瀬戸際
今日はエリスがスティーヴに依頼した物を受け取る日だ。その為、2人はポリティス商会の工房に訪れている。
「頼んだものは完成してますか?」
「はい!今まで最高の出来ですよ。」
工房を訪れると、丁度彼女らを待っていたスティーヴが入り口に立っていた。そしてそのまま、彼自ら2人を案内する。
「完成した防具はこっちで、修理した籠手はこっちに入ってます。」
大小の異なる木箱を取り出したスティーヴは、大きい木箱をエリスに、小さい木箱をアーネに手渡した。
「流石の出来だ。」
木箱の中身を確認し、エリスは小さく呟く。同じく木箱の中身を確認したアーネも、同意する様に小さく頷いた。
「はい。そうですね。」
木箱の中に入っている籠手の出来栄えは、エフィから貰った時と比べても全く見劣りしない。
つまりは、彼の技量がこの籠手を制作した鍛冶師と同じだけの技量に到達したという事であり、現代において最高峰の鍛冶師であることを示している。
「素晴らしい防具をありがとうございます。」
「いえ。久々に満足できる防具を作れたんで、感謝するの俺の方っす。これも、そんな凄い籠手を修理させて貰ったおかげっす。」
どうやら、優れた籠手を修理したことが、彼の成長に繋がったようだ。その結果、彼は〈鍛冶〉のスキルの真の実力を遺憾なく発揮できるようになり、エリスに依頼された防具や籠手は、彼が今まで作った武具の中で、最も優れた作品となった。
「それは良かったです。これからも機会があれば依頼させてもらいますね。」
「ぜひ!また依頼してください。」
エリスは〈空間魔法〉に防具を仕舞い、アーネは籠手を腰に下げる。
「…!」
アーネは少しだけその場で籠手に魔力を通し、その完成度に静かに感動した。
工房を去る直前、何か思い出したようにエリスは立ち止まる。
「あ。言い忘れてました。スティーヴさん。1度〈鑑定〉を受けることをお勧めしますよ。」
スティーヴは彼女の言葉に少し首を傾げるが、とりあえずと言った様子で「はい!」と答える。後日、鑑定を受けたスティーヴが世界にその名を轟かせるようになるのはまた別の話。
場所は変わり、2人の帰り道。
「こんな所にいたんだ。」
突然暖かい風が吹き、それと共にシルフさんが現れる。
「シルフさん?どうしたんですか。」
シルフは少し焦った様子で、普段より少し早口で2人にこう伝えた。
「主からの伝言を伝えに来たんだ。急ぎの用事で今日はこの都市にいないから、2人は今日は休んでねだって。じゃあ、私も急いでるからもう行くね。」
「は、はい。」
それだけ伝えて去っていったシルフに、アーネは呆気に取られる。
「アーネ。シルフさんが言ってた通り今日は休もうか。」
「そう…ですね。」
しかし、先に我に返ったエリスに声を掛けられ、アーネもすぐに正気を取り戻す、
それから2人は1度共同住宅に戻り、再び町に出かけた。
「エリスさん。エフィさんの用事って何ですかね?」
「わからないけど、シルフさんがあそこまで焦っていたのは初めて見たね。」
2人は知らない。同時進行で起こっていた1つの国を巻き込んだ大事件。それは今から数時間前。その日の早朝に始まっていた。
「よぉサラマンダー。」
「ダロス様。下がってな。」
路地裏を歩いていたダロスとサラマンダー。その2人の前に現れたのは黒い髪の男だ。その男には額から赤い角が1本生えている。
「貴様何者だ?」
――鬼人か。初めて見る顔だ。ダロス様を逃がすことをまず考えよう。
サラマンダーは男から放たれる不気味な魔力に冷汗をかきながら、ダロスを逃がす方法を思考する。
「俺の名前はファークスだ。〈英雄殺し〉つったら分かるだろ?」
ファークスと名乗る男が発した〈英雄殺し〉という言葉にサラマンダーは聞き覚えがあった。
――数百年前に噂されていた奴か。
目の前に立つ男は何人もの英雄を葬った怪物だ。サラマンダーとて侮れない。
「無駄話は終わりだ。〈火の大精霊〉と呼ばれているようだが、今日でそれも終わりだ。ここで死んでもらうぜぇ。」
直後、ファークスの口から咆哮と共に烈火が放たれる。
「なッ。」
――竜魔法!なんで鬼人が。
サラマンダーはその思考と同時に〈精霊魔法〉を発動し、目の前に火の壁を生み出す。その2つの魔法は打ち消し合い、2人の間で爆発を発生させる。
――竜魔法を発動する鬼人なんて聞いたことがないぞ。
彼女はその不可解な事実に動揺した。その一瞬の隙を突かれ、彼女の背後に立っていたダロスが、ファークスの部下と思われるローブを纏った男達に捕らえられる。
「ダロスッ。」
ダロスを助けるために背後を見せるサラマンダーに、ファークスは口角を上げる。
「戦闘中に背を向けちゃあ駄目だろ。」
彼が発動した〈竜魔法〉は容赦なくサラマンダーの小さな体を吹き飛ばし、壁に体を打ち付けたサラマンダーはその場に倒れ意識を失った。
〈…主。〉
「どうした?」
〈火の匂いが薄くなっていく。〉
燃え盛る炎の様な赤色と金色のドレスを身に纏う少女は、悲しげな表情でエフィの目の前に佇んでいる。
「火の匂い…サラマンダーに何かあったのか?」
少女はサラマンダーの身に起こった何かを感じ取っているようで、エフィの問いかけに小さく頷いた。彼女の言葉を肯定するためか、シルフも突然現れるなり頷く。
エフィは少し考える様に目を瞑り、数秒も経たずに結論を出す。
「フラモー法国に向かう。レーヴァテインは〈空間魔法〉で今すぐ目的地に送る。シルフはエリスちゃん達に用事があると伝えてきてくれ。その後、この書類を直接本部に申請してから、すぐにこちらに向かってくれ。」
〈わかった。〉
〈わかりました。〉
エフィは机の引き出しから何かの書類を取り出し一筆すると、その書類をシルフに手渡す。それから彼女は、少女レーヴァテインの手を取り〈空間魔法〉で移動させると、次の瞬間に彼女もその場から〈空間魔法〉で移動している。
――サラマンダー。無事でいて。
彼女らを見送りつつ、サラマンダーの安否を心配するシルフは、足早にエリス達の下に向かった。
「何者だ!」
城を守る騎士たちが、突然現れたエフィを取り囲み刃を向ける。
「落ち着け。私だ。」
緊張状態で騒がしい城内は、エフィが発したその言葉に静まり返る。
「失礼しました。エフィ様。」
勲章を胸に飾る老騎士が騎士たちの刃を下げさせ、エフィに謝罪を述べる。
「ダロス達に何かあったのだろう?今、ガラジオスはどこにいる。」
「騎士団長は既に騎士団を引き連れ城を発ちました。今はオウガの里に向かいました。」
老騎士の説明を聞いたエフィは表情を硬直させ、腰に下げる〈精霊剣〉シルフの柄を握りしめる。
「オウガの里だと…」
エフィは珍しく焦った様子で〈空間魔法〉を発動する。直後、エフィが移動した先は、オウガの里の最奥。オウガ族族長の家だ。
「エフィ?いきなりなんじゃ。何かあったのか!」
オウガ族族長は、突然現れたエフィに驚き、手に持っていた盃を床に落とす。驚きを隠せないといった様子の彼女に、エフィは彼女が何も知らないのだと理解する。
「簡潔に言う。サラマンダーが今にも死にそうだ。そして、ガラジオスの騎士団が今ここに向かっている。」
「あのサラマンダーが!それにガラジオスがここに向かっているとはどういう――」
族長の言葉を遠くから聞こえる爆音が遮る。
「何事じゃ!」
「チッ。遅かったか。」
エフィは腰に下げている〈精霊剣〉シルフを〈魔法倉庫〉に仕舞い、代わりに燃え盛る炎が彫刻された鞘に納められたファルシオンを取り出す。
「スピルア。お前はオウガ族を逃がすことに専念して。騎士団の相手は私に任せてくれ。」
「わかった。感謝する。」
再び〈空間魔法〉を発動し、オウガの里を襲う騎士団の前に移動する。同時に里全体に強力な結界を張った。
「止まれ。」
エフィの〈威圧〉は、その場にいるオウガ族を含めた全員の動きを完全に停止させる。
「オウガ族はスピルアの下に向かえ。ここは私に任せろ。」
オウガ族を結界内に入ったことを確認し、エフィは更に〈威圧〉を強める。
「ガラジオス。何があったのか説明しろ。何故オウガ族に矛先が向いた。」
「エフィ。何故お前が。」
「説明しろ。」
ガラジオスの額に汗が滲み、重い口が少しずつ動き始める。
「ダロスが何者かに攫われた。サラマンダー様も一緒だったのにだ。現場にはサラマンダー様の〈精霊魔法〉の跡と、鬼特有の血の匂いだけが残っていた。サラマンダー様を相手に優位に立てる鬼はオウガ族の族長スピルアくらいのものだ。」
「なるほどな。確かに状況証拠だけ見れば犯人はスピルアだ。だが、彼女は犯人じゃない。」
「何を根拠に――」
ガラジオスの言葉を遮るように、エフィは腰に下げたファルシオンを抜剣し、地面に突き刺した。その剣は炎を纏い、その熱気は常に周囲を歪ませている。
「〈魔剣〉レーヴァテイン。そうか…お前にはそれがあったか。ああわかった。オウガの里への攻撃は一先ず中止にする。」
エフィは〈威圧〉を解除する。その後、〈聖魔法〉を使える騎士にオウガ族の負傷者の治療を任せ、エフィはガラジオスを連れ、レーヴァテインの下に向かった。
――この人達。全員かなりの手練れだ。
レーヴァテインは無数に現れる敵に苦戦を強いられていた。
彼女の得意技〈火魔法〉アミ―は、人型の火の化身を顕現させる魔法だ。この魔法は対多数において最も真価を発揮し、自立型の火の化身が対象者を薙ぎ払う。
しかし、そんな〈火魔法〉アミ―も、彼女の前に立ちはだかる黒いローブに身を包んだ、不気味な仮面で顔を隠した者達に抑えられてしまう。
それもそのはず。彼女の前に立ちはだかっているのは、ただの人間ではなく、人間と鬼の間に生まれた鬼人なのだから。
鬼人は、鬼の強靭な肉体と圧倒的な身体能力を持ち、人間の様な早いスキル習得力も兼ね備える魔人だ。
――鬼の弱点は〈火魔法〉だけど、この人達には〈火魔法〉が効きづらい。一度に10人は殺してるけど、それを補うだけの鬼人がどんどん出てくる。何人いるんだ?
まだ余裕そうな表情のレーヴァテインだが、彼女は内心焦り始めていた。
1人1人の実力は到底レーヴァテインには及ばない。しかし、彼らの連携や死を恐れない数々の攻撃に、少しずつ彼女は押され始める。
――今の私では、アミ―を10体出すのも一苦労。魔力は温存しておこう。
3体のアミ―を顕現させた後、レーヴァテインは魔力を温存する為に、別の〈火魔法〉で鬼人達を対処していく。
そんな時だ。独特な魔力の匂いをレーヴァテインは嗅ぎ分ける。
――ダロスの魔力だ。
その瞬間から、彼女はダロスの保護を優先する。
〈ふぅ。〉
深く息を吸い込み、足に力を込める。そして、爆発的な瞬発力で鬼人達の間を通り抜け、背後の部屋に捕らえられていたダロスを抱きかかえる。
それから、意識のダロスを平らになっている地面に寝かせ、レーヴァテインは鬼人達の前に立つ。
〈さて、どうしたものか。〉
簡単に出現させた業火で鬼人達を蹴散らしつつ、レーヴァテインはエフィを待つまでどの様にダロスを守るかを考え始めた。
「レーヴァテイン。状況を説明しろ。」
転移した先は、既に魔物が生まれなくなったダンジョンだ。
そんな場所でレーヴァテインは、黒いローブを身に纏い、不気味な仮面を被り顔を隠している複数の鬼人達と交戦していた。その状況にエフィは、空間転移するや否やレーヴァテインに説明を求める。
〈ダロスは保護したけど、サラマンダーとの契約が破棄されてた。サラマンダーはまだ助けれてない。〉
普通、精霊との契約を破棄するためには精霊か契約者どちらかの同意が必要だ。この場合、契約を破棄したのはサラマンダーだろう。
しかし、戦闘の場から少し離れた場所で気絶しているダロスの髪には、深紅の髪飾りがついている。
つまり、契約は破棄したが、サラマンダーは精霊槍を手放したままだ。どれだけ過保護なんだと、エフィは呆れる。
「ガラジオス。ダロスを連れて地上に戻れ。ここは私達に任せろ。」
「いや。ここは俺に任せてくれ。エフィ達は、サラマンダー様を連れ去った犯人の討伐を頼む。」
ガラジオスは腰に下げた魔法袋から、純白の翼の彫刻が彫られた美しい槍を取り出す。
「大丈夫か?」
「ああ。問題ない。」
エフィの問いかけに、ガラジオスは槍を構えて問題ないと答える。その覚悟を決めた顔をエフィは一瞥し、「任せた。」と言い残しレーヴァテインの手を取り〈空間魔法〉を発動する。
2人が移動する直前。ガラジオスはレーヴァテインに対して感謝を述べる。
「ダロスを助けてくれてありがとうございます。」
その感謝の言葉に、レーヴァテインは小さく頷いた。
移動した先はダンジョンの更に下層だ。そこには、サラマンダーの首を掴んでその小さな体を引き摺り歩く、ファークスがいた。そんなファークスは、背後から微かに感じる魔力に振り返り、そこに立っていたエフィを怒鳴りつけた。
「…エフィ=リョクロス!またてめぇかッ。」
「ファークス。あの時、お前を生かしたのが間違えだった。」
彼女がまだ16歳だった頃。ファークスが起こした事件に彼女らは巻き込まれた。その時彼女はこの男を殺そうとしたが、ある人物に止められその時はこの男を見逃した。しかし、その人物はもうここにはいない。
「レーヴァテイン。ファークスの腕を切り落とす。サラマンダーの保護は任せた。」
直後、魔剣の剣先が弧を描き、ファークスの左腕を切断する。
「ッ!」
ファークスはエフィを一目見た時から警戒していた。しかし、彼の右腕は無慈悲にも既に落下している。そして、その右手に引きずられていたサラマンダーは、剣の初動と同時に動き始めたレーヴァテインに抱きかかえられている。
〈サラマンダー。遅れてごめんね。〉
レーヴァテインは、サラマンダーに魔力を分け与え、彼女の生命力を回復させていく。
――私は火を司る悪魔。サラマンダーの身体を修復するなら私の魔力が効果的だ。この時の為に私の魔力は存分に残しておいた。思ったより傷が酷い。残しておいた良かった。
「チッ。サラマンダーも。レーヴァテインも。俺より弱いくせに、火を司っているとか抜かしやがって!そのせいで俺の火は誰にも見向きもされない。だから俺はてめぇらを殺すためにここまで来たのにッ。てめぇのせいでまた俺の計画が大無しだ!」
ファークスは、紅炎竜と呼ばれる怪物に育てられた者の1人で、彼に育てられた者の中では最高傑作と言って過言ではない実力を持っている。その実力は現在のサラマンダーやレーヴァテインを凌ぐほどだ。
しかし、エフィと彼の実力には天と地ほどの差がある。彼の特性である火と斬撃に対する絶対的な耐性も、彼女の前では意味を成さない。
「爺さんはてめぇにビビッて出てこねぇし。俺以外の鬼人ども使い物になりやしねぇ。クッソ。クソがッ!」
紅炎竜から分け与えられた宝玉は、彼の肉体を竜人に近しい肉体に変化させている。鬼人でありながら〈竜魔法〉を扱う彼は、己の火の竜魔法に絶対的自信を持っており、歴史上の数々の英雄を葬り去り、その実力を示し続けた。
しかし、彼が行った英雄殺しは〈火の大悪魔〉レーヴァテインの仕業だと人々は考えた。
その事実に怒り狂い、彼の矛先はレーヴァテインに向いた。




