エフィ
「さて、エリスちゃん。アーネちゃん。今日から私の指名依頼。つまりはA級の依頼を一緒にやって貰う。まぁA級と言っても、2人の実力なら問題ない依頼の方が多いよ。」
「わかりました。」
「まずは、これ。」
依頼制限:指名
依頼者:ヴェラ=グラニティス
依頼内容:グラニティス伯爵領に発生している、魔物の討伐
依頼報酬:金貨10枚
依頼期間:グラニティス伯爵領到着後10日
依頼失敗時:銀貨100枚
「馬車は用意してある。すぐに向かうぞ。」
3人は、馬車でグラニティス伯爵領に向かうと、まず、グラニティス家の屋敷に招かれた。
「お久しぶりです。エフィ様。4年前の――」
グラニティス家現当主、ヴェラ=グラニティス伯爵は、何かを言いかけた所で、エフィに何か耳元で囁かれ、口を紡ぐ。
「グラニティス伯爵。依頼の詳しい内容の説明をお願いします。」
エフィの言葉に、ヴェラは察したように、緩んだ表情を硬くする。
「そうでしたね。まず、大量発生している魔物は、B級~A級の魔狼族です。場所は、我が領が誇る国内最大の鉱山、シデロ鉱山です。」
「シデロ鉱山ですか。わかりました。すぐに向かいます。」
「あっ。その前に、エフィ様にこれを。」
エフィはヴェラが差し出した手紙を受け取ると、その場を後にした。
「なんですか。その手紙。」
「ん?いや、大したものではなかったよ。」
「そうですか。」
エフィは、ヴェラからの手紙を折りたたみ、魔法袋に仕舞う。
「そんなことより、これから向かう場所の説明をしておきたい。」
エフィはシデロ鉱山の説明を始める。
「シデロ鉱山は、先程、伯爵が言っていたように、国内最大の鉱山だ。強力な魔狼が度々確認されているが、大量発生は初めてのことだ。先日から鉱夫の間で確認されている魔力障害が関係しているだろう。」
魔力障害とは、全ての生物に存在する魔力の通路が、塞がってしまうという障害だ。ほとんどの生物は、生命活動に血液と魔力の循環が必要であるため、魔力障害とは、簡単に言えば、血栓の様なものだ。
「エリスちゃん。千里眼でシデロ鉱山の方を見てごらん。」
「はい。〈千里眼〉。」
エリスの目に入ったのは、巨大な岩山を囲む様に存在する大量の魔狼だ。
「これは…」
「目測で、約10000体。その大半はB級だけど、中にはA級。そして、S級も混じっている。今回ばかりは、エリスちゃんとアーネちゃんだけに任せるってことはできない。そこでだ。今回は私だけで依頼をこなす。だから、2人は私の戦闘を見ててね。」
馬車が目的地に到着する。3人が馬車を降りた直後、17体の魔狼が攻撃を仕掛けてくる。
「まずは17体。」
エフィは次の瞬間には、風魔法で魔狼を瞬殺している。
「すぐ終わらせるから、見ててね。」
エフィは〈精霊剣〉シルフを抜剣する。
〈レクシテカヲラカチフルシ〉
〈マサジルアタシマシチウョシ〉
エリスの目に映るシルフを抜剣したエフィの姿は、今まで出会ったどんな存在よりも、強大に見えた。
――〈鑑定〉。
エリスは、エフィのステータスを見ようと〈鑑定〉を試みるが、〈鑑定ができません。〉という表示に阻まれる。
――こ…これがエフィさんの本当の実力?
「エリスさん。あの魔狼…」
そんな時だ。アーネが声を震わせて、ある魔物を指さす。それは3つ首の魔狼だ。
「ん?〈鑑定〉。」
名称:なし
種族:魔狼族 (ケルベロス)
性別:オス
生命力:43512/43512
魔力:39862/39862
物理攻撃力:48927/48927
魔法攻撃力:41262/41262
物理防御力:45670/45670
魔法防御力:44518/44518
俊敏性:40817/40817
精神力:42173/42173
スキル:火魔法 レベル9
火耐性 レベル8
水耐性 レベル8
土魔法 レベル7
土耐性 レベル8
風耐性 レベル7
闇魔法 レベル10
闇耐性 レベル10
…
――間違いない。あれは、S級の魔物…
次の瞬間、ケルベロスという魔狼はエフィの強烈な一突きによって、3つの頭部が1度に貫かれ、黒い鮮血を吹き出しその場に崩れ倒れる。
――あのレベルの魔物を瞬殺した…やはりエフィさんの実力は、S級だ。
「どうだった?初めて私の戦闘を見た時より、私を目で追えただろう?」
エフィは戦闘を終え、エリス達に歩み寄る。
「実際は、あの時より私の動きは速い。その上で見えてるなら、2人が強くなった証拠だよ。さぁ、残党を狩りに行くよ。ここからは、2人にも手伝ってもらう。」
シデロ鉱山の外に、既に魔狼は存在しない。後は、鉱山内の生き残りだけだ。
「うっ…」
「なるほど。これは…ひどいな。アーネちゃんは外で休んでて。神狼には厳しい環境だ。」
エフィは、アーネの表情と鉱山内に充満する血の匂いに気付き、アーネを鉱山の外に帰した。
「エリスちゃん。」
「はい。」
「この先にいる魔物は少々手ごわい。エリスちゃんには、結界を張って、この鉱山を守ってほしい。」
この先にいる魔物を〈千里眼〉で確認する。それは赤い竜だ。
鉱山内の坑道を進むと、広い空間の入り口に着いた。そこに赤い竜はいる。
「〈鑑定〉。」
〈鑑定ができません。〉
――だめか。
「エリスちゃん。結界よろしくね。私も幾つか張るから。」
「はい。〈結界〉。」
エリスはその空間にできる限りの魔力を用いて、結界を張った。その上に、エフィによって結界が張られる。
「!」
エリスはエフィの結界に驚く。何故なら、その結界は認識阻害の効果があったからだ。
――戦闘を見せる気はないということか。
エリスがその場に座り、丁度1分が過ぎたところで認識阻害の結界が消滅した。
――早い。
エリスが広い空間の方を見ると、そこには頭部が完全に潰れた赤い竜と、全身が赤に染まったエフィが存在した。
「大丈夫ですか。」
「ああ。これは、炎竜の返り血だ。私はダメージを負っていない。」
「そうでしたか。」
エリスは〈水魔法〉で返り血を洗い流すエフィの心配をしつつも、その空間の地面に無数に転がっている魔狼の骨を眺める。
――これが匂いの正体か。アーネに厳しいというのはこう言うことか。
「エリスちゃん。早く戻ろう。死体は〈魔法倉庫〉に入れてくるかい?」
「わかりました。」
その後2人はアーネに合流すると、グラニティス家の邸宅に戻った。
「お疲れさまでした。結局、10日も必要ではありませんでしたね。」
馬車での移動の時間を除けば、依頼は20分足らずで遂行している。
「報酬は?」
「こちらです。」
エフィは報酬の入った魔法袋を受け取ると、その場を後にしようとする。
「ちょっと待ってください。」
「ん?」
「手紙の件。よろしくお願いします。」
ヴェラはエフィを引き留め、耳打ちする。
「わかってるよ。」
エフィは対等な口調でヴェラに返答すると、その場を後にした。
馬車の中で、エリスは不思議そうな顔でエフィの顔を見る。
――エフィさんは、大したものではないと言っていたけど、やはりあの手紙は重要なものだったのでは…
エリスには、〈感覚強化〉というスキルがある。当然、聴覚も強化されているわけで、エリスには、エフィとヴェラの会話が聞こえていた。
何故か、エリスにはエフィの重要な言葉だけ聞き取れないようだが、今回の会話ははっきりと聞こえた。
――エフィさんは、伯爵に対してため口だった。伯爵が一冒険者に敬語を使うのも、様をつけるのも不自然だ。エフィさんが元貴族の可能性も考えたが、エフィさんの生まれがスラムであることは聞いている。気になるのは、エフィさんのお兄さんだが…
エリスはそこまで考え、これ以上考えても結論は出せないと理解する。
「ん?どうかしたか。」
エフィがエリスの視線に気づく。
「い、いえ。なんでもありません。ところで、少し寝ても良いですか?」
「ああ。構わないよ。」
エリスは焦ったように否定すると、オルニス都市に着くまで、仮眠をとることにした。
「2人共、起きなさい。」
エリスはエフィに声を掛けられ、覚醒する。どうやら、アーネも眠ってしまっていたようだ。
「明日も依頼だ。この後もしっかり休息をとるように。」
「わかりました。」
エフィは2人に報酬を渡し、別れると、真っ直ぐ自分の部屋に戻った。
「…」
エフィは椅子に座りながら、再び手紙を読む。
親愛なるエフィ様へ
最初に、4年前の社交界での事を改めて感謝するのと同時に、今回の依頼について謝罪させていただきます。
今回の依頼は本来であればS級の依頼であり、エフィ様の事情を考慮すれば貴女様への依頼は失礼であることは承知しています。ですが、今回の依頼では竜族が確認されています。その為、確実に依頼を遂行できるエフィ様に依頼させて頂いたのです。
さて、本題に入ります。追加の指名依頼させて頂きます。
我が領内に隠しダンジョンが発見されましたので、エフィ様にはそのダンジョンの探索をして頂きたいのです。期間は設けませんので、時間があるときにお越しください。
グラニティス家当主 ヴェラ=グラニティス
「隠しダンジョン…」
――〈感覚強化〉を持っているエリスちゃんは多分気づいてただろうけど、ヴェラの屋敷の地下には、迷路型のダンジョンが存在している。
迷路型とは、階層主の部屋が1つしか存在せず、突発的に発生するダンジョンだ。道中が迷路のように入り組んでいるため迷路型と呼ばれている。
「早めに解決していおくか。」
エフィは〈空間魔法〉を発動する。
「え?」
「どうしたんですか?」
エリスの驚きの声に、アーネは疑問を問いかける。
「エフィさんの気配が今の一瞬で消滅した。」
「エフィさんが?何かあったのでしょうか。」
「エフィさんに限って、何かあったとは考えづらい…もしかしたら、空間魔法を発動させたのかも。」
そんな予想を立てつつも、何をすることもできないので、2人はとりあえず、フランシュの家に向かった。
「はい?」
呼び鈴に反応し、扉を開けたのはラルヴァだった。
「エリスちゃんにアーネちゃん。どうかしました?」
エリスはリビングの椅子に座り、ラルヴァに事情を伝えた。
「なるほど。エフィさんの気配がですか。そうですね…フランシュは何かわかるかしら?」
「はい。確かにエフィさんの気配は消失しました。今は――」
「ちょ、ちょっと待って。」
エリスは驚いたように、フランシュの言葉を遮る。
「はい?」
フランシュは不思議そうな顔でエリスの顔を見る。
「フランシュって話せたの?」
エリスの驚きは、フランシュが突然流暢に話し始めたことに対してだ。
「ああ。言ってませんでした。はい。私は話せますよ。」
「最初から?」
「いえ。長年話していなかったので、初めてエリスさんと会ったときは、話し方を忘れていました。」
フランシュに事情を聞くと、どうやら理由があったようだ。
その理由とは、ラルヴァが自分の知っているラルヴァでは無くなっていたことだ。フランシュは、最初からラルヴァがタナトスに洗脳されていることは気づいていた。しかし、相性上完璧にタナトスを殺せないことや、裏切った時にラルヴァが殺されることを恐れ、ボロを出さない様に黙っていたそうだ。
「あっ。そういえば、あの時は本気で殴ってすみませんでした。」
「問題ないよ。私が吸血鬼だとわかっていたんだろう?」
「はい。でも、あの再生速度には驚きました。私が昔戦った吸血鬼は、あそこまでの肉片になれば、回復するのに1日は掛かってましたよ。」
フランシュは予想を遥かに超える再生速度を見せたエリスを称賛する。
「フランシュ、エリスちゃん。今はエフィさんがどこに行ったかの話をしましょう。」
「ああ。その事でしたら、後ろご覧ください。」
フランシュに促されるまま、後ろを振り返ると、そこには椅子に座ったエフィがいた。
「エフィさん!いつからそこにいたんですか。」
アーネは驚いたように、エフィに問いかける。
「フランシュちゃんが、エリスちゃんの再生速度に言及した直前くらいからだよ。」
「全く気づきませんでしたよ。どのような〈空間魔法〉を使ったんですか?」
「少々特殊な〈空間魔法〉だよ。普通は、空間の歪みを使って移動する魔法なんだけど、今使ったのは、特定の座標間を移動する魔法なんだ。この家の座標は把握していたから、後は自分のいる場所の座標さえわかれば、気配や魔力を感じさせずに〈空間魔法〉が発動できる。」
エフィは掌の上で小さな〈空間魔法〉を発動しながら説明する。
「凄いですね。」
その時、エリスはあることに気付く。
――〈空間魔法〉を発動できるなら、エフィさんは何で〈魔法倉庫〉を使えないんだ?
〈魔法倉庫〉は、〈空間魔法〉を最大レベルにすると獲得できる。
エフィが使用している、生物を移動させるほど〈空間魔法〉は、レベル10の〈空間魔法〉が必要だ。つまり、エフィには〈魔法倉庫〉を獲得しているはずなのだ。
――というか。エフィさんのステータスを鑑定した時、〈空間魔法〉は持っていなかったはず。
考えれば考えるほど、エフィの存在は謎である。ステータスやスキルを見ても、正真正銘のA級冒険者のはずなのに、S級冒険者と同等の戦闘力を有している。
「エリスちゃん。」
「はい?」
思考を巡らしているエリスに、エフィは声をかける。
「私は〈偽装〉なんてしていないよ。」
「え?」
エフィの言葉に、エリスは驚愕する。
――思考を読まれた?
エリスの驚いたような顔を見て、エフィは愉快そうに笑みを浮かべた。




