串刺し
「蝙蝠たちよ。蛇ども食い殺しなさい!」
エリスの陰から無数の蝙蝠が羽ばたく。それらは、恐ろしい速度で赤い水の中を蠢く大量の蛇に纏わりつき、次々と蛇を食い殺していく。
直後、ニーズヘッグは「キシャ―ッ!」と咆哮する。警戒してエリスは防御態勢に入る。それと同時にニーズヘッグはその巨大な体を地面に叩きつけ、赤い水を宙に散らす。強力な毒であるその赤い水を帯びた蝙蝠達は、一瞬にして溶解し消滅する。
――蝙蝠を操るだけなら、魔力を消費しないようだな。まだ蝙蝠はたくさんいる。色々試そうかな。
手始めに、今死亡した蝙蝠が保有していた微弱な魔力を消滅する直前に消費して魔法を発動させる。
「〈氷魔法〉フリージング。」
赤い水が一瞬にして凍結する。毒は事実上無力されたという訳だ。それと同時に、凍らされた蛇も身動きが取れなくなっている。
――よし。
自分の魔力を消費せずに、魔法を発動させることができた。もし蝙蝠が死んでも、無駄にはならないということだな。
「蝙蝠たちよ。」
身動きが取れないニーズヘッグを指さし、蝙蝠達に命令をする。
「ニーズヘッグの鱗を食い破れ。」
無数の蝙蝠がニーズヘッグに襲い掛かり、その硬い鱗を食い破ろうと必死に噛みつく。しかし、蝙蝠がニーズヘッグに触れた瞬間に、その身体は溶解する。
――なるほど。全身が毒で覆われているのか。
再び、今死亡した蝙蝠が保有していた微弱な魔力を消滅する前に消費し、魔法を発動させる。
「〈呪魔法〉バインド。」
ニーズヘッグの身体に巻き付くように、黒い縄の痣が浮かび上がる。魔法の黒い縄がニーズヘッグを締め上げる。身体をのた打ち回らせ苦しみ、その叫び声は下水道全域に響き渡っている。
バインド。対象を拘束し締め上げる〈呪魔法〉。対象にダメージを与える魔法ではないが、対象に多大な苦痛を与えることができる。
――〈呪魔法〉は通用するようだな。
バインドの効果を確認し、エリスは蝙蝠の生き残りを影に戻す。一旦距離を置く。ニーズヘッグの出方を窺うためだ。
直後、ニーズヘッグは全身を強力な魔力で覆い、バインドを中和させる。
――より強力な魔力で魔法を中和させたのか。魔法の対処の1つだな。やはり、通常よりかなり賢い。
エリスは距離を置いたままニーズヘッグを観察する。未だ魔力を覆ったままのニーズヘッグを警戒しているのだ。直後、ニーズヘッグはその魔力で魔法を発動させる。ニーズヘッグの身体は下水道の壁に飲み込まれていき、完全に見えなくなってしまった。そして、不自然に広い空間は同時に消滅し、普通の下水道の姿に戻る。
――この空間を生み出していた魔法は、〈土魔法〉と〈空間魔法〉の〈合成魔法〉のようだな。そして今の魔法は〈土魔法〉だろうか。初めて見る魔法だ。
エリスは冷静にその魔法を分析しつつも〈千里眼〉を発動し、既にニーズヘッグの位置を確認している。ニーズヘッグは、再び不自然に広い空間を形成しているようだ。しかし、蛇も毒も失ったニーズヘッグは、その空間の中心でただとぐろを巻いている。
「エフィさん。行ってきます。」
「ああ私達はゆっくりとそちらに向かうよ。」
手を振って見送ってくれるエフィに、エリスは力強く頷きその大きな翼を羽ばたかせる。エリスの身体は下水道内を凄まじい速度で飛翔し、ニーズヘッグの下まで迷うことなく最短で到着する。
しかし、不自然に広い空間に出る直前の事であった。ニーズヘッグの魔法によって下水道の壁が一瞬で狭まる。そして、
グチャッ。エリスの身体は為すすべなくすり潰されるてしまう。
ニーズヘッグは目を細める。魔法を解除し、ゆっくりと下水道が元の姿へと戻っていく。壁にべったりとついたエリスの血液が付着している。その瞬間、ニーズヘッグは勝利を確信した。その油断が、隙を生んだ。
次の瞬間には空中で人の形を形成しているエリスが魔法を発動させる。
「〈吸血鬼魔法〉ツェペシュ。」
突如、地面から鋭く尖った巨大な鉄の杭が出現する。その鉄の杭によってニーズヘッグはその硬い鱗を突き抜かれ、串刺しにされる。
ギギャーッ!ニーズヘッグの断末魔が鳴り響く。と同時に、ニーズヘッグの身体から猛毒が溢れだし始める。
「ッ!」
――何だ。この感じ…
嫌な予感がすると同時に、エリスの体が壁に叩きつけられる。
「驚いた。」
壁に叩きつけられた衝撃を意に帰さず、エリスは体を起き上がらせてニーズヘッグの方向を注視する。
鉄の杭を溶かされ、胴体にすっかり開いていた穴は、既に塞がっている。ニーズヘッグはやはり怪物であった。
エリスの大技ツェペシュは、致命傷にならないまま消滅してしまった。
――まずい。
吸血鬼魔法を発動するためには大量の魔力が必要だ。エリスは今のツェペシュでほとんどの魔力を消費してしまった。大技を発動できるとすれば、後一度だけ。
ニーズヘッグに対して、普通の魔法では致命傷にはならない。しかし、ここでもう一度大技を放ったとして、通用する可能性は低い。それ故に、エリスは単独で討伐することを半ば諦めていた。しかし、予期せぬ事態が発生していた。
――あれ?ニーズヘッグが毒を生成できていない。
そう、ニーズヘッグの全身を覆っていた毒が消滅しているのだ。その状態を一目見て、エリスはニーズヘッグに急接近する。
――これなら普通の魔法も通用する。
「〈火魔法〉ファ――」
エリスの魔法が発動する直前に、何かがエリスの体に直撃し、その体を壁まで吹き飛ばす。
「なッ。」
エリスの体を吹き飛ばしたのは、突起した壁である。恐らくはニーズヘッグの土魔法。自在に壁を隆起させて操作する。
「クッ。」
何度も壁に打ち付けられた。その土魔法は尋常ではなく、まるで生きているように壁が襲い掛かってくる。
何度も体に衝撃を受け、流石のエリスでも機動力を失っている。
――速すぎる。
エリスが対応できない程に速い攻撃。その対処にエリスは不動を決断する。
――避けられないなら。
エリスの左右両方から同時に壁が迫ってくる。当然、エリスの体は為すすべなくすり潰される。しかし、
「〈火魔法〉ファイアボム。」
エリスの体は一瞬で再生する。エリスはその一瞬の再生の直後に魔法を発動する。
高火力の爆発がニーズヘッグを襲う。
――隙ができたね。
エリスは不敵な笑みを浮かべ、間髪入れずに次の魔法を発動する。
「〈呪魔法〉バインド。」
ニーズヘッグの体を黒い縄が締め付ける。先程の爆発の直後である。対処が一瞬遅れたニーズヘッグの口内に、
「〈火魔法〉ファイアボール。」
火の球を叩きこむ。
ギギャーッ!ニーズヘッグは断末魔を上げる。
――これで決める。
「〈吸血鬼魔法〉ツェペシュ。」
残りの全魔力を持って、エリスは鉄の杭を生成する。
鉄の杭は、正確にニーズヘッグの心臓部を貫いた。
「はぁ…はぁ…」
――眩暈がする。意識が途切れそうだ。
魔力が残り少ないのだろう。これ以上消費すれば、魔力を力の源とする魔物である私は死んでしまう。
エリスは地面に膝をつけた状態で、ニーズヘッグを一瞥する。
ニーズヘッグは体を杭に刺されて、だらんと頭部や尾を垂らしている。絶命しているように思えるが、今、〈感覚強化〉や〈鑑定〉すら発動できないエリスには確認することは不可能に近い。
――仕留めたか確認するまでは倒れるわけにはいかない。
エリスはニーズヘッグの生死を確認する為に、ゆっくりとニーズヘッグに近づく。
――これで殺せていなかったら、もう…
「ハッ。化け物だな。」
直後、毒を纏った尾がエリスを襲う。恐らくは、ニーズヘッグの最後の攻撃。既に避ける体力すら残っていないエリスは、その攻撃をまともに受けてしまい、為すすべなくその体を吹き飛ばされる。
壁に打ち付けられ、地面に倒れ込む。エリスが最後に見たのは溶解した自分の下半身。普通なら既に再生している筈の下半身であった。
「…?」
エリスは意識が目覚めたときから後頭部に感じている、若干柔らかい感触に疑問を覚え、ゆっくりと目を開く。
「お目覚めですか?」
エリスの瞳に映るのは、見覚えのない黒髪に赤い瞳の男性だ。
「誰?」
目覚めたばかりで、何のスキルも発動していないエリスは、男性を刺激しない様にそのままスキルを発動させずに問いかける。
「私は、先程貴女に敗れたニーズヘッグです。」
エリスはその言葉に、考えるよりも先に体を起き上がらせ、ニーズヘッグを名乗る男性から距離を取る。下半身は既に再生しているようだ。
「あら。死んでいなかったの?」
「いえ。ニーズヘッグとしての私は死にました。1度目の鉄の杭で私の宝玉は損傷しました。そして、2度目の鉄の杭で私の宝玉は完全に砕けました。もう私に貴女に通用する程の毒は生成できません。」
S級の魔物は非戦闘時に宝玉に蓄えた力を戦闘時に開放することで強力な力を発揮している。その為、S級の魔物は宝玉が無ければ、いくらステータスが高くともA級に分類される。それほど宝玉の存在は重要であり、ニーズヘッグの場合は毒の力を宝玉に蓄えている。
――本当なのか。
エリスは今の睡眠で魔力を回復していた。鑑定を発動できる程に。
「〈鑑定〉。」
名称:ニーズヘッグ
種族:魔蛇族
性別:オス
生命力:7891/59633(宝玉損壊)
魔力:13395/44395
物理攻撃力:39783
魔法攻撃力:48206
物理防御力:45678
魔法防御力:40917
俊敏性:36288
精神力:32813/38921
スキル:火魔法 レベル7
火耐性 レベル9
水魔法 レベル9
水耐性 レベル9
風耐性 レベル9
土魔法 レベル10
土耐性 レベル9
毒魔法 レベル10
毒耐性 レベル10
…
「なるほどね。それで、貴方は私が起きるまで待っていたようだけど、何が目的?」
私の質問に、彼は少し黙った後、不敵な笑みを浮かべてこう答えた。
「私を眷属にしてください。」
と。




