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アイリス

私がアイリス付きの執事になり2年が経った。そして今日はアイリスが成人したことを祝う、彼女の16歳の誕生日だ。


「ゼラニウム。今日の誕生会は大勢の貴族が来るのよね。」


「はい。」


カロシナト家は伯爵家だが、国内でも5本指に入る名家だ。当主であるエーデル様は、現王国騎士団の副団長であり、次期騎士団長と名高い最高の騎士であり、アイリスのお母様であるワイス様は、現第二王妃の実の妹だ。その為、王家ですらその存在を無視できない程に影響力を持っている。


そんなカロシナト家の令嬢として立派に成長した彼女を祝うために国中の貴族が、彼女の誕生会に集まる。


「本日は去年までとは違い、第一王女殿下だけでなく、第二王子殿下もいらっしゃるそうです。」


「そう。あの第二王子が。珍しいわね。」


この国の第二王子と第一王女は仲が悪い。2人の母親が違うという理由もあるが、本当の理由は少し違う。


その理由とは、第一王妃と第二王妃の権力が中途半端に拮抗しているからだ。この国の国王はどちらの王妃も平等に愛している。むしろ、彼の愛は常に全国民に向いている。その為、彼女たちの権力は彼女たちの実家に由来する。第一王妃はこの国の2つある公爵家の、第二王妃は侯爵家の出である。


そして、この2つの家は、ほとんど同等の権力を持っている。


「あの2人…私の誕生会で喧嘩しなければ良いのだけれど。」


アイリスは王城に何度か招かれたことがある。その内数回、2人の喧嘩を目の当たりにした。


聖魔法を得意とする第一王女と、火魔法を得意とする第二王子。2人の喧嘩は誰かが止めるか、どちらかが戦闘不能になるまで続く。


「もし喧嘩が起これば、お嬢様がお止めになればよろしいかと。」


「言うわね。あの2人を止めるのは私でも一苦労なのよ。」


あの父にしてこの娘あり。稀代の天才と謳われたアネモイオの娘である彼女は、彼以上の才能を持っている。海を隔てた王国にはヴィーブ=マギアスという、アイリスと同い年の天才魔法士がいるそうだが、アイリスなら彼女にも引けを取らないだろう。


「お嬢様。そろそろお時間です。」


「わかったわ。」


アイリスと共に会場に通じる扉の前まで向かう。そして、私とイメルダさんはその両開きの扉を開く。


「ありがとう。」


アイリスは私達に感謝を述べて、会場に入る。彼女を見送り、私達も会場に入るために少し移動する。


「私達はこちらから入ります。」


アイリスが入った扉から少し離れた位置にある扉から会場に入ると、そこは会場の壁に設けられた侍従用の階段であった。


会場を見てみると、丁度、アイリスが階段の上にある踊り場で挨拶をしているところだった。


アイリス付きの私達は、アイリスの全体への挨拶が終わり次第、アイリスが今回お集まりいただいた貴族の皆様に直接挨拶をするのにお供する。


「アイリス。お誕生日おめでとう。今年から成人だから特別なプレゼントを用意したわ。喜んでくれると嬉しいのだけれど。」


「ありがとうございます。クリスお姉様。誕生会が終わったら確認しますね。」


アイリスが「お姉様」と呼び慕うこの女性はクリスティーナ王女殿下。この国の第一王女だ。


「アイリス嬢。誕生日おめでとう。クリスティーナよりも良いプレゼントを用意した。貴女のお気に召せば嬉しい。」


「あら。イアン。貴方がアイリスの為に"アイリスの親友"である私よりも良い物を用意できるのかしら?」


クリスティーナ王女殿下と睨み合う青年はイアン王子殿下。この国の第二王子だ。


「2人とも。私の誕生日に喧嘩はしないでくださいね。」


「はい…」


アイリスが笑顔で放った一言に、王族2人は委縮する。


「私は他の貴族の方々に挨拶してまいりますので、これで失礼します。どうぞ今日はお楽しみください。」


クリスティーナ王女殿下もイアン王子殿下もアイリスより歳が上だが、お2人共アイリスに何度もお世話になっている。アイリスの言葉にお2人が首を横に振ることは無い。


「お久しぶりです。ウィルフレッド叔父様。テイラー叔母様。本日はご足労頂きありがとうございます。」


「アイリス。成人おめでとう。今日は特別な日だから、ゼラニウム君にもプレゼント用意してある。2人が喜んでくれたら嬉しいよ。」


「私もウィルと一緒に貴女達のプレゼントを選んだから、喜んでくれたら私も嬉しいわ。」


「はい。ありがとうございます。」


どうやら、私にもプレゼントがあるようだ。執事である私は公的な場所では彼らと話すことは許されないので、アイリスの感謝の言葉と同時に私も頭を下げ感謝を伝える。


ウィルフレッド=エキノプス公爵はアネモイオの従妹に当たり、アイリスがまだ0歳の頃から彼女の事を可愛がったそうだ。公爵夫人も同じく、アイリスを可愛がっている。そしてお2人共、私の事も何故か気にかけてくれている。


それはさて置き、アイリスは数分公爵夫妻と話した後、別の貴族の方々との挨拶を始めた。


数10分経った頃には挨拶回りも一段落付き、アイリスは乾いた喉を潤すために私に飲み物を用意するように指示する。


「お嬢様。ワインでよろしいですか。」


「ええ。折角成人したのだから、飲んでみたいと思っていたのよ。」


私から受け取ったワイングラスを傾けて、アイリスは初めてのワインを口に含み飲み込む。


「悪くないわね。」


アイリスは笑み浮かべる。どうやら気に入ったようだ。


「ゼラニウム。おかわりを――」


アイリスが私におかわりを要求する途中、何かに気付いた様に言葉を止め、会場の入り口を嬉しそうに見る。直後、彼女の視線の方向から張り上げる声が聞こえてきた。どうやら、あのお方が到着したようだ。


「聖女様がご到着なさいました。」


聖女様を現す白の修道服に身を包んだ、金色に輝く髪に赤い瞳の女性が会場に入場する。その姿にその場の全員が跪く。


「皆様。頭をお上げください。楽にして良いですよ」


聖女様の許可の下、一同が立ち上がる。


聖女様は皆が立ち上がったことを確認すると、朗らかな笑みを浮かべてアイリスに歩み寄り、彼女の手を取り声をかける。


「アイリス。本日はお誕生日おめでとうございます。貴方に女神様のご加護がありますように、私が此度の祝福を執り行うことになりました。」


成人を迎えると神官による祝福を受けることになる。平民の場合は協会で一斉に受けることになるが、貴族は屋敷に神官を招き祝福を受けることが一般的だ。しかし、聖女を招いて祝福を受けることは、王家を除けばほぼ不可能だろう。


では何故、アイリスは聖女を招いて祝福を受けれるのか。それは、彼女のこの国での立場に関係する。


「ありがとうございます。お師匠様。」


アイリスの聖女様への呼び方の通り、アイリスは聖女様の弟子であり、現王国内において最も優れた〈聖魔法〉の使い手だ。


「これより祝福を行います。皆様、礼拝をお願いします。」


その場の全ての人間が目を瞑り跪き、その場で目に見えぬ神に祈りを捧げる。


数秒の沈黙の後、聖女様による〈祝福の言葉〉の独唱が始まる。


「天にまします我らの母よ。

願わくは御子の尊まれんことを。

御国の来たらんことを

御旨の天に行わるる如く

地にも行われんことを。

我らの日用の糧を

今日我らに与え給え。

御子が人に赦す如く

御子の罪を赦し給え。

御子を試みに引き給わざれ、

御子を悪より救い給え。

ローネル。」


聖女が独唱を終えると同時にアイリスが「ローネル」と唱える。そして、その後その場の全員で「ローネル」と唱える。その後再び数秒の沈黙が続き、祝福を終了する。


「皆様お疲れさまでした。頭をお上げください。」


聖女様は祝福を終えると、アイリスと2人でベランダに出て行った。主人のいない私はすることがないので、ベランダに面した壁の傍でアイリス達を待っていた。


すると、とある貴族令嬢にお声をかけられた。恐らくアイリスの事だろう。


「貴方がカロシナト伯爵令嬢付きの執事でよろしかったかしら。」


「はい。作用でございます。ネモフィラ侯爵令嬢。」


彼女の問いかけに私が笑顔で回答すると、彼女は驚いた表情をして「そう。」と呟いた。恐らく、私が彼女の名前を知っていたことに驚いたのだろう。


しかし、流石は侯爵令嬢。先程の動揺を感じさせない毅然とした態度で話を続ける。


「貴方に聞きたいことがあるの。」


「なんでしょうか。」


「カロシナト伯爵令嬢は紅茶はお好きかしら。」


私は彼女の質問の意図に気付き、私は微笑んで彼女の質問に喜んで回答する。


「はい。お嬢様は特に紅茶を好んでお飲みになりますよ。」


「そう。今度ティーパーティの招待状を送ると、カロシナト伯爵令嬢にお伝えしてくれるかしら。」


「かしこまりました。」


恐らく彼女は、アイリスを慕う令嬢の1人だろう。彼女の様な令嬢の特徴は、アイリスの事を知りたいが初対面で直接話すのは恥ずかしかしく、声をかけるのを躊躇ってしまう。その為か、アイリスのいない間に私にアイリスの事を聞く令嬢が多くいる。


今日招待した令嬢の多くは、以前に私に質問した経験のある方たちだ。今日に限れば、ネモフィラ侯爵令嬢は少数派と言えるだろう。


「ゼラニウム。」


「お嬢様。もうよろしいのですか。」


「ええ。お師匠様にいくつかアドバイスを貰っていただけだから、もう大丈夫よ。」


アイリスの言葉に私は首を傾げる。


「アドバイス、ですか?」


「ええ。私も来年から国際学園に通うでしょう?」


「そうですね。」


東と西に1つずつ存在する国際学園。アイリスは、その東側であるアナトレー国際学園に通うことになっている。


国際学園は16歳になったほとんどの貴族が通うことになる学校だ。騎士学部と魔法学部に分かれており、どちらの学部でも貴族に必要な一般教養を学ぶことになる。更には、特別優秀な生徒は専門的な学問を学ぶことができる。


因みに、アイリスは入学前から、白魔法学を専攻することを許可されている。


「私は王国の次期聖女候補として他国の貴族にも知られているから、言動には気を付けることと、圧倒的な〈聖魔法〉の使い手であることを早くに示しておくべきだと言われたわ。」


「なるほど。確かにその通りですね。お嬢様の言動1つ1つが、王国教会のお言葉になりますから、確かにお気をつけた方がよろしいかと思います。それに、お嬢様が他国の貴族に軽視されない為にも、早くに実力を示した方が良いですね。」


「そうよね。頑張ってみるわ。」


誕生会は無事終わり、その後も何事もなく時間が過ぎ去った。そして遂に、アイリスが学園に向かう前日になった。


「明日で当分のお別れね。ゼラニウム。」


「そうだね。アイリス。」


アイリスの寝室で、私達は別れを惜しんで酒を飲み交わしていた。


新年からアイリスは学園に通う。今日は12月30日。アイリスが入寮するのが明日12月31日だ。


アイリスが入寮する女子寮は男子禁制。私はアイリスにお供することができないのだ。そもそも、学園は基本的に同性の従者1名を連れて行くのが普通だ。


「長期休暇になったら絶対に帰るからね。後、毎週手紙書くから。」


「わかったよ。アイリス。」


私はアイリスの頭を優しく撫でて、涙を流すアイリスを宥める。


「ゼラニウムゥ。やっぱり一緒に来てよー。」


「それはできない。私は魔物だ。もしそれがバレるようなことがあれば、アイリスが貶められるかもしれない。そうなれば私は、私を許せない。わかってくれ。」


「はぁ。なら。」


アイリスは唐突に立ち上がると私の背後に回る。


「酔ったのか?アイリス。」


私は振り返り、酔って頬を赤く染めたアイリスの顔を覗く。そして、可愛らしい彼女に笑って見せると、彼女は頬を膨らませて私に抱き着いた。


「ゼラニウム。」


「なんだい。アイリス。」


私が彼女の名前を読んだ直後、彼女は私の顔に唐突に顔を近づけ、私に口づけした。私は一瞬動揺したが、私は彼女に身を任せることにした。


彼女の気が済むまで。


「ゼラニウム。私がいない間、他の女に心を奪われちゃだめよ。」


「当然だ。私はアイリスの親友なんだからな。」


「…うん。」


私を抱きしめる力が少し強くなる。私はそれが嬉しくて、私も優しく彼女を抱きしめた。


「すぅ…すぅ…」


――安心して寝てしまったか。


私は彼女を抱きかかえ、彼女のベッドに寝かせる。


「おやすみ。アイリス。」


私がその場から去ろうとしたとき、アイリスは私の服を無意識に掴んだ。私は彼女のその可愛らしい行動に微笑むとその指そっと剥がして、アイリスのベッドの横に椅子に座る。そして、優しく彼女の手を握った。


彼女の目が覚めるまで。


そして翌日、彼女は馬車で学園に向かった。私は彼女を笑顔で送ったが、あんなことになるなら、私はあの時どんな顔をすればよかったのだろうか。


私は今でもそれが分からない。

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