アヤメ=リーフォス
「ニーズヘッグ。貴方の当分の住まいに連れてい良く。ついてきてくれ。」
ステラ様への調査報告はエフィさんだけが向かい、私達は一足先にエフィさんの〈空間魔法〉でオルニス都市に戻っていた。
ニーズヘッグの当分の住まいとは、フランシュの家だ。あの家はまだ3部屋ほど空き部屋があり、他の住人も魔物だから都合がいいからだ。
「あら。エリスちゃんとアーネちゃん。それに…どなたですか?」
「彼は、これから当分の間この家に住むニーズヘッグだ。」
「私達の意見は聞かないですね。まぁ良いですけど。」
ラルヴァの研究をエフィさんが全面的に支援しているためか、ラルヴァが私達の要求を否定することはない。
「立ち話もなんですし中に入ってください。お茶を淹れますね。」
私達がリビングに入ると、珍しくフランシュがソファに座って寛いでいた。
「フランシュが起きているなんて珍しいね。」
「私がいつも寝ているのは、貴女達が遅い時間に来るからです。昼間なら起きてますよ。それより、その魔蛇は何者ですか。ニーズヘッグの様な存在感があるのに、宝玉はないようですけど。」
スキルを持たない代わりに、異常な直感と純粋な魔力感知の力を持つフランシュは、ニーズヘッグの存在に困惑し、私に説明を求めてくる。私がことの経緯を説明すると、フランシュは「器用ですね。」と呟いて、私の顔を興味深そうに見つめる。
「なんだ?」
「宝玉をピンポイントで破壊するのって難しいんですよ。実力差があれば別として、格上相手に宝玉だけを破壊するなんて芸当、普通はできないです。」
「あの時は必死だったんだ。私が冷静だったら確実に急所狙っていたよ。心臓とか頭とか。」
あの時の私は予想以上に魔力消費が激しく焦っていた。魔力が完全に枯渇すれば、吸血鬼の私でも死ぬという状況だったし、正直意識も集中も気を抜いたら途切れていた。そんな状態で冷静さを保つのも難しい。
まぁ。もし私が冷静だったら、ここにニーズヘッグはいないけど。
「ところで。ニーズヘッグ君に個体名はないのですか。いつまでも種族名で呼ぶのも不便でしょう?」
全員分のお茶をテーブルに置きながら、ラルヴァはニーズヘッグに問いかける。
「私の名前はゼラニウムです。大切な人に付けて貰った大切な名前です。」
「ゼラニウムか。良い名前だな。」
直感的に良い名前だと思った。彼の過去を詮索するつもりは無いが、その名前を付けた人は彼を愛していたのだとそう思う。
「ゼラニウム君。これからよろしくお願いします。」
「はい。よろしくお願いします。」
それから、エフィさんが戻ってくるまで、フランシュの家で談笑した。エフィさんが戻ってきてからも数十分話したが、エフィさんがゼラニウムに会わせたい人がいるということで、その場は解散となった。
「ゼラニウム。私の家に居候している人が君に会いたいと言っているんだ。」
「私に?」
「ああ。君も知っている人だから。緊張する必要は無い。」
私の知っている人?私の知り合いは250年前にほとんど…いや、いる。300年もの時を人間の身で生きている方が。
扉の先に座っていたのは、100年前に最後にあった日から更に幼くなった姿をした女性だ。
「久しぶりじゃな。ゼラニウム殿。」
「お久しぶりです。ヴィーブ様。」
私は思わぬ再会に感傷に浸っていた。しかし、どうやらヴィーブ様はそうではないようだ。
「今日お主を呼んだのは伝えたいことがあるからじゃ。お主に言うかは迷っていたんだが、やはり言うべきだと思ってな。」
ヴィーブ様の表情は少し暗い。何が語られるのかと私は少し緊張する。その後、彼女から語られたことに私は言葉を失った。
「デンドロン王国教会に…アイリスの生まれ変わりがいる。」
「…」
「名前はアヤメ=リーフォス。現王国教会の聖女。あの子は、アイリスと瓜二つで同じ魂を持っている。じゃが、300年前の記憶はない。更には、アイリスとは性格が全く違う。お主が会っても辛いだけじゃ。それでも――」
「会います。」
彼女が言い終わる前に、私は自分の気持ちに従って言葉を発する。
「合わせてください。あの方をいらっしゃるならば、私がお仕えすべきは彼女ただ一人です。」
ゼラニウムの真っ直ぐな瞳に、ヴィーブは愚問だった理解する。
「フッ。そうか。ではついてこい。」
ヴィーブがエフィを一瞥する。
「わかった。私が〈空間魔法〉を使うよ。」
今、ヴィーブは下手に魔法を使えない。その為、彼女はエフィに頼るしかないのだ。
普段はヴィーブの言うことを素直に聞くことは無いが、今日のエフィは溜め息はつくが、素直に〈空間魔法〉を発動する。
エフィが繋げたのは、王国教会の最奥、聖女の礼拝堂と呼ばれるマーディス礼拝堂だ。マーディスとは王国教会の初代聖女の名前で、この礼拝堂は代々聖女に受け継がれている。この礼拝堂に立ち入るには聖女とそれに準じる地位の就く者の許可が必要である。
「お待ちしておりました。ヴィーブ様。礼拝の許可を求めておりましたが、本日は――」
白い肌、絹のように美しい白い髪、ブルートパーズの様な水色の瞳を持つ、修道服に身を包んだ、花の様に美しい少女が私達の方に振り返る。
「あっ!お姉様もいらしたのですか!」
その少女はエフィ殿の顔を見た途端、声を高くした満面の笑みを浮かべた。
「ああ。だが、今日は私が用があるわけではないんだ。」
彼女が私に目を向ける。
「どな――あれ?」
どなたですか?そう言おうとしたが、アヤメは自分の瞳から涙が流れてることに気付き、言葉を詰まらせた。
「なんでだろう?涙が…」
彼女は自分の涙を拭っている。
「フッ。儂の時とは違うな。やはり、愛とはこれ程までに強いのじゃな。」
ヴィーブは目を瞑り、300年前聞かされたアイリスの言葉を思い出す。
「例え生まれ変わったとしても、きっと私はゼラニウムだけに恋をするよ。」
あの時は何を馬鹿なことを言っているんだと思ったが、実際に目の当たりすると少し妬いてしまうな。
「ごめんなさい。取り乱してしまって。何故だか、貴方を見ると懐かしくて。貴方の名前を教えてもらっても良いですか?」
少し頬を赤くする少女はアイリスにそっくりで、私は思わず微笑んだ。
「私の名前はゼラニウムです。聖女様。」
「ゼラニウム様ですか。尊敬…信頼…真の友情。そして、君ありての幸福ですか。良い名前ですね。」
彼女の花の様な笑顔は本当に美しかった。
「あっ。私の名前を言い忘れてました。私はアヤメ=リーフォスです。アヤメって呼んでください。」
「わかりました。アヤメ様。」
「2人とも。自己紹介を終えた所で申し訳ないが、今日はここまでだ。」
エフィの言葉に、アヤメは寂しそうな表情をする。
「もう帰っちゃうんですか。」
「ごめんな。アヤメ。今度改めてゼラニウムを連れてくるから。」
エフィさんに抱き着いたアヤメ様の頭を撫でて宥めるエフィさんの姿は、さながら姉のようだった。
「わかりました。ゼラニウム様。またお会いしましょう。」
頬を膨らませる彼女にゼラニウムは再び微笑む。
――感情が表情に出るのはアイリスと一緒だな。
「はい。アヤメ様。またお会いしましょう。」
〈空間魔法〉でゼラニウムをフランシュの家に送り、私とヴィーブは私の家に帰る。
「なぁ。ヴィーブ。あんなアヤメ初めて見たよ。」
「そうじゃな。」
彼女は歴代でも最高の〈聖魔法〉の使い手で、聖女としての能力は誰も疑わなかった。しかし、性格に難があった。
誰にでも優しいのは良いのだが、重度ではないものの潔癖症で男嫌い。そして、重度の狂信者だ。これだけなら聖女として問題なさそうだが、それは彼女の信じる者が神などという不確かなものではなく、エフィということだ。
「あの子があんな表情をするとは、お主に会ったとき以来じゃな。」
一目惚れだとエフィに告白したり、ストーカー紛いの事をしたりなど、エフィ関連の問題を数多く犯してきた彼女が、男性に対してあんな恋する乙女の様な表情するとは意外だった。
「ゼラニウムとアヤメ…いや。アイリスさんの関係がどんなものだったかは知らないが、それでも、とても情熱的な恋をしていたことは分かったよ。」
「フッ。お主が言うと説得力があるのう。」
「そうか?」
エフィの言葉を鼻で笑うヴィーブの言葉をエフィは軽く受け流すと、顎に手を当てる。
「それにしても、肉体は魂の入れ物というが、転生というのは本当にあるのだな。」
「そうじゃな。300年周期に人は転生を繰り返すという。300年前の儂の知人の生まれ変わりは、アイリスを含め、既に4人ほどと出会っている。」
「そうなのか。結構転生しているのだな。」
エフィは興味深そうにヴィーブの顔を見る。そして、閃いたようにニヤリと笑い、ヴィーブにある提案をする。
「なぁヴィーブ。魔物を人間に変える魔法を研究していたよね。」
「ああ。300年前からずっと研究しておるな。」
「私の知る限りの情報をやる。今月中に終わらせるぞ、その研究。」
エフィの言葉に、ヴィーブは嬉しそうに声を高ぶらせる。
「本当か!しかし、お主は相変わらずアヤメに甘いな。」
「仕方がないだろう?私の唯一の義妹なのだから。」
エフィはアヤメの喜ぶ姿を想像しながら微笑んだ。




