレンは少し緊張が解けたのか「どうかしましたか?」と問いかける。
「貴女は…私に怯えないのですね。」
フランシュが口にした疑問に、ヘレンは「怯える?」と呟き首を傾げる。
「何でですか?」
何を言っているんだ、と言いたげな表情をするヘレンに、フランシュは動揺を隠せない。
「何で、って。私は怪物なのよ?怖くないの?」
気を付けていた言葉遣いも忘れて、フランシュは疑問を口にする。そんな彼女にヘレンは一言、
「はい。」
はっきりと、フランシュに恐怖を感じていないと肯定する。
「怖く無いです。私は錬金術士ですから。貴女の様な奇跡的な存在には興味しかありません。」
目を輝かせそう告げるヘレンに、フランシュは呆れたように溜め息をつく。
「ホントに、錬金術師は変わってるわね。」
――私は今までに、2人の錬金術師にお世話になった。
1人はラルヴァ。そして、もう1人はアーちゃん。
確かアーちゃんは、今ママと一緒にいる人の妹…だったかしら。もしかして、あの人の姉の弟子だから似てる…のかしら?
「あの!」
そんなことを考えて少しにやけていると、彼女を不審に思ってかヘレンが声をかけてきた。
「なんですか?」
にっこりと笑みを浮かべて、フランシュはヘレンの言葉を待つ。
「あの、その…肌、触っても良いですか。」
そんなことか、とフランシュは「ふふ。」と笑みを零す。
「いいですよ。その代わり、私の事はフランと呼んでください。友達は皆そう呼ぶので。それと、敬語も不要で。」
ヘレンのお願いを2つ返事で承諾し、その代わりとして彼女にそう提案するフランシュ。そんな彼女にヘレンも承諾を口にする。
「わかったわ。フラン。それじゃあ私もヘレンと呼んで。勿論、敬語は不要で。」
同じように提案して見せるヘレンに、フランシュも彼女と同じように承諾を口にする。
「わかったわ。ヘレン。」
フランシュが差し出した右手をヘレンは優しく握り返す。お互い、満面の笑みで笑い合った。




