ダンジョン
エフィさんが家に籠って、もう一週間が経った。エフィさんからは魔法の研究をしていると聞いたが、時々エフィさんの家から感じる、圧倒的な魔力に気圧されることがある。
エフィさんがいないことで、冒険者ギルドが忙しくなるだろうと思ったが、何故だがオルニス都市の周囲から魔物が全く消えた。恐らく、エフィさんともう一人の魔力を恐れ、魔物が近寄らなくなっているのだろう。
その為、寧ろオルニス都市は平和だ。
そうだ。もう一つこの一週間で私にとって良い出来事が起きた。ゼラニウムが私の眷属になることを諦めたのだ。彼は仕えるべき主を見つけたと言っていたが、真意は不明だ。
そんな訳で、平和な日々を過ごしていた私とアーネだが、今日は私に指名依頼が渡された。依頼者はオルニス支部の支部長だ。
依頼内容は、魔人の森で新しく発見されたダンジョンの調査。地中に埋もれた、迷路型のダンジョンだという。
しかし1つ疑問があった。ダンジョンの調査は、通常ではA級冒険者に依頼される。
何故私に依頼したのだろうか。その疑問を解消する為に、私は今、支部長に会っている。
「うーむ。」
私の質問に支部長は口籠る。何かを隠している様子だ。
「言えない事情があるのですか?」
「いや。言えないわけではないのだが…」
支部長は数秒を押し黙った後、意を決したような表情で重い口を開く。
「君の種族は把握している。B級の枠に当てはまらないことも。」
――まさか…気を使っていたつもりだったけど、なんでバレたんだ?
支部長から明かされた事実に私は動揺を隠せない。そして、続けられる彼の言葉に、私は動揺を続ける。
「しかし、我々が君をどうこうするつもりは無い。」
「え?」
「君に何かをしてエフィの機嫌を損ねる方が我々にとって損失が大きい。寧ろ、君の様な優秀な冒険者を活用する方が、我々にとって有益だろうと判断してね。」
つまりは、エフィさんの影響力、そして私の冒険者としての実力による利益の方が、吸血鬼をギルドに置いておく損失より大きいと判断したのだろうか。
「つまり、私の能力を認めてくれるということですか。」
彼は私の質問に頷く。
「その解釈で正しい。君はエフィを除くこの都市の冒険者の誰よりも優れている。君は目立つことを避けているようだし、B級冒険者のまま、A級冒険者と同等依頼を与えよう。」
支部長の考えは理解した。この提案も私にとってメリットしかないし、更に強くなれる可能性が上がる。
「わかりました。その依頼をお受けします。」
こうして、私はアーネを連れてダンジョンに向かった。
「ここがダンジョンの入り口か。」
不自然に地面が隆起している。以前はこんなところに山は無かったはずだ。
私はその小さな山に存在する巨大な岩の傍に寄る。
そこにダンジョンの入り口がある。
岩を動かし、ダンジョンの入り口である扉に手を触れる。
鉄…ではない。これはフランシュの家で見た。そうだ、アダマン。
「凄いですね。」
「ああ。」
アダマンは加工が難しいと聞いたが、こんな複雑な造形の扉を作れるとは。
扉の中央に木が彫られており、その木から床まで根が彫られている。そんな造形だ。木目が細かく描かれていて、こんな素晴らしい造形はこの世界では見たことがない。
「とりあえず開けてみよう。」
扉の中央の木には、鍵の形をした窪みがあり、そこに支部長から受け取った木製のカギを埋めると、扉は自動的に右にスライドする。
「これは…中々。」
アダマン製の扉が開かれると同時に、中から魔力が溢れだす。私は一歩後ずさる。
「アーネ。大丈夫か。」
「はい。」
ゼラニウムに感じた魔力は強大ではあったが、こんなに禍禍しくなかった。この魔力はまるで、シデロ鉱山にいた炎竜。あの時はエフィさんが隣にいたから問題なかったが、この魔力はかなりきつい。アーネは今は大丈夫そうだが、深層に行ったら大丈夫だろうか。気をつけよう。
「今回の依頼は、1階層の構造の確認。魔力からして1階には大した魔物はいないと思うけど、このダンジョン内だと〈千里眼〉が使えないようだから気を引き締めてね。」
「〈千里眼〉が。他のスキルは大丈夫ですか?」
「ああ。今のところ問題はないな。」
1階層の構造を紙に記載しつつ、道中数体の魔物を倒しながら進んだ。2時間くらいかけて構造を確認し終え、最後に階層主の部屋に向かう。
「どんな魔物がいるか確認しておこう。」
「大丈夫でしょうか。この魔力は普通じゃないですよ。」
アーネが不安そうだ。確かに、今はエフィさんがいないから迂闊な行動はできない。
「そうだね。今日はやめておこう。」
アーネをまた危険に晒すわけにはいかない。今日は大人しく――
「おや。古代のダンジョンが現れたと聞いて来てみたけど、珍しい子たちがいるね。」
その声に背筋が凍った。今、私達の背後に立ってる人から、魔力を全く感じない。どんな生物も、いや植物や無機物ですら魔力を宿している。
しかし、この声の主からは全く魔力を感じない。それが寧ろ恐ろしくて、その違和感に吐き気がした。
エフィさんから魔力を感じない時や、一度会ったピュラーさんからも魔力を感じなかった。でも、彼女達からは微弱な魔力を感じた。
しかし、この声の主は、その微弱な魔力すら感じない。
「エリスさん?」
アーネは何の問題も無さそうに後ろに振り返っている。
「君はフェンリルの生き残り、アーネ=フェンリルだろう?君は覚えていないだろうけど、一度君を抱っこしたことがあるんだよ。」
「私の事を…ご存じなのですね。」
「当然だよ。だが、君には謝らなければならないね。あの時…助けに行ってあげられなくて。」
何者なんだ?アーネを知っているようだが、アーネが幼い頃に会ったことがあるのか。閉鎖的なフェンリルの村に簡単に立ち入れる人物なんて限られる。一体。
「それと、エリスさん。私の魔力が全くないから違和感を感じるんでしょう?調整するから少し待っててもらえるかな。」
少しずつ、声の主から魔力を感じ始める。生物の温かみを感じる。
「ありがとう…ございます。貴女は――」
何者ですか?そう聞こうと振り返れば、その少女の姿が目に入った。漆黒の髪に、夜を彷彿とされる吸い込まれるような黒い瞳。そして、頭から2本伸びた美しい漆黒の角。
私の魔物としての直感が理解する。この人だ。この人が、
「〈暗黒竜〉メラン。」
私の言葉に少女は愉快そうに笑みを浮かべる。
「流石だね。直感で理解したのかな。そうだ。2人とも、今から最下層に行くんだけど、ついてくる?」
彼女の提案に私達は思わず、頷いてしまった。
成り行きで、彼女についていくことになった。魔王と聞いていたし、フランシュの恐れようから怖い人だと思っていたけど、なんだか…エフィさんみたいだ。
「さっきの魔物の名前は分かる?」
「いえ。」
さっきの魔物とは1階層の階層主のことだ。
一階層の階層主は見たことのない魔物だった。端的に言えば、羽の生えた豚。魔物に詳しいアーネですら知らない魔物で、当然私が知るはずもない。
驚くべきは、その階層主の強さが宝玉があった時のゼラニウムと同等の強さだったこと。しかし、その羽の生えた豚には宝玉がなかった。宝玉なしで、S級の魔物に匹敵する強さ。
このダンジョンは明らかに異常だ。1階層からあんな化け物が出て来るなんて。あの時、階層主の部屋に入らなくてよかったと心底思う。もしメランさんがいなければ、私もアーネも死んでいた。
「さっきの魔物は古代の魔物といってね。今は絶滅した魔物なんだ。種族名はアルへオグルニ。古代の基準で今の等級に当てはめれば、E級と言ったところかな。」
E級?あれで?
メランさんの強さは尋常ではない。アルへオグルニという魔物を力を制御した状態で瞬殺した。
魔王…漠然と強いのだろうと思っていたが、メランさんの強さは底知れない。この人はエフィさんと同じだ。
力を完全に隠して、どれだけ一緒にいても限界は見せない。相手がどれだけ強くても、涼しい顔で、余裕そうに敵を屠る。
「このダンジョンの階層主は全部が古代の魔物だ。私がここに用があるのも、このダンジョンの最下層にいる古代の魔物なんだ。」
下に行くにつれて、魔物は強くなっていった。しかし、6階層の階層主からは少し異質だった。
多分あの階層主は、フランシュと同じだと思う。
「さっきの魔物は、神代の領域と言われる魔物ですか?」
「良く知ってるね。そうだよ。神代って言うのは、今から30万年前の事なんだけど、当時は今と違って、ステータスが10万を超えているのは普通だったんだよ。」
「普通…」
神代では、フランシュみたいな魔物がたくさんいたのか。恐ろしいな。
「この先にいる魔物は、今の魔物とは姿がかけ離れている。気を付けてね。」
「アーネ。大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。」
アーネも私も、メランさんが傍にいるから感覚的には大丈夫だけど、視覚的には大丈夫だろうか。7階層の階層主。どんな見た目をしているのか…
メランさんによって扉が開かれる。
そこにいるのは、見た目はライオンだが、異質なのは頭が5つあり、唇には肉がなく歯がむき出しで、それぞれ目が4つずつある。足は10本。そして、今までの階層主と同じく、背中から翼が生えている。しかし、その翼が更にその異質さを際立たせている。翼は骨でできているのだから。
「うっ。」
「アーネッ!」
私と違い、アーネは異形への耐性がない。
口を押えて倒れそうになるアーネを私は片手で支える。魔物からは絶対に目を離さずに。
「アーネさん、大丈夫?」
メランさんは、徐に魔物に背後を見せる。そのまま数歩、アーネに歩み寄って肩に触れる。
「これで大丈夫ね。」
メランさんが何らかの魔法をアーネに発動すると、アーネの顔色が見る見るうちに良くなっていく。
「今のは?」
「〈竜魔法〉ブレッシング。対象に様々な耐性や効果を耐える魔法だよ。」
こんな強力な魔法をこんな簡単に使うとは…凄い。
彼女の魔法に意識奪われた瞬間だった、ギギャーッ!今までに聞いたことのない、気味の悪い叫び声と共に、異形の魔物が背を向けるメランさんを襲った。
魔物はその巨体の割に素早く、私の動体視力では追えなかった。気づいた時には、既に魔物がメランさんに接近した後だった。
魔物の鋭い牙がメランさんの身体に触れた。しかし、その牙がメランさんの身体に傷をつけれることは無く、直後には魔物の身体が弾け飛び肉塊になっていた。
「っ!」
何が起きた?何も見えなかった。私にわかるのは、メランさんを襲う魔物が肉塊になったという事実だけ。
「驚いた?魔法を発動しただけだよ。」
実は、魔法は手順を踏むほど安定して発動できる。私の場合は、魔法の属性と名前を唱えることで、魔法の発動を安定させている。無詠唱で発動するときもあるが、本当に余裕がない時だけで、強力な魔法は発動できないし、複雑な魔法を発動させようとすれば、暴発する可能性すらある。
今メランさんが何の魔法を発動したかは分からないけど、無詠唱でここまで強力な魔法を発動するのは私には不可能だ。
「今のは何の魔法なんですか?」
私と同じ疑問をアーネも抱いたようで、私よりも先にアーネがそう質問した。
「ああ。今のはフウァールウインドだよ。」
「えっ。」
フウァールウィンドとは、〈風魔法〉のレベル6から使える魔法で、レベル3のウィンドブレイドを連続して発動させる魔法。魔法自体は単純でレベル6の中でも比較的簡単な魔法だ。
フウァールウィンドはその単純さから威力が低く、A級以上で、更には魔法防御力の高い魔物には全くと言っていいほど通用しない。S級ともなればなおさらだ。
しかしこの魔物はS級など遥かに超える怪物。それをフウァールウィンドで瞬殺するとは。これが、今代の魔王にして最古の竜族、〈暗黒竜〉メラン。
「さ。後2階層だよ。早く行こう。」
このダンジョンは10階層までのようで、最下層までは後2階層となった。
その後に出てきた階層主2体は7階層よりも今の魔物とはかけ離れた姿をしていた。強さも今までに見たことのない領域になっていき、しかしそれでもメランさんの前では無力だった。
次は10階層。このダンジョンの最下層だ。
最下層は、今までの階層とは違い魔物が1体もおらず、恐ろしいほどに静かだった。
しかし、最奥から放たれる入り口からずっと感じていた禍禍しい魔力に、私は寧ろ、今までの階層より緊張した。
階層主の部屋の扉が、メランさんによって開かれる。その先に待っていたのは玉座だった。
ダンジョンには場違いな城の謁見の間の様な内装の部屋の奥に置かれた、紫色に輝く禍禍しい玉座。
その玉座に座る男は、頭からは紫色のヤギの様な角を生やしており、口には牙があり、瞳は金色に輝いている。見た目こそ人間のようだが、私はその男が悪魔である理解する。そして、その男から放たれる魔力は、今まで出会った誰よりも禍禍しい。
「久しいな。ディアボロス。」
「そうだな。メラン。」
メランさんと、ディアボロスと呼ばれる男は顔見知りのようだ。
「それで、その後ろの娘2人はなんだ?お前は子を持たないのではなかったか?」
「ああ。この2人とは1階層で会ったんだ。この子はフェンリルのアーネさんで、この子は、君ならわかるだろう?」
メランさんの言葉に、ディアボロスさんは目を見開き私の顔を凝視する。
「いや。知らんな。誰なんだ?」
ディアボロスさんの惚けた態度に、メランさんは呆れたように溜め息をつく。
「この子は吸血鬼のエリスさんだ。」
「ほう。随分と存在感のある娘だ。まるで、世界を渡って来たようだな。」
「ッ!」
ディアボロスの言葉に私は絶句した。アーネは言葉の意味が分からないようで、私の顔を不安そうに見ている。
「ディアボロス。この子を困らせるのはやめろ。」
「すまない。子供に会うのは久しぶりでな。少々からかいたくなった。」
愉快そうに笑うディアボロスだが、その目は笑っておらず、ずっと私の顔を凝視してる。
「ごめんね。こんな空気にするために君達を連れ来たんじゃないんだけど。2人にはそろそろ帰ってもらうね。」
直後、視界が真っ暗になった。
――あれ?何をしていたんだっけ。
ああ。そうだ。階層主の部屋から不気味な魔力を感じたから、部屋に入るのは諦めて帰るところだ。
気づいた時には、私達はダンジョンから出るために帰路を歩いていた。
「あの。エリスさん。なんだか…」
「うん。」
私とアーネはその日、何か大事なことを忘れているような、そんな気持ちの悪い感覚を覚えた。
しかしその後私達は無事に依頼を終え、支部長から直接報酬を受け取り帰宅した。その頃にはすっかり、その感覚も忘れて。
「あれが世界渡りを可能にする魂か。器としてラミアの肉体を使っていたとは驚きだな。」
「神代に死んだ、君の1人娘の肉体を使っているあの子を君は恨んでいるかい?」
「…いや。あんな哀しい子が肉体を使ってくれるのなら、あの子も喜ぶだろう。」
ディアボロス。彼は〈君主の大悪魔〉と呼ばれる悪魔だ。彼にはラミアというたった1人の娘がいたのだが、彼女は既に魂が消滅している。
生前吸血鬼であったことから、肉体は傷一つなく。魔人の森の奥底、つまり、このダンジョンの棺に眠っていた。
そこに、エリスの魂が入ったことで、ディアボロスと共に封印されていた彼女の肉体はダンジョンの外部へと強制的に転移され、この世にエリスが誕生したのだ。
「あの子はラミアの超常的な回復力を色濃く受け継いでいるようだな。奴らとの戦争にも役立ちそうだ。」
「君は、あの子をどう思う。」
「そうだな。あの平和な地球で世界渡りに耐える魂が生まれるとは驚きだ。」
メランは、不満そうにディアボロスを睨む。
「そんなことは聞いてない。娘としてどうだと聞いたんだ。」
「…魂が違うから娘ではない。と言いたいところだが、あの姿をした子供がまた俺の目の前で殺されるのは許せない。次は無い。」
「そうか。まぁ安心しろ。あの子の傍には、君よりも恐ろしい子がついてるから。」
メランの言葉に、ディアボロスは興味深そうに「ほう。」と呟く。
「俺よりも…恐ろしい奴か。」
ディアボロスは愉快そうに笑みを浮かべた。




