聖騎士
「遂にできたのう。」
「ああ。今までに存在しない魔法を作るのは、思ったより難しかったな。」
「儂が300年もかけて完成させられなかった魔法が、お主と協力すれば2週間もかからず完成するとはな。」
ヴィーブは嬉しそうだが、少し残念そうに項を垂れる。そんなヴィーブに冷たい水を渡しながら、エフィは微笑する。
「お前の研究があってこそだろ。」
ヴィーブはやはり天才だ。魔物を人間にする魔法は作れなかったものの、魔物の魔力を人間と同質の魔力に変える魔法を生み出していたのだ。
人間と魔物の魔力の違いは単純で、人間は体内で魔力を作ることはできず、自然に発生した魔力を体内に取り込むが、魔物は体内で魔力を作り、自然に発生した魔力も体内に取り込む。
ヴィーブが生み出した魔法は、この魔物が体内で魔力を生み出すという機能を無くすというもの。
この魔法を改良することで、人間を魔物に変える魔法を生み出せた。つまり、ヴィーブの300年の研究がなければ、この短期間で魔法を生み出すのは不可能だったということだ。
「ゼラニウム殿を人間にしたら、その後はどうするつもりなんじゃ?」
「彼を聖騎士に推薦しようと思っている。」
「聖騎士か。なるほどな。彼奴のステータスなら問題ないじゃろう。」
聖騎士とは教会を守護する騎士のこと。
上位の聖騎士になれば、司祭を直接守護する聖騎士になれる。
「アヤメを守護する聖騎士は今までに一度も選ばれていない。あいつが死んでから、あの子の心には、大きな穴を開いてしまった。それを埋めれるのは私だけだと思っていたけど…ゼラニウムがあの子の傍にいてくれれば、私も…あいつも嬉しいだろ。」
「…そうじゃな。」
懐かしそうに微笑むエフィに、ヴィーブ静かに頷く。
後日。
「トーマス司教と第3代マギアス侯爵の推薦により、この者ゼラニウムを神の信仰者として聖騎士と認める。」
この日、5人の聖騎士が誕生した。ゼラニウムもその1人だ。聖騎士になるには、侯爵以上の権力者の推薦と、司教以上の信仰者の推薦が必要だ。
本来、ヴィーブは元侯爵のため侯爵以上の権力は無いが、長年のデンドロン王国への貢献を認められ、国内に限り、公爵と同等の権力を持っている。
因みに、トーマス司教はヴィーブの教え子で、彼自身も元侯爵だがヴィーブには頭が上がらない。その為、彼は素直にゼラニウムの推薦を支持してくれた。
「聖女様がいるぞ。」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。
「ヴィーブ様が推薦した方を見に来たんだろう。」
数人の司教が座る席の上座に今座った、白い修道服に身を包んだ少女に注目が集まる。
顔は見えないが、白い修道服を身に纏えるのは聖女ただ1人だ。
「エリスさん。あの方が。」
「ああ。」
その存在感は凄まじく、魔力に敏感なエリスには彼女が白い魔力を纏っているようにすら見える。その様子はまるでシルフの様で、精霊の様に自然にそこに存在している。
「彼女はさ、特別なんだ。」
「特別?」
唐突なエフィの言葉にエリスとアーネは首を傾げる。
「ああ。彼女は近くにいる人の傷を無意識に癒せるんだ。いるだけで〈聖魔法〉が発動されるってこと。凄いでしょ?」
「はい。凄いです。あれが聖女なんですね…」
鑑定をして理解する。とても19歳とは思えないその尋常ではないステータスが、彼女が聖女であると証明しているのだと。特筆すべきは魔力量。その若さで、既に70000を超え、もうすぐ80000にも達するだろうという魔力量。
そして彼女の持つ〈聖女〉というスキル。それは、キュアノが持つ〈勇者〉と同じ、世界に数人しか持たない特別なスキル。
ある国において最も清廉潔白で、聖女の名に相応しい女性に与えられるスキル。
「聖女アヤメ様よりご挨拶ございます。」
先程から叙任式を執り行っていた司教が壇上の中央から移動し、聖女が壇上の中央に移動する。そして彼女は修道服のフードを取ると、その素顔を人々に見えるようにしてから、少しだけ手を上げる。
「――」
その瞬間、先程まで騒がしかった広場が静まり返る。
「この度、5人の聖騎士が新たに誕生した事を喜ばしく思います。デンドロン王国教会を守護する聖騎士として、清く正しくあることを願います。」
聖女は挨拶を終え、一礼するとそのまま去って行った。
去って行っても数秒、人々は黙ったままだった。聖女の人知を超えた美しさと、透き通った声に誰もが息を呑んだのである。エリスとアーネも含めて。
誰もが理解しただろう。彼女こそ聖女の象徴だと。歴代最高の聖女なのだと。
「帰るよ。ゼラニウムはこのまま教会の寮に入る。長居は無用だ。」
「――はい。」
エフィが声を掛けるまで、エリスもアーネも立ち尽くしていた。
正気に戻った2人は、エフィに続いて歩き始める。
正気に戻って思い出す。ゼラニウムがあの都市からいなくなる事実に。
短い間だったが、友人との別れは寂しいものだ。事前に別れは済ませているが、それでも少し寂しさが残る。前世ではこんな感情を感じることはエリスにはなかった。
エリスは感傷に浸りながら、隣を歩くアーネの顔を一瞥する。彼女も少し俯いて寂しそうな顔をしている。
ゼラニウムは聖騎士になる。彼女達魔物とは絶対に相容れない存在だ。いつか、彼と会うことはあっても、それは何年も先の事だ。
聖騎士になって1年目は神に祈りを捧げる。2年目に初めて剣が与えられる。3年目から教会全体の防衛を務めるようになる。5年目から聖堂を管理する司教の推薦で聖堂の防衛を務めるようになる。
聖堂の防衛を務めるようになると、教会からの外出を許されるようになる。つまり、最低でも4年は絶対にゼラニウムに会うことはない。
「また会おう。ゼラニウム。」
エリスは誰にも聞こえない程小さく、そう呟いた。
叙任式を終え、礼拝堂の椅子に座るアヤメとヴィーブは2人だけで話していた。
「ねぇ。先生。あの方は何者なのでしょうか。兄さん以外の男性は苦手で、恋心もエフィさんにしか抱かなかった私が、何故かあの方の前ではそうではないのでしょうか。」
「それは、ゼラニウム殿に好意抱いているということか?」
「…はい。」
ヴィーブの問いかけにアヤメは頬を赤くして頷く。そんなアヤメを微笑ましく思いながらも、ヴィーブは彼女をからかう。
「恋の力という物じゃろう。」
「はぐらかさないでください。」
ヴィーブの言葉に頬を膨らませるアヤメは「もう良いです!」と自室に帰っていった。
――あの子は変わった。学園にいた頃は、聖女になるのが嫌な少女だった。
ヴィーブは礼拝堂の中で1人、数年前の事を思い出していた。
――学園の入学式の日、在校生代表の言葉を2年生ながら行ったエフィに一目惚れし、その日の内に告白したのを今でも覚えておる。
〈聖女〉のスキルを入学前には既に会得していたあの子が、同性に、それもあのエフィに告白したという事実は、瞬く間に広がり、儂が介入するまで収集がつかなかったのう。
あの子はエフィにも、儂にも、聖女になりたくないと話してくれた。しかし、世界が彼女を聖女に決めたとなれば、儂らにはどうしようも無かった。
あの事件の後、彼女は見違えるほど聖女に相応しい女性になった。エフィへの好意は薄れないものの、以前の様な落ち着きのなさは無くなっていた。じゃが、あの子が無邪気に笑うことは無くなった。
悪い意味で、あの子は変わっていった。自分の感情を儂らの前以外で隠すようになった。
じゃが、儂らは常にあの子の傍に居れぬ。入れ替わりで、この礼拝堂に何人かは訪れてくれるが、それでも1週間に1度あるかどうか。
できるだけ早く、ゼラニウム殿にはあの子の傍にて欲しい。何故なら、ゼラニウム殿と一緒にいるときのあの子は、儂らにも見せぬような顔で笑うのだから。
――これはまだ誰も知らない話。遥か未来に童話にすらなった話。
1年後、剣を与えられたゼラニウムはその実力から、聖騎士団長他上級聖騎士8名、司教5名、大司教2名の意見により、教皇、枢機卿、聖女の許可の下、特例で3年目と同じ仕事を与えられた。
しかし数週間後、ゼラニウムの実力に対して仕事が役不足であると理解した司教達は、彼を聖堂に推薦したいという声が上がった。
その声に、教皇、枢機卿、聖女は3年目からという条件付きで、ゼラニウムへの推薦を許可した。
引く手数多のゼラニウムだったが、3年目の配属先はすんなりと決まった。マーディス礼拝堂だ。
聖女の推薦を受けたゼラニウムに、不満や嫉妬の声は上がったが、彼の清廉潔白な態度を認めざる負えなく、そんな声が大きくなることは無かった。
白と金を基調とした聖騎士の制服の胸に飾られた、聖女から送られた彼の髪を彷彿とされる黒薔薇の飾りから、〈黒薔薇の騎士〉と称されるようになる彼は、デンドロン王国でその名を知らぬものはいない英雄となる。
そんなことは露知らず、300年前に止まった、アイリス…いや、アヤメとゼラニウムの人生は再び、少しずつ動き始めた。




