ニーズヘッグ
「え?」
――理解が追い付かない。
エフィは困惑している。
――彼は今「私を眷属にしてください。」と言ったのか?
「な…何故私の眷属に?」
「何故…ですか。」
ニーズヘッグは顎に手を当て、少し考えた後に口を開く。
「そうですね。大した理由では無いのですが、貴女の再生力に興味がありまして。」
――私の…再生力?それはつまり、フランシュが言ってた私の異常な再生速度に、と言う事か?
エフィの内心の疑問に答える様に、ニーズヘッグは語り出す。
「超常的な再生力を持つ種族は幾つかいます。悪魔族、吸血鬼族、僵尸族等です。それらの再生力は他の種族を凌駕しますが、仮に全身を粉砕されればその再生には少なからず10日、化け物でも…まぁ1日は掛かるでしょう。ですが、貴女様は下半身の損傷を一瞬で再生しました。全身を修復するのも1秒と掛からないでしょう。異常な再生力です。何故貴女様がそのような力を持つのか、私はそれが知りたいのです。」
妙な圧力のあるニーズヘッグの言葉に、気圧されつつも、エリスは正常な判断で当たり障りのない返答をする。
「…わかった。眷属は無理だけど、とりあえず私の仲間の所まで――」
「その必要は無いよ。」
そんな時だ。エリスの言葉を遮るように、エフィが彼女にそう声をかけて現れる。
「アーネちゃんが回復したからここまで来たけど…なるほど。これは面白い状況だね。」
現れるや否や、既に状況を把握した様子のエフィがその確認の為にエリスに尋ねる。
「要約すると、エリスちゃんに宝玉を破壊されて、エリスちゃんを倒せなくなったニーズヘッグが、エリスちゃんの再生力に興味を持って眷属になりたいと願い出たわけだね?」
「はい。その通りです。エフィさんはどう思いますか。」
エフィが述べた推測を肯定したエリスは、そのまま彼女に相談を持ち掛ける。その返答としてエフィは「そうだね…」と一言呟き、少し思案した後に口を開く。
「そもそも、ニーズヘッグを眷属にするのは、今のエリスちゃんには難しい。ステータス上、ニーズヘッグはエリスちゃんより上位に位置するわけで、その状況でエリスちゃんが眷属化を行えば、相当な制限を受けることになる。」
「制限ですか?」
知らなかった。と、驚きの表情を浮かべるエリスが、思わず口にした疑問に、エフィは「うん。」と笑顔で肯定を口にする。
「簡単に言えば、今よりニーズヘッグは弱くなってしまうんだ。当然だよね。だって、自分より弱い相手の配下になるわけだから。まぁ、実際はエリスちゃんの方が強いけどね。」
ハハハッ。とその矛盾に声を上げてエフィは笑う。その姿にエリスは改めて、冷静に現状を理解する。
――なるほど。確かに私はステータスだけでいえば、A級にすら劣っている。強化系スキルである程度は補えているとはいえ、ニーズヘッグの様な同レベルの強化系スキルを持っている様な相手には…正直苦戦を強いられる。
エリスはそこまで思考して、自分では認識していないが、思わず笑みを浮かべる。
――まだまだ私は弱い。でも、それだけ私は強くなれると言う事。
彼女が目指すは最強。それは前世で不自由を強いられた彼女が、誰にも縛られない自由を求める為に導き出した漠然とした目標。その目標な為ならば、彼女は直向きに努力できる。
「へぇ。」
興味深そうにエフィは声を漏らす。
――この状況で笑みを浮かべるなんて、やっぱりエリスちゃんは面白いな。
自分の弱さに直面して、それでも希望を持ち続けられる人は少ないだろう。確かな実力と、他人には特別な力を持つから、彼女は未だ希望を持ち続けられるのだろうか。
否。それは間違っている。
そもそも、彼女にとって、この程度の状況は何度も経験してきたもの。それほどに、彼女の前世は酷いものなのだから。しかし、今ここでは語らない。
「そうだ。」
何かを思い出したように、エフィはそう声を上げる。エリスはその声に我に返り、彼女の顔を見上げる。
「ニーズヘッグに聞きたいことがあるんだ。何故君は、こんな所にいたんだ?」
彼女の疑問は尤もだ。と言うより、そもそも王都の下水道にバジリスクが現れること自体異常事態だったのだ。しかし、その状況がどうでもよくなるほどに、ニーズヘッグがこの様な場所に今まで大人しく身を潜めていたのがおかしな話だったのだ。
その当然の疑問に、「そうですね。」と一瞬言葉を詰まらせるニーズヘッグだったが、程なくして口を開き、その理由を語ってみせた。
「ある人を待っていました。誰とはここでは言えませんが、あの方なら必ず私を見つけ出せると信じていました。ですが、貴女様達に先に見つけられてしまいました。それは残念でもあり、奇跡的な状況でもあります。」
ニーズヘッグの最後の一言に対して、「どういう事?」とエリスが疑問を述べる。その回答として彼が述べた者は彼女達を驚かせる。
「私の待ち人は、貴女様の知り合いだからです。エフィ殿。」
ニーズヘッグの言葉に、エリスとアーネが首を傾げる。
「エフィさんの…知り合い?」
2人はエフィの顔を覗く。しかし、彼女も理解していない様子である。彼の言う待ち人とは誰なのだろうか。そう思考する前に、エフィがニーズヘッグに疑問を投げかける。
「私の知り合いの誰に会いたいのかも気になるけど、そもそも何故私の事を知っているのかな?」
エフィの疑問に、エリスとアーネは確かにそうだと頷き、ニーズヘッグの方を向き、彼の返答を待つ。
そんな彼女達に彼は「噂程度ですが、」と前置きをして、言葉を続ける。
「この国には2人のS級冒険者がいます。ヴィーブ=マギアス殿とアデル殿です。その2人に一目置かれるA級冒険者がいると、魔物である私の耳にも入ってきました。勿論、私の待ち人と貴女様の接点もその時に知りました。」
「へぇ。」
人間の間では確かに有名な話であり、魔物であっても知能の高いニーズヘッグであれば、当然入手できそうな情報である。しかし、その時彼女達の疑問は、別の所に向いていた。
そこまでは良いとして、彼の待ち人とエフィの接点を彼が何故知り得るのか。
当然の疑問であった。一個人同士の接点を知る為の情報網を魔物である彼が有していることになるのだから。
しかし、今それを考えた所で、彼女達がその疑問の回答を得られるわけはない。それを理解しているエフィは早速判断を下し、次の行動を示す。
「とりあえず、君を地上に連れて行こう。ステラ様には私が誤魔化しておこう。私の手持ちのニーズヘッグの宝玉を見せれば納得するだろう。」
その指示に従い、3人は彼女の後ろに続いて地上を目指す。道中でエリスはニーズヘッグに、幾つかの注意すべきことを伝えた。
「ニーズヘッグ。地上に戻ったらまず身を隠していて欲しい。王都には私より強い人が何人もいるから、もしかしたら貴方の存在に気付く人がいるかも知れない。」
「わかっております。貴女様にご迷惑をかけぬよう、細心の注意を払います。」
ニーズヘッグはエリスの言葉に頷く。そしてそこで思い出したように「そうです。」と声を上げ、アーネに向き直る。
「言い忘れていました。アーネ殿。先程貴女を攻撃したことをお許しください。」
ニーズヘッグはアーネに謝罪し頭を下げる。その行動にアーネは首を傾げて、肯定でも否定でもない言葉を返す。
「いえ。その時は私達は敵同士でした。貴方が攻撃して、私が防げなかった。ただそれだけの事ですよ。」
アーネは死にかけたことに対して、気にしていない様子であった。当然である。彼女にとって魔物の世界は弱肉強食。彼女は相手に恨みを持たない。自分の未熟さを悔いるだけだ。
「…ありがとうございます。」
彼女のその考え方に、ニーズヘッグは心の中で感嘆する。
――凄いな。身体能力で私に劣る彼女だが、その精神力は素晴らしい。自分の弱さを理解している者は強い。こんな方が傍にいるとは、エリス様は心強いだろう。
前を歩く2人の姿に、ニーズヘッグは強い絆を感じる。この2人はこの先も、長い間一緒に過ごすのだろうと確信を得る。
――エリス様にはこの方がついている。それにエフィ殿も。エリス様のお仲間は素晴らしい。それ以上必要ない程に。しかし、私は貴方様に忠誠を誓わずにはいられない。
私の忌まわしき…この呪いの様な宝玉を破壊してくれた貴女様に。




