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鍛冶師

ゼラニウムが聖騎士になった次の日。エフィはエリス達がダンジョンの調査へ行ったことを知った。


「魔人の森のダンジョンの調査をエリスちゃん達に任せたそうですね。」


「ああ。君に言わなかったことを謝罪しよう。だが、あのダンジョンを調査できるのはこの都市でも限られてくる。君を除けばフロイドかチャールか。今はどちらも出払っている。君は家から出てこない。突然現れた亜人の少女。調査を任せた君が彼女を仲間に加えた。今まで仲間を作らなかった君がだ。」


「…」


エフィに睨まれながらも、支部長は落ち着いて話を続ける。


「彼女について調べさせてもらったよ。値は張るが、S級冒険者のメタンに依頼して、彼女を調べさせた。」


――メタンに?気が付かなかった。


「私が家に籠っていた間か。」


「ああ。メタンと言えど、君にバレずに近づくのは難しいと思ってね。」


「今後、エリスちゃん達に近づかないでください。職を失いたくないのなら。」


エフィから放たれる殺気に委縮しつつも、支部長は表情を崩さない。


「わかった。この支部が残されているのも君のおかげだからな。」


エフィは無言で支部長室を後にする。


――こっわ。


支部長は机に顔を埋める。


――S級に最も近いA級冒険者と名高いが…


「ん?」


突然、扉が開かれる。


「エフィさんがいらっしゃたのですね。」


「ああ。サラ。」


エリスが冒険者になった頃、彼女の受付をしていた女性だ。


エリスの実力を秘匿する為に、元々決まっていた彼女の昇進が早まり、今は支部の事務を務めている。


「書類作成終わりました。こちらに置いときますね。」


「わかった。」


――この支部が潰れれば、この支部に所属する職員500人、冒険者2000人の職業が無くなる。エフィには当分関わらないでおこう。


さて、書類を…


「ん?」


――魔人の森のダンジョンで未知の魔物を確認か。


階層主の部屋の調査を試みたA級冒険者4名が重症。


今回は王都のA級冒険者を導入したが、それでもこの結果か。どうする…S級冒険者が導入できるのは2か月先になる。エフィに頼むにも、さっき釘を刺されたばかりだ。だが、これ以上ダンジョンを放置するわけにもいかないしな。


さて、どうする。



「2人とも。本当にダンジョンでは何もなかったの?」


「え?はい。」


エフィさんの突然の質問に、エリスもアーネも呆気にとられ、一瞬返事が遅れる。エフィはそんな彼女達の反応に何か考え込む様に顎を手に当てる。


「…もう一度、支部長に会ってくる。」


エフィはそういうと、急いで彼女達の前から去っていった。



再び支部長室の扉が突然開かれる。次のその正体はサラではなくエフィだった。


「私がダンジョンに行きます。問題はないですね。」


「あ、ああ。」


「では。」


――どういう風の吹き回しだ?まぁ有り難いが。


支部長は、風の様に現れ去っていたエフィに呆気にとられながらも、仕事を続ける。


――報酬の用意をしておかないとな。



ダンジョンの扉を見て、エフィは確信したように「やはり。」と呟く。


扉の鍵を何らかの魔法で開いて、ダンジョン内に1人で侵入する。同時に〈結界〉を発動し、誰もがダンジョンに入れない様にする。


徒歩でダンジョン内の壁を観察しながら、迷わずに階層主の部屋まで進む。無造作に扉を開くと、部屋の中に佇むアルへオグルニを一瞥し、その後、部屋を見渡して調査の状況を理解する。


壁や床には複数の人間の血液が付着している。未だ乾いていない血液もある。調査が失敗に終わったのは火を見るよりも明らかだ。


アルへオグルニは興味を示さないエフィには反応せず、宙に浮いたまま微動だにしない。その様子にエフィは自由気ままに調査する。


カンッ!カンッ!エフィは足で床を蹴り、その金属音に納得したように頷く。


直後、〈火魔法〉ファイアランスを放ち、アルへオグルニの身体を直線に貫き、脳と心臓は同時に破壊する。


アルへオグルニはそのまま床に墜落する。その死体を無視してエフィはその横を素通りし、下層に繋がる階段を下りる。


――ここは、神代のダンジョンだ。ダンジョンの全てがアダマンでできている。どんなに激しい戦闘でも傷1つつかないだろう。


エフィはそんなダンジョンに感動しつつも、2階層、3階層、4階層、5階層と順調に降りていく。しかし、そんな彼女も、6階層の階層主の部屋の前で立ち止まる。


「ほう。」


これは…


階層主の部屋の扉を開き、4枚の翼が生えた蛇を数秒観察する。


「ミュートスフィズィ。」


――たしか神代の魔物だったな。あの人達以外では初めて見る。まぁ問題はないけど。


5階層までの階層主と同じように、ミュートスフィズィもファイアランスで貫く。そしてそのまま何事もなく、9階層の魔物も瞬殺し、10階層へと繋がる階段を下りる。


――禍禍しい魔力だな。


10階層の最奥から感じる魔力に感心しながら、エフィは徒歩で進んでいく。


「待っていたぞ。同士よ。」


階層主の部屋の扉は既に開かれており、その中の王座に座る男にエフィは歓迎される。


「〈悪魔の王〉ディアボロス。メランから聞いていたけど、想像以上に禍禍しい魔力だね。」


「君は、メランと一緒だな。」


「どういう意味?」


ディアボロスの呟きにエフィは首を傾げる。そんな彼女の疑問を、ディアボロスは笑みを浮かべて解消する。


「底知れぬ強さということだ。俺でさえ、君の限界を測ることはできない。」


「…そうか。」


エフィも認める実力を持つメランと同格扱いされ、エフィは内心嬉しく思いつつも、それを押し込んで数秒の沈黙の後、彼に話を切り出す。


「それで、エリスちゃんとアーネちゃん。会ったんだよね?」


「ああ。メランと共にここに訪れた。メランが記憶を消して地上に帰したが。それがどうかしたか?」


単刀直入に切り出した質問に、ディアボロスはすんなりと回答する。


「なるほどな。メランの魔力を感じるわけだ。」


エフィはその様子に、納得したと縦に頷く。しかし、彼女の疑問は1つではない。


――先程から感じていた。ディアボロスの気配はまるで、


「貴方は…エリスちゃんとどういう関係なんだ?魔力の気配がエリスちゃんそっくりだ。」


「あの子は…」


彼女の質問はディアボロスには答えづらい。しかし数秒の沈黙の後、ディアボロスは静かに口を開く。


「俺とは何の関係もない。そもそも、吸血鬼は悪魔が生み出した存在だ。そして、悪魔は等しく俺から漏れた魔力が意思を持って生まれた存在である。俺に似た吸血鬼が生まれても可笑しくはないだろう。」


ディアボロスの言葉は間違いなく嘘であるとエフィは理解する。しかし、彼女の返答はただ一言だ。


「そうか。」


何故だか彼は、エリスの為に嘘をついているような気がしたから。



エフィが去った彼女の家の中で、エリスとアーネは颯爽と現れ去って行った彼女に困惑していた。


「エフィさんどうしたのでしょうか?」


「わからないけど、一旦帰ろう。主人のいない家に長居するわけにもいかないしね。」


そう、2人は一先ずエフィの家を後にする。そして、その後に向かった先は、オルニス都市で最も賑わっている大通りだ。


「いらっしゃいませ。あら、エリス様。いつも当店をご利用いただきありがとうございます。」


「どうも。ところで、ザックさんはいますか?」


「はい。社長室にいらっしゃいます。ご案内します。」


2人が向かった場所は、大通りの中でも最大の商会、ポリティス商会だ。


エリスとアーネが出会う1か月ほど前、エリスが助けた3人の中の1人、ザックが今では社長になっている。それ以来ポリティス商会は、エリスさんに優先的に依頼を頼んでいる様だ。


「おや。エリスさん。いつもお世話になっております。」


アーネもザックとは、エリスと行動を共にしている内に、何度かあったことがある。。


「それで、今日は何用ですか?」


「実は先日、戦闘中に最後の装備が壊れてしまいまして。ザックさんに鍛冶師を紹介して欲しいのです。」


「なるほど。そうですね。」


エリスはポリティス商会の前社長から3着の装備を貰った。しかし、フランシュ、フィンリー、そして先日のゼラニウムとの戦闘を経て、3着ともボロボロになってしまった。


ダンジョンに行ったときは、仕方なく普段着だったが、エリスは普段着が汚れるのが嫌なようで、その日はザックに鍛冶師の紹介を頼みに行った。


「折角です。ポリティス商会お抱えの鍛冶師の中でも、最高の方をご紹介します。」


ザックに連れられ、彼女達はポリティス商会の工房に向かった。そこには大勢の鍛冶師がいた。ですが、その中でも一際目立つ鍛冶師が1人いた。


「社長!珍しいっすね。社長自ら工房に来るなんて。」


「スティーヴ。お前に紹介したい方がいるんだ。」


「俺にっすか?」


褐色肌に長い耳。この男はドワーフだ。エリスの表情が明るい。アーネはその様子に理解する。どうやら優秀な鍛冶師のようだと。


「初めまして。私の名前はエリスです。本日は貴方に防具を依頼しに来ました。」


「その雰囲気、冒険者っすね。わかりました。社長の客とあらば、この俺に任せてください。」


自分の胸を叩いてエリスの依頼を引き受けた彼は、早速エリスに詳しい注文内容を聞き始めた。


するとエリスは、〈魔法倉庫〉から壊れた装備を取り出しスティーヴに手渡した。どうやら壊れた装備を基準に新しく作るようだ。


「スティーヴさんの装備の相場はいくらですか?」


「そうですね。高くても銀貨500枚程度です。」


「わかりました。では、」


エリスはその言葉に金貨1枚をザックに渡し、アーネの頭に手を置いて、


「ついでに、アーネの武器も作ってもらえますか?」


そうお願いした。


「えっ。エリスさん――」


「良いから。アーネの籠手、壊れかけているでしょう。丁度良いし修理してもらいましょう。」


「わかりました。」


彼女はアーネの腰に下げている籠手をスティーヴに渡す。


「これはミスリルっすね。それも純度の良い。社長、素材を用意して貰ってもいいっすか?今うちにあるのじゃ品質を落としちゃいます!余分に用意してくれれば、エリスさんの防具ももっと良いもんにできます!」


「わかった。用意しよう。いつまでに終わる?」


「明後日には終わらせます!」


明後日に再び訪れると約束を取り付け、今日はそこで部屋に帰った。帰っている途中、アーネはエリスに、スティーヴの事を聞いた。


「スティーヴさんは優秀な方なのですか?」


「ああ。〈鍛冶〉のレベルが8だったよ。」


「やはりそうでしたか。」


〈鍛冶〉のレベルが上がるほど、扱える金属の種類が増える。ミスリルを扱えるのはレベル7だから、レベル7以上であることはアーネにも分かっていた。アーネははっきりと理解する。かなり優秀な鍛冶師なのだと。


「ですが、レベル8の鍛冶師の武器や防具は、銀貨500枚じゃ買えませんよね。」


「うん。でも、ポリティス商会に置かれていた高級品に銀貨500枚以上の値段はついていなかったから、多分彼は実力を発揮できていないのだろうね。」


スティーヴは〈鑑定〉を受けたことが無かったようだ。確かに〈鑑定〉を持つ人物は少ない。S級冒険者ともなれば当然の様に持っている〈鑑定〉だが、A級冒険者なら持っているだけで評価される程のスキルだ。


「まぁ、アーネの武器を彼に任せたんだ。レベル7までの実力しか出せないなら、あの武器は直せないよ。」


「そうですね。あの籠手は、世界中を探しても数個しかない作品ですから。」


アーネがエフィから貰った籠手。あの籠手を作った鍛冶師は、間違いなく名匠だ。籠手の造形、籠手に流せる魔力量。どれをとっても一級品。それは使用者であるアーネが一番理解している。何度か王都に行ったとき、アーネも様々な籠手を見た。しかしあの籠手を超える物は数品しか見れていない。


「ところでエリスさん。明日の仕事はどうするんですか?」


「私服で我慢するよ。」


「それなら、明日の仕事は基本的に私に任せてくれませんか?エリスさんには援護をお願いしたいです。」


拳を作ってやる気を見せるアーネに、エリスは「良いよ。」と微笑む。


「エフィさんにもそう伝えておくね。」


「ありがとうございます!」


――よし!明日は頑張るぞ。


アーネは満面の笑みで意気込んで、歩き出すエリスの隣に並んで歩いた。

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