表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/83

神狼

エリスが冒険者となって、1ヶ月が経った。


「エリスさんへの指名依頼です。」


冒険者ギルドからの疑いは、A級冒険者エフィの調査によって晴らされた。それに関しては、エフィ本人から伝えられていたため、エリスも知っていた。しかし、それ以外の問題が発生してしまった。


「誰からですか?」


「エフィさんからです。」


そう。エフィから目を付けられてしまったのだ。どうやら彼女はエリスの事を滅法気に入ってしまったらしく、一緒にパーティを組みたいと依頼されているのだ。本来なら光栄なこと。しかし、彼女と距離を近づけると、自信が吸血鬼であることがバレる危険性があった。


「またですか?申し訳ないですが…」


「断るんですよね。」


「はい。お願いします。」


エフィの誘いを何故断るのか。という誰もが問いそうなことをエリスを担当してくれている受付のお姉さん、サラは聞かなかった。恐らく、彼女はエリスが何かを隠していることを知っている。その上で、彼女もまたエリスについて上に報告することなく黙っていてくれている。


「そうでした。この依頼を受けます。」


「分かりました。頑張って下さいね。」


「はい。」


それから数分後、エリスがいなくなったのを確認して、エフィが冒険者ギルドに訪れた。


「エリスちゃんは…」


サラはエフィが問いを口にする前に、首を横に振って否定する。


「そっか。」


エフィは残念そうな顔をして、冒険者ギルドを去ろうとする。


「エフィさん。彼女に直接会うべきです。」


「それはできない。」


エフィとエリスは今の一度も出会っていない。監視の解除を報告したのだって、エフィが冒険者ギルド経由で送った手紙でだった。


「彼女から私に会うまでは。」


エフィの魔力は膨大で、エリス程の実力者なら嫌でもその魔力の出所を把握できる。だから、エリスが彼女の魔力を避けて歩けば、一生合わないことだって可能だ。勿論、彼女が本気でエリスに合おうとすれば、容易に会う事はできる。しかし、そんなやり方ではエリスが依頼を受けてくれないことはわかっていたから、彼女はエリスの方から自身の手を取ってくれることを願っていた。


「1週間後。再び依頼をするよ。私は諦めが悪いんだ。」


エフィは王都の貧民街出身であり、17歳という若さでA級の境地に至った上、オルニス支部唯一の女性のA級冒険者でもあり、オルニス支部で最も優れた冒険者だ。そんな彼女だが、実はある目的の為にエリスが必要だったのだ。


そんなことは露知らず、エリスは難なく依頼をこなしている。そんな依頼中に彼女は洞窟である虎の魔物を発見し、討伐した。


その虎は〈リョダリ〉という魔虎で、弱った状態だったが無謀にも彼女に牙をむいた。


火耐性を持つリョダリだったが、レベル10の火魔法を持つ彼女を相手に、いとも容易く蹂躙された。リョダリの死体を回収し、洞窟を少しだけ探索する。


「ん?」


リョダリの食料だろうか。小さな狼が洞窟の奥に倒れていた。


「〈鑑定〉。」


鑑定をしてみると、どうやらその狼がフェンリル名前の魔物であるとわかった。しかも驚くべきことに、その魔物には個体名が与えられていた。


――アーネ=フェンリル?野良の魔物に個体名があるなんて珍しい。


更に珍しい事に、人化と言う人に化けるスキルを持っていた。これは知能が高い証拠であり、彼女が野良の魔物なんかではなく、ある一定の文化を持って暮らしていたことを示唆していた。


しかし、そんなことをこの世界では新入りであるエリスが知るはずもなく、彼女は単に人化というスキルに興味津々で、その幼狼が目を覚ますのを傍で待つことにした。


それから数時間が経って、幼狼は目を覚ました。


「きゅーん?」


「起きた?君は人化を持っているようだけど、話せる?」


「…はい。」


小さな白銀の狼は、白銀の長髪に白銀の耳と尻尾を生やした生やした少女に変身した。


「私を襲った虎を倒していただいたようですね。」


見た目には似つかないしっかりとした言葉遣いで話す彼女に驚きつつ、その動揺を必死に隠してエリスは余裕ぶった顔つきで彼女と話す。


「迷惑だった?君のステータスならあの獅子に負けると思えないけれど、何があったの?」


「はい。実は最初は2体いて、1体は倒したのですがもう1体は倒せずに力尽きてしまったんです。そんな中、貴女が助けてくれたのです。ありがとうございます。」


深々とお辞儀をして感謝を述べる彼女に、エリスは頭を上げるように伝える。彼女は顔を上げると私の目をしっかり見て「優しいのですね。」と笑いかける。その純真無垢な笑顔に、思わずにやけそうになった顔を隠して、本当は人化に興味があっただけなのに「当然のことをしたまで。」と、恰好を付けて本心を偽った。


キラキラした瞳で自身の顔を覗く彼女に、心が痛んだのは言うまでもない。そんな時、ふと思い出したように、彼女が問いかけた。


「そう言えば、私と話していて大丈夫なのですか?魔物と話しているのが見られれば問題になりますよ。」


その疑問は尤もだが、それは前提条件から間違っている。彼女はエリスを人間、あるいは亜人と思っているが――


「それなら大丈夫。私も人間じゃないから。」


エリスは体の一部を一瞬だけ蝙蝠化させ、彼女に見せてあげた。


「…吸血鬼でしたか。」


彼女はエリスが自身と同じ魔物であると知ったからか、先程よりも更に安心した表情を見せる。そんなわかりやすい彼女を信用して、エリスは自身の経緯を彼女に説明した。


「――だから、今は亜人のふりをして冒険者をしてるんだ。」


「なるほど。あえて人の世で暮らしている訳ですね。」


説明を終えると、彼女はエリスの考えを理解したと言わんばかりにそう呟く。どうやら感心している様子だ。そんな彼女に聞き忘れていたと、エリスはとある問いを投げかけた。


「そういえば、君の名前はなんていうの?」


彼女の名前は知っていた。しかし、エリスはあえてそんな問いをする。まだ彼女を完全には信用し切れていないから。


「私はアーネ=フェンリルです。かつてあったフェンリル族の集落、その族長の孫です。貴女は?」


その問いに彼女は予想外に名前以上の情報を公開してくれた。そんな彼女の信頼に答えるべく、エリスも少しだけ真実を明かす。


「私には名前はない。だから人には自分で自分につけた、エリスと言う名前を名乗ってる。」


彼女は何故名前がないのかと問わなかった。そんな彼女に感謝をしつつ、彼女を連れてエリスは都市に戻った。そうして、5日が経った。


「さて、アーネ。君の〈人化〉と私の〈偽装〉があれば、君が魔物であることを隠せる。君の選択肢は2つ。傷ついたまま1人でいるか。冒険者として私についてくるか。」


調べて分かった。フェンリルは存在自体が希少で、その毛皮などの素材は特に希少価値が高い。その為エリスは、1度助けたこの少女を簡単に手放すことができなかった。


「君はフェンリルだ。見つかれば、今の君では簡単に討伐されてしまうだろう。しかし、私はそれを看過できない。その命は私が助けた物だからね。」


「はい。エリスさんに救われた命です。お好きにお使いください。ですが、私の復讐が終わってからです。」


「駄目だ。そんなことをすれば、間違いなく君は死ぬ。」


この5日間で、ある程度アーネの事情は分かった。


私がこの世界に降り立った頃と同時期に、アーネの村は人間に襲われたらしい。村を襲ったのは〈星竜教〉という〈星竜〉アステルを祀る団体で、その神事において神獣の遺体を供物にするらしく、その供物の為にアーネの村を襲ったようだ。


〈星竜教〉はA級危険団体として、世界中から危険視されている。その為、〈星竜教〉自体を滅ぼすことはエリスも賛成している。しかし、アーネ自身の復讐には反対している。


何故なら、〈星竜教〉はA級危険団体だからだ。


A級危険団体とは、A級以上の冒険者でなければ殲滅不可能とされている危険団体のことだ。ただ、S級は規格外である為、S級危険団体は存在しない。その為、本来A級ですら荷が重い危険団体もA級危険団体に区分される。


つまり、精々B級上位のエリスや、そのエリスにすら及ばないアーネでは、死にに行くようなものだ。


「目標を〈星竜教〉の根絶にすればいい。だから、今は修行のために冒険者になるべきだ。」


「…はい。そうですね。冷静さを欠きました。」


「分かればいい。〈星竜教〉を調べた上で、私も根絶やしにするべきだと思った。だから、もし、君がA級の実力になった時、私も手伝うよ。」


アーネはエリスの手を取る事を決意した。そして深々とお辞儀をすると、


「ありがとうございます。」


そう、感謝を述べた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ