魔物
「私ってこんな顔なんだ。結構可愛い…」
探索中に見つけた湖で、水面に反射する自分の顔を見る。
学生服を身に纏う、金色に輝く長い髪にルビーのように赤い瞳の少女。
それが今の私だ。
「それにしても、服はそのままなのね。」
私の服装は、前世に通っていた高校の学生服のままだ。何故学生服まで再現されているのかはわからないが、一先ずは我慢するしかない。湖で水分補給を済ますと、冷静に現状を分析する。
「私、吸血鬼なんだよね。だったら、朝になるまでに身を隠せる場所を探さなきゃ。」
そう私は吸血鬼だ。火の光を浴びると灰になってしまう。だから、洞窟でもなんでも良いから、日光の当たらない場所を探さなければならい。そして、その捜索中のことだった。巨大な猪を発見した。ぱっと見、いかにも強そうだと言う事だけ分かる。
「まずは能力を見てみよう。〈鑑定〉。」
試しに鑑定をしてみると、それはアグリオという猪の魔物だと空中に表示された。平均1700程度のステータスも同時に表示された。それを見て、自分よりも弱いと確信した私は早速、戦ってみる事にした。
「魔法の実験台になって貰おうか。」
私は魔法を使えるとウキウキで木陰から飛び出す。アグリオはそんな私に気付くと、早速突進を始めた。私はそんなアグリオに対して動揺せずに、ゆっくりと腕を掲げて、掌を空に向けた。そして、鑑定を発動した時と同じように宣言する。
「〈火魔法〉ファイアスピア。」
火の槍が掲げる腕の先に顕現する。私が手を振り下ろすと、槍はアグリオ目掛けて一直線に飛翔し、いとも容易く胴体を貫いた。次の瞬間、火の槍は燃え盛りアグリオを焼死させる。
焼かれたアグリオからは美味しそうな匂いがする。私は思わずよだれを垂らした。
「食べられるのかな?」
丸焼きの巨大な猪を前に私はそう呟くが、流石に未知の生物を食べるほど馬鹿ではない。とりあえず、アグリオを詳しく鑑定する。すると、どうやらアグリオが属している魔猪族という分類の魔物は食べられるらしい。それに、しっかりと処理すれば美味しいということも分かった。
「よし。食べよう。」
迷いはなかった。
「…本当に美味しい!」
予想外の美味しさに私は目を丸くする。
前世の知識と調理系スキルを駆使して処理を済ませてから、軽く焼いて食べてみた。味は普通の猪肉だったが、魔物がまともな獣肉と同様の味な時点で、私を驚かせるには充分だった。
腹ごしらえも程々に、私は捜索を再開する。
「〈蝙蝠化〉。」
吸血鬼族の固有スキル〈蝙蝠化〉は、身体を蝙蝠に変化させるスキルで、私は蝙蝠の姿で空を飛んで洞窟を探す。
するとすぐに丁度いい洞窟を見つけた。そして、そこで日が明け、そして暮れるまでの間、休憩することにした。
吸血鬼は少量の睡眠で一日を過ごせる。しかし私は元人間なので、必要以上にぐっすりと眠った。
そして、夜。目を覚ますと、外が騒がしいことに気付く。
「なんだろう?」
蝙蝠化で周囲を確認してみると、昨日のと同じくらいの大きさのアグリオが3人の人間と交戦していた。
「〈鑑定〉。」
フェイス、ウリック、ザック=ポリティスという名前らしい。ステータスを見る限りでは、彼らがアグリオに勝てるとは到底思えない。
――弱い…あれじゃあすぐに死んでしんじゃう。助けよう。
私は蝙蝠化を解いて地面に降り立つ。
「誰だ!」
ウリックが私に対してそう叫ぶ。
「貴方方を助けに来ました。巻き込まれたくなければ下がってください。」
私はそう伝えた上で、アグリオの足元の地面に手を向ける。
「〈土魔法〉ランドニードル。」
地面が急激に盛り上がり、鋭い岩の針を顕現させアグリオを串刺しにする。土の魔法である。
「終わりました。さて、治療するので怪我を見せてください。」
助けたおかげで警戒が解けているのか、彼らは素直に傷を見せてくれた。
「〈聖魔法〉ヒール。」
彼らの傷が見る見るうちに塞がっていく。
「ありがとうございます!」
感謝に慣れてない為少しこそばゆい。だが、そんな恥ずかしい気持ちを胸に仕舞って、目的のために彼らを洞窟まで案内する。
「エリスさんの目的は服の入手でいいですか?」
エリスとは私が咄嗟に答えた名前だ。流石に前世の名前を使いたくはないので、地球で吸血鬼と恐れられたエリザベート・バートリーの名前に因んでエリスと答えた。
「はい。」
それはさておき、私の目的は服の入手だ。理由は、いつまでも制服を着ていたくはないから。
「私はこの洞窟にいるのでお願いします。」
「わかりました。」
三人が去り、また静かな時間が訪れた。
「さて、彼らの話を整理しよう。」
三人との会話を纏めると、彼らは冒険者で、その冒険者にはS~E級までの階級があるそうだ。そして彼らは新人でE級らしい。あのアグリオという魔物はC級で、本来D級冒険者が10人以上でやっと倒せる魔物らしく、E級冒険者が三人では勝てるはずもない魔物だった。
「つまり、アグリオを瞬殺できる私はB級くらいか。最強には程遠いな。しかし、朝までまだ時間がある。食料を調達しに行くか。」
蝙蝠化をしてアグリオとは別の魔物を探す。
「見つけた。」
巨大な狼の魔物を発見した。
「〈鑑定〉。」
それは、リュコスと言う名前の魔物。ステータスは全て2000を超えており、魔法攻撃力、俊敏性に至っては3000を超えている。油断できないとエリスは確信する。しかしながら、エリスは蝙蝠化を解除し、リュコスの目の前に降り立つ。自分の実力を測りたかったからだ。
「〈氷魔法〉アイスランス。」
手始めに氷の槍をリュコスに目掛けて飛翔させる。しかしリュコスは身軽にそれを回避してみせる。
「やはり素早い。なら〈土魔法〉ランドウォール。」
リュコスが身動き取れないように土の壁を顕現させ閉じ込める。そして、
「〈火魔法〉ファイアキャノン。」
直後、間髪入れずに巨大な豪炎を放つ。その豪炎は無慈悲にもリュコスの身体を燃やす。炎が消え、リュコスの姿が確認できる。どうやら辛うじて生き残ったようだ。鑑定してみると、生命力が200だけ残っている。
「それなら、もう一発。〈火魔法〉ファイアボール。」
念のため3度放ったファイアボールは、リュコスの身体を燃やす。絶命したと思えるが念のためと、一応鑑定を発動してみる。すると、
「あれ?」
何故か生命力が1残っていた。その状況に困惑するエリスだったが、今度は確実に仕留めようと、風魔法で首を切り落とした。今度は間違いなく絶命している。しかしそこで違和感に気付く。血が一滴も流れていないのだ。
「〈鑑定〉。」
情報を読み取る。
「状態異常〈眷属化〉。これか。」
眷属化とはステータスで劣る者を強制的に自身の眷属できるという物。当然、デメリットがあり、例えば、大量の眷属を抱え込めば、その分自身の魔力を消費し続けなけばならない。しかしメリットもあり、眷属にした対象に自身の特性の一部を与えることができるのだ。例えば、吸血鬼族の場合は眷属は半吸血鬼となり、不死身の肉体を得ることができる。
今回の場合、血がでないという特徴がある為、ゾンビ、あるいはそれに類する種族の眷属化であると推測できる。
そんな状況を観察している者がいた。
「面白そうな魔物がいますね。」
千里眼を駆使してエリスを観る少女は不敵な笑みを浮かべる。
「そうですね。半僵尸化したリュコスを倒すとは。リュコス自体はC級上位ですので、あのリュコスはB級下位はあるはずですが。」
「瞬殺でしたね。」
エリスを観る少女とは別にエリスを観る男性が、少女の言葉に肯定する。
「B級上位くらいかなあの子。でも、もっと強くなるでしょうね。」
少女は無邪気な笑みを浮かべて、そう呟く。
「うーん。なんか見られてるな。」
どこから見えているかはわからないが、漠然と見られているということだけはわかった。
「多分このリュコスの主かな。この感じ…私より強いか。でも悪意はなさそうだしな。よし、無視しよう。」
半僵尸化した魔物は食べられない。
「〈火魔法〉ファイアボール。」
エリスは骨を残してリュコスを燃やし尽くすと、その骨を地面に埋めてその場を去った。
「そろそろ朝か。」
エリスはそう呟き、全速力で洞窟に戻った。