怪物
「速く行きましょう。」
「うん。そうだね。」
突如凄まじく速い突風が吹き、エリスとシルフとキマイラを一瞬でオルニス都市まで運ぶ。
「主様。何をしているんですか。」
「お帰りシルフ。いやあ驚いたよ。まさか、特攻してくるとは思わなかったからさ。」
2人はキマイラをエフィに渡すと、アーネも含め、3人で事の顛末を聞いた。
キュアノにエリス達とは別の調査を任せた直後、都市の西部の防壁を半僵尸化したヨルムンガンドが破壊した。
どんな事態にもすぐに対処できるように準備していたエフィによって、被害は防壁だけとなり、民間への被害は全くの0だったとのこと。
「さて、以上だけど…ふむ。シルフ、行こうか。」
エフィはエリスとアーネの顔を見て、シルフを連れて部屋を去った。
「アーネ。その…すまなかった。」
「いえ。謝らないでください。私は〈星竜教〉を倒すまで死ねません。無理してでも成長する。それは確かです。ですが、死んでしまっては意味がない。エリスさんとキマイラの戦闘。見てはいませんが、死闘だったと思います。もし私がその場にいたら、確実に死んでいたと思います。ですから、」
アーネはエリスの目を見て、言い放つ。
「ありがとうございます。」
感謝の言葉を。
「はは。君は強いね。」
エリスはアーネの頭を無造作に撫でて、そう褒める。
「もう。やめてください。」
アーネは頬を紅潮させて俯く。
――エリスさんのスキルレベルは異常です。だから、この人に追いつけるとは思わない。でもせめて…エリスさんにおいて行かれない様に。
アーネは今回の出来事を振り返り、再び、固く決心する。
「そろそろ良いかな。お2人さん。」
エフィは扉から顔を覗かせ、2人に声をかける。
「い…いつから見てたんですか?」
「ずっとだよ。シルフもね。」
「お熱いですねぇ。お2人共。」
エリスの動揺した声の質問に、満面の笑みでエフィは回答し、エフィの後ろに立っているシルフは、にやけ顔を隠せない様子で2人を煽る。
「まぁさて置き。2人にはやって貰わなきゃいけないことがあるから。」
「はい。わかりました。」
2人は気を引き締めて、エリスの指示を聞く。
「先程、キュアノから報告が2つあった。1つは、魔人の森にて眷属化が施された魔物を発見したらしい。その数、100体以上。」
「半僵尸が100体以上ですか。」
「いいや。面白いことに、半幽霊が大半を占めていたらしいよ。」
「半幽霊ですか…」
――私と相性が良いな。
僵尸族は、斬撃が有効とされており、それは半僵尸族も例外ではない。実際、エリスの今までの戦闘は、圧倒的な火力でのごり押しだった。しかし、キマイラ戦で分かったが、完全な僵尸ではない、半僵尸ですらA級以上では無理が出始めた。
――私の剣術はレベル1。正直、スキルレベル以上に剣術は使えたものではない。だから、半僵尸が大量発生した時を心配していたけど。
幽霊族は僵尸族とは異なり、光魔法が有効とされており、相手が半幽霊ともなればエリスの独壇場であることは明白だろう。
「それではすぐに向かいましょうか。」
「いや。眷属に関してはキュアノが滅ぼしたそうだ。」
「…そうでしたか。」
キュアノは剣技だけでなく、最高峰の聖魔法の使い手でもある。つまり、半僵尸が多かろうが、半霊が多かろうが、彼にとって殲滅は造作もないことなのだ。
「問題は2つ目。2体の魔人の内、ドレスの方と遭遇したそうだ。その結果、ドレスの方は幽霊族であることが分かった。」
「そうでしたか。」
「そしてエリスちゃん。どうやらドレスの幽霊は、君に興味があるようだ。」
「え?」
時間は遡り、エリスとアーネが洞窟についた頃、魔人の森の北側にある、洞窟とは反対。魔人の森の南側にある湖。そこで、キュアノは魔人の遺産を調査していた。
――やはり奇妙だ。
魔人の遺産とは、ファラガがこの地に落とした隕石のことだ。
――これは隕石じゃない…ただの石だ。僕が以前この地に来た5年前は、確かに隕石だった。5年の間に誰かが持ち去った?何のために?
隕石は希少な武具素材だ。つまり、隕石を持ち去ろうと思う者は多い。しかし、魔人の遺産を持ち去ろうとする者は皆無だ。
何故なら、
――魔人の遺産は、何重にも張られた結界によって保護されている。
そう。1枚でさえ強力な結界を15枚重ねた結界。それが、魔人の遺物を保護する結界。効果は単純、魔人の遺物を持ち出そうとした者を排除する。
――結界は破壊されていない。つまりは、この大結界に影響を受けないほどの怪物が持ち出した。か。
調査を終えキュアノは帰路につく。その時だった。
100体以上の魔物が、キュアノを取り囲む。
「鑑定しなくてもわかる。君は幽霊だね。」
「ご名答。流石はS級ですわね。」
「これは何だい?僕を確実に潰しに来た感じかな?」
「ええ。A級の魔物を100体くらい用意したわ。集めるのは苦労したけど、全て君を殺すために使うことにしました。」
「へぇ。」
ドレスの幽霊の返答に、キュアノは興味なさそうに周囲を見渡し、ドレスの幽霊の合図によって攻撃を開始する魔物たちを魔法袋に収納していた剣を用いて、等しく消滅させる。
「え?」
ドレスの幽霊は表情は、余裕な表情から驚愕の表情に一変する。
――強すぎる。元はA級だけど、今はS級に匹敵する子もいたはずなのに、一瞬で…
「それで、僕に何の用だい?君は本体じゃないんだろう?」
――そこまで気づかれてますか。
「要件は1つ。今、A級冒険者のエフィと行動を共にしている少女に言伝をお願いしますわ。〈テラスの屋敷で待つ。〉と。」
エリスは説明を聞き終え、エフィに質問する。
「テラスの屋敷って何ですか?」
「そうだね。端的に言えば、〈怪物が眠る場所〉。」
今から、約200年前。天才錬金術師〈テラス〉によって生み出された怪物。それは、人類史でも有数の災厄。
怪物はテラスを殺し、生み落ちた国を滅ぼした。その結果、当時のS級全員によって殲滅作戦が行われ、怪物はその悉くを返り討ちにした。
怪物は強すぎた。だから50年をかけ、たった1人の怪物を封じるためだけに、結界数1万にも及ぶ、大結界が張られた。
「眠る場所ってことは…」
「うん。今も封印されたままだよ。と、言いたいところだけど。今は封印されてないよ。」
「あれ?じゃあ何で名称を変えないですか?」
「なんでだろうね?」
大抵の情報を得ているエフィが珍しく知らないと明言する。
「まぁ、それはさて置き、場所は教えるから、行ってみたら良いよ。」
――執事服の方は分からないけど、ドレスの方のステータスはキュアノから聞いている。エリスちゃんなら大丈夫。
「わかりました。」
エリスはその日消費した魔力を回復させると、次の日、かつて国があった場所、〈パライ帝国跡〉に向かった。
パライ帝国跡は200年経った後でも荒廃していたが、1つ異質な空間があった。
「これが…大結界。〈鑑定〉。」
エリスは驚愕する。この大結界を構築するために費やされた魔力量に。
名称:パライの大結界
魔力:500000000
効果:テラスが生み出した怪物を封印する
状態:半壊
――今は5億の魔力で構築されているけど、半壊ということは、本来はこの…2倍?
エリスは、たった1人に10億の魔力によって構築された大結界を通り抜け、テラスの屋敷に向かう。
「待ってましたよ。吸血鬼ちゃん。」
エリスはその声の主を見上げる。
「君が…ドレスの幽霊?」
「その呼び方はやめてください。私の名前は〈ラルヴァ〉ですわ。」
「じゃあ。ラルヴァ。君は私に何の用があるんだ?」
エリスの質問に対しラルヴァは、笑みを浮かべて返答する。
「私は君に興味がありますの。私の眷属になってくださらない?」
ラルヴァの返答に、エリスは全くの遅れなく、
「断る。」
そう言い切る。
「そうですか。では、殺して眷属にするとしましょう。」
ラルヴァは表情を変えずに笑顔のまま、彼女の後ろに控えていた半幽霊に、エリスを殺すように命令する。




