帰還
「おはようございます。エフィさん。」
朝、起きると、既にエフィさんが起きていた。
「ああ。おはよう。エリスちゃん。」
椅子に座って、どこからか持ってきたコーヒーを飲んでいる。
「アーネはどこに?」
起きた時アーネはベッドにいなかった。予想はついているけど、一応確認の為にエフィさんにそう尋ねる。
「アーネちゃんはシャワーを浴びてるよ。」
「そうでしたか。」
やはりアーネはシャワーを浴びているようだ。彼女が出た後、私も入ろう。そんなことを考えていると、エフィさんが「そうそう。」と思い出したように、昨日の発表内容を語り始めた。
「結局、社交界は中止になった。だから、今日の昼頃にはこちらを発つことになるだろう。」
エフィさんの言葉は、必然的な内容だった。それもそうだ。王国内で上位の貴族であるマギアス侯爵家主催の社交界で事件が起きたのだ。続けられるはずがない。しかし、昼頃には出発か。となると、
「そうですか。では、荷物などは今の内に〈魔法倉庫〉に入れておきましょうか?」
帰る支度は早めにしておいた方が良いだろう。だから私はそう提案したのだが、
「いや。」
エフィさんは私の提案を否定した。
「エリスちゃんには一度行って欲しい所がある。アーネちゃんには言ってあるから、準備ができたら行ってみると良いよ。」
「行って欲しい所?」
愉快そうに笑みを浮かべるエフィさんに、私は首を傾げた。
数分後、アーネがシャワーを終えたので、私も早々にシャワーを浴び、一先ずは身支度をする。アーネには言っていると言ってたけどどこだろうか。
「アーネ。エフィさんが行って欲しい所があると言っていたのだが、アーネは聞いているんだろう?
」
「はい。聞いていますよ。」
アーネは明確な場所は言わずに、「行きましょう。」と歩み始める。どうやら私はそこに着くまで場所を教えて貰えないようだ。まぁ良い。一先ずは、アーネについていこう。
楽し気に歩くアーネの隣を歩くエリスは、どこかワクワクした気分でこれから行く場所の想像する。しかし、数分後着いた先は、彼女の想像を容易く飛び越える。
「――」
そこは、とても美しいバラ園だ。
恐らくは、植物こよなく愛し、あらゆる花との親和性が高かったと言われる、今のマギアス侯爵の3代前の当主のバラ園、〈妖精の花園〉だろう。
「美しいですね。」
「ああ。」
色とりどりのバラが咲き誇り、太陽に光を一心に浴び、光り輝いているようにすら見える。
噂には聞いていたが、思わず私も思った「美しい」と。
しかし私は、直後目の端に映った小さな妖精たちに目を奪われた。
「妖精…」
このバラ園は風の妖精が集まってくることで有名だ。〈妖精の花園〉という名前もそこから来ている。
その日も多くの妖精が、バラ園を飛び回っていた。
「?」
私が飛び回る彼女達を見ていると、あることに気が付いた。
――なんか見られてる…
妖精達が何故だかチラチラとこちらを見てくるのだ。
――まぁいっか。
私は彼女達の行動を疑問に思いつつも、それはさて置きと、再びバラ園を眺める。本当に美しい。前世ではこんな華やかな物を見る機会はなかった。
「エリスさん。バラ園の中を歩きましょう!」
アーネが嬉しそうに私に笑いかけ、手を差し出してきた。
「ああ。」
私はアーネの手を取り、彼女に連れられるままにバラ園の中に入っていく。
そんな時だ。2人を不思議そうに眺めていた妖精達が小さく呟いた。その呟きはアーネには聞こえていないだろうけど、私にははっきりと聞こえた。
何でヴァンパイアなのに私達が見えるのかしら。
その言葉に、私はハッとした。
――そうか。妖精は精霊を除けば、人間の。それも選ばれた者にしか見えない。
妖精族は、精霊族の様に存在感が強くなく、普通は見えない空気の様な存在だ。しかし、彼女達と親和性が高い人間や彼女達の生みの親である精霊族だけは、彼女達を視認することができる。
つまりは、魔物の場合は例外なく彼女達を視認することはできない。竜族の様な強力な存在ですら、その存在を感知することはできても、視認することはできないのだ。
しかし、エリスははっきりと彼女達のことを視認できている。理由は不明だが、可能性があるとすれば、彼女の前世が人間であることだろうか。
「どうかしましたか?」
アーネの声に私は我に返る。彼女の宝石の様に透き通った金色の瞳が、私の顔をのぞき込んでいる。そんな彼女の頭を私は思わず優しく撫でた。
「何でもないよ。」
アーネは嬉しそうな表情だが、やはり恥ずかしいのか頬を赤く染める。私はそんな彼女に微笑み「行こうか。」と声をかける。
「はい!」
元気よく返事をするアーネは、私の手を引き先に進む。
そんな2人に、妖精達は困惑する。
ヴァンパイアとフェンリルが仲良くしているなんて。
彼女たちの驚きはもっともだ。ヴァンパイアは吸血という性質上、大半の生物から忌み嫌われている。それは、フェンリルとて例外ではない。事情を知らない彼女達からすれば、2人の関係は理解できないものだろう。
――うるさい…
騒々しくなった妖精達に流石に私も煩わしく感じてきた。しかし、直接的な害が無い。であれば。と、私は彼女達を無視することに決めた。
さて、バラ園を一通り見て回った私達が「そろそろ帰ろうか。」と話していた頃だ。エフィさんから〈念話〉で帰ってくるように伝えられた。
丁度バラ園の出入り口まで来ていた私達は、そのまま部屋に向かった。
「おかえり。」
部屋の扉を開くと、椅子に座ったエフィさんが私達を迎え入れる。
「バラ園はどうだった?」
優しく微笑んで、そう私達に問いかけたエフィさんに、アーネは笑顔で返答する。
「素晴らしかったです。〈妖精の花園〉という名に相応しいバラ園でした。」
アーネはバラ園への感動を思い出すように、うっとりとした声でバラ園を語り、「エリスさんはどう思いましたか?」と私に笑いかける。
「アーネの言う通り、美しいバラ園でした。」
エフィさんは私の顔を見て、一瞬驚いた表情を浮かべる。そして「へぇ。」と一言呟くと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「君もそんな表情をするんだな。」
「――」
エフィさんの言葉の意味は、私にはわからない。私はその時どんな表情をしていたのだろうか。だから私は、その時エフィに何も返答ができなかった。でも、私の代わりにアーネがエフィさんの言葉に答えた。
「私の前では結構していますよ。」
アーネの言葉に私は余計訳が分からなくなった。アーネに見せて、エフィさんには見せていなかった表情とは何なのだろうか。ただ、今もこれからも、それが何なのか私にはわからない。
「皆様。昨日はありがとうございました。」
フェイは深々とお辞儀をして、エリス達に感謝を述べた。
「いえ。依頼を遂行したまでです。」
そんな彼女に、エフィもお辞儀をして謙虚に返答する。
現在エリス達は、ロクメー家の屋敷の応接室で、諸事情により屋敷を空けているロクメー子爵の返事を待っている。
「旦那様より返事が届きました。S級の魔物からフェイお嬢様を無事守っていただいた為、正規の報酬に加え金貨2枚をお送りするとのことです。」
護衛依頼では、追加報酬が発生することが多々ある。最も起こり得る場合は、S級の魔物の討伐である。護衛依頼では、S級の魔物の襲撃は依頼外とされている。理由はS級に対処できる人間が限られているからだ。
その為、S級の魔物の対処を熟したエフィ達には追加報酬が与えられる。
「わかりました。報酬の受け取りはどの様に行いますか。」
「後日、冒険者ギルドを通してお渡しします。」
エフィと執事が報酬についての取り決め終えると、彼女達はフェイとの挨拶を済ませ、屋敷を後にした。
「帰る前に、ギルドに寄ろう。」
エリス達はある用事を済ませるために冒険者ギルドへと向かう。その用事とは、サンドワームの宝玉を競売品として申請することだ。
「申請、承りました。こちらが申請書の控えです。」
宝玉はエフィの名前で申請する。B級冒険者のエリスが宝玉を出品すれば目立ってしまうからだ。
「ありがとう。」
エフィは控えを受け取ると丸めて魔法袋に仕舞う。
「じゃあ、このままあそこに行こうか。」
エフィの言葉に、エリスとアーネは「はい。」と返事をすると、彼女の後ろについて行き、彼女の言う「あそこ」に向かう。
「何をしに来たのですか?」
日が暮れた頃。突然訪れたエリス達に、ラルヴァは不思議そうに首を傾ける。そう。「あそこ」とは、フランシュの家だ。
「確か、依頼は明日までだったはずでは?」
事前にエフィに依頼の話を聞いていたラルヴァは、本来ここにいないはずの彼女達を疑問に思っている。
その後、リビングルームに通された彼女達は、各々椅子に座る。フランシュは既に眠りについたそうだ。
「実はね――」
エフィに事情を伝えられたラルヴァは納得したように「なるほど。」と呟く。
「暗殺者ギルドですか。私たちが生きていた200年前でも存在はしていました。当時は今と比べて戦争が多かったですから、動きが活発でしたよ。」
200年前は、何故だか魔王が存在しなかった時代だ。共通の敵がいない国家間は、当然の様に戦争を始めた。そんな、戦争が活発だった時代だったからか。当時の暗殺者ギルドは、現在よりも遥かに巨大だった。
「ところで、結局依頼者は誰だったのでしょうか?暗殺者は冒険者より依頼料が高いですし、S級ともなると相当な額が必要になりますよね?」
ある程度裏社会を知っているのか。ラルヴァは依頼料を材料に、エフィに依頼者が誰なのかと問いかける。
「そうだな。まぁ、一番怪しいのはマギアス侯爵だ。彼なら、S級暗殺者を雇うのも容易いだろう。」
少し煮え切らない様子で、彼女はラルヴァの問いに答える。
「ただ――」
彼女は何かを言おうとする直前で口を紡ぐと、静かに、瞼を閉じた。
ただ、彼がそのような行動をする人間とは思えない。
依頼者はヴィーブの情報通りティポトスであったのは間違いない。しかし、マギアス家の騎士団は不審な動きをしていた。彼らには、ティポトスから〈干渉系スキル〉を施された形跡はない。つまり彼らは、自分の意思で令嬢たちに〈偽装〉を施したのだ。
――あるとすれば、マギアス侯爵がティポトスに支配されているか。
どうも腑に落ちない。
ほとんどの悪魔はA級~S級程の能力を有しており、ティポトスはS級冒険者と同等の実力を誇っている。そして、マギアス侯爵も同じくS級冒険者と同等の実力を有している。
その為、格下にしか通用しない〈干渉系スキル〉は、同格のマギアス侯爵には通用しないのだ。そう考えると、もう一つの可能性が出てくる。
――マギアス侯爵は悪魔と契約を結んだか。
〈原初の四種族〉と呼ばれる種族がある。竜族、精霊族、悪魔族、天使族だ。これらの種族は、創生の時代すなわち神代に誕生した種族であり、最初に神によって生み出された4体の生物から派生した種族だ。
〈原初の四種族〉その全てが持つ契約というスキルがある。その効果は、他種族と契約を結び、被術者に莫大な力を与えるというものだ。その為エフィは、何らかの目的の為に、マギアス侯爵が悪魔と契約を結んだのだと考えたのだ。しかし、彼女のその考えはあり得ないと、彼女自身が一番よく知っている。
――ティポトスは典型的な悪意を持つ悪魔だ。もし契約を結んだのなら、マギアス侯爵の目的はなんだ?
私の知る限り、彼は愛国心が強く、シェフレラ国王陛下に崇拝に近い忠誠心を持っていたはずだ。そんな彼が…マギアス侯爵が国王陛下を裏切ったのか?
そう、マギアス侯爵は愛国心の強い貴族だ。王国を裏切ることはあり得ないのだ。
ここでふと、私は思う。
本当にティポトスだけなのか?もしかしたら、奴が関わっているのではないか?ティポトスが仕える悪魔…
〈茨の大悪魔〉ミストルティン。
もし奴が関わっているなら、マギアス侯爵でも支配されてしまうだろう。
ミストルティンは、ティポトスを含む複数の悪魔を従える大悪魔だ。つまり、ミストルティンはS級冒険者を凌駕する実力を有しているということだ。
エフィは瞼を開く。目の前に、彼女の言葉を待つ3人の顔があった。
彼女たちを今回の件に巻きこんではいけないな。2度と大切な人を亡くさない為にも。
一瞬、ある人の顔を浮かべて、彼女は口を開いた。
「いや、何でもない。」
彼女は3人に笑いかけ、言葉の続きを誤魔化した。
「そうですか。」
3人共、私が意図的に誤魔化したことに気付いているだろう。だが、彼女達が私に真意を問うことは無い。何故なら、彼女たちは私の事を信用しているから。
――ありがとう。
そんな彼女達に私は、口には出さないがそう、心の中で呟いた。
「久しいのう。シンボル。」
儂は今、デンドロン王国の王城の一室におる。
「はい。お久しぶりです。ヴィーブお祖母様。」
その理由は、この子に会うためじゃ。
シンボル=マギアス。儂の何代も後の当主じゃ。儂が初めてこの子と会ったのは、この子がまだ幼い頃、次期当主として儂に挨拶しに来た時じゃった。
1度話しただけで賢い子だとわかった。魔法士としての才能も十分にあった。しかし、今儂の目の前に座るこの子には、全くと言っていいほど覇気がなかった。〈鑑定〉で確認し、儂は目を疑った。
状態異常:魅了
――どういうことじゃ?
ティポトスは死んだ。もし、この子がティポトスに支配されていたとしても、それは彼奴が死ぬことで解けると思った。つもりじゃ。この子に魅了をかけたのはティポトスではない。ならば。
彼女のその一瞬の動揺に会わせて、背後からヴィーブを襲った紅色の槍は、正確にヴィーブの胸を貫いた。
ヴィーブの瞳に映るシンボルは、不自然に唇を吊り上げ、力なく倒れ込むヴィーブを見下ろしていた。




